第6話:正真正銘全開バトル-Podmínka je náhle-
「サエズリ・スズメ、私と勝負しなさい!」
「その話はもう終わったじゃないですかー!!」
ある朝、セイジョーさんがブローウィングの部屋に乗り込んできた。
「私の負け! アマユキちゃんの勝ち! はい、それで決まり!」
「それはカードゲームの話でしょう! 装騎よ、装騎戦をしなさい!」
ここ最近、少し大人しくなったかと思ったけれど、やっぱりスズメ先輩とヴァールチュカをしたいというセイジョーさんの気持ちは変わっていないようだった。
セイジョーさんの目的は、スズメ先輩を倒してステラソフィア1の騎使になること。
そしてゆくゆくは世界を手に入れる。
そんなとても大きな目標を持つセイジョーさんをわたしは少し尊敬しはじめていた。
「さすがに、そろそろ戦ってあげてもいいんじゃないですか……?」
「もう、セッカちゃんまでー!」
「勝負しなさい、サエズリ・スズメ!」
「何なんですか2人とも! ん? 2人……?」
ふとスズメ先輩の表情が真剣になる。
「スズメ先輩?」
「サエズリ・スズメ!」
「わかりました、いいでしょう」
今まで散々渋っていたスズメ先輩がついに頷いた。
「ですけど、アマユキちゃんと1対1で戦うのもつまらないですし、セッカちゃんと2人。2人でかかってきてください」
スズメ先輩の出した条件にわたしは困惑してしまう。
そして、セイジョーさんも怒りを露わにする。
「ふざけないで! 私とコイツの2人で戦えですって!?」
「2対1で戦って、負けるのが怖いんですか?」
「…………上等よ。これで私たちが勝ったら次こそ1対1よ」
「はい、約束しましょう」
「えっと……つまり?」
「来なさい、コスズメ・セッカ。作戦会議をするわよ」
「スズメ先輩っ!」
「全力できてくださいよー」
そして、装騎戦が始まった。
「コスズメ・セッカ、精々私の足を引っ張らないことね」
「は、はい……セイジョーさんが前衛でわたしは援護、ですね」
「そうよ。見なさい、我が薔薇の刃を!」
私はロゼッタハルバートを構え、サエズリ・スズメを見据える。
私の装騎ツキユキハナは補助ブースターによる加速を使った高速戦闘が得意なフライア型装騎。
「わぁ、わたしのスニーフと姉妹騎ですね!」
とコスズメ・セッカは喜んでいたけど、ということは私が妹ってワケ? ありえない!
……なんて戦いに関係ない雑念は捨てなくては。
今はただ、サエズリ・スズメを倒す。
それだけ!
「くらいなさい!」
私は思いっきりロゼッタハルバートを振り上げ、そして、振り下ろす。
私の一撃は装騎スパローには当たらない。
だが、その程度は予測済み。
地面を叩いた勢いを利用し更に、
「もう一回転!!」
「派手で大振りな技ですね! もっと堅実なタイプかと思ってましたけど……」
「セイジョーたるもの華やかたれ。美しく、見栄よく戦い勝利する! それはアナタも同じでなくて?」
「確かにその通りです。装騎バトルはエンターテインメントですからね!」
二撃目も空振り。
だがまだまだ攻撃の手はある。
次はそのまま横払い。
その勢いで一回転。
再び装騎スパローを正面に捉えての斜め切り上げ。
「すごい……遠心力とブースターの補助を利用した畳み掛けるようなハルバートの高速連撃……!」
私の背後で徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを構え、射撃のタイミングをはかっているコスズメ・セッカが呟いた。
私の凄さは当然――しかし、それを軽くいなす装騎スパローの余裕の態度は賞賛に値する。
「さすが――私の憧れの人を倒しただけはあるわ」
「アマユキちゃんの、憧れの人?」
「アナタはよく知っているはず。ディアマン・ソレイユさんとロズさんを」
「元チーム・バーチャルスターの姉妹ですね。ステラソフィア最強の姉妹」
「ええ。私はあの姉妹に憧れていたわ。いつかあの2人を超える騎使になると!」
だけど、私の目標が果たされることはない。
もう2人はどうしても私の手が届かない所へ行ってしまった。
「私がソレイユ先輩とロズ先輩を倒せたのはチーム戦だったからですよ」
「そうかもしれないわね。それでも、お2人を倒した事実は事実。まぐれで勝てるような相手ではないお2人を倒した実力……それはきっと確かなものだから」
「だから私と戦って、倒すと」
「その通りよ!」
私は姿勢を低くし、ロゼッタハルバートを掲げる。
肌がヒリつく。
それは全身を通ってアズルが装騎を包み込む感覚。
ロズさんが最大の必殺技として編み出した秘技にして、私の得意技。
「ロゼッタ、ネビュラ!!」
紅い斧槍がアズルの蒼に染まり行く。
