第7話:因縁の予感-První Stupeň-
「プルヴニー・ストゥペン大会、ですか……」
人でにぎわう会場にわたしとセイジョーさんは立っていた。
「で、でも、いいんですか……? わたしとドヴォイツェ、なんて」
「いいわけないでしょ」
わたしの言葉に、セイジョーさんは睨むように表情を険しくしながら言う。
その迫力に押され恐怖心を感じながらも、心のどこかでは「当然」だとも思っていた。
「いい? 私はサエズリ・スズメと再戦するためにアナタとドヴォイツェを組むのよ。わかってるでしょう?」
「は、はい……」
「ったく、だけど本当にこの子と組んで大会に出れば強くなれるのかしら」
以前、わたしとセイジョーさんは2人でスズメ先輩と戦い負けた。
スズメ先輩は言った。
「2人とも強くなりたくないですか?」
わたしはその言葉に頷いた。
セイジョーさんも同じ。
それでスズメ先輩に進められたのがわたし達2人でドヴォイツェを組み、そしてこのプルヴニー・ストゥペン大会に出ることだった。
「まぁ、いいわ。この大会に出場さえすればサエズリ・スズメが戦ってくれるって言っていたもの」
セイジョーさんはそう言うけど、わたしはその"条件"にも疑問を覚えていた。
どうしてスズメ先輩は「この大会で優勝」ではなく「この大会に出場」を再戦の条件にしたのだろう。
まぁ、セイジョーさんの性格を考えるなら……
「それじゃあいいかしらコスズメさん。こんな大会、さっさと優勝して帰るわよ」
優勝以外目にないっていうことはわかりきっているけれど。
「あぁら、ナンバー2じゃない!」
大会の参加手続きを済ませ、開始まで会場で時間をつぶすわたし達――ううん、わたしに嫌味たっぷりの声が投げかけられた。
見ると、わたし達の行く手を阻むように2人の少女が立っている。
「コスズメさん、知り合いかしら?」
「……レカルアさん」
1人は確かにわたしの知っている人だった。
挑発的な態度で鋭い眼光を向けてくる女性オズドベナー・レカルア。
わたしの中学時代の同級生で機甲装騎部のエース。
彼女はわたしを「2番手」と呼ぶ。
「ふぅん。まっ、リラフィリア生の時点でコスズメ・セッカと比べて大したことなさそうね」
セイジョーさんは何を思ってそんなことを言ったのか。
わたしよりも格下に見られたことでレカルアさんが――
「あ゛あ゛?」
キレた。
セイジョーさんの言葉は今この場で、彼女に対して決して言ってはいけない言葉だろう。
わたしがステラソフィア女学園に入学が決まり、自分は進学科にすら掠らなかったことをレカルアさんは最後まで納得いってなかった。
もちろん、セイジョーさんはそんなわたし達の過去は知らないだろう。
まぁ、セイジョーさんのことだから知っていようが知ってなかろうが同じように挑発しそうだけど。
「本当のことじゃないかしら? ステラソフィアは選ばれた騎使達が集まる学校。リラフィリアなんて2つも3つも格が落ちるところのアナタ達とは比べるまでもないじゃない」
「このアマッ……!! ざけんじゃないのですわ!!」
殴りかかるような勢いで前に歩み出ようとしたレカルアさんを一緒にいた女性が手で遮る。
「ヤーラ!」
「すぐに感情的になるのはレカルアの悪い癖だ。カヲリさんにも言われただろう?」
感情の起伏が激しいレカルアさんに反して、淡々とした態度で冷静そうな高身長の女性。
「コスズメ・セッカさん――それと絶対女王。セイジョー・アマユキさんだね」
「この私を知ってるなんて、そこのなんちゃってお嬢様と違って学があるじゃない」
「有名だからね。僕はナラヂトヴァー・ヤロスラヴァ。レカルアとドヴォイツェを組ませてもらっている」
「ふぅん。聞かない名前ね」
「よ、よろしくおねがいします……」
「何暢気に自己紹介などしているのですわ!? コイツらとは敵同士! 分かっていて?」
「敵同士だからと言って礼節を欠いてはいけない。レカルア、そういう所だ。君が真の騎使になれないのは」
「全く、いつもグチグチグチグチと煩いのですわ! わたくしの言葉を何かと否定して!」
