14話 新しい生徒
クロードから呼び出され、ルイスは久しぶりに彼の城へとやってきた。
他の三人もつれてこようか迷ったが、話を聞いていても退屈だろうと思い学び舎で待たせている。
「それで、用って一体何なんだ?」
出された紅茶で唇を濡らし、クロードに目をやる。
「今で生徒も三人、教師は続けられそうかなと心配になってね」
「おかげ様で順調そのものさ、あの子達は強く育ってくれている」
「そうか、それは良かった……」
「…………」
ルイスはどこか違和感を覚え、クロードを凝視した。どこかクロードが不安そうというか、元気がない。いつもなら軽口を叩きそうな所でも何も言ってこず、事あるごとに考え事でもしているかのように呆ける。
「悩み事でもあるのか?」
ルイスの声にハッとしたクロードは、目を閉じて紅茶を飲む。
「相変わらず目ざといね。そうさ、僕はとある問題を抱えていてね」
クロードは溜息と共に肩を落とすと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
それを見て、新しい生徒が来るのだと理解する。
「ルイス、君には正直に話そう。次に入学予定の生徒なんだが、かなり厄介な問題を抱えていてね……受け入れを先延ばしにしている状態なんだ」
真剣な顔つきで話すクロードに、ルイスもつられて真剣になる。
「どういう意味だ? フリーシェやメイアのように病気とでも呼べる何かを患っているのか?」
「当たらずも遠からずかな、特にフリーシェ君にはとてもよく似ている」
「悪魔に憑依された子供か?」
クロードは首を横に振り、溜息をついた。
「悪魔に憑依されたわけじゃない、次に来るのはアイニールという十七歳の少女だ」
そう言ってクロードは、ためらいがちに羊皮紙をルイスに手渡した。
受け取ったルイスはすぐさまそれを広げ、そこに書かれていた文面に目を通していく。名前や性別、これといった特徴はないが、備考欄に目が留まる。
「人型……魔導兵器?」
クロードは小さく頷いた。
魔道兵器、戦場での使用を想定して作られた魔力を用いる兵器の総称で、火を放つものや敵軍を水攻めにさせるものなど様々。大軍に対抗する目的で造られた兵器なので、基本は王国軍しか持つことは許されていない。
「魔道兵器に人型なんてものがあるなんて知らなかった。いや――そもそも人を魔道兵器に改造したのか? これだけの情報じゃ予想できないよ」
受け取っただけの情報では、妄想に頼るしかない。この子が一体どんな問題をかかえていて、そしてどのような解決策があるのか。それを知るためにはもっと踏み込んだ情報が必要となる。
「名前はアイニール、その子は王都の研究所が買い取った子でね。とある実験の被検体さ」
「とある実験?」
「魂の融合だよ……幼子に戦士の魂を入れて兵力として育てる実験。僕が王都に居た頃、僕が始めた研究だ」
クロードは魂と魔力の因果関係について研究する『魂魄学』の第一人者であり、その論文は王都でも有名だ。非人道的な実験も多々行っており、悪い意味でも名前が通っている。今はもうそういった類の研究はしておらず、学者も引退しているが。
「この実験の発案者は僕でね、強力な魔法使いや戦士にある種の不死性を持たせようと考えたのさ。死んだ後、魂を他人に植え付ける。そうすれば天才と呼ばれた軍師も、剣鬼と呼ばれた大戦士も、永遠に王国を守ることができる。優秀な人材が死ぬことのない、素晴らしい研究さ」
ルイスは口を挟まずに、ただ紅茶で唇を濡らしながら話を聞く。
「しかし実験は失敗だらけ、魂が定着しないんだ。元は他人の体だからね、そううまくいくものではない。だが数をこなせばいつかは成功する、僕もそう確信していた」
計算では正しかったはずだ、クロードはそう呟く。
「けど違った、何人もの赤子を犠牲にしても、誰一人この世には帰ってこなかった。それで僕はもう疲れちゃってね、赤子を殺す罪悪感にも、犠牲を無駄にする失敗の連続にも。だから僕は王都の研究所を辞めたのさ。僕が抜けたことにより実験は凍結、責任を取って僕は王都から追放、というわけさ」
ルイスもこの話は知っている。
というより、ルイスとクロードが知り合ったのは、その魂魄学についての研究発表時だった。
だから、初対面の時、ルイスはクロードが外道にしか見えなかった。
「だがね、知らないところで実験は再開され……とうとう成功したらしい。その成功作がこの子、アイニールらしい」
「つまりその子には、その子と違う魂が入っているのか?」
「ああ、そしてこの子に言えることは『制御不能』『危険』と言うことだけさ。あろう事か王都の研究者達は人間の魂では強度が足りず、ハーフエルフであれば可能と考えたらしい、エルフの魂は強固だからね。アイニールという名の当時十三歳だった女の子に、歴代最強のハーフエルフ、その魂を植え付けた」
歴代最強のハーフエルフ?
