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12話 六徳の勇者ガイリック


 兵長達と戦った翌日の昼、ルイスと生徒の三人は練兵場に集まっていた。

 今日ここへ来たのは、生徒達に魔法を覚えさせるためだ。


「さて、じゃあ君達には超初歩的な魔法である『魔弾』について教えちゃおう」


 魔弾――魔力を球体状に留め、それを放出して相手に当てる攻撃。

 魔法の基礎とも呼べる物で、これに属性を付与すればイフリートが放った疑似太陽や、ゲイルが放った氷柱のようになる。


「まず体内にある魔力を循環させる、そして目の前に球体をイメージして魔力を体から放出して球体を作るんだが――」


 お構いなしに論を続けるルイスに、フリーシェが手を上げた。


「僕、魔力とかあんまりわかんないや……」


 フリーシェが不安そうな顔で呟く。


「フリーシェ、魔法に大切なのはイメージさ。球体をイメージして、そこに力をこめる。そうすれば自然と魔弾の原型ができあがるよ」

「うーん、難しいなぁ」


 どうやらフリーシェは、魔力そのものを理解できていないのかもしれない。

 ならそこから説明するのが早いだろうとルイスは判断した。


「フリーシェはさ、荷物を持つ時に体に力を入れるよね? 魔力ってのはその力によく似ているんだ、可視化した力と言えばわかりやすいかな? 荷物を持つ時、体中の筋肉が連動して力がでるように、魔法を使う時全身の魔力が君を支えてくれる」


 ようは慣れだよ――ルイスはそう笑ってフリーシェの頭を撫でる。


「わかった、僕頑張るよ」

「その意気だよ」


 魔法を発動させようと頑張るフリーシェを置き、次にメイアを見る。彼女も彼女で苦戦しているらしく魔力は感知できているが、それを形どる事に手こずっているらしい。

 彼女はフリーシェやリリックと違い、魔力量はいたって平均なので余計に頑張らないといけないのだが、先は長そうだ。


「難しいかい?」

「ええ、魔力を見ることはできるの。けどそれを動かそうと思ってもうまくできなくて……」


「それに関してはただ練習あるのみだね、私も最初は数日かかった。根気よくやるといい、魔力をコントロールする術を覚えれば、もっと魔眼が扱いやすくなる」


 頑張ろうね。

 そう激励したルイスは、少し離れた場所に立つリリックの元へ足を進めた。


 闘気を纏い、銀髪をなびかせるリリックの元へ。


「待たせたね、じゃあ始めようか」


 リリックの正面から十メートルほどの場所に立ち、防御魔法を展開する。


「本当に良いんだな? 怪我してもしらねえぞ」


 準備体操をするリリックは、少しだけ気まずそうにしている。

 今から行うのは戦闘訓練。


 それもリリックが一方的にルイスへ攻撃するといったものだ。


 昨日、ルイスの戦いを見て勇者との実力差を実感したリリックが、どれほど差があるのか、それを確かめるためにルイスとの戦闘訓練を申し出たのだ。


 勝てない事は百も承知だが、それでも全力をぶつけてみたい。

 リリックはそう語った。


「結界じゃなくて防御魔法を張った、これを突破して私に怪我をさせる事ができたら……君はもう勇者になれるよ」

「ヘへッ、マジかよ。じゃあ全力で行くぜ」


 リリックは詠唱を開始し、魔力を腕に溜める。

 どんな魔法を使うのかはわからないが、強力な魔法であることは十分理解できた。


「ほほう、凄いな」


 ルイスは強大な魔力の波動を感じ、目を見開く。

 ハーフエルフの持つ、人間と画一した魔力量。

 それを全て注ぎ込む気だろう。


「行くぜルイスさん! 這電撃(エルトーレ)!」


 瞬間視界を覆うほどの稲妻が走り、ルイスの防御魔法を激しく打つ。灰色の電撃、空気を打ち破る轟音と共に閃光が周囲を照らし、大地が稲妻の力に揺れた。

 やがてルイスの張った防御魔法にヒビが入り、端から徐々に欠けていく。


(予想以上だな)


