10話 勇者の力
「見たかい? これが体術の極意さ。体に込められる魔力量の差が、それ即ち身体能力の差となる。どうだい、理解できたかな?」
生徒達に振り向くと、リリックとメイアは額に汗を流しながら、今見た光景が信じられないといった表情を浮かべ、フリーシェは喜びに舞っていた。
「化け物かよ、アイツ」
「あの半魔、何者だよ」
「おい、やべーんじゃねえのか?」
周囲を取り囲む兵士達騒めきだすなか、兵長は両手を叩いて音を出し、一斉に黙らせた。
「第二決闘! 魔法!」
兵長がそう叫び、再び兵士の群れから一人の男が現れた。
「あれ? アナタさっきの、ゲイルさんでしたっけ?」
薄い笑みを顔に張り付けた青年、ゲイルがルイスの前に立った。
ゲイルは微笑みながら体を構える。
「中々に見どころのある体術だ、しかしあのレベルの体術を得るために、魔法も剣術も蔑ろにしていたのだろう? 半魔にしては少々やるようだが、所詮俺の敵ではない」
ゲイルは両腕に魔力で作った魔法陣を描き、両腕を前に出す。
そして開始の太鼓が鳴るが、ルイスは構わずに背を向けて生徒達に向き合った。
「じゃあ次は魔法だね、魔法っていうのは魔力を体外に放出し、外に事象を及ぼす。それが魔法さ。丁度いいからメイア、君は魔眼を全開にして私を観察しておくといい」
メイアが頷いたのを確認すると、ルイスは前を向き直す。
そして目前に迫る氷柱を結界で防いだ。
「チィ、外した!」
ゲイルがそんな声を上げ、同時に氷柱を空中に作り出す。
そしてそれを発射し、ルイスに先端が襲い掛かった。
「じゃあ生徒諸君、今私が何をしているのか当ててみなよ」
連射される氷柱を結界で防ぎつつ、ルイスは首だけで生徒に振り返る。
「ル、ルイスさんが結界で相手の攻撃を防いでいるって事しか分かんねえぞ?」
リリックがためらいがちにそう言うが、ルイスは首を振った。
「それだけじゃあ、五〇点だね。メイア、答えてみなよ」
「薄い結界を七枚くらいに重ねて、攻撃を端へ逸らしてる」
「正解だ、よく見えているね」
ルイスは結界に送る魔力を大きくして、リリックにも見えるように結界を可視化した。
「結界一枚じゃ強度が不安定でしょ? だからこうやって何枚も重ねて攻撃が貫通しないようにするのさ。じゃあ結界を一枚にしてみようか」
ルイスは親指と中指を弾いて結界を六枚消し、一枚の結界で氷柱を防ぐ。
だが結界の強度が足りず、受けるたびにヒビが入った。
「このように込める魔力が少なかった場合は、とてももろくなってしまう。この結界の強度を上げるには、魔力をさらに注入するか、詠唱を唱えるのさ」
そしてルイスは小さく口を動かし、詠唱を放つ。
すると結界の厚さが見違える程に変わり、大きさも十倍以上になった。
「まぁこんな風に、詠唱を唱えるだけで魔法の強度はあがるのさ。込める魔力量をコントロールすることによって結界の形、強度、大きさ、それら全てをコントロールできる。じゃあ攻撃魔法についても教えようか」
ルイスは再び指を鳴らし、空中に魔力の球を具現化させる。
紫色のモヤのような物体が、風にあおられずにその場で留まっていた。
「これは魔弾と呼ばれる魔法でね、外に出した魔力を球体状にしたものさ。これを相手に放つことで攻撃するんだけど、これだけじゃ正直威力が乏しいんだよね。だから『属性付与』をするんだ」
ルイスはもう一方の手で指を鳴らすと、今度は空中に氷柱、火の玉、土の槍、圧縮された風、そして雷の五つが現れた。
その光景に、兵士達がどよめき立つ。
「与える属性によって攻撃の種類は変わる、火の属性を与えれば火の玉に、水の属性を与えれば氷柱に、そうやって各種の属性を与える事で魔弾の攻撃力を上げるのさ。ちなみにこれも詠唱を唱える事で強化される」
ルイスが再び口を小刻みに動かすと、五つの魔法が巨大化してそれぞれが直径二メートルを超えた。
「じゃあ魔法って、魔力の球をぶつけるだけなの? って疑問がわくと思うけど、それは違う。魔法術式に変化を加える事で、魔法は変化するのさ。例えば土の槍に術式を込めて発動すると、どうなるか見せてあげよう」
そして再び指を鳴らすと地面から五本の鎖が現れ、ゲイルの体に巻き付いた。
「こんな事もできるのさ。さてゲイルさん、降参してくれるならありがたいのですが?」
「クソ、この汚らわしい半魔が!」
ゲイルは縛られたままルイスを睨み、やがて降参を口に出した。
自陣営の二連敗にはさすがに驚いたのか、兵長も含めて顔を青くしている。
(やり過ぎたな)
これで中止となってしまえば、残る最後の基礎を教えられなくなるのでどうにか後一戦したかったが、そんなルイスの心配は杞憂に終わった。
兵士の列、その最後尾から一人の男が跳躍し、ルイスの目前に着地した。