ルイスの記憶に印象的な者はいない。
「二百年前、この国へたった一人で宣戦布告をし、当時の勇者を二人殺害、四人を再起不能にした厄災の半魔『ノヴァ』その魂を埋め込んだ。そして魂を埋め込まれたのが、入学予定のアイニールというわけさ」
××××
ノヴァ。
二百年前に王都で反逆を起こしたハーフエルフ。
歴代最強の呼び声も高く、ノヴァの討伐――それだけのために勇者が選出されたほどだ。
彼がなぜ王都を襲い、王を殺そうとしたかは不明だが、勇者が二人殺されるほどの手練れ。
その脅威は十分理解できる。
「どうトチ狂ったらそんな発想になるかはわからないが、どうやらノヴァの魂を少女の肉体に入れて制御するつもりだったらしい。勇者を二人も殺せるハーフエルフだ。制御さえできれば一騎当千の大戦士になる」
「魂を?」
「ああ、そうだ。知識を持つ生物にはすべて魂を持っている。魂だけの存在を思念体や精神生命体とも呼ぶんだが、それについては知っているだろう?」
「それくらい知っている」
例えばフリーシェに憑依していたイフリート。
奴も思念体の一種であり、人に憑依して乗っ取る事で全力を発揮できる。
「まぁ解りやすく言えば、人の魂を抜き取ってそれを違う人の肉体に埋め込んだのさ」
「それで、制御できたのか?」
「できていない、最初はとても従順だったらしいんだが……一度暴走してね。死者四名、負傷者十数名をだしながらも捕らえる事には成功。それ以降は王都の地下牢獄に投獄していたんだが、僕たちが引き取る事になった」
「なぜ私達が引き取る事に? いやそれより、ノヴァをそんなにも簡単に捕らえる事ができたのか?」
噂程度にしか聞いていないし、文献を漁った程度だ。
しかしノヴァというハーフエルフは、当時の勇者を数人殺したほどだと言われている。
それを捕らえるなど簡単ではない。
ルイスがそんな事を考えていると、クロードは指を二本立て説明を始める。
「まず一つ、何故引き取るのかだけど、前にも言った通り君をこの地に召集するためさ。言っただろ? 仕事を引き受けたって。その仕事がノヴァの討伐だったのさ」
ルイスは口に入っていた紅茶を吹き出し、目を丸めてクロードを見る。
確かに言っていた。
自分をこの地に呼ぶために、仕事を引き受けたと。
「それと、もう一つの質問だが。少女の肉体に魂を埋め込まれたせいでノヴァは本来の力を発揮できない、君が監視していれば十分驚異は抑えられる」
「とんでもない仕事を引き受けたんだな、ノヴァを討伐するって……。二百年前の勇者が九人がかりでも殺せずに、封印するしかなかった奴だろう?」
クロードは頷き、もう一枚羊皮紙を手渡してきた。
これも慣れたものだ。
それに目を通すと、やはりアイニールという少女の状態が事細かに記されている。
「僕自身も自分の軽率さを恨んでいるよ。前に王都の地下でノヴァと話したんだが、とても恐ろしい男だった、正直言えばもう二度と会いたくないくらいさ」
クロードの話を聞きながら、ルイスは羊皮紙を読んでいく。
読み取った調書を頭の中でまとめると、アイニールという少女の肉体にノヴァの魂を無理やりねじ込み、その結果一つの肉体に二つの魂が同居している状態になっているらしい。
概ねクロードの説明通りだ。
「じゃあ質問なんだけど、私がノヴァの討伐を拒否した場合はどうなるんだい? 私をここに呼び寄せる条件として、ノヴァの討伐を引き受けたんだろう?」
「その場合、君の所有権が王都に映り、東の戦地へ向かう事になるだろうね」
「教師は続けられないな」
「うん、不可能だね」
ルイスは額に手をあてて項垂れる。
あの三人と別れるのはルイスとしても嫌だ。
「ノヴァの討伐方法はどのようなものがあるんだ?」
「ノヴァの魂だけを殺すのが一番手っ取り早い。だが魂魄学の権威である僕でさえ、ノヴァの魂に傷をつけることはできない。本人の強さと、魂の強さは比例するからね。とにかくノヴァをアイニールから分離させることができれば、討伐はできるだろう」
ちなみに、
クロードは一度話題を置く。
