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灰色は派生作品  作者: ハルハル
13/13

健全なる女子高生は思考する

静かに

 規則があるようで、そんなものは全くない天井のポツポツとしたニキビみたいな模様。


 大きさだけしか取り柄の無さそうな、枠にいつも正体不明の汚れがこびり付いている窓。


 ガタンゴトン、机と椅子が使用者の重みに何かしらの意見を催している。


 カリカリカリ、カリリ、カリ、


 まるで人間の囁き声みたいに、教室中に共鳴し合う文字の音。


 そのメロディーに、一人逆らう少女がいた。


 ここはとある町にあるとある高等教育機関の施設内。

 中高一貫制の学校で、某駅から徒歩十分ほどの範囲内にその学び舎を構えている。


 少女が聞いたところ、例えば無料で配布している無駄に色鮮やかなパンフレットだったり、これまた無駄に色彩が豊かなインターネット内のホームページだったり、

 もしくはまるで一切の根拠も信憑性もない、大人の口から発せられる噂話だったり。


 とにかく既に世にそう大して広くもなく、広まっている情報を少女の未熟な脳で整理したところによれば。


 その学校は駅から直結の好立地にある素晴らしい学校で。

 その学校はお子様[きっと少女も含まれているのだろう]の体力、貴重な人生という名の時間を友好的に活用できる素晴らしい学校で。

 その学校は開封して十分ほど放置した納豆のように、ネトネトと丁寧な生活指導を執り行っている素晴らしい学校で。

 

 入学するだけでその先の人生が、他人に意味もなく自慢できる無駄な自信を抱かせてくれそうな、

 例えるならいつまでも何時までも将来有望でい続けられる魔術師に、カップラーメンを作るよりも簡単に、なってしまえそうな。

 そんな素晴らしい学校。


 ………そのような文句を、少女は脳内で不明瞭な記憶の映像と共に文章として構築していた。


 何故に、どうして、健全なる女子高生である少女が、こんな加齢臭の香りぷんぷんの文章を思考しているのかというと、

 その理由は、はっきりしてはいる。


 単純にひとえに、この世界に数多として存在している健全なる女子高生として、女子高生らしく、いかにも女子高生っぽく、

 授業がつまらな過ぎて、飽き飽きとしていたからなのだ。


 こんなにも長々ともてはやされている「素晴らしい」学校。

 その学校にこれといって特筆すべき不自由も、不満もなく毎日毎日通学している少女は、きっともう、それだけでもう平均以上の幸せを享受していると言える。


 少女は子供として、そのことをやんわりと自覚していた。


 ちゃんと、ちゃんと理解しようと日々それなりに努めているつもり。


 だけど、それでも、たった今実際に誰か自分以外の人間に自分が考えていることを自分自身に説得されたならば。


「はあ? いきなり何? 意味わかんない、キモいんですけど」

 的なことを小生意気に、いかにも健全なる女子高生っぽく受け答えしてしまいそう。

 

 そんな確信が、少女にはあった。


 言い訳じみたことを言わさせてもらうならば、何も少女は向かう人すべてに反抗したくなるような、トキントキンに刺々しい性質ではないことを先に述べておかなくてはならない。


 ならばなぜ少女は一人、逡巡と身の丈に合わない大人っぽいことを考えようとしているのか。


 その理由は少女の腹部にある。


 ぐうう。

 内臓から発せられる音に、少女は驚き顔を赤くした。


 つまりの所、この四時間目の授業中。終業時間まで三十分以上の余裕がある現在の中で、少女の体は空腹に襲われ支配されていた。

 ただそれだけのことなのであった。


 空腹。

 あらゆる意思も意志であろうとも、石で砕いたかのように粉々にしてしまう生理現象。


 どうして、と少女は幾度目かの疑問を抱く。

 どうしてこの国の小中高教育機関というものは、昼食時間が真昼であるはずの十二時に割り当てられていないのか?


 そしてどうして、と少女は自問する。

 どうして私の体は、もうすでに六年以上は学校という施設に通ってきた経験があるのにもかかわらず、毎回毎回四時間目に決まって空腹を訴えてくるのか。


 あれか? あれなのか? 寝坊して朝ご飯を食べてこなかったのがいけなかったのか?

 ………多分、と言うか大体それが原因か……。


 ………はあ………お腹空いた……。


 時計の針はまるでボンドで固定してしまったかのように、いつまでも何時までも進もうとしない。


 このままでは栄養不足で意識を失ってしまいそう。

 少女は頬杖をつきながら、今できる打開策を思案しようとした。


 考える、考える、どうでもいい事だけを考える。

 考え事をしないと体が、腹の内に潜む内臓が油断の叫びをグルルと教室に鳴り響かせてしまう。

 

 それだけはとにかく阻止しないと、少女にとってはあまりにも恥ずかしさが過ぎる。

 

 どうすればこの、生命活動に基づいた欲求を抑え込むことができるのか。


 何をすれば、

 そうだ、と少女は思いつく。

 ここはいっそ授業に誠心誠意、精一杯全力をもって集中すればよいのではないか。


 なんてったって少女は女子高生、勉強は何よりも優先すべき高尚な使命ともいえる。


 なんにせよ気分転換をしたかった少女は、早速張り切った気持ちのまま机の上に置くだけ置いておいた教科書を掴み、文章に目を通してみる。


 本日四時間目の授業内容は、魔法歴史学。

 略して魔法史だった。

 少女の一番嫌いな科目でもある。


 少女はややトーンダウンをしつつも、ゆっくりと教科書の内容を読んでみる。


 そこにはこの町の、少女が住んでいる町に伝わり取り決められている、魔法のルールが箇条書きで記されていた。

 

 その一………虚偽を……許しては……。


 その四………回復用魔法は……いかようにして……。


 少女は何度も箇条書きを、上から下まで繰り返し読み通す。


 暗記の意欲もなく、ただひたすら無味無臭に文章を、文字を追い回すだけ。


 読む、

 読む、

 じっと読む、読み続ける。

 読む、

 読む、

 読む、


 よむよむよむ、


 よむ……よむ………

 

 ………………………よむ。



「おーい!」

 朦朧としていた意識に、突然誰かが話しかけてきた。


 少女は電流を浴びたかのように激しく体を揺らした。

 くるくると回る思考を押さえて周囲を見渡す。


 すると少女の友人が机のそばまで寄ってきているのが見えてきた。


「あれ、どうしたの? 授業中だよ」

 ぼんやりと熱を帯びている舌で少女は友人に話しかける。


「なに言ってんの」

 友人は呆れたように息を吐いた。

「もうとっくにチャイム鳴ったよ」


 その言葉に少女は驚いた。

 え? あれれ? と、椅子に座ったままの姿勢で教室の時計を見やる。


 確かに、と少女は思った。

 時計の針はとっくに、授業終了時刻へと歩を進めていた。


「早くしないと、学食いっぱいにいっぱいになっちゃうよ」

 友人が少女を急かす。

「早くいこうよ」


 少女は「うん」と短く答え、開いた教科書もそのままに椅子から立ち上がった。


 時間はしっかりと経過しているはずなのに、なぜか空腹は先ほどより声を潜めている感じがしていた。 

お腹空いた。

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