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「オーナー、今日はもう誰も来ないッスよ」
バイトの早川が壁にかかった時計を気にしながら諦めたように言う。上映開始まで五分を切っているというのに観客は一人も入っていない。
「そのちゃん先輩に伝えなくていいんスか?」
「案ずるな早川。今夜は絶対に来る」
「その自信、どっから来るんスか? 大体今日は映画より花火の日ッスよ。小難しいフランス映画より、花火の方が絶対に良いッスって」
確かにそうかもしれない。晩秋の季節に打ちあがる年に一度の花火大会は、寂れた商店街の小劇場よりずっと魅力的だ。ただでさえ集客力に乏しく上映中止が頻繁に起こるのだから、早川の言うことも納得できる。
しかし、
「今夜は絶対に来るんだよ」
力強く言うわたしの言葉にうろんげな表情を見せる早川は、いつでもチケット売場から映写室へ向かえるようにと腰を浮かしている。
この日のために古い映画のフィルムだって取り寄せたのだ。デジタル化の進むこのご時勢にわざわざフィルムを取り寄せるのは骨の折れる仕事だった。
しかし、そこまでするのには訳がある。言っておくが、自信などではない。確信だ。初雪が降るこの時期に彼女の待ち人は現れるのだ。現れてもらわなければ困る。彼女はずっと長いあいだここで待ち続けているのだから。それを知っているからこそわたしはこの小劇場を細々と続けているのだ。
わたしは商店街に続くアーケードをじっと見つめた。
絶対に来る。確実に来る。っていうか、絶対に来い!
そわそわと落ち着きのない早川の隣で、わたしは何度も呪文を唱えた。
上映が始まってすでに十分が経とうとしていた。そろそろ一本目のフィルムが終わる頃だ。
確信が次第に落胆に変わっていく。人気のないアーケードを見つめて肩を落とす。彼女はまた、何十年も待たなければならないのか……。
「……早川、そのちゃんにフィルム止めてって言ってきて」
諦めたときだった。
不意にアーケードの角を曲がって走ってくる人影が見えた。
「早川! ステイ!」
映写室に向かおうとするバイトを大声で止める。
「すみません、まだ間に合いますか?」
線の細い青年がチケット売場を覗き込んだ。
「大丈夫よ、鳴海くん」
名前を呼びかけると、彼は恐縮したように頭を下げる。
「そのちゃん、まだ居ますか?」
「もちろん。二階席はいつでも空いてるわよ」
満面の笑みを浮かべて階段を指差す。
「ありがとうございます」
鳴海は頭を下げると急いで二階席に続く階段を駆け上がっていった。
サービスのほうじ茶を渡しそびれた早川がそれに口をつけながら「知り合いッスか?」と聞いてくる。ここに入ってまだ二ヶ月ほどしか経っていない新入りだ。知らないのも当然だろう。
「毎年、晩秋から早春の季節にしか姿を現さないうちのアイドルの追っかけよ」
それで通じたのか、早川は「納得ッス」とうなずいた。
勢いで書いてしまいました……。
自分だけが楽しいパターンかも。