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11話 ノヴァ



≪Side クロード≫


 エルドリア王国。

 ルイス達が住まう王国の名であり、世界でも有数の軍事力を誇る王国だ。


 エルドリア王国の軍事力を支えている物、それは兵力の数も力の一端ではあるのだが、それ以上に勇者の存在が大きかった。エルドリア王国数十年ごとに生まれる勇者を兵隊として扱う。一人一人が一騎当千の力を持つ勇者、救世をなせるほどの力を持った彼らは人間相手ならばたとえ万が相手でも勝つという。そんな勇者を兵力として扱い、この国は膨大な領土を治めている。


 領土の中にはエルフが住まう特区やドワーフ達の集落もあり、耳に挟むだけでは多様性があるように思えるが、王都に行けばその考えは変わる。


 エルフやドワーフ、そして悪魔の血を引く半魔、彼らは常に迫害を受け惨い扱いを受ける。彼らは例え犯罪による被害にあっても衛兵は碌な捜査をしてくれず、むしろ被害者である方が責められるほど。


 それ故にエルフやドワーフは自分達の特区からあまり外にはでず、エルドリア王国内で自分達の国を作っているような状態だ。


 だが、それ以上にこの国で特徴的なのは、魔物の血を引く半魔に対する扱いだろう。

 かれらはエルフやドワーフのように自分達の住まいは持たず、あぶく銭で働かされその日をやっとの思いで暮らすか、犯罪組織へと流れる。そして半魔達は一般人を襲い、それが半魔への迫害心を強めるという悪循環を生んでいた。


 王都の上層部もこれを黙ってみているわけではないのだが、どこから手を付けていいのかすら判らないといった様子で、組織の末端を捕らえては処するといった措置しかとらない。


 クロードにしてみればそれこそが愚行だというのに。


「これが、王都の地下牢獄ですか……初めて見ましたよ」


 兵士に連れられ、クロードは王都の地下へと階段を一歩ずつ降りていく。大きく深い穴を開けその壁面に階段を刺したような作りの階段、一定間隔に松明が灯されているだけしか明かりはなく、数メートル先を見る事すらできない。


 彼は今、エルドリア王国の王都に来ていた。

 ルイスに担当してもらう生徒が、どのような人物か見定めるためである。


「しかし、旦那も物好きだな『ノヴァ』の事が見たいだなんて」


 付き添いの兵士がクロードを横目にそんな事を言う。


「僕が残した汚点のような存在だからね、僕自身の目で確かめる必要があるのさ」


 クロードは額に滲む汗を袖で脱ぎ取った。

 暑いわけではない、ただ緊張で汗をかいているだけだ。


 これから会う人物は、警戒してもし過ぎるということはないのだから。 

 やがてクロード達は穴の底にたどり着き、付き添いの兵士は一人を除いて全員がその場に留まった。

 事前に受けていた説明通り、独房に近付けるのはクロードと兵士がもう一人だけらしい。


「つきましたよ、旦那。この先がノヴァの独房です」


 石でできた高さ二メートルほどの門に、鉄が打ち付けられて強固さが見て取れる。よく見ると門の至る所に呪文が書き記されており、それが結界となって扉の強度を上げているようだった。


「ノヴァとは、これほどまでに厳重にしなければならないのですか?」


 門に触れながら、クロードは問いを投げる。


「そりゃそうでしょう、エルドリア王国始まって以来の大犯罪者ですよ? むしろ自分はこれでも甘いと思いますが……」


 そして兵士は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、それを門に触れさせる。

 すると門が微かに発行し、一人でに扉が開かれた。


「ノヴァはこの先です、くれぐれもお気をつけください」


 兵士の緊張した声に、クロードも自然と体を強張らせた。自分の認識が甘いとは思っていないが、やはりどこか楽観視していた部分があるらしい。クロードは予想以上の厳重な警備に生唾を飲んだ。


「では、行きましょう……」


 慎重な足取りで前へと進む兵士の後ろにつき、クロードは松明に照らされただけの暗闇を進む。

 ノヴァという犯罪者は常にこの暗闇で過ごしているのだろうか、自分であればほんの数日で発狂する自信がある。クロードはそんな事を考えながら進み、やがて松明が鉄格子を照らした。