いつの間にか始まるレカルアさんとヤロスラヴァさんの口喧嘩。
口喧嘩と言っても、レカルアさんが一方的にめちゃくちゃな言葉や罵詈雑言を浴びせ、それにヤロスラヴァさんが正論と常識的な回答をするというだけではあるけど。
「何なのこのドヴォイツェ……勝手にケンカしはじめるなんて」
呆れたようにセイジョーさんがため息を吐く。
たしかに、わたし達もチームワークはそれほどでもない。
でも、ここまですぐにケンカする程ではない――と思っている。
「そろそろ大会が始まるわ。コスズメさん、行きましょう」
「あ、はい……。えっと……この2人は…………」
「ほっときなさい」
「は、はい……」
そしてわたしとセイジョーさんのドヴォイツェが挑む初の大会。
プルヴニー・ストゥペン大会の幕が切って落とされたのだった。
「プルヴニー・ストゥペン大会、第3試合は――セイジョー・コスズメドヴォイツェVSバニラ・プレーンドヴォイツェです!」
司会のお姉さんのアナウンスに従って、わたし達は会場へと入る。
初試合の相手はどこか明るい雰囲気の2人組。
「マサラ・バニラです。よろしくね!」
「私はプレーン。よろしくっ」
「コ、コスズメ・セッカです。よろしくおねがいします……」
「セイジョー・アマユキ」
互いに握手を交わし、装騎に乗り込む。
「それでは、ヴァールチュカ…………開始!」
お姉さんの号令で、ついに試合が始まった。
「前衛は私が。コスズメさんは援護しなさい!」
「は、はい……!」
「かかってきなさい! さ、やるよっ、バニラ!」
「うん! コンビネーション、見せよっ!」
プレーンさんのアブディエル型装騎がウェーブシャムシールを手に一気に駆けてくる。
「ふぅん、お手本のように隙の無い動き……私の敵じゃあないわね」
斬りかかるプレーン=アブディエルの攻撃を容易くかわしながらアマユキさんは余裕の態度だ。
「相手は釘付け! 援護するよっプレーン!」
バニラさんの装騎はラファエル型――その手に持つストライダーライフルを撃ち、援護射撃を行う。
「釘付け? はんっ」
しかし、バニラ=ラファエルの銃撃は命中しない。
そう、セイジョーさんの装騎ツキユキハナは刃を交えるプレーン=アブディエルの影に隠れるようにして相手からの銃撃を受けないようにしていたのだ。
「バニラ、私に当てないでよっ?」
「わかってるよ! 赤いのがダメなら白いのに……」
そう言いながら、バニラ=ラファエルがストライダーライフルの銃口を向けた先は――
「わたし!?」
当然だ。
セイジョーさんに攻撃が届かない以上、わたしを狙うしかないのだから。
「コスズメ・セッカ! 何チョロチョロしてるのよ! 反撃しなさい反撃!」
「反撃……あ、はいっ、反撃……っ」
バニラ=ラファエルの銃撃を必死でかわし、左手の盾ドラクシュチートを構えながら、腰部にストックされていた徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを右手に握る。
そして引き金を引いた。
「セッカ! 下がらない! 前に出なさい! その盾とアナタの実力はなんのためにあるのっ!?」
「仲間想いねっ。でも、私との戦いにも集中してもらいたいわねっ」
「仲間想い? ふざけないで!」
「うわっ!?」
セイジョーさんはわたしの動きが気になるのか、その所為で自分の戦いに集中できてない。
わたしの所為だ……でもきっと、そう悲観すればするほど更に動きが鈍ってしまう。
そうなると、セイジョーさんも余計に戦いに集中できなくなってしまうだろう。
「足を――足を引っ張たらダメ。前に出る……わたしなら――でき、る?」
うじうじ悩んでも仕方ない。
たまには思い切りも大切。
「コスズメ・セッカ、いきまーっ!!」
そう割り切って、わたしは徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを思いっ切り撃ちながら、装騎スニーフを走らせた。
「ってバカ!! そんなバカみたいに突っ込んだら!!」
