第49話:変革の時-Náš P.R.I.S.M.-
「はぁはぁ……ロゼッタネビュラ――4連撃ッ」
額に汗が滲み、流れる。
睨む先には世界装騎ゲネシスの姿。
「全ッ然削れない……ッ」
その姿は最初に見た時と変わりない。
それは全くダメージを受けていないということだ。
「成長もしてない……と思えば、プラマイゼロってとこかしら」
そう自分に言い聞かせるのが精一杯。
けれど、そう悠長なことも言ってられない。
「身体は成長していない――ように見えるわねぇ。だけど、頭はどうかしら?」
ドロテーアは相変わらずの様子で私の姿を嘲ってくる。
先にぶっ殺してやりたいところだけれど、そこら辺は彼女も弁えてる。
装騎神殿バアル・ゼブルの防御機構が彼女を取り囲んでいた。
それにドロテーアの言うことは重要なことだ。
「ローゼスペタル!」
なぜなら、世界装騎ゲネシスは――
『Ahhhrrr』
少しずつ学習し始めていたからだ。
私の、装騎ユキハナの攻撃をただ棒立ちでなすがままだった世界装騎ゲネシスは、次第に身を構え、回避を試み、身を守ろうとし始めている。
そして今の一撃。
「チッ、受け止められたッ!」
世界装騎ゲネシスは明確な防御行動を取った。
更に――反撃ッ!!
「学んできてるわ。身を守ると言うこと、相手を倒すと言うこと、着実に、そう着実に」
『Ahhhhh』
世界装騎ゲネシスの左腕に幅広の刃が光る長柄の武器が現れる。
それはそう――私のロゼッタハルバートのような武器だ。
世界装騎ゲネシスは武器を扱うことを覚えた。
そしてその一撃を――敵に振り下ろすことを!
「くっ!」
一撃は回避できた。
けれど、その余波は激しい衝撃となって私の身体を襲う。
あれだけの巨体が放つ一撃。
直撃は考えたくない。
「アマユキちゃん!」
声が響いた。
スズメ先輩たちだ。
「なんとか追いついた……っ」
「アレは……異界堕神……!」
「世界装騎ゲネシスだって。アイツ、切っても切っても……切れないのよッ」
装騎スパローTA、そして装騎ルシフェルⅦ型の2騎も世界装騎ゲネシスに斬りかかる。
けれどその一撃は通用しない。
世界装騎ゲネシス自身も「身を守る」ということを身に着けたからなおさら。
「なるほど。周囲から霊力を吸い上げての自己形成。それに学習能力、ですか」
「厄介だね……」
放っておけば強くなり、手を出せば学習していく――どれだけダメージを与えても有効手段は見つからない。
「聞いた感じスズメ先輩たちはああいうのとよく戦ってるんでしょ。なんか手はないの!?」
「基本は核を壊す――ということになりますけど、ゲネシスの核って……」
「セッカよ!」
「ですよねぇ」
「それじゃあセッカちゃんを切り離せばっ」
「そんなのわかりきってるけど……その為の手はないの!?」
「やっぱり、ブレードブリットですかね」
装騎を弾丸のように撃ち出す合体技。
装騎ユキハナがここに辿り着くためにしたのと同じ手段だ。
やっぱり――それが一番無難か。
「スパロー!」
「ルシフェルⅦ型!」
「「ブレードブリット!!」」
ルシフェルⅦ型の加速に乗り、装騎スパローTAが撃ち出される。
『Ahhhhhh』
世界装騎ゲネシスが悲鳴のような音を響かせた。
装騎スパローTAの一撃が世界装騎ゲネシスの胴体を斬り裂いたからだ。
だがコアを切除するには至らない。
もっともその可能性は十分に把握している。
だから、
「次!」
「ユキハナ、行くわよ」
「「ブレードブリット!!」」
2発目の準備はとっくにしていた。
が――
『Arrrrrrr』
世界装騎ゲネシスの放つ音が、強烈な霊子の波へと変化する。
「これは……ッ」
装騎スパローTAの一撃で痛い目を見たことで、世界装騎ゲネシスはブレードブリットを危険だと思い知ったんだ。
波に当てられ装騎ユキハナの軌道がブレる。
さらに、振り払われた世界装騎ゲネシスの持つ斧槍の一撃。
その一撃に装騎ユキハナは当てられこそしなかったものの――
「キャアッ!?」
地面に叩きつけられた。