「アイニールという少女を殺すという選択肢も無しだ。ノヴァと魂が同居しているとはいえ、少女の肉体に半ば封印されているような状態だ。少女を殺せばノヴァは魂だけの思念体となり、またどこぞで復活するだろう。扱い辛い兵器を、王都が殺処分しないのもそういった理由があるのさ」
ルイスは口を閉じたままクロードを見つめる。
イフリートのような思念体になり、誰かに憑依すれば完全に自由の身となる――ということだろう。
それにルイスは少しだけ眉をひそめた。
生徒になる予定の少女を殺すという選択肢、それを提示してきた事に少しだけ腹が立ったからだ。
「分かったよクロード、例え二〇〇年前の勇者が束になっても勝てなかった相手だとしても、私が勝てないという保証はない。ノヴァの討伐、引き受けるよ」
「いいのかい、ルイス?」
「私がこの地で教師を続けるためにも必要なことなんだろう? なんだかんだ言って、私は教師という職を気に入っているのさ」
ルイスは二枚の羊皮紙を懐に入れて残った紅茶を飲み干した。
××××
クロードからの頼み事を引き受け、丸一日が経過した。アイニールという少女がここへ来るまであと少ししかない。だが、どれほどの対策を考えても、ノヴァという存在を排除する方法が思いつかなかった。
結局のところ、傍で監視するのが効率が良い。
そんな結論に達しかけていた。
「先生、どうしたの?」
考え事をしていたルイスの隣に立ち、メイアが心配そうに顔を覗いてくる。
「いや、何でもないよ」
「本当に? 魔眼使って心の中覗いてもいい?」
「ダメ」
「やっぱり隠し事してるのね、私でよければ相談にのるよ?」
ルイスはメイアに向き合い、微笑みかける。
こんな子供に心配させてはいけない。
「ありがとうメイア、けど大丈夫だよ」
「そう、ならいいわ。けど、話したくなったら話してくれていいわよ」
「わかった、その時は頼るよ」
ルイスはクロードから聞いたノヴァの印象を思い出す。
王都の地下牢に投獄されていても尚、ノヴァはげに恐ろしいオーラを持ち、ただ自分の快、不快だけを指標に生きているような存在だったという。
ルイスには想像もつかないが、それでもいつもとは違って真剣な眼差しで話す友の言葉を、信頼する以外の選択肢などない。
「ルイス殿、いらっしゃいますか?」
外から声が聞こえて、窓から顔を出すと赤髪の剣士ベリアルが入口の前に立っていた。
「どうしたんだい?」
「ノヴァが来ると聞きましたので、クロード様から自分が派遣されました。年は若いのでここに混ざっても生徒達には心配をかけないだろう、ということです」
クロードが監視要員として、彼をよこしてくれたと言うわけか。
ベリアルもある程度は腕が立つ、生徒達を守るくらいは頼めるだろう。
「わかった、入ってくれ」
窓からそう告げ、ルイスは迎えに玄関まで向かう。
「ルイス先生、誰か来たの?」
「ああ、クロードの部下が一人私の補助に来てくれた」
「補助?」
「ああ、少しの間だけだと思うけどね」
ルイスは、ノヴァがここへ来ることを伝えてはいない。
というより、伝えるか迷っていた。
余計な心配をかけたくはない、というただ一点のみだが。
「おはようございますルイスさん、自分はあの子達の護衛ということでしょうか?」
精悍な顔つきでベリアルは背筋を伸ばす。
「そうだね、でもベリアル……君とノヴァが戦ってもまず勝ち目はないと思う」
というより、ノヴァの伝承が真実ならば、勇者以外ほぼ太刀打ちできないだろう。
いや、勇者であっても一対一では分が悪いかもしれない。
「承知しています、自分はあの子達を守る事、それのみに注力いたしますのでご心配なく」
「そうか、ありがとう」
子供達を守るのは大人の仕事だ。
例え命を懸ける事になっても、それだけは貫き通さなければならない。
「ルイスさん、ノヴァの到着予定時刻ですが……」
「解っているよ、もう来ているんだろう?」
ルイスの魔力感知範囲に、歪な存在が確認できた。
禍々しく、感じているだけでも吐き気がする。
「では私達は外へ行こうか、あの子達は中で待っていてもらおう」
「解りました!」
ルイス達は学び舎の外で馬車を待つ。
ノヴァを乗せた馬車を。
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