輝きが絶頂に達した時、私はロゼッタハルバートを勢いよく振り投げた。
蒼く咲いたロゼッタネビュラが装騎スパローを襲う。
しかし、その攻撃は容易くかわされた。
「次はこちらの番です!」
武器を手放したその隙を狙い、装騎スパローが両使短剣サモロストを構え、装騎ツキユキハナに斬りかかる。
もちろん今の隙を狙われることは承知済み。
私は両手を固く握り、胸元にそっと掲げ、その拳にアズルを纏った。
「ムニェシーツ・ジェザチュカ!」
アズルを纏った刃が閃き、私を襲う。
私はその刃を――――肘で打ち付け軌道を逸らした。
「へぇ、なかなか良い動きですね!」
「この程度なら当然でしょう?」
ロゼッタネビュラ最大の弱点は、攻撃後に武器が手元にないこと。
となれば、その対策を取るのは当然。
私のとった対策が徒手空拳状態での格闘技術の向上だ。
拳を固め突き出すと、アズルが放たれ衝撃を生む。
「面白いですね!」
私の拳をかわし、装騎スパローは両使短剣サモロストを振り上げた。
いいえ、違う――振り上げた両使短剣サモロストはそのまま宙を舞う。
「サエズリ・スズメ、行きます!」
「ふんっ」
互いに拳を固め、拳を交わす。
拳撃とともにアズルが弾け、舞い散り、金属同士のぶつかる音が響き渡った。
「カスアリウス流ケンカ蹴り!」
唐突な装騎スパローの蹴り。
しかし、動作が大仰で予想と対応は簡単だ。
「お返しよ!」
軽くステップを踏み、素早く右脚を蹴り上げる。
「うわっ」
装騎ツキユキハナの蹴りは装騎スパロー、その左腕に装着されていた追加装甲を弾き飛ばした。
「なかなかやるじゃないですか! 良いですね、正々堂々の殴り合いも!」
正々堂々の殴り合い、ね……だけどこの事実は忘れてはいけない。
ロゼッタネビュラは……
「次はコチラから行きますよ!」
装騎スパローがグッと腰を落とし、弾けた。
「返り討ちにしてあげるわ!」
正面から向かってくる装騎スパローを迎え打たんと私も構える。
私たちの拳が交わろうとしたその瞬間――装騎スパローの姿が消えた。
装騎スパローの代わりに現れたのは私の投げたロゼッタハルバート!
「っ……!!!」
あまりにも優雅な変わり身。
流れるような滑り込み。
この一撃を加えるために装騎スパローはロゼッタネビュラが戻ってくるギリギリまで私の正面を維持していたことに気付く。
「セイジョーさん!」
コスズメ・セッカが叫び声を上げた。
それと同時に鳴り響く徹甲ライフル・ツィステンゼンガーの銃撃音。
その弾丸は私のロゼッタハルバートを押し留め、そして、宙に弾けとばさせた。
「チッ、自分の技くらい自分で止められるわ!」
そう言いながらも、今一番の問題は装騎スパロー。
装騎ツキユキハナの脇を抜け、背後に回っていた装騎スパローを正面に見据える。
「さすがはセッカちゃんですね……」
「……?」
サエズリ・スズメがポツリと呟いたその瞬間、私の頭上で弾けるような金属音が響いた。
そのしばらく後、装騎スパローのはるか後方で両使短剣サモロストが地面に突き刺さる。
そしてロゼッタハルバートは私の右前に。
私は思い出した。
サエズリ・スズメが――装騎スパローが捨て去った両使短剣サモロストの行方を。
サエズリ・スズメは私がロゼッタネビュラを利用した不意打ちに対処することは予測済み。
本命の一手は最初に投げた両使短剣サモロストによる奇襲だった。
しかしそれも、コスズメ・セッカの撃った弾丸で軌道を逸らされたロゼッタネビュラによって偶然にも阻まれた。
偶然にも……?
いや、違う!
「セッカちゃんはものをよく見てますからね。勘もいいですし」
後輩の活躍に喜ぶような、楽しむような声を発しながらも装騎スパローは右腕のヤークトイェーガーを取り外し、ジャマダハルのように右手に握る。
「ふん……」
私もロゼッタハルバートを抜くと構え、そして装騎スパローを迎えうった。
「セッカちゃんもガンガン来てくださいよ! さっきの支援、完璧でしたよ!」
「え、ええっ!?」
突然話しかけられたからか、間抜けな声を上げるコスズメ・セッカ。
私はこんなヤツに助けられた……?
そう思うと、少し怒りが湧いてくる。
「おっと、油断大敵ですよ!」
コスズメ・セッカに意識が向いた一瞬をサエズリ・スズメはすぐさま勘付いた。
「スィクルムーン・ストライク!」
右手に握ったヤークトイェーガーの切っ先を装騎ツキユキハナに向ける。
スィクルムーン・ストライク……それは緩やかな弧を描く鋭い突きの一撃。
その一撃は強力かつ高速だが軌道は毎回ほぼ一定。
単体で見れば対処は容易い技だ。
ロゼッタハルバートの柄で軽く軌道を逸らせば……
「なんちて」
違う。
今の構え、今叫んだ技名はフェイクだ!
