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灰色は派生作品  作者: ハルハル
12/13

ある休日

君の目には見えない

 その男は持論を持っていた。

 「持論を持つ」だと意味が二重になるような気がしなくもないが、とにかく持論を持っている。


 とは言うもののこの持論は酷く、悲惨なまでにあやふやな物でしかない。

 大した確信も確証もなく、他の誰にも共感を得た経験もナシ。


 男が勝手にいつの間にか、おそらくは小学校高学年の時分だと思うが、そのぐらいの年齢に己の内で構築し始めた言葉。

 思い返してみればそんな子供の時からの思考に、未だ囚われ続けている自分の方こそよっぽど不気味の世界の住人に相応しいことも否めなくは……。


 ………、………あー……


 これ以上うだうだと考えるのは止めにしておこう。

 座ったまま動かないで自分の思考だけをだらだらとだべるような奴に、ロクなのはいやしない。

 もし身近にそんな感じの人間がいたら、とりあえず半分以上は疑いの心を持ってかかわらなくてはいけないのだ。


 大体どうして人間の思考というものは、こうも鬱陶しいまでに二面性を持たされるものなのか。

 男は常々疑問に思っていた。


 疑問を抱きつつ、手元には水道の水が溜まり続けている。

 水の感触を、その冷たさを皮膚で味わいながら、男は細々とこまこまと仕事道具の手入れを行っていた。


 本日は晴天なり、男は久方ぶりの休日をそれとなく味わっていた。


 水をだぶだぶに湛える洗面所、そこの壁に備え付けられている磨りガラス製の窓に太陽が空けて日光を分散している。


 晴れ、雨が降っていない天候。

 男が今いるこの町に配属され、働き始めてから初めての晴天。


 そうだ、と男は思い返してみる。

 この無駄に危険でジメジメと陰気くさい町に来てから、こんなにも日の光が強い日など今まで経験したことがなかったのではないか?


 郊外では定期的に降り止むことがあるとしても町の中心街、つまりは男の仕事場と住まいがある街の中心部がある区域では、それこそ年がら年中と言っても過言ではない程に雨ばかり降り注いでいた、気がする。


 そのように雨が支配している町でも、季節の変化によって訪れる気圧の変化には逆らうことができなかったらしく、ここいら一帯は高気圧が生み出す空気にしばし支配されていた。


 そういう訳で、窓の外に心地よい暖かさが降り注ぎ、電線にはどこからか飛んできた鳥がさえずりを交わす。

 そんなうららかな休日に、男は一人で仕事道具を洗っていた。


 ……散々御託を並べておいて、自身はこんなにも侘しい休日の過ごし方をしているのときたら、本当にマジで救いがない。


 そう自覚していても男は洗浄の手を止めようとしなかった。

 休日何しよう? 何もすることがないや。

 生まれつつあった虚無を抑える方法を、男は仕事道具の手入れという作業にしか見出すことができなかったのだ。


 本当の、真剣な本音を言えば「何もしたくない」が男の望む休日の過ごし方だった。


 だが、

「休日何もしない男ってイヤっすよねー。将来ボケ老人になりそうで、」

 といった感じの命令じみた言葉が、職場の後輩女性の音声で脳内に繰り返し再生されるので、悲しきかな男には何もしないでいるわけにもいかなかった。


 食器用洗剤で作ったきめの粗い泡を水で流し落とす。


 内部にたまった水もそのままに、男は仕事道具を日光にかざしてみる。

 

 透明なガラス製のグラス、それによく似た形状をしている道具は白く熱い光を透かして輝いていた。

 まとわりつく水滴が、男の顔面にぽつぽつと奇妙な模様を描いている。


 いつの間にか額に浮かんでいた汗、それらを含んだ毛先が瞼を刺激する。

 前髪を片手でかき上げながら、男はグラスの内部に意識を集中させる。


 コポン

 と、中に残っていた水から赤黒く着色された小さい水の球が、植物の新芽のように出現した。


 そして見る見るうちにグラスの内部はどろりと赤い液体に四分の一ほど満たされた。


 トマトの味が全くしないトマトジュースのような液体を、男は何事もなさそうに指の間でゆらゆらと揺らした。


 今日が終わって明日が来たら、またこの道具をたくさん使うことになる。

 成人男性の魔法使いは面倒くさそうに溜め息を一つはくと、グラスの中身を排水溝へと捨てる。

 白い洗面器に、真っ赤なリボンのような杉が一つ描かれ、すぐに溶けて消失した。


毎分毎秒に絶望的ですね。

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