その両腕には二本の木剣が握られている。
「強いのですね、アナタは」
持っていた片方の剣をルイスに投げながら、男は言う。
赤い髪に太い眉毛が特徴的な、実に実直そうな青年。年はリリックと変わらなそうな風貌で、体は鍛え上げられていた。
「体術、そして魔法。両方をあのレベルまで鍛え上げた者など、聞いたことがありません。自分がもしアナタに勝つ事ができれば、アナタの正体を教えていただけますか?」
「ええ、その程度なら構いませんよ」
「自分はベリアルと申します、どうか手心は加えぬよう、お願いします」
そしてベリアルは切先をルイスへと向ける。
同時に兵長が大きく息を吸って叫んだ。
「第三決闘! 剣術!」
その声と同時にベリアルは一歩で間合いを潰し、地面スレスレから切り上げる。
剣戟をいなして躱し、ルイスは間合いを空けた。
「じゃあ三つ目、剣術について教えよう。これは基本的に体術の延長だよ。自分の持つ武器に魔力を通して強度と破壊力を上げる、こめる魔力量が多いほど両方とも強さを増していくんだが、これは体に魔力を込めるのとでは難易度に決定的な差があってね」
ルイスは軽く魔力を剣に込めて、切先をベリアルに向けた。
「その難易度の高さが体術の延長でありながらも、戦闘の三要素に数えられるんだ。さて、剣術に関して言えば体術と伝える事は変わらないし、今回は早めに終わらせてみよう」
ルイスは剣に魔力を込め、右手だけで剣を持つ。
そして一歩ずつベリアルに近付き、刺突を繰り出した。
ベリアルは剣を横に薙いで弾き、返す刀でルイスの首を狙う。
だが、その剣はルイスの受け太刀によって粉々に砕かれた。
「なッ——」
粉々になった木剣に唖然とするベリアルの喉元に切先を向け、ルイスは微笑みかける。
「さて、どうします?」
「……参りました」
ベリアルは両手を掲げ、降参の意を示した。
兵士達との三戦、それらを全て圧勝で終えたルイスは、生徒達の前に移動した。
「体術と同じように剣に魔力を多く込めた、その状態で受け太刀をした結果、彼の木剣が砕けた、というわけさ。さて、私の授業は理解できたかな?」
三人を順番に見ていったが、リリックとメイアは絶句したまま頬をかき、それとは対照的にフリーシェはルイスに抱き着いた。
「先生すごいや! とっても強いんだね!」
「そうかそうか、私は凄かったか」
抱き着いてきたフリーシェを抱え上げ、抱っこの形になったまま、ルイスは残る二人に目をやる。
二人は気まずそうに口を閉じていたが、最初に声を出したのはリリックだった。
「正直、俺はルイスさんの事をどこかで疑ってたらしい。けど確信したよ、アンタについていけば、俺は間違いなく勇者になれるってね」
リリックは頭を下げて、言葉を続ける。
「よろしくお願いします」
頭を下げるリリックに、ルイスは微笑みながら一度だけ頷く。
「こちらこそ、改めてよろしくね」
そして最後にメイアの方を見て、ルイスはゆっくりと話し始める。
「どうだった、メイア?」
「自分でも驚くくらいにコントロールできてる……見たい物だけを見ることができてるわ」
魔眼を発動させたまま、メイアは驚愕の表情でそう言った。
彼女の魔眼は相手の過去が見えるくらいに『見え過ぎる』のが問題なのだ。情報量が意識のリソースを食い荒らし、結果コントロールを失う。
だからルイスは戦闘、特に魔力の流れを意識的に観察させることで、それ以外の情報を無意識にカットさせる事に成功した。
「リリックには見えなかったことも、君の魔眼には見えていた。君が疎ましく思っているその力も、見方を変えてみればとても強力な武器になる。その眼には確かに短所もあるだろう、しかし短所なんて見方を変えてみれば簡単に長所へと変わるものさ」
ルイスはずり落ちるフリーシェを抱えなおし、メイアに笑いかける。
「だからメイア、君はその眼を誇るといい。他人より劣っているのではなく、他人より優れているのだと、誇ればいい。きっとその眼は、いつか君の味方になってくれるさ」
何よりメイアは自分とは違う普通の人間だ。
疎まれていた理由が彼女の眼だけならば、それをコントロールさえできれば、彼女は普通の生活ができるだろう。
「なにより、その目で見る空は、とても綺麗だと思うよ?」
そう言って笑いかけると、メイアは照れたように顔を伏せた。
「ルイス先生、ありがとうね。私、考え直してみる」
「ああ、そうするといい」
メイアの頭を撫でながら、ルイスは空を見上げる。
体術での決闘の時から、ルイスはずっと空に気配を感じていた。
「降りてきなよ、クロード」
「あれ、やっぱりバレてたんだね」
上には、クロードが空中に立つ姿があった。ルイスの決闘が始まってから、ずっと空から決闘の様子を楽しんでいたのだ。片手に紅茶を持参で、戦いが終わるたびに拍手もしていた。