踏み込む勢いを利用して、装騎スパローが宙を舞う。
回転しながらの天高いバク転宙返り。
これは……
「ムーンサルト……」
私の装騎ツキユキハナから距離がどんどん開いていく。
目標は――
「チッ、セッカ!」
装騎スニーフが呆然と装騎スパローを見上げる。
私だって騙された。
となると、コスズメ・セッカが気付けた筈がない。
「ストライク!」
装騎スニーフの背後に降り立った装騎スパローの一撃が閃く。
「嘘でしょう!?」
その一撃は――咄嗟に振り返り、構えた装騎スニーフに受け止められていた。
振り払った装騎スパローの腕に押し付けられた徹甲ライフル・ツィステンゼンガー。
コスズメ・セッカは完全に不意を突かれた筈。
それなのに、サエズリ・スズメの攻撃を受け止めるなんて。
「あ、危なかった……えっと、でも……どうしましょう?」
「反撃しなさいよ!!」
しかし、へっぴり腰なのは相変わらず。
そんなに腰が引けていれば、一撃をなんとか受け止められたとしても……
「すぐに倒されちゃいますよ!」
案の定、忠告するようなサエズリ・スズメの言葉とともに、脚部のヤークトイェーガーによって切り裂かれた。
「ロゼッタネビュラ!!」
ここでボーッと見ているだけでは私もコスズメ・セッカと同じだ。
素早くその手のロゼッタハルバートにアズルを纏いを放り投げる。
「ムーンライン」
装騎スパローはロゼッタネビュラを避けると同時に、全身からアズルを吹き出した。
そのアズルは手に持ったヤークトイェーガーを通し、さらにそこから私のロゼッタネビュラに飛び火する。
「アトラクション!!」
瞬間、装騎スパローが身体をぐるりと一回転させた。
その回転に従うように、装騎スパローの放つアズルに引かれるようにロゼッタネビュラが一気に方向転換。
「チッ」
そのまますぐに私の元に向かって飛んで来た。
アズルの引力、斥力を利用して相手の攻撃をそのまま相手に返す技だなんて。
もちろん、私の技が私自身に効くはずはない。
私はロゼッタハルバートを掴み取ると素早く構える。
目の前にはもうすでに装騎スパローが迫って来ていた。
ロゼッタハルバートを振るには間に合わない。
ならば、ロゼッタハルバートを掴み取った反動を利用して、空いた左手で殴りかかる!
「ロズ先輩を尊敬してるんですよね」
「それが何か?」
「ふふっ、やっぱり似てるなと思ってですね」
装騎スパローが一瞬背を向ける。
と同時に跳躍……
「ムーンサルト……」
完璧なムーンサルト・ストライクの流れだ。
私の拳による迎撃を予見していたような動き。
いや違う、確かにサエズリ・スズメは知っていた。
ロゼッタハルバートの重さによる反動を利用し、空いた手によって力強いパンチを繰り広げる一連の動きを。
それは、ロズ先輩の得意とする戦法だからだ。
「不覚をとった……ッ」
「ストライク!!」
背後から鋭い衝撃が走る。
と同時に、私の装騎ツキユキハナのディスプレイが赤く染まり、戦闘不能の表示を出した。
「負けた……」
「セイジョーさん……ごめんなさい」
「なんでアナタが謝るのよ!」
「その、わたし、なにもできてないし……」
「そんなこと……ないわよ」
確かに彼女はさほど戦いには参加していない。
でもそれは、私がそう指示したから。
認めたくない事実だけど、私を助けてくれたというのもある。
もし、彼女の支援が無ければ最初の殴り合い――そこで負けていた可能性もあった。
そういうチャンスを貰ってさえサエズリ・スズメを倒せなかった事実に私は怒りを抑えられない。
自分自身への怒りを。
「悔しいですか?」
「……当然よ」
「アマユキちゃんは弱くなかった。少し自分の実力に奢り過ぎなところはありますけどね」
「フン」
「セッカちゃんは謙虚すぎです。アマユキちゃんでも反応できなかった不意打ちに反応できたんですよ?」
「……えっ?」
「それにセッカちゃんは私に一撃入れた事ありますしね」
「はぁ、コイツが!?」
私は思わず叫んでしまう。
確かに今回の戦い、サエズリ・スズメの奇襲攻撃に何度も対応し、その潜在能力を見せていた。
それでも彼女がサエズリ・スズメに一撃でも加えたなんて。
「セッカちゃんは覚えてます? ステラソフィアとイーリス女子の交流授業」
「は、はいっ! えっと……もしかして、覚えてた、んですか?」
「当たり前ですよ。強いと思った騎使を忘れるわけないです」
その交流授業でサエズリ・スズメとコスズメ・セッカは戦い、そしてセッカが一撃を与えたことがあるという。
褒められてかどこか表情の緩むコスズメ・セッカに、
「でもまだまだですよ」
とサエズリ・スズメがたしなめた。
「2人とも強くなりたくないですか?」
サエズリ・スズメは言った。
私は頷く。
強くなりたい。
強くなって、サエズリ・スズメを倒す。
「セッカちゃんは?」
「わたしは、その……まぁ、強くなれるに、越したことはない、ですけど」
「だったら、2人でドヴォイツェ、組んで見ませんか?」