9話 決闘
三〇分後、玄関先にフリーシェ、リリック、そしてメイアの三人は集まり、目的地に向けて出発。
だが道中、リリックは苛立ちを隠さず歩き、メイアそれを無視して歩く。
その間にフリーシェは挟まれ、おろおろとしていた。
(こりゃいかんな)
ルイスはリリックを呼び止め、メイアとフリーシェ、リリックとルイスの二ペアになって歩みを進める。
「まだ機嫌は直らないのかい?」
リリックの肩を小突きながら、からかうように微笑みかける。
「そうだな、まだ苛ついてるよ」
「彼女も悪意があったわけじゃないらしい、どうやら彼女の魔眼が発動すると思考力も奪われるらしくてね。そのせいで見た事をそのまま言ってしまったんだ」
「信じられねえな」
そっぽを向きながら吐き捨てるリリックを見て、もう二、三押しが必要だろうと判断した。
「私は勇者で、魔法のエキスパートだよ? あの子が言っていた事に間違いはない、それを解ってやってくれ」
「随分……あいつの肩を持つんだな……」
リリックが口を尖らせながら、そっぽを向いてそんな事を言った。
(え? もしかして嫉妬してる?)
そう思ったルイスは、肩を震わせながら口角を上げてリリックと肩を組んだ。
「フフフ、私はリリックの味方でもあるから安心しなよ。ただ少しだけあの子の事を解ってほしいだけだ。自分自身を理解されず、他人から上っ面だけで嫌われる苦しみは、私達が一番知っているだろう?」
「…………」
自分達は迫害を受ける身で、だからこそ痛みは理解できる。
「無理にとは言わない、ただ頭の片隅にでもね」
一度だけウィンクをし、リリックの肩を小突く。
リリックは何も答えなかったが、それでも一度だけゆっくりと頷いた。
「先生、目的地ってあそこ?」
前を歩くフリーシェが振り返りながら前を指さす。
「そうだね、あそこが練兵場だ」
二メートルほどの外壁に囲まれ、幅千メートルはくだらない。奥行もその倍はあり、ここであれば五〇〇名以上が同時に訓練できるだろう。
どこからそんな金が出てくるのか不思議であったが、クロードの事なのだからその辺りはグレーな手を使っているのだろうと考えるのを止めた。
「先生、ここで何をするの?」
「ここは練兵場さ、まぁ解りやすく言えば強くなるための場所かな?」
そう言ってルイスは、練兵場の入り口に居た兵士に証紙を手渡し中に入る。
その際兵士が嫌な顔をして、それに気づいたリリックが静かに睨んでいた。
練兵場の中に入ると地面が一面黒い土で覆われ、右を向けば槍の訓練、左を見れば魔法の訓練をしている者が大勢いる。
これだけ広いのだから、端で訓練しても問題ないだろう。
「さて、ちょうど良いか。余っている場所を使わせてもらおう。この土は少々特殊でね、魔力の循環がスムーズになる術式が編み込まれているんだ。だからここで魔法の練習をすれば効率が良くなる」
リリックが感心したように周囲を眺め、メイアは周囲をきょろきょろとしていた。
「メイア、魔眼は抑えられているかい?」
ルイスが訊ねてみると、メイアは大きく二度頷いた。
「すごいわね、ちっとも暴走しない……」
「魔眼がコントロールできないのは、魔眼が魔力を勝手に消費するからだ。この土ならば、それを防ぐことができると思うよ」
キラキラとした目で周囲を見渡すメイアを見て、準備ができたと判断したルイスは、授業を開始しようとする。
だが、
「お前たち、ここで何をしている!」
唐突に後ろから声がして、振り向くと筋骨隆々な一人の兵士がルイスを睨んでいた。
上はタンクトップ一枚なので、階級は解らないが、強そうな空気を身に纏っている。
「ここで訓練をするんですよ、クロードには許可も貰っています」
「クロード様が? なるほど貴様が噂に聞く半魔か、どういった手を使ったのかはしらんがクロード様を口八丁で騙したのだろう? 妙な者共を集めて学び舎など、聞いて呆れる」
「発案者はクロードなんですがね、それよりここを少しお借りしたいのですが?」
ルイスの周辺には人が居ない。
そもそも兵の数に対して練兵場がいように広すぎるのだ。
