コマーシャルはゼリービーンズと一緒に
早く寝なさいよ
少年と幼女が共に、平穏な時を暮らして…。
…いや、この言い方は大いなる語弊がある。少年が現時点でこの町において確立している立場、そして少年自身の本意に則した言い方をしなくてはならない。
訂正。
償うことが永遠に叶わない凶悪なる罪を犯した幼き兄妹。
生れ落ちて育った静謐なる故郷から鉄製の蛇に乗って逃走した彼らはとある町、魔法使いと人喰らいの化物がばっこする都会へとたどり着いた。
魔なる者があるがままに当たり前のように存在する町。そこで兄妹は人と出会い、そして己の業と他者による業のが織りなす烈火の如き苦しみを味わった。
地獄の果てよりも真っ黒な水底へと沈みかけていた兄と妹。二人は色々様々な要因と縁によって契約と代償のもと、魔法使いたちに助けられることとなった。
「優しい人に出会えてよかった」
荒々しい事がある程度通り過ぎて、冷たい布団の上を並べて枕に頭蓋骨を沈めた妹が、溜め息ほどの幽かな声で呟いたのを、兄は今でも鼓膜に蘇らせることが出来る。
妹である幼女は魔法使いたちの強引気味な助力を有難いものとして受け入れたが、兄である少年はそうでもなかった。
少年は幼い頃より保護者であった祖父から、
「魔法なんてモンを使う奴にロクなのはいねえ」
と耳にたこができるほど聞かされてきた。
今更になって馬鹿正直に保護者の言うことを信用している、という情けない理由を少年は認めたくないが、しかしどうしても本能に近い形で魔法使いを毛嫌いする傾向が、少年には含まれていた。
それでも兄妹が辿り着いた果てであるこの町では、たとえ本人が強い意志を保持主張しようとも、魔法を嫌うような者は、金を落としてくれる観光客を除けばこちらの方からお断り、といった感じの空気があるのだ。
魔法使いが作り上げた町なのだから、そうなるのは至って当たり前のこと。と、少年は頭では理解している。
いるのだが、どうしても、と思ってしまう。
どうしても、少年は魔法使いのことを好きになれないし、自分自身が魔法使いと呼ばれる存在になれるとも、想像できなかった。
だがしかし、それでもなお、少年たちはここに残ることを決めた。
ここ以外でも別に生きられるような気もする、だけどここに居ようと決めた。
それはただ単に、旅などに類する行動をしたくなかったという怠惰から由来した決意であったと、言えなくもないが。
しかし、と少年は思う。この町には何かがある、何かしらの物語が秘められている。
そのような期待が、少年を此処に留まらせていた。
そんな少年は今一人、テレビ代わりに使用しているパソコンを眺めていた。
懇切丁寧に世話になった魔法使いたち、の内の一人、現在は上司と呼称すべき間柄になった少女。
彼女から頼まれていた仕事がとりあえずの所まで出来上がり、少年はしばしの休憩をとっていた。
体を深く落ち着かせている座椅子、その背後で穏やかな愛らしい寝息が、規則正しく聞こえてくる。妹は数時間前に眠りに落ちていた。
少年は飴で豆状に固定されているゼラチン菓子を、無作為に唇の奥へと突っ込み、極力音をたてぬよう咀嚼している。
少年が着けている、眼球及び顔面半分を保護できるほどの大きさがある小型の板が、パソコン画面の明滅を反射して輝いていた。
ボーッという漫画的擬音が頭上に出現しそうなほど、少年は今何も考えていなかった。
やがて画面内に、とあるコマーシャルが開始される。
~なんとも言えない、素敵なBGM~
「乗ろうよ!フィッセマ!
魔法使いなら、浮遊機械の一つは持ってないと。
若い男:「フィッセマで出かけようぜ」
若い女:「まあ!最新型のフィッセマね!ステキ!」
魔術と技術の調和と融合、ここに極まれり。
最高、最良の燃費で蛙の口のも優しい!最低限の魔力運用で快適な空の生活を。
安全機能も抜群!
車体先端には最先端の魔力砲を搭載。安全バーを外せばスイッチ一つで厄介な彼方も安心に撃退!
お求めはリッチセントリー雨白区店まで」
嫌に偽物臭い風景の中、オモチャ屋でたった今買って来たばっかりのようにピカピカな機会が走る映像が流れる。
律儀にヘルメットを被っている若手俳優の、綺麗に作られた笑顔が明滅の上に映し出される。
どうやらこれは、フイ…なんとかという名称の、浮遊移動用車両の宣伝であると、少年が理解したころにはコマーシャルはとっくに終了していた。
やがて宣伝時間が終わり、大して真剣に視聴していたわけでも無いバラエティー番組が再開される。
どこかで聞き覚えの音楽と笑い声のBGMの中、少年は瞼を閉じて画面からの情報をシャットダウンする。
涙によってジンジンと温まる眼球の痛みを感じながら、少年は先ほどの宣伝について思いをはせた。
車か。
そう呼ばれる機械、それは少年にとってとんと縁のない、遠い世界の物体のようだと、少年は思っていた。
自分の、人間の意志によって、意志とはかけ離れた力をもたらす金属の塊。
きっと、実際に使ってみれば、とても素晴らしい技術なのだろう。
それ故に、少年はその機械に対して、悪魔的な危険の匂いを想起していた。
注意。
此処で連載されている内容は、別の作品のために作った補足的役割があり、ある要因が重なることによってそのまま、或いは多少の水増しを加えた状態で掲載される可能性があります。
以上の点を踏まえ、それなりにお楽しみながら、ご了承ください。