13話 英雄になる資格
学び舎につくと、ガイリックの提案で昼飯となった。
テーブルに出した十人前の料理は、胃袋に底がないかのように一瞬で食べつくされてしまった。
「相変わらずルイスの料理はうまいな」
ガイリックは自分で食べた食器を驚異的なスピードで洗い、十人分の皿を一瞬で片付けてしまった。一方でルイスは、ガイリックが持ってきた果物を切り分け、テーブルにデザートとして出す。
三人の分も残しておかないと。
そう考えて、この部屋から出てもらっている三人の果物を分けておいた。
「それで、一体何の用があって来たんだ?」
「お別れも言えなかったパーティーメンバーの顔を見に来るのに理由がいるのかよ?」
「それは、そうだが……」
「なんてのは冗談だ、これを届けに来たんだよ」
そう言ってガイリックが懐から取り出したのは、青い結晶が中央に埋め込まれた小さなネックレスだった。
「勇者の証だよ、魔王討伐を記念して王様が作ってくれたんだ。お前も表向きには英雄になってはいねえが、これはお前のものだから受け取っとけ。幸運のまじないがかけられてるらしいから、損はねえよ」
「そうか、受け取っておくよ」
受け取ったネックレスを首にはかけず、そのまま懐に仕舞う。
そして切り分けた果物を一つ掴み、ルイスはそれを口に入れる。
「にしても驚いたぜ、ルイスがこんな場所で教師になるなんてな。しかも生徒の内二人は可愛らしい女の子ときている、英雄色を好むとは言うがお前も例に漏れなかったらしいな」
笑いながらそう話すガイリックに、ルイスは冷たく笑いながら訂正を加えてやる。
「フリーシェは男の子だよ、女の子みたいに可愛らしいけど」
「え、あいつ男だったのか!」
「なぜ気付かないんだよ」
「いや普通気付かねえって。にしてもルイスにそんな趣味があったとはな……」
「どういう意味だコラ」
口元だけは笑い、目は怒りに燃やしてルイスは顔を近づける。
ガイリックの考えて居ることは予想がつくので、そんなイメージを持たれるのは勘弁願いたい。
「それで、他に用事はないのか? まさかこんなネックレスを届けるために、わざわざここまで来たわけじゃないだろう?」
「ありゃりゃ、それもお見通しか」
ガイリックは立ち上がり、紅茶を二杯いれて二人の前に置く。
そして唇を濡らし、一度深呼吸をして言葉を紡いだ。
「なぁルイス、王都に来る気はないか?」
真剣な顔つきと、普段とは違う物静かな声で問う。
「ジェイク以外の奴らと話してな、お前だけ英雄から外されたのはどう考えてもおかしい。アンタが居なかったら魔王には絶対勝てなかった、そんなアンタがこんな場所で教師の真似事なんて、どう考えてもおかしいだろ」
ガイリックは声を荒げる。
聞けばジェイク以外の勇者はルイスに対する扱いに納得がいかないらしく、どうルイスを英雄として国民に認知させるかを話し合っているらしい。
嘆願書を出しては断られるの繰り返しで、痺れを切らしたガイリックが強引に居場所を聞き出し、ここまでやってきたという事だ。
「ちゃんと国民にお前が世界を救った勇者であると伝えるんだ、それがルイス、アンタが受け取るべき正当な報酬だ! 俺達だけが英雄扱いなのは許せねえ」
ルイスは微笑みながらガイリックの話を聞く。
「宰相を含めた上層部は俺達が黙らせる。アンタが半魔だから何だってんだ、この世界を救ったのはお前らが蔑んでいる半魔だって、目の前で言ってやる。それでも反論する奴は俺がぶん殴る!」
ガイリックは怒りを露にしながら話を続ける。
そして立ち上がり、手を差し伸べた。
「だから王都に来い! 今すぐにでも!」
話を聞き、ルイスは胸が温かくなった。
こんなに優しい青年と共に旅ができたことは自分の誇りだ。
ルイスは、そう思った。
「私はね、今の生活が気に入ってるんだよ」
ルイスは紅茶で唇を湿らせる。
「あの子達は勇者になりたいって言っていてね。フリーシェは私に憧れなんて抱いてくれて、リリックは不器用ながらも私の強さに近付こうと努力している。そしてメイアとはやっと仲良くなれそうなんだ」
三人を思いながら、ルイスは微笑む。
「結局のところ、私はあの子達が好きなんだよ。あの子達が本気で勇者になりたいんだって。だから私はそれに応えたいんだ。あの子達を強くしてあげたい、だから私は王都にはいかないよ」
しっかりと、自分の気持ちを伝えた。
自分の覚悟も伝えた。
そしてルイスはカップを手に取り紅茶を飲む。
「本気なのか?」
ガイリックはため息交じりに問いを投げる。
「うん、本気さ。君の気持ちはありがたい、嬉しくて涙がでるほどだ」
嘘は言っていない。