それでも本来自分達はこの場に立つべきではないから、できるだけ端の方をリクエストしたルイスだったのだが。
「ダメだ、この練兵場に空いてある場所などない。他をあたれ」
「何故です? 誰も使っていないでしょう?」
「判らんのか? 貴様等のような半魔に貸し与える場所は無いと言うことだ」
瞬間空気中にあった魔力が揺らぎ、ルイスの脇をリリックがすり抜けて、兵士の顔に拳を打った。
「さっきから俺を半魔と呼びやがって、覚悟はできているんだろうな!」
ついに我慢の限界を迎えたらしいリリックが、体を魔力で加速させ拳を打ち込んでいた。
ルイスはその攻撃を一瞬見ただけだが、リリックの体術は筋が良く、今の拳も相手を気絶させるには十分の威力を持っていた。
当たっていればの話だが。
「……何をしている、リリック?」
リリックの拳は、目前の兵士には届かなかった。リリックが大地を蹴るその瞬間、ルイスが兵士の顔に結界を張っていたからだ。
「ルイスさん! あんたはこんな事言われて平気なのかよ! 痛い目に合わせて序列を教えてやらなきゃ調子にのるだけだぞ!」
「それで君は軍を解雇されたのだと、忘れたのか?」
静かながら、なおかつ怒りを露にするルイスの声に、リリックは少したじろいだ。
ルイスは生徒達に怒ったことが一度もない、怒鳴ったことでさえも。それ故にリリックはルイスの怒りを理解したのだろう。息を呑んで一歩下がった。
「貴様、何をするつもりだったのだ!」
リリックに拳を寸止めされる形になった兵士は、額に汗を流しながら詰め寄る。そして気づけば彼の部下だろうか、ほかの兵士が大勢周囲を取り囲んでいた。
(しまったな)
騒ぎになれば今後にも支障がでる。こうなれば、今は引いた方がいいのだが、メイアの眼をコントロールさせるためにはこの場所が必要なのだ。
どうすればいいものかとルイスが頭を抱えていると、突如軽い声が聞こえてきた。
「まぁまぁ兵長、少し落ち着きましょう」
姿を見るに彼も兵士なのだろうが、覇気がない。
少し小突けば死んでしまいそうな初老の男で、ずっと微笑みが張り付いたような顔をしている。
「奴は一応領主様の御友人だそうですし、こうも無碍にしては角も立つでしょう」
「ゲイル! 何をしにきた!」
「いやぁこれだけ騒いでいれば、いやでも気づきますよ」
笑みが張り付いた顔のまま、ゲイルと呼ばれた男は細い目でルイスを見ている。
「奴らはこの練兵場を使用したいそうです、しかし我々はそれを許可したくない。一つ提案なのですが、奴らと我々で決闘はどうでしょう?」
決闘?
またそれかと額に手を当てたルイスに、ゲイルと呼ばれた兵士が説明をする。
「貴様らにも説明すると、我々が時々行うものでな、規律違反者に罰をあたえるかどうか決闘の勝敗にて決めるというものだ。我々から選りすぐる三名と戦い、全勝すれば無罪といった物でな。どうだ? 決闘を行い我々に勝てれば、この練兵場を貸してやろう、ただし負けるか決闘を受けない場合そのままお帰ってもらうのだが……」
ルイスは溜息をついて周囲を見渡す。
本来クロードから使用許可が出ている以上、この場を使う権利はあるのだが、ここまで騒ぎになると色々と問題も起きる。ここで決闘を拒んで証紙を出しても、兵士達が納得するとは思えない。
兵士達は『決闘を受けてあげる』という譲歩もしているのだから、これ以上の要求をするなという事でもあるのだろう。
「なるほど、ゲイル貴様はやはり頭が回るな」
先ほどまでルイスと話していた、兵長と呼ばれた男が笑みを浮かべながらそう言う。
「我々に勝てればここを使ってもいい。ただし、負けた場合は練兵場は諦めて、ここから出ていけ。いやそれだけじゃない、この領地からも出ていくんだ。貴様がクロード様に直接申し出て、どこか田舎へ帰るのだ」
胸を張ってそう言った兵長は、ルイスを見下しながら笑みを浮かべる。
こうなった以上受けるか帰るかしかないだろうが、そもそもここには生徒達を鍛えに来ただけなので、うまくいかないものだとルイスは肩を落とした。
(いや、待てよ?)