「おやおや、こんな所に来客とは……珍しい事もあったのですね」


 暗闇から声だけが聞こえる。

 松明はまだ声の主を照らしていない。


「どうされたんです? もっと近付いてはいかかですか?」


 声だけで判断するならとても物腰が柔らかく、上品な声だ。聞いていて癒されるような感覚を覚えつつ、クロードは兵士と共に足を進める。

 やがて兵士の持つ松明が牢屋の中を照らし、そこに居た一人の男にクロードは戦慄を覚えた。


 体中を革紐のような物で巻かれ、一筋の隙間もなく体を椅子に固定されている。

 革紐の下には捕縛布が敷かれており、それが体に張り付いて身動き一つできないようだ。


 かろうじて自由なのは首から上だけ、しかしそれも首に巻かれた革紐で捻る事すらできないだろう。

 これほどまでに自由を制限された囚人など、クロードは見たことがない。

 それ故にその異常性と危険性を瞬時に理解した。


「は、はじめましてだね……僕はクロード。とある地方で辺境伯をしている」

「そうですか、私の名前は必要ないでしょうが……名乗られたからには名乗り返すべきでしょうね」


 松明の光がノヴァの顔を照らし、その表情を露にする。


「私の名前はノヴァ、誇り高きエルフの血を引くハーフエルフです。どうかお見知りおきを――」


 屈託のない笑み。

 綺麗に通った鼻筋に、長いまつげ。

 赤色に輝く瞳が光を反射し一言で表すのならば、ただひたすらに美しい青年だった。

 とても二〇〇年以上生きているとは思えない。


「君は二〇〇年前、王へ刃を向け封印された。だが半年前に君の封印は解かれ、魂だけを抜き取られた。合っているかい?」


「ええ、間違いはありませんよ」


 一目見ただけでは、否――彼の正体を聞いていなければ、こんな牢獄に入れられているのが何かの間違いではないかと疑うほどに、ノヴァは純白にして潔白な空気を身にまとっていた。とてもエルドリア王国始まって以来の大犯罪者とは思えない。


「それで、私に用があったのではないですか? いえ、このまま話を続けるのも、私は一向に構いませんがね。ここは退屈ですし……」


 長い睫毛が松明に照らされ、淡く輝いた。


「君に話があって来た。君の身柄を僕が預かりたい」

「私の身柄をですか? 私が何者か、アナタは理解しておられるのですか?」

「ああ、君の事は良く知っている。その上で君を預かりたい」


 クロードの提案に一番驚いていたのは、牢屋に居たノヴァではなく付き添いの兵士だった。

 これは極秘の任務だ。


 今初めてこの場で口にだしたほど。


「正気ですか、旦那! こいつを世に解き放つつもりですか!」

「大丈夫、とは言い切れない。しかし彼は勇者に監視させる。勇者の前では彼も下手な動きはできな――」


 瞬間、クロードの体を悪寒が駆け抜けた。

 今まで一度として感じたことのない空気に、全身の筋肉が強張りながらクロードに危険信号を出す。


 それは殺気。

 純粋に深く、そして黒く、まるで輝きを帯びるような潤沢な殺気がノヴァから発せられていた。


「勇者、ですか?」


 ノヴァの声に、クロードは体を震わす。


 そして体を縛り上げられ、身動き一つできないはずの男が、とても恐ろしく、同時にいつでも自分を殺せるのだと確信して疑わなかった。


「フハハ……」


 ノヴァが肩を震わしながら笑い始める。


「フハハハハ、勇者にまた会えるのですか! それは素晴らしい! その話、是非お受けしましょう。二〇〇年前の雪辱、現代の勇者に晴らす気はありませんが……とても喰いがいがありそうです」


 とても愉快そうに、ノヴァは笑う。

 その笑い声で、クロードは背に感じていた汗が滝のように流れているのに気付いた。


 恐ろしい、今すぐにでも逃げたい。

 人畜無害そうな青年の瞳が、今はとても恐ろしく思えて仕方がなかった。


「貴様、言葉に気をつけろ!」


 クロードを我に帰したのは、付き添いの兵士が発したそんな一言だった。

 兵士とは言えこの牢獄では監守としての役割も担っている。


 そんなプライドがノヴァに反論したのか、それとも恐怖からの自己防衛だったのかは定かではない。だが彼は確かにノヴァへと『反抗』した。


 だが次の瞬間、兵士は膝から崩れ落ちると、全身を震わせてノヴァを見つめる。


「どこの誰かは存じ上げませんが、私は今クロードと話をしているのです。邪魔をするならば――」


 クロードもつられてノヴァの顔を覗き、死を覚悟した。

 先ほどまであれほどに明るかった青年の顔が、今は怒りと憎悪を混ぜたような空気を醸し出しながら。


 されど眩いほどの笑みを浮かべていたからだ。


「喰い殺しますよ?」


 クロードは確信した。

 この男は一刻でも排除しなくてはならないと。


 しかし同時に不安もよぎった。

 果たして、自分の友人にして勇者でもあるルイスは、この男に勝てるのかと。


「ではクロード、教えてください」


 先ほどまでの表情を、まるで忘れたかのようにノヴァは笑顔を取り戻す。




「私はいつ、外に出られるのです?」


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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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