ハラパルトナによるダメージは確かに全くない。
装騎ユキハナが警告しているダメージは地面に叩きつけられた時――それだけ。
けれど今、装騎ユキハナの軌道が急に変わった気がした。
あの霊子波による失速ではない。
「今のはまさか……吸い寄せ能力……?」
世界装騎ゲネシスはその形を維持するために、霊力を吸い寄せているのは手ごたえとして感じていた。
けれど、その能力をこうやって使ってきたのは――初めてだった。
「違う。使って来たんじゃない……思わず使ってしまったのね」
そしてきっと、アレは学習した。
「スズメ先輩、アマレロ先輩! アイツの1撃に注意して。きっと吸い寄せ能力を使ってくるわ!」
「吸い寄せ? ……うわっ」
装騎スパローTAの目の前を世界装騎ゲネシスのハラパルトナが通り過ぎる――瞬間だ。
激しい打撃音と共に、装騎スパローTAが吹き飛んだ。
「スズメさん!」
「大丈夫ですッ……!」
スズメ先輩が言う通り、装騎スパローTAは健在。
アマレロ先輩の安堵のため息が聞こえてくる。
「マジで使ってきましたね。ロズム・ア・シュチェスチー……っ」
さっきの一撃、普通ならば簡単に避けられた。
けれど、ロズム・ア・シュチェスチーの吸い寄せ能力によって装騎スパローTAはハラパルトナに"当てられた"。
「警戒してたので防げましたけど……アマユキちゃんが気づいてなかったらヤバかったかも」
「私だってたまたまよ。さっきの一撃――もしアレが直撃してたら……」
世界装騎ゲネシスが吸収能力で絶えず霊力を確保できるのと言い、セッカの持つP.R.I.S.M.能力。
それにこんなにまで手こずらされるなんて。
「ただでさえデカくて広い世界装騎ゲネシスの有効攻撃範囲がえげつないことになってますね……」
「回避できる距離で戦うとなると、こっちの攻撃が当てられない。よね」
「かと言って、ヘタに飛び込んでも――あんなの1撃まともにくらったら終わりよ」
世界装騎ゲネシスの持つハラパルトナの長さはそれこそ装騎以上。
それもそうだ。
装騎ユキハナよりも二回りは大きい世界装騎ゲネシスの持つ斧槍なのだから。
世界装騎ゲネシスがロズム・ア・シュチェスチーを身に着け、私たちの攻め入るペースは明らかに落ちてきていた。
かと言って、手を出さなければ霊子を吸収して成長していく。
「割とじり貧ですね……」
「ヘタしたら、あっちの成長の方が上って感じもするけど」
「そうですね。これ以上時間がかかったら負けますねコレ」
「何暢気なこと言ってんのよ! そんなことあっていいわけないでしょ!」
「分かってます。けど、あの引力と攻撃力――どう突破するものか」
今はまだ散開することで相手の注意を分散させ、隙を突いて削り取るという戦法が通用している。
けれど、いつ世界装騎ゲネシスが対応してくるか……。
「とりあえず一撃なら……試せるよ。わたしなら」
そう言ったのはアマレロ先輩。
「スズメさん、アマユキちゃんはそのまま相手の注意を引き付けて。隙を見てわたしが一撃を入れる。2人はその後に続いて」
「いけそうですか?」
「正直、わからないけど……このまま状況が動かないよりは」
「わかりました。アマレロちゃんを信じます!」
「仕方ないわね」
私はロゼッタハルバートを構え、アズルを灯す。
「ロゼッタネビュラ!!」
「ムニェシーツ・ロンゴ、ミニアドーー!!」
装騎スパローTAの持つ両使短剣サモロストの先端から、迸る光の槍が世界装騎ゲネシスに打ち込まれる。
その傍で、装騎ルシフェルⅦ型は静かに背部の超多重層ブースターへ光を灯した。
クラウチングの体勢で、世界装騎ゲネシスを静かににらむ。
「ロゼッタネビュラ――2連撃ッ」
私は戻ってきたロゼッタハルバートにアズルと勢いを流し込み、素早く2撃目を投げ放った。
今はできるだけ世界装騎ゲネシスの目を引き、そして削りとるのだ。
「3、2、1……」
アマレロ先輩が静かにカウントする。
それに呼応するように装騎ルシフェルⅦ型の灯す光が強くなっていった。