「ク、クロード様!」
兵長がクロードの姿に気が付くと、膝を地面につけて頭を下げる。
「どうだった、兵長。僕の友人は強かっただろう?」
クロードはゆっくりと落下し、そして悠々と着地して兵長と向かい合う。
「クロード様、その男は一体何者なのです。それほどに強い半魔など、私は聞いたことがありません」
「何者って、彼は勇者さ」
あっけなくネタばらしをし、兵長の表情が固まった。
兵長だけではなく、ゲイルも、ベリアルも、そして他の兵士も固まったまま動かない。
「御冗談はやめてください、半魔が勇者になったなど我々は知りませんぞ」
「だって一般には公表されていない情報だからね」
「何故です!」
「私が半魔だからですよ」
ルイスはクロードの隣に立ち、二人の会話に割って入った。
「半魔が勇者になるなど国の汚点、外部に言えるような事ではなかったのですよ。実際私は王都からの出発式には出ていなかったし、帰りの凱旋にも不参加でしたから。私が勇者だと知っているのは王都上層部、同期の勇者、クロード、そして生徒達だけです」
「ほ、本当なのか?」
「嘘をついて何になるんですか、少なくとも実力に嘘はないとアナタならば解るでしょう?」
「う、うむ……」
兵長は言葉を失ったようで、そのまま考え込んでしまった。
「さて、ルイス。決闘は君の勝ちだ。この練兵場の使用権を賭けて戦っていたんだよね? 存分に使うといい」
「いや、こんな状況で使うにしても気が引ける。当初の目的は達成できたし、私達は帰るよ」
ここへ来た目的は、メイアに魔眼をコントロールする感覚を覚えさせるため。魔力の流れが緩やかになっているのを感じ、三回の戦闘で彼女も使い方を覚られたようだ。それを平時にもできれば、コントロールが完璧になったと言えるだろう。
「そうか、ならばルイスは今日は帰宅し、練兵場の使用権は明日以降にしよう。問題はないね、兵長?」
「も、もちろんです!」
大慌てで兵長は頷き、頭を下げた。
そもそも、クロードがルイスの正体を話しておけば、このような面倒な事態にならなくてすんだだろう。ルイスはてっきり、兵長たちがルイスを勇者と知った上で決闘を申し込んできたのだと思っていた。
「じゃ、私達は帰るとするよ」
ルイスは生徒達を連れ、練兵場で固まっている兵士達に頭を下げてから帰路についた。
××××
≪Side メイア≫
ルイス先生の過去を見た時、半魔という存在がこれほどの迫害を受けているのだと初めて知った。いや、王都でも似たような光景はあったのかもしれない、けど私がそれを見ていなかっただけだと思う。
命がけで勇者と戦って、この世界を救ったのに、誰も彼を英雄として扱ってくれない。
それがとても可哀そうで、自分が魔眼のせいで受けた仕打ちなんて笑い話ですませられるように思えた。
あの人が、ルイス先生が英雄として扱われず、どんな感情を抱いたのかは見えなかった。
けれど、それでもあの人は毎日を笑って過ごしている。
多分、私よりもつらい経験をしたあの人が、笑って過ごしているのなら、いつまでも自分が一番不幸なんて思っちゃいけない。
「…………」
この学校に来て初めての夜。
私は外に出て空を見上げた。
「綺麗ね」
思わず口が動く。
それほどに綺麗な夜空。
一面の黒に星々の光が彩られ、緑や赤色の幕が仄かにかかる。そして藍色の線がきらりと光っては消え、さらに遠くでは白い星がゆっくりと移動しているのが見えた。流れ星、これほどはっきり見るのは初めての経験だ。
魔眼を使ってみる初めての夜空。
自らこの目を使うのは初めてだ。
「温かいスープはいかがですかな?」
唐突に声がして、振り向くとカーディガンを肩に羽織ったルイス先生がカップを二つ手に持っていた。何のスープだろうか、とてもいい匂いがする。
「ルイス先生、ありがとね」
「何が?」
ルイス先生は不思議そうな表情を浮かべながら、私の隣に座ってスープを手渡してくれた。
「この目、初めて自分で使おうって気になった。そのお礼」
「あぁ、そうか。どんな光景が広がってるんだい?」
「言い表せないほど、綺麗よ。だって、普通の人には見えないんだもん」
意地悪をするかのような口調でそう言うと、ルイス先生は吹き出して笑い、それにつられて私も笑った。
「…………」
私は、自分の事が少しだけ好きになれた気がする。
だから、そのきっかけをくれた人にもう一度だけ伝えよう。
「ルイス先生、ありがとう」
再びきょとんとした顔を浮かべたルイス先生は、その後で少し笑うと、目を閉じて頷いた。
「どういたしまして」
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