一つアイディアが浮かび、ルイスは兵長を見上げる。
「私達が勝てばここを使ってもよろしいのですね?」
「ああ、もちろん勝てたらだがな」
「解りました、受けましょう」
「フッフッフ、よく言った。では準備をするからそこで待っていろ」
不敵な笑みを浮かべ、兵長は部下達に指示を出し始めた。
どういった形式で、決闘が行われるのだろうかと眺めながら、ルイスは準備運動を始める。
「おいルイスさん、大丈夫なのか?」
後ろから肩を掴まれ、リリックが心配そうな顔で声を上げた。
フリーシェやメイアも同様に、心配そうな顔をしている。
「騒ぎを起こした本人が私を心配するのかい?」
「いや、それは悪かったと思ってるけど……」
「心配いらないよ、それよりも授業開始といこう。君たちには、少しだけ早いけど魔法の使い方というものを教えてあげよう。勇者の戦いを見られるなんて、そう経験できる事じゃないんだよ?」
そしてルイスはメイアに向かい合って、その両目を見つめる。
「メイア、君は魔眼を使って私の戦いを見るんだ。この土があればコントロールもできるだろう?」
「私は別にいいけど……」
期せずして実践的な魔法を教えられる良い場ができた。
ならば最大限有効活用させてもらおう。
そんな事を考えながら、ルイスは柔軟を続ける。
「なんとも哀れだな、半魔よ」
柔軟を続けていたルイスの視界に、ゲイルと呼ばれた男が入ってきた。微笑みを崩さずに、彼はルイスを覗き込む。
「その子達の手前、断るに断れなんだろう。まぁ負け戦だと思って気楽にやるがいい」
ゲイルは細い目を少しだけ見開いて、ルイスを嘗め回すように見る。
そして微笑みが少しだけ深くなったような感じがしたかと思えば、ゲイルは背を向けて歩き出す。
「今から行われる決闘は俺達のルールに従ってもらう、それだけを伝えにきた」
「ルールにもよりますが構いませんよ、決闘の形式であるのなら十分です」
「へぇ、なら精々頑張るがいいさ」
それを最後にゲイルはどこかへ去っていき、掴み所がよくわからない男だと感じた。
階級がそのまま強さだとは思わないが、兵長の男よりよっぽど不気味だ。
「さて、じゃあ君達に授業をすると言ったね。今回は君達がどれほどの強さを身に着ければ勇者になれるのか、それを知ってもらうよ。決闘は多分魔法や剣技での戦いになるだろうから、色んな強さを見せられる」
ルイスが微笑みながら三人にそう語ったが、フリーシェは抱き着いて服を掴む。その表情は今にも泣きそうで、実際目尻に涙を溜めている。
「先生、僕いやだよ、先生が傷つく所は見たくない」
「大丈夫だよフリーシェ、安心して見ているといい」
フリーシェの頭を撫でて、ルイスは優しい言葉をかける。
そして、準備はまだ終わらないのかなと振り返れば、練兵場になにやら人だかりができているのに気付いた。直径五〇メートルほどの円を、兵士が三列になって輪を囲っている。
「半魔よ、準備ができたぞ! ここへ来い!」
いわれるがままルイスは兵士の間をすり抜け、囲われた中央まで歩く。
「決闘だが我々が選んだ三人と順番に戦ってもらい、全勝すればお前の勝ちだ。ちなみに、決闘の都度ルールが変わるから覚えるのだぞ」
決闘の度にルールが変わるのか、そんな疑問を浮かべていたルイスに、兵長は話を続ける。
「ルールなき決闘などただの殺し合いだ――なんてのは建前でな、この決闘は絶対に我々が勝つようにできている。言ってみれば制裁だよ、無傷では帰さぬからそのつもりでいろよ?」
兵長は小さくルイスに耳打ちすると、そのまま背を向けた。
「あ、ひとつ条件があるのですが」
背を向けた兵長を呼び止め、ルイスは指を一本立てる。
「条件?」
「まぁ条件というより、お願いなのですが。私の生徒達を最前列で見させてはくれないでしょうか」
「ほほう、別に構わんぞ」
兵長が部下に指示を出すと、集団の最前列に三人が並んだ。