「えっ?」
瞬間、わたしの装騎スニーフを襲う激しい衝撃。
バニラ=ラファエルの銃撃をドラクシュチートを必死に構えて防ぐが、絶え間ない衝撃に動けなくなる。
「チッ、ほんとバカ!」
「援護にはいかせないっ! シャムシールの錆になるのよっ」
セイジョーさんの装騎ツキユキハナはプレーン=アブディエルの剣撃を受け止め、わたしに構う余裕はない。
「お願いプレーン! 持ちこたえてる間に! あの白い方を倒して見せるわ!」
わたしもなんとか反撃を試みるも盾越しに、相手の銃撃に晒されながらだとなかなか狙いがつかず、弾丸は明後日の方向へと飛んでしまう。
「もう……ダメなの……?」
「だぁもう、仕方ないわね!」
不意に、装騎ツキユキハナが手にしたロゼッタハルバートが蒼く染まった。
「ロゼッタネビュラ!!」
プレーン=アブディエルの斬撃――その一瞬の隙を突き、装騎ツキユキハナがロゼッタハルバートを投擲する。
蒼く染まった星雲のように渦巻く一撃は、
「ひっ!? コッチ来た!!!」
「バニラっ」
わたしを狙うバニラ=ラファエルを切り裂き、その機能を停止させた。
「た、助かった……」
そう安堵するのも束の間。
ロゼッタネビュラを使用した装騎ツキユキハナのその手に武器はない。
「そうだ、援護しなくちゃ……!」
「邪魔。大人しくそこでみてなさい!」
そうだった。
セイジョーさんは素手でも……。
「つっ、強いっ」
プレーン=アブディエルの斬撃を拳、膝、腕に足、身体中を目一杯使いいなす。
拳にアズルを纏い、そして打ち付ける。
その拳打は俊敏で強烈――その事実は見ているだけでひしひしと伝わって来た。
「だけどっ、見えて来たわ! あなたの動きっ」
「へぇ?」
不意に装騎ツキユキハナのガードが少し下がる。
「そこっ」
その一瞬を狙い、プレーン=アブディエルがウェーブシャムシール高く掲げ、装騎ツキユキハナに必殺の一撃を入れんと振り下ろした。
その一撃は鋭く素早い。
セイジョーさんに隙ができる一瞬を虎視眈々と狙った結果の決定的な一撃。
それはセイジョーさんの装騎ツキユキハナを一刀で両断する――――はずだった。
「違う……セイジョーさんの隙は、わざとだ」
わたしにはそれがよくわかる。
2人とは一歩引いた場所にいるからこそ、当事者のプレーンさんよりもよく見えた。
2度目の開花を待つ、薔薇の花の姿を……。
「ロゼッタネビュラ……」
ドンッと身体に衝撃を感じたような錯覚を覚える。
それだけ、その一撃は重く深く低く衝撃を唸らせた。
「バニラ騎、プレーン騎共に戦闘不能! セイジョー・コスズメドヴォイツェの勝利です!!」
わたし達のドヴォイツェの最初の試合はなんとか勝利で幕を閉じた。
「セイジョーさん……」
「次はちゃんとしなさい」
なんだかんだ、わたしは何もできなかった。
いや、変に空振った所為でセイジョーさんの足を引っ張ってしまった。
「ごめん、なさい……」
そう思うと、謝らずにはいられない。
「別に。足手まといなのは元から分かってたことだわ。私は1人で戦う。アナタも1人で戦いなさい。その方が互いに気が楽だわ」
「ごめんなさい……」
「だぁもう! いちいち謝るなって言ってんのよ! ドヴォイツェなんて性に合わないのは私だって一緒なんだから!」
「でも……」
「互いに互いのことを気にするのは無し。おわかり?」
セイジョーさんはきっとこう言っている。
"今回のわたしの行動を責めはしない。だけど、次の試合はドヴォイツェとしてではなく、個人として戦う"と。
それはある種の決別であり、ある種の優しさのようにも感じ取れた。
でも、そう言われてしまうのも……
「仕方ない、よね……」
セイジョーさんなら1人で2人相手でも戦えるだろう。
変にわたしに気を遣わなければ。
だからきっと、それが一番いいのかもしれない。
セイジョーさんはセイジョーさんで、わたしはわたしで戦う。
それがきっとベストなのだろうと、わたしも思い始めていた。
「残り4試合……」
そしてすぐ、次の試合が幕を開ける。