「カシーネ・アマレロ、ゴーアヘッド! P.R.I.S.M. Akt.3」
そして、装騎ルシフェルⅦ型が走り出す。
ポリフォニックブースターの強烈過ぎる加速に後押しされて。
さらにそこに重なるP.R.I.S.M.の煌き。
それは私も体験したあのP.R.I.S.M.能力。
「プレイング・オーヴァー!!」
空間跳躍レベルにも感じられるあの超加速。
体感した時もそうだけど、傍から見ていてもそれはとても――すごかった。
一瞬――そう思う間もなく装騎ルシフェルⅦ型は世界装騎ゲネシスに風穴を開けた。
『Gahhhhhhh!!』
苦しむように呻く世界装騎ゲネシス。
「セッカは!?」
「ッ……逸らされた」
「ですけど、隙はできました!」
「当然ッ」
装騎スパローTAが世界装騎ゲネシスの元へと飛び込む。
それに私も続いた。
「ムニェシーツ・ジェザチュカッ!」
装騎スパローTAの閃き。
その光は、世界装騎ゲネシスのコアに命中した瞬間弾け散る。
「この手ごたえ……何か、壁が」
「壁?」
それも当然。
核を破壊、奪取されれば存在を維持できなくなる。
その為の防御機能が備わっているのは当然だ。
そしてそれが――
「風の壁」
けれど霊子を使った壁ならばきっとコレで、打ち破れる。
「P.R.I.S.M. Akt.2――ブロウウィンド!!」
アズルを吹き飛ばす私の風。
これであの壁を吹き飛ばせば、セッカが完全に剥き出しになるはず。
「待っててセッカ――今助けるから!」
そしてその隙に――セッカを取り返す!
『Ahhhhhh!!!』
世界装騎ゲネシスの核に装騎ユキハナのロゼッタハルバートが突き立つ。
私のアズルを吹き飛ばす風が吹き荒れる。
そして、ヴェトルナー・スチェナに――穴を開けた。
「セッカ!!!!」
私は左腕をセッカに伸ばす。
届く――あと少しで、セッカに、手が!
装騎ユキハナが激しく揺れる。
「これ、は……」
世界装騎ゲネシスの防衛機能?
いや、少し違う。
私の開けた穴にヴェトルナー・スチェナの風が流れ込んできている。
「チッ、思ったよりも修復が速いッ」
開いた穴を塞ごうとアズルが風となって流れ込んできていた。
私の装騎ユキハナはその風に揉まれ揺り動かされていたのだ。
「セッカ――!!!!! 風花開花!!」
装騎ユキハナを加速させ、一気に前へと騎体を突き進ませる。
「あと、少しッ」
『Kahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!』
不意に響く、耳をつんざく悲鳴のような金切り音。
頭が割れそうになる。
痛い、痛い痛い痛い痛いッ!!
「キャアッ!?」
私は必死に踏ん張った――けれど、装騎ユキハナは吹き込む風に耐え切れず吹き飛ばされてしまった。
「それに……今のは……ッ」
頭の中に過った悲鳴。
あれは私のものじゃない。
そう、アレは――
「世界装騎ゲネシスの……ッ」
悲鳴か。
装騎ユキハナの腕が世界装騎ゲネシスの核に触れた。
その痛みを感じたんだ。
「なら……セッカは」
いや、今は考えるな。
助け出せればそれですべてが終わる。
「アマレロ先輩、さっきのもう一度!」
さっきの一撃は惜しかった。
もう一度チャンスがあれば――そう思ったけれど。
「ごめんなさい」
アマレロ先輩はそう言った。
装騎ルシフェルⅦ型のブースターから噴き出る炎。
その騎体は急加速に耐え切れず、かなりのダメージを負っていた。
「やっぱり、プレイング・オーヴァーを全力はちょっと……キツかったみたい」
それにアマレロ先輩はあの加速を2回は使っている。
ただでさえ高負荷のポリフォニックブースターを使う装騎ルシフェルⅦ型に、P.R.I.S.M.能力とはいえあれだけの超加速を行ったんだ。
同じような加速は――もう2度とできない。
「セッカ……ッ」
目の前では世界装騎ゲネシスがみるみる形を取り戻していく。
「今のは――惜しかったわね」
「うるさい!」
ドロテーアが一々挑発してくる。
どうする、どうすればいい?