フリーシェは知らない大人に囲まれて、緊張がピークに達しているのか、目を回している。
「第一決闘! 体術!」
兵長がそうさけぶと、兵士の列から一人の大男が現れた。
大きさは二メートルを超え、まるで丸太のような腕をしている。
「始めは体術のみで決闘を行ってもらう、魔法や武器の使用は無しだ。己の肉体を武器にして戦え、ルールはこれだけだ」
「魔力で体を強化しても問題ないのですか?」
「当たり前だ、それを含めて体術だろうが」
「それはよかった」
兵長との会話を終え、ルイスも戦闘態勢に入る。
「よういッ! はじめェ!」
兵長の声と共に、どこからか太鼓の音が聞こえ大男がルイスに向かってに突進をする。巨体からは考えられないスピードに兵士達から歓声があがるが、一方でルイスは涼しい顔のまま体を捻って突進をいなした。
「さて、三人とも。あの人はあんなにも大きな体で、あれだけの瞬発力をもっていたね。それはなぜだと思う?」
ルイスは大男に背を向けて、生徒達に向かい合う。
「ル、ルイスさん! 後ろ見ろって!」
リリックが大声をあげるが、ルイスはそれを無視して話を続ける。
「正解は魔力さ。あの人は魔力を足に込めて、地面を蹴った。魔力には体にいきわたらせると身体能力が強化されるのさ。強化の度合いは魔力量によって変わるけど、基本的には多ければ多いほど強くなる」
ルイスは大男からの攻撃を、背を向けたまま躱し、数メートル距離をとる。
「じゃあ私の体に込める魔力量を、あの人と丁度同じくらいにしよう。するとどうなると思う?」
ルイスが問いを投げたが、三人は唖然としたまま答えなかった。
すると大男が腕を振りかぶり、拳をルイス目掛けて打ち放つ。
ルイスは腕で大男の攻撃を受ける、しかし踏ん張りが効かずにそのまま吹き飛ばされてしまった。
受け身を取った勢いで体を一回転させて、ルイスは足から着地する。
「こんな風に、魔力量が同じだと体格差がそのままパワーの差になってしまう。だから体格で劣る者は、相手よりも多く魔力を込めないといけないのさ」
ルイスは生徒達に目をやったが、冷や汗をかいているだけで何の反応もなかった。
そうとうな不安に襲われているらしく、言っている事の半分も理解できていないようだ。
「まぁ良いか。じゃあこの体術において、込める魔力量の差が圧倒的な場合どうなるかを教えてあげるよ」
ルイスはポケットに手を入れて、大男の目前に立つ。
そして顎を引き、大男を見上げた。
「決闘の最中で申し訳ないのですが、私の顔面を殴っていただけませんか?」
「あぁ?」
大男は怒りに表情を歪め、眉間に皺を寄せる。
「汚ェ半魔が何を言うかと思えば。なるほど、テメェ死にてぇんだな。そうなんだな!」
そして丸太のような太い腕を大きく振りかぶり、ルイスの顔面を狙う。
「ルイスさん! 逃げろ!」
リリックが大声を上げるが、ルイスは舌を出して笑う。
「込める魔力量の差が圧倒的な場合——」
言葉の途中に大男の拳が一閃にルイスの顔を捕らえた。
まるで大砲を打ったかのような衝撃が周囲に漏れて砂塵が舞う。
「こうなる」
ルイスの言葉と共に砂塵が晴れ、そこにあった光景に、生徒も、そして兵士達も一斉に息を呑んで顔を青ざめた
大男の拳が、ルイスの舌によって止められていたからだ。
口を開けて前に突き出した舌が、拳を受け止めていた。
ルイスは舌を仕舞い、生徒達に顔を向ける。
「このように、圧倒的な体格差であっても、体に込める魔力量に圧倒的な差があった場合、舌で相手の攻撃を止めるなんて事もできるんだよ。ちなみに、これは防御だけに使う物じゃない、攻撃でも同じ事ができるのさ」
そしてルイスは唖然とする大男の額に手を近づけ、
——デコピンをした。
すると大男の体が空を舞い、体を七二〇度回転させながら兵士達の頭上を越えていった。
少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・感想・評価をお願いいたします。