本当に嬉しい。
だけど、英雄になれなくたってルイスはもう救われている。
フリーシェとの出会い、そしてあの言葉がなければ頷いていたかもしれない。
「だけど断るよ、私はここで教師を続ける」
ルイスはしっかりと目を開き、薄く笑みを浮かべながらそう告げた。
国民の英雄になれなくたって、大切な人に英雄と呼んでもらえたのだから。
なにより、愛する生徒達と別れて王都に行くなど考えられない。
「…………わかった」
気が抜けたようにガイリックはそう答え、背もたれに体を預けて天井を見上げた。
「アンタは昔からそうだよな、柔そうな顔をしてると思えば、一度決めたら梃子でも動かない。昔はその性格に苦労させられたぜ」
「フフフ、懐かしい思い出だね」
ガイリックは他の仲間たちとは少し違う。
他の勇者とは、ほとんどが三年程度の付き合いしかなかったが、ガイリックとは十五年来の仲間だ。二人だけが知っている事も沢山ある。
「わかったよルイス、諦める。だけど王都には顔を出せよ、他の奴もお前に会いたがってんだ。俺だって宰相を殴って、無理やり居場所を吐かせてきたんだからな」
「すごい事をするなぁ、相変わらず」
そして二人で笑いあい、勇者同士の談笑をしばらく楽しんだ。
ほかの仲間が何をしているのか、今はどこに住んでいるのか。
ガイリックが知っている事を教えてもらった。
××××
生徒達を学び舎の裏に集め、その対面にルイスとガイリックが並ぶ。
なぜ二人で見ているのかと言えば、ガイリックはルイスがどのように教えているのか興味があり、見学したいと言い出したのが理由だ。
「じゃあ練兵場での訓練も中途半端だったし、ここで特訓を再開しよう」
ガイリックに見られて緊張しているのか、フリーシェとメイアは動きが硬いが訓練を再開した。一方でリリックは瞑想し、魔力の循環を高めようと頑張っているようだ。
「へぇ、案外ちゃんと教師やってるんだな」
後ろから眺めていたガイリックが三人を眺めながら言う。
「魔法と体術は得意だからね、剣術の授業になった場合教えられるか不安だよ」
魔法、剣術、体術、これが戦闘における基本的な三要素。
「剣術も勇者の平均ぶっちぎってんじゃねえかよ、剣術しか取り柄のねえ俺に対する嫌味か」
「ハハハ、剣術の授業になれば君を王都から呼び出そうかな」
「ああ、是非そうしてくれ。王都での仕事にうんざりしてんだ」
溜息交じりにガイリックはそう呟き、肩を落とした。
そんな会話を繰り返しているとリリックの瞑想が終わり、彼は右腕に魔力を充填させていた。
先ほど放った電撃魔法を発動させるつもりだろうが、異様なほどに魔力が多い。
あれならば、とてつもない破壊力を得るだろう。
しかし、
「アレじゃ駄目だな」
ガイリックがそう呟き、ルイスも同意した。
答えはとても簡単で、見ていればすぐにわかる。
リリックは貯めた魔力を電撃に変えて空へ放つ。
練兵場で放った魔法とほぼ同威力だが、射程は伸びずに十五メートルほどで消えてしまった。
「魔力を込めすぎなんだよな、アレじゃコントロールしきれない」
ガイリックはそう呟きながら、リリックの傍まで足を運んだ。
「おいガキ、今なんで魔法が途中で消えたんだと思う?」
急な問いかけに驚いたようだが、リリックはためらいがちに一度頷く。
「魔力を込めすぎて、コントロールができなかったんだと思う」
「へぇ、分かってんじゃねえか」
ガイリックは隣に立ち、掌を前に出す。
「魔法を発動する時、その威力を決めるのは魔法の種類、そして魔力量だ。だが大量の魔力を込めれば、それだけ破壊力が増すというわけじゃない、大量の魔力を込めて、なおかつそれをコントロールしてこそ魔法は真価を発揮するんだ」
「それは解ってるけど、感覚がつかめないんだ」
「もっとフラットに考えろ。お前が発動するのは魔法じゃなくて、体の一部を伸ばしているような感覚でやれ。こんな風にな」
そうしてガイリックは掌を上に向ける。
そしてその腕に魔力を込めていき、魔法を発動させた。
「雷撃」
するとガイリックの腕から細い稲妻が走り、それが天まで上った。
視認できる範囲を超えても、稲妻は衰える事なく上り続ける。
「こんな風に、お前の込めた魔力の十分の一程度でもあれだけ射程がでるんだ。細く小さく針のように、そうすりゃおのずとコントロールできるだろうぜ」
そう言ってガイリックはリリックの肩を叩き背を向ける。
随分と得意気な顔で、ルイスを見ていた。
なんだ、褒めてほしいのか。
「すげえな、どうやったらそんな風になれるんだ?」
ガイリックへ向けて、リリックは冷や汗を流しながら目を見開いていた。