どうすればセッカを助け出せる!?
『まだです! まだ、手はあります!』
「チッ」
不意に響いた声にドロテーアが舌打ちした。
今の声は――さっき、ここに来た時に聞いた。
「マチアちゃん!」
天使装騎グレモリー!
『世界装騎ゲネシスは周囲の空間から霊力を吸収して形を維持してる』
それは分かっている。
だからさっきから攻撃しても攻撃しても倒しきれない。
『ならば、周囲からの霊力供給を断てれば――』
それは当然。
けど、この場にそれができるのは。
『わたしの、天使装騎グレモリーの能力はアズル操作です。わたしなら――世界装騎ゲネシスへの霊力供給を断つことができますっ』
「マチアちゃん……いいんですか?」
『言い争ってる時間はないです!』
「……それはズルいですよ」
『スズメさんだって、同じです』
天使装騎グレモリーが光を纏う。
強大なアズルが世界装騎ゲネシスを取り囲んだ。
すると、世界装騎ゲネシスの修復が止まる。
『Kahhhh!?』
世界装騎ゲネシスが苦しむような声を上げた。
アイツにとって霊子は身体を造る力だけではなく、空気のようなもの。
ただでさえ身体を構築する霊子が足りない状態でその量を制限されれば息苦しくてかなわないはずだ。
「けどつまり――グレモリーの作戦は有効的だったってワケね」
「その通りです。マチアちゃんの身体がもってる間にセッカちゃんを!」
装騎スパローTAが加速する。
「アマユキちゃん、ジャンプ!」
「ブルームウィンド!!」
装騎スパローTAに押し出され、装騎ユキハナを一気に跳躍させる。
その後から装騎スパローTAも跳躍。
「ロゼッタネビュラ!」
ロゼッタハルバートを放り投げ、世界装騎ゲネシスの身体を引き裂く。
「セッカちゃん!!!」
装騎スパローTAの全身からアズルが迸った。
「ヤークトイェーガー……セドミー・レータヴィツェ!!」
装騎スパローTAが纏う追加装甲ヤークトイェーガーが火を吹く。
その1つ1つが装騎スパローTAの体から切り離され、流星のように撃ち出された。
その一撃一撃が、世界装騎ゲネシスの頭を、両腕を、両足を吹き飛ばす。
残るは胴体と――そして、セッカのいる核。
「ブロウウィンドで吹き飛ばして――そして――――」
今度こそ!
装騎ユキハナの右腕を伸ばす。
『Koahhhhh!!!』
世界装騎ゲネシスは自らのコアを守るため、ヴェトルナー・スチェナを修復しようと霊子をコアに集中させる。
風が吹きこむ。
装騎ユキハナを揺らす。
けれど、さっき程じゃない!
世界装騎ゲネシスの身体が少しずつ朽ちていった。
使える霊子がもう、残り少ないからだ。
「2度も同じ手は――くわないわ!」
『Gohhhhhhh!!!』
瞬間、風向きがかわった。
「これ……はっ」
装騎ユキハナを弾き飛ばそうとしている――わけではない。
かと言って、霊子の渦に巻き込もうとしているわけでも。
これは――私の、装騎ユキハナの跳躍した勢い――――それを、
「利用している!?」
風の向きが装騎ユキハナを上に逸らすように流れている。
それも同じ霊子を回転させるように循環させてだ。
つまりそれは――最低限の霊子で装騎ユキハナを逸らす為の風を起こしているということだ!
この息切れ寸前の状態で、世界装騎ゲネシスは学習した。
霊子の使い方を学習したのだ!
