僕と少年とフニャペチーノ。~細やかなる気遣いを添えて~
甘い飲み物はいかが?
とにかくもう、どうでもいいからなんでもいいからこれ以上沈黙が続き、僕たちとの間に継続されるということに、僕はもう耐えられなくなっていた。
何か、何か、会話をしなくては、病的な強迫観念じみた命令が引っ切り無しに脳内を駆け巡っている。
にもかかわらず、僕はちっとも行動しようとしなかった。出来なかったのではない、したくなかったのだ。どうしても行動力より先に、面倒臭さが血管の中の血液と似たような速さで筋肉に駆け巡っているような気がする。
はたしてそれはどうしてか? 隣の席でライトノベル一冊購入につきお釣りが返ってくる程度の値段設定がなされている、
……なんだったかな…、フニャペチーノ? 的な名称のクリームがぶち込まれた緑色のドロドロとした飲料を、ストローで赤ん坊のように吸い付いている少年を見ながら僕は考察する。
目の前のカウンターみたいな机の上にある、熱いお茶が入っている大きなマグカップで両手を温めながら、しばしの過去を振り返ってみる。
そもそもどうして僕は、この僕が、こんなシャレオツなティーだったり、無駄に値段の高いほぼお菓子みたいな飲み物を出してくるような喫茶店、もといカッフェーにいるのだろう?
それはただ単に隣の少年に「カフェ行こうぜー」と誘われて、言うがままに何となくついてきたからこそ僕はここに存在しているわけで、そのことはちゃんと記憶している。
でも、どうしても、確かに現実味があるはずのその記憶が、建材の僕には受け入れ難かったのだ。どういうことなのかうまく説明することは出来ない、とにかく納得がいかない、だだそれだけである。
多分僕自身が勝手に身近に思っていた少年が、以外にも軽々とフニャペチーノなる道の存在を軽々しく扱えるような世慣れした人物であることに、少なからず嫉妬心を抱いているのだろう。
まあそんな僕の勝手な感想はどうでも、本当にどうでも良くて。
それよりも、
それよりも何か会話をしなくては。僕は最初の思考へと回帰してくる。
せめて隣の少年がフニャ何とかな飲み物を飲み終えるより先に、会話を開始しないと。
でないと、わざわざこんな良く解らんにおいの漂う店にまでついて言った意味がないではないか!
僕は意を決して口を開く。
「そ、そにょそにょ」
「へ?」
突然声を発してきた僕の方に、少年がストローから口を離して視線を向けてくる。
ええいままよ! 僕はお茶によって温められた舌から言葉を繰り出す。
「そのヘッドフォン、かっこいいね」
少年は何も言わない。怪訝そうな視線を僕から離さず、飲み物のすぐ横に置いてあった機械を操作する。
「ごめん、なんて言った?」
どうやら音楽を聴いていたらしく、僕の声は聞こえていなかったらしい。
「あー…えっと」
だいぶ気が削がれた僕は先程よりは落ち着いて、ぞんざいに質問を繰り返す。
「そのヘッドフォン、どこで買ったんですか?」
「ん?ああ、これか」
ようやく僕の言葉を認識した少年は、装着しているヘッドフォンに軽く触れた。
だいぶ長い前置きの末に、わざわざ話のタネにしたのがヘッドフォンとは。ずいぶんとつまらない話ではあると自覚はしている。
しかしながら、言い訳みたいな真似をさせてもらえるならば、それでも少年のヘッドフォンは物語性を感じさせるほどの特異性が、ちゃんと存在していた。
「なんだか、変わった形のヘッドフォンなので、ちょっと気になったんです」
そうなのである、少年のヘッドフォンは変わった形をしていたのである。
その音楽再生装置はいわゆる一般的な形、カチューシャの体を作っていない。頭頂部に引っ掛けるタイプではなく耳に直接密着させているようで、左右のホンを繋ぐケーブルは後頭部の辺りに走っている。
あまり音楽にも機会にも詳しくない僕でも、普遍的なデザインではないことは何となく察せられた。
「なんて言うかさ」
「何だよ?」
今度は少年の方が僕の言葉を待つ。
だけど僕は言おうとしていたことを寸前で飲み込んだ。
「いや、何でもないです」
変なヘッドフォンですね。本当はそう言いたかったのだが言わなかった、わざわざ言う必要もないと、会話下手な僕でも察することは出来る。
少年は僕の様子をじっと観察し、しかしあまり興味もなさそうに再び飲み物を口に含んだ。
決して某喫茶店を否定したいわけではありません、一応。