やはりリリックのような元兵士の人間は、勇者というものは憧れの対象なのだろう。
「お前らと変わんねえよ、俺はルイスの元で修業したんだ。そしたら勇者になれるくらい強くなった、ルイスは元々馬鹿みたいに強ぇが、教えるのも馬鹿みてぇにうまいんだよ」
ニヤケ面のままルイスに目をやり、ガイリックは言った。
二〇年前から長期間、ルイスはガイリックの指導をしていた。
それもあり、ガイリックの実力は今世代勇者でも三指に入る。
「じゃあアンタつまり、俺たちの兄弟子って事か?」
「そういう事だ、だから少しくらい気にかけてやるよ。俺の指導を受けられるなんてそうねえんだから感謝しろよ?」
会話が聞こえていたのか、フリーシェとメイアが驚いたように目を丸くする。。
「ルイス先生って、勇者まで育てたのね……」
「先生すごーい」
照れを隠そうと微笑んでから、ルイスもフリーシェとメイアの指導に入った。
リリックは向こうに任せておけばいい。
「ほらほらちゃんと集中しなきゃ、リリックに差を広げられちゃうよ」
ルイスはフリーシェとメイアを、ガイリックはリリックの指導を担当し、数時間もすれば全員が見違える程の技術を身に着けた。勇者の指導というアドバンテージを抜いても、驚異的なほどに。
勇者になるために集められた少年少女であるのだから、皆それなりの才能はあるようだ。
特にフリーシェの成長速度には、目を見張るものがある。
まだ魔法の基礎を教えて一日だが、それでも基礎ができていた。
「日も暮れるしそろそろ俺は帰るよ、ある程度技術は叩き込めた」
ともに壁を背に座り、休んでいるとガイリックが空を見上げながら呟く。
「もう帰るのか? 夕飯だけでも食べていけばいいのに」
「いや、任された仕事を全部放置して来たからよ。さすがに今日中に戻らねえとやべえんだ」
勇者は救世の任を果たした後は様々な場所へ顔見せに周り、資金援助をしてくれた王族や貴族達に礼を言って回ったり、他にも多種多様な仕事があるはずだ。
それをサボってくるとは、多分後で相当怒られるだろう。
そんな事を考えていると、ガイリックは壁に背を預けたまま顔を上げた。
「一つ訊きたかったんだ、なぜアンタは勇者になったんだ? ルイスは強いけどさ、貴族の反対を押し切ってまで勇者になって世界を救うってガラでも無いだろ?」
不思議そうに、ガイリックは言葉を放つ。
その一方で、ルイスはただ空を見上げながら黄昏ていた。
「理由ねぇ……」
ルイスが勇者の剣を抜く際、貴族や議会からの反対は相当なものだった。
それでもルイスは反対を押し切り、見事剣を抜いた。
剣を抜いた後も半魔が勇者を名乗るのは相応しいのか議論がなされたが、それでも反対を押し切ってルイスは強引に勇者を名乗った。
それは英雄になり半魔への扱いを少しでも改善したいという理由もあったが、それはオマケ程度。
ルイスが勇者になった理由、それは――
「君のためだよ、ガイリック」
「俺? 俺のために勇者になったってのか?」
自分を指さしながら、少し驚いたようにガイリックは聞き返してきた。
「私の弟子である君が勇者になったんだ、ならば師匠として私には君を守る使命がある。そう思っただけさ、実際君の命を何度救ったことか」
「ルイス……」
ルイスに家族と呼べるような存在は居ない。
父も母も、顔すら覚えていない。
だからこそ、二〇年以上付き合いのあったガイリックを弟のように思ってきた。
弟子以上に、家族だと。
「ガイリック、君を守るために勇者になって……今は二人とも元気に生きている。ならば、これ以上の幸せはないだろう?」
笑いながらそう答え、ルイスは立ち上がる。
英雄になれなかった事は確かに残念だったけど、それでもルイスは目的を達した。
「だから私の事は気にせず、また遊びに来い。今度は連絡しろよ、お前の好物を作って待っててやるから」
ルイスはまるで子供のような笑みを浮かべながら、後ろで座るガイリックに手を差し伸べる。
「ずるいぞ、アンタ……」
ガイリックは目をこすりながらルイスの手を取って立ち上がると、一度だけ固い握手を交わした。そして手を離すとガイリックは生徒達の方へ顔を向け、
「また来るぞ、今度は王都の美味い飯を持ってきてやる!」
そう叫んだ。
すると次の瞬間にはガイリックが高く跳躍し、魔力の噴射で空を飛ぶと王都の方角へ向かった。
あっという間に見えなくなり、ルイスは鼻をすする。
「また会おう、ガイリック」
聞こえるはずのない別れを伝え、ルイスは生徒達と学び舎に戻った。
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