『Hoooooooo!!!!』
「まだです! スパロー!!」
『Kouahhhh!』
瞬間、装騎スパローTAの一撃が止まる。
突き出す両使短剣サモロスト――その正面には世界装騎ゲネシスのコア。
「なっ、自分のコアを――盾にッ」
今まではコアを守るために全力を出していたはずだ。
それなのに――今になって……。
「なるほど……学習、ですか……ッ」
世界装騎ゲネシスの風に叩きつけられ、吹き飛ばされながらスズメ先輩が呟く。
ついに世界装騎ゲネシスは私たちの狙いを把握した。
セッカを盾にしてきたのだ。
「あらあら、打つ手無しね」
「そうでも、無いわ!」
そう、まだだ!
世界装騎ゲネシスの意識が装騎スパローTAに向いている今の間に。
私は中空で戻ってきたロゼッタハルバートを掴み取る。
その勢いに私は身を任せた。
世界装騎ゲネシスに向かって放ったロゼッタネビュラの一撃は、大きく迂回し世界装騎ゲネシスの背後からの2撃目を狙っている。
つまり、このままロゼッタハルバートに捕まっていれば――
「捉えた! 背後!!」
世界装騎ゲネシス――その背後から奇襲ができる!
回転するロゼッタハルバートの勢いも利用し、騎体を思いっ切り捻じって……跳び上がった。
『Kahhhhh!?』
装騎ユキハナの両腕が世界装騎ゲネシスのコアを包み込む。
そして、思いっ切り力を込め――――
「セッカ!」
セッカを――助け
『チッ、つっまんない』
瞬間、強烈なアズルが世界装騎ゲネシスに流れ込んできた。
バカな、世界装騎ゲネシスの修復能力は天使装騎グレモリーに阻害されてるはずじゃ!?
「マチアちゃん!!」
スズメ先輩が声を上げる。
『がぁッ……スズメ、さん……ッ』
『どうしても助け出せないのに必死でもがく――それを楽しむのが最高なんじゃない。成功しちゃうなんてダメよ』
そう嗤うのはドロテーアの声。
邪悪な気を纏い、佇むのは悪魔装騎アスモダイ。
「ドロテーアぁぁああああ!!!!!」
私は本気で思った。
アイツを、殺しておけばよかったと。
装騎ユキハナは暴風に巻かれ弾き飛ばされる。
天使装騎グレモリーの能力が解除され、世界装騎ゲネシスの修復機能が元に戻ったんだ。
「ユキハナ!!!!」
私は装騎ユキハナを悪魔装騎アスモダイに向かって走らせる。
対する悪魔装騎アスモダイは――その身体が救世装騎ゲネシスに吸収されるように剥ぎ取られ、形が崩れ人間の姿へと戻った。
それでも構うものか。
コイツが、コイツを生かしておいたからセッカを助けるチャンスが――――!!
「くたばれッ!!!」
『Kohhhhhh!!』
ロゼッタハルバートと世界装騎ゲネシスのハラパルトナがぶつかり合う。
サイズは装騎と――私の装騎ユキハナと同程度の大きさになっていた。
けれどその一撃は――強烈。
「どうしてコイツを守るッ!?」
「あら、"親"を守るのは"子"として当然のことでしょ?」
「誰が、親ですって!?」
「私が見出し、私が育ち、私が産んだ。であるなら、私はこの子の親とも言えるんじゃなくて?」
「そう、学習させたってワケね」
「そりゃあアレだけ殺気に満ちた貴女の前で身体を晒すんだもの。バアル・ゼブルの防御機構だけじゃ不安じゃなくて?」
世界装騎ゲネシスとの間にアズルが飛び散る。
私の放つ一撃に、的確に対応してくる。
それもそうか――世界装騎ゲネシスと私はずっと戦いを繰り広げていた。
つまり世界装騎ゲネシスの戦い方は私の戦い方を参考にしているということだ。
「ヴァクウム・コウレッ!!」
世界装騎ゲネシスの左手に灯ったアズルが暴風の玉を形作る。
それは明らかにセッカの使うP.R.I.S.M.能力ヴァクウム・コウレ。
私の戦闘スタイルにセッカのP.R.I.S.M.能力。
そして、ドロテーア譲りの獰猛さ。
それが、
『Kahhhhhhhhhh!!!!』
その一撃には宿っていた。
ハラパルトナが地面を打ち砕く。
一撃に命中こそしなかった――けど、
「ぐっ、これは……?」
世界装騎ゲネシスの吸い寄せで装騎ユキハナの騎体が引き寄せられ――砕け散った地面――その破片が装騎ユキハナを襲う。
塞がれる視界――けれど、その隙間から見えた。
大きく右腕を掲げる救世装騎ゲネシスの姿。
「あの、構えは……ッ」
『KoHooo、Laaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!』
ロゼッタ、ネビュラ!!