 ルイスは前に手を出し、魔力を込める。


「エル・マテリアル」


 ルイスは詠唱を重ねた魔法の二重展開で、防御魔法の底上げを行う。


 詠唱を混ぜた防御魔法、魔王の一撃でさえ防げるだろう。

 やがて放たれた稲妻はルイスの防御魔法に吸収され、リリックが魔力切れを起こした事で攻撃は止まった。

 目を向けてみると地面に四つん這いになって、顔を赤くしながら息を荒げているリリックの姿が映る。


「冗談だろ、俺の全身全霊なんだぞ……」

「世界の広さを知ったかい? 一応言っておくが同期の勇者には、私より硬い防御魔法を持つ者も居るんだよ」

「正直アンタを殺すつもりで打ったよ、それくらいじゃないと通用しないと思っていたからさ」


 正直な物言いに傷付くルイスを無視して、リリックは地面に腰をつける。


「エルフの血を持つ俺でも、アンタには勝てないんだな」


 エルフは高い魔力を持つ種族であり、子供も生まれつき魔力を感知して、小さい頃から魔法の鍛錬を行う。長寿なせいであまり実力は伸びないが、それでも人間と比べれば文字通り桁が違う。


「君はまだ十九歳だ、君が私と同じ年齢になるころにはきっと私を追い抜いているよ」

「そうあるように頑張るさ、魔力切れだから少し休むぞ」


 ルイスは一つ頷くと、遠巻きに眺めていた兵士達に、その場ですみませんと頭を下げる。


 防がなければ練兵場が消し飛びかねない規模の魔法だった。

 さぞかし驚いただろう。


「素晴らしいですね」

「うおぅ!」


 急に後ろから声がかかり、飛び上がりながら振り返る。

 するとそこに居たのは、昨日剣術勝負をしたベリアルだった。


「えっと、ベリアルさん……でしたっけ? どうされたんですか?」

「いえ、凄い規模の魔法が見えたので、様子を見に来たんですよ」

「いや、すいません。ご迷惑をおかけしました」


 小さく頭を下げ立ち去ろうとしたのだが、ベリアルは話を続ける。


「自分は、勇者様と会うのは初めてなんですよ。お話聞かせてもらってもよろしいですか?」


 ニコニコと屈託のない笑みでそう続けるベリアルだが、話といわれても少し迷う。


「いいんですか? 私みたいな半魔と話して……」

「兵長が見れば色々と小言を言われるでしょうが……今日は来ていませんからね。それに今は休憩中です」


 片目を閉じて、唇に一本指を立ててベリアルは笑う。


「噂話程度しか聞いてないのですが、ルイスさんは歴代最強の勇者だと」

「クロードが言っただけですよ、過去には私よりも強い勇者は沢山いたと思います」


「御謙遜を、クロード様はふざけているような人ですが人に対する評価に世辞を使いません」

「そうですか? あまりそうとは思えませんが……」


 何を考えているのかわからず、自分が楽しむ事を第一優先にしている。

 それがクロードに対するルイスの感想だ。


「ベリアルさん、アナタは半魔に偏見がないのですか?」


 ふと思いがけず、そんな事を口走った。ルイスはこれまで何度も迫害を受けてきた。ほぼ初対面の相手が、これほどまでに気さくに話しかけてくることなど、ほとんどない。それ故に、少し面食らっている。


「そうですね……半分が悪魔と言われていますから、少し怖いとも思っていました。しかし昨日アナタと出会い、子供達と仲良くする姿を見てしまいましたから。自分はこの目で見た事だけを信じます。あなたはとても優しくて強いお方だ」


「それは……ありがとうございます」


 心が温かくなる物を感じ、ルイスは顔を伏せた。


「他の人もアナタと話したがっているんですよ? ほら、あそこでゲイルさんもこっちの様子をうかがっていますし」


 ゲイル?

