屋根の上に登ってはいけません
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この世界に、この体で訪れてから、数々の厄介事がこの身に降りかかってきたものの、はたしてそれらをどれだけ解決できただろうか?
俺は屋根の上で考えていた。
もしも誰かにこのような質問をされたなら俺はきっと、かなりの高確率でだんまりを決め込んでしまうことだろう。
俺は、俺はまだ何もしていない。何も果たせていなかった。
一応、言い訳じみたことを言わせてもらうならば、ちゃんと目的に向かうための行動は、日々こなしてる筈である。
温かで柔らかく、常に身近に死が寄り添っている故郷を遠く離れ、この町へと足を踏み入れた。その日からその瞬間から、俺はずっと目的のために行動を続けている。それだけは確信していた。
いや、と俺は思う。それは果たして、現実に即した正解なのだろうか?
もしかしたら、あまり考えたくはないのだがもしかしたら、俺が決定的な過去から今日にいたるまで続けてきた、あらゆる行動。それらなんて、実の所俺の第一の本懐には全く無意味な、無作為な現象でしかなかった。
そう考えることが出来てしまうのではないか?
俺は人目もはばからず、と言っても誰も俺のことなど注目しないが、異常なまでに強くかぶりを振った。
嗚呼、もう、止そう、こんなことを考えるのは。
いつもこうだ、風が冷たく強い今日のような天候になると、いつも余計な事ばかり考えてしまう。俺の昔、子供時分からの悪い癖だ。
俺は気分を変えるつもりで、休憩と呼ぶべき体制を作る。風が吹きすさぶ中で春を待つ枝先の芽のように、体を縮ませる。
つまりはしゃがんで少しばかり休憩をとってみることにしてみた。
屈折された肉体、その内側に流れている体液が変化によって熱を帯び始める。
ずんぐりと火照った頬に空気が、他人の生活の香りがたっぷりと染み込んだ空気が余所余所しく触れてくる。
屋根の上、道路より高い場所だと、やはり地面では味わうことのできない空気の流れを感じ取ることが出来た。
座ったままの姿勢で数回、深呼吸を繰り返す。別にこの体だと、呼吸など大した意味を持たないのだが、しかし俺は深々と息を吸った。
そしてバランスを崩して屋根から転げ落ちる、このとの無いよう慎重に重たい腰を上げた。
立ち上がったままの勢いで、大きく背伸びもしてみる。上着を脱いでいたので、腕の皮膚に屋根上の冷えた空気が染み渡った。
張り合いのない吐息で町を眺める。
空は相も変わらず灰色に曇っていて、その先の未来に水を予想させる雰囲気を帯びている。
落下する雨粒は屋根に取り付けられた、俺のすぐ近くの巨大なタンクに溜められるのだろう。
屋根の下の家、そこの住人を支える水を溜めこむための箱。丸みのあるデザインが建物のあちこちに、大きなキノコみたいにそびえ立っているのを眺める。
箱の中になみなみと波打つ水、それらの酒豪体について考えていると、落ち込んでいた気分も幾分か癒されるような気がした。
少しクリアになった視界で、俺はさらに遠くへ視点を合わせてみる。
家と家、建物と建物の間には、細く黒く長いワイヤーが何本も結び合っていた。
鉄筋にコンクリートを塗り固めた支柱。その柱を中継点に、ワイヤーは家々の波を渡り続け、人々の生活を繋ぎとめていた。
そのラインはさらに遠く、水分によって霞む高層ビルにまで、永遠に終わらない物語のように継続している。
交わらぬ生活、世界、その意識の外で結び合う意識の線。
外部からでしか判別できない繋がり。
俺は風景から、そんなことを勝手に連想していた。
もう一度、繰り返し風が吹く。予想していた通り、水分の匂いがより高まっていた。
もうすぐ雨が降る、また雨が降ってくる。
俺は上着を掴み、袖に腕を通してフードを目深に被った。
眠い!!