「ブルームウィンド!」
装騎ユキハナの全身から吹き飛ばす風を放つ。
救世装騎ゲネシスの放ったロゼッタネビュラもどきは私の風に逸らされ、明後日の方向へと飛んでいった。
けれど、もしもロゼッタネビュラを再現することができたのならば……。
その一撃の気配を感じる。
大きく迂回し、戻ってくるその一撃を。
「自分の得意技に、当たるわけないでしょ!」
『Kohhhh』
世界装騎ゲネシスが叫ぶ。
アズルが迸る。
「チッ、そういうッ!!」
私はロゼッタハルバートを振り回し、背後から迫る偽ロゼッタネビュラの一撃を受け止めた。
回避するのは容易かったはず。
けれどそうだ――世界装騎ゲネシスには吸い寄せ能力があった。
あの偽ロゼッタネビュラにはその吸い寄せのアズルが宿っていたのだ。
「相手の装騎に向かって寄っていくロゼッタネビュラ――モドキですって!?」
思わず舌打ちしてしまう。
それだけじゃない。
背後から感じる殺気。
そこに立っていたのはハラパルトナを大きく振り上げた世界装騎ゲネシス。
どうして――一瞬そう思ったが、当然だ。
世界装騎ゲネシスの使う武器ハラパルトナは自身の霊力で編み上げたもの。
つまり、身体を修復するように、巨大にするように、簡単に新たな武器を作り上げることができるのだ。
一撃が私の身体を襲う。
「アマユキちゃん!」
スズメ先輩の声が聞こえる。
意識が遠のきそうになる。
セッカ……セッカ、セッカ!!
目の前に彼女がいるのに。
すぐそこに、いるのに。
なんで私はこんなに、こんなにもセッカを助けたいの?
私にもっと、力があれば。
セイジョーたるもの勝者たれ。
そう教えられてきた。
私が勝者になるには――どうしたらいい。
もっと強い力を――?
それできっと世界装騎ゲネシスは倒せる。
けどそれではきっと、セッカは助けられない。
もしもセッカなら、どうするだろうか?
私が世界装騎ゲネシスに囚われて、それをセッカが助けに来てくれて……。
なんてくだらない妄想――私のキャラじゃ、ない。
「でもセッカなら――」
総てを受け止め、受け入れ、そして私も救い出してくれる。
それが彼女の心の奥にある強さ。
私とは違う。
私ができるのは、自分の道を進むだけ。
自分の世界を創るだけ。
そうだ……誰も入ることのできない私の世界。
その中に、私はずっと引きこもっていた。
けど、気づけばいつの間にか彼女がそこにいた。
気付けばずっと2人で一緒にいた。
セッカとドヴォイツェを組んでから、いろいろとペースを崩されるようなこともたくさんあった。
最初は足手まといだとすら思っていた。
けれど彼女はあっという間に強くなって、あっという間に先に進んでいた。
私は彼女に追いつきたい。
そして――彼女と2人で……。
でもその為には私が最後の壁を突破するべきなのだ。
ここでその壁を破れなければ全てが叶わなくなってしまう。
私がセッカに追いつくこと、私が騎使女王になること、私とセッカで――ドヴォイツェ・スニェフルカで真の栄光を手に入れることを!
私はセッカとは違う。
そう、私にできるのは私の道を進むことだけ。
私らしく、ただひたすら、騎使女王となる為の道を。
私は私の世界を創る。
「だから見ていてセッカ」
きっとセッカなら、私の世界でも一緒にいてくれる。
そんな根拠のない自信と共に、私の中に力が満ちてくる。
「P.R.I.S.M.能力はその人の本質。自分が自分である輝き。私はセイジョー家長女、アマユキ。セイジョーたるもの勝者たれ、騎使――ううん、絶対女王になることこそ私の宿命!!」
視界が戻る。
一瞬、気絶していた――の?
装騎ユキハナのダメージは大きそう――だけど、まだ、平気。
目の前では装騎スパローTAと装騎ルシフェルⅦ型が必死に世界装騎ゲネシスに食らいついている。
アマレロ先輩はまだ動けたのか……。
と言っても装騎ルシフェルⅦ型のあの様子じゃあ長くはもたないだろうけれど……。
「アマユキちゃん、生きてますか!?」
「死ぬわけないでしょ……ッ」
こんな時にも冗談交じりでそう言ってくるスズメ先輩。
もっとも、ちょっと一撃が深ければ冗談にもならなかったけれど。
「ったく……」
けど、お陰で目が覚めた。
頭がすっきりしている。
気力が漲っている。
今なら――なんでもできそうな気がする!
P.R.I.S.M. Akt.3
「私は私の道を往く。私が私である限り、私の世界は総て私の思うがままなのだから――!」
掲げた左手にアズルが輝く。
そのアズルは渦を巻き、その手の中に銀河を形成した。
「これは私の世界、私の宇宙、私だけの法則!」
それを握りつぶした瞬間――薔薇の花びらが世界を包んだ。
咲き誇る薔薇。
舞い散る花弁。
今、私の変革の時。
名付けるのなら――
「私の世界!!!」
「これがアマユキちゃんの……Akt.3!」
「この世界は私だけの世界。私だけの宇宙。私だけの領域。外界とは遮断された絶対領域。つまり――分かるわよね!?」
ロゼッタハルバートの一撃が世界装騎ゲネシスを斬り裂く。
『Gahhhhhhhhhhhh!!!!』
悲鳴を上げながらも世界装騎ゲネシスはアズルを集め。身体を修復しようとする。
けれど無駄。
「言ったはず。ここは私の世界ッ!」
私の意思が砕けない限り、この世界のアズルは私の思うがまま。
つまり、世界装騎ゲネシスへの霊子供給は絶たれたわけだ。
「アマレロ先輩!」
花弁が装騎ルシフェルⅦ型を包み込んだ。
「これは……ルシフェルの傷を、花弁で塞いだ?」
「応急処置だけれどね」
だが、あと一撃分、全力を出してもらうには十分だろう。
「スズメ先輩、アマレロ先輩、畳みかけるわよ!」
花弁が一気に加速し、私の装騎ユキハナを加速させる。
「いいじゃないですか。やってやりますよ!」
それは装騎スパローTAも、
「最後に一撃。頑張ろうねルシフェル!」
装騎ルシフェルⅦ型も例外ではない。
「散りなさい――世界装騎ゲネシス!!!!」
「ムニェシーツ――」
「ハニー――」
「ロゼッタ――」
三つの光が交差する。
「ジェザチュカ!!!」
「スニクト!!!」
「ネビュラ!!!」
世界装騎ゲネシスを引き裂き、散らせ、コアを打ち砕いた。
「セッカ――!!」
衝撃で宙を舞うセッカの身体。
私の花弁がその身体を受け止め、装騎ユキハナの元へと躍らせる。
「おかえり、セッカ」
何も知らないような、穏やかな顔で寝息を立てるセッカをそっと受け止めた。
「バカなッ!!!!!」
ドロテーアが叫ぶ。
「私の世界ですって!? こんな土壇場で、こんなデタラメな能力
! ご都合主義にも程があるッ!!!」
「ご都合主義? 負けたアンタが悪いのよ」
「まだ、負けてない……ッ!!!!」
ドロテーアの身体が膨れ上がる。
邪悪なアズルが邪悪な装騎を形作る。
悪魔装騎アスモダイ。
けど――
「それがどうしたっていうの?」
弱々しい。
とても、あまりにも、彼女の、ドロテーアの、悪魔装騎アスモダイの力は弱り切っていた。
「ローゼスペタル」
ただ一振り。
それだけでいい。
『私は……私はッ、新世界を……我らが悲願をッ、星が墜ちる日からの救済をッ、イェニーと、永遠を……