 誰のことだったろうと記憶を探りながらベリアルが指をさす方向に目をやると、昨日魔法の勝負をした薄目の男が居た。


 彼は手に何かを持ったまま、チラチラとこちらを見ている。


「あの人は何をしているんですかね?」

「さぁ、自分には解りません」


 そんな会話を繰り返していると、ゲイルはためらいがちにゆっくりとルイスの目前まで歩いてきた。


「あの子達は何してんだ?」


 ゲイルがフリーシェとメイアを指さしながら、薄い目を少しだけ開く。


「魔法の特訓です、彼らは魔法については初心者同然ですから」

「そうか……」


 ゲイルは手に持っていた物をルイスに投げると、そのまま背を向けた。

 藍色に輝く拳ほどの結晶、どこかで見たことがある。


「魔力の循環を助ける魔石だ、余っていたのを貸してやる。勘違いするなよ、貴様のような半魔のためではなく、あの子達のためだ」


 背を向けたままそう言い残し、ゲイルは去っていった。どうやらこの魔石を渡すのが目的だったらしいが、随分とそっけない態度だった。


「気を悪くしないでください、あの人も素直じゃないんですよ」

「誰に需要があるのでしょうか?」


「さぁ? あの人も妻子持ちですし、それがツボな女性もいるのでは?」


 仲間に対して随分辛辣な言葉だ。

 そんな事を考えていると、ベリアルも歩き出し兵士達のほうへ向かう。


「何人かはまだアナタを半魔だという理由で嫌っているのかもしれません、しかし自分を含め、何人かはアナタに尊敬の念を抱いていますよ。ではまたいつか、今度はゆっくりとお話を聞かせてください」


 その言葉を最後に、ベリアルも帰っていった。

 どうやら休憩時間が終わったらしい。


「ふぅ……」


 仲良くとまでは言わないが、それなりに良好な関係を築けたのかもしれない。

 そんな事を考えながら、ルイスは魔法の特訓をする二人の方へ足を向けた。



 ××××


 手取り足取り二人に魔法の発動方法を教えていると、メイアが顔を上げる。


「ルイス先生、さっきあの人と何話してたの?」

「ただの雑談だよ、どうしてだい?」

「いや、なんだか楽しそうだったから」


 顔が赤くなるのを感じ、ルイスは顔を逸らす。


「そんな事言ってないで集中だよ。魔法の使い方を覚えれば、魔眼のコントロールもうまくいくと思うし、頑張ろう」


 メイアは何も答えず、その代わりにクスクスと笑う。

 なんというか、メイアからいたずらっ子のような気配を感じ、ルイスは肩を落とした。


「まったく」


 メイアも魔眼の使い方を覚える事に必死になり、そして自分を先生と呼んで慕ってくれている。可愛らしい性格をしている生徒に、ルイスは自然と笑みも零れる。


 だが、


「――――ッ!?」




 瞬間体に悪寒が走り、西の空を見上げた。


 何か強大な力が迫ってきている。


 確信があるわけではない、単なるルイスの勘だが間違いはないだろう。


 とてつもない速度、ドラゴンか、それとも復活したイフリートか?


 あるいは新たな世界の敵か。

 ルイスは魔力感知を限界まで広げ、向かってくる力の正体を探る。


「あれ?」


 相手が感知にかかった瞬間、どこか懐かしい魔力の波動を覚え、同時にそれが人間であると気付く。空を飛んでいるようだが、普通の人間に出せる速度ではない。


「もしかして……」


 心当たりを思い出し、ルイスは練兵場の中央に円形の結界を張った。

 着地の衝撃を和らげるためにだ。


 するとその結界に気付いたのか、空を飛ぶ者は急激に進路を変更し、結界めがけて一直線に降下する。無茶な軌道で、普通に人間なら体がバラバラになってもおかしくない速度。


 ここまで来てようやく気付いたのか、リリック、そしてベリアルが同時に空を見上げる。

 空気が破裂する音とともに、衝撃波を出しながら地面へと落ちるそれは空中で一回転すると足からルイスの目前に着地した。


 着地の衝撃で地面が割れて、土煙が空へと昇る。

 ベリアルを含めた兵士達は何事かと駆け寄ってきて、 魔物の襲来とでも思っているのか何人かは剣を持っていた。


 一方でリリックはフリーシェとメイアを守れるよう背後に抱えている。

 とてつもない力の波動に、エルフの防衛本能が働いたのだろう。 


「ッたく久しぶりだっつーのに変わらねえな! 魔王を倒したってのにこんな田舎でなァにしてんだよ」


 聞き覚えのある声にルイスの顔から笑みがこぼれる。

 やがて土煙が晴れるとそこに居た男に手を振った。


 藍色の服に黒の上着を重ね着し、短い髪が風で揺れる。

 顔に刻まれた傷が目を引き、屈強な肉体からあふれる力が周囲を揺らした。


「久しぶりだねガイリック、あの宿屋以来だ」

「ほんとだぜ、あの時は別れの挨拶も言わずに出ていきやがって」


 口角を上げながら空から降ってきた男、ガイリックは空中で腕を薙ぎ土煙を晴らした。

 そして周囲を取り囲む兵士達に気づき、目を丸くする。


「なぁルイス、なんだコイツら?」

「お前が派手な登場をするからやってきたんだよ、さっさと皆に名乗りな」

「あ、そういう事か。ンだよ、こいつら俺の顔知らねえんだな」


 ガイリックは呆れたように笑うと、腰に手を当てて胸を張った。


「我が名はガイリック・ノブゴドロ! 者共頭が高いぞ!」


 どんな挨拶だ。

 案の定ベリアル達は固まり、動けないでいた。

 そしてリリックに目を向けると、信じられないといった表情をしている。


「ルイスさん、あの……この方は?」


 ベリアルがためらいがちにルイスへ問いを投げる。

 どう答えればいいのだろうと頭を悩ませるが、面倒になりルイスは口を開いた。


「えっと、彼は勇者……共に魔王を討った私の仲間です」


 この男はガイリック、ルイスと共に魔王と戦った仲間。

 魔王を倒した、九人の勇者が一人。


 瞬間周囲から驚愕の声があがり、ルイスは肩を落とした。










「あの、この剣に名前をください」

「仕方ねーな! ほらよ!」

「ありがとうございます、家宝にします!」


「あの、私はこの袋にお名前を!」

「握手お願いします!」

「自分にもお願いします!」


「わかった、わかった、サインでも握手でも何でもしてやっから。オメーら一列に並びやがれ!」


 練兵場に居た兵士達がこぞってガイリックの周囲に群がり、英雄と出会った記念を残そうと色んなリクエストをしていた。持ち物に魔力で名前を彫ってもらったり、握手してもらったり。


 ガイリックも律儀に答えている。


「あれ?」


 ルイスが兵士達に目を凝らすと、必死の形相でもがく兵長の姿があった。

 思いがけないミーハーな部分に、ルイスは唖然とする。


「お、おいルイスさん。あいつって勇者だよな?」

「そうだよ、半月前までは一緒に旅をしていた。よく知ってるね」


 木陰で椅子に座り、休んでいたルイスは兵士の集団を眺めながら答える。

 思い出してみれば、リリックはここへ来る前王都で勇者の凱旋をみている。ならばガイリックの事を知っていてもおかしくはない。


「はいはい、もう終わりだお前ら。握手も終わり! 俺はルイスに用があって来たんだからよ、これ以上は邪魔すんじゃねーぞ!」


 大声でそう叫びながらガイリックは兵士達の群れから離れ、ルイスの前に来る。

 ふと目を兵士達に向けると、握手もサインも貰えなかったのか兵長が涙目になっていた。


「待たせたなルイス。まったく、あいつら勇者がそんなに珍しいかね」

「そりゃめったに会える存在でもないしね」


「アンタがここに居るじゃないか」

「私は別さ、彼らとも色々あったし。今更あんな感じにはならないよ」


 兵士達が遠巻きにルイス達を眺めている。

 こんな視線まみれの場所じゃ話せることも、話せないだろう。


「とりあえず私の住んでいる所に行こう、ここじゃ人の目があるし」

「お、それもそうだな。それよりこのガキ共は一体なんだ?」


 ガイリックは三人を凝視する。

 一方でフリーシェはルイスの裾を強く掴みながら陰に隠れ、リリックとメイアは緊張した面持ちでいた。


「俺はガイリック、よろしくな! ガイって呼んでもいいぜ!」


 気さくな挨拶に、リリックとメイアは気圧されつつも小さく頷く。 だがフリーシェだけはまだ陰に隠れたままで、顔を少しだけ出している状態だ。よっぽどガイリックが怖いらしい。


「この子はフリーシェだ、あまり怖がらせるなよ」

「怖がらせる? 俺が?」


「あれだけ派手な着地をして、しらばっくれるつもり?」

「あー、アレね。まぁ演出みたいな物って事でここは一つ。よろしくなフリーシェ!」


 名前を呼ばれたがフリーシェは反応せず、顔をルイスの背中にうずめた。

 背中にフリーシェの鼻息を感じつつ、ルイスは練兵場の出口へ足をむける。


「まぁ良いか、とりあえず行こうぜ。腹も減ってんだ!


 そしてガイリックは隣に並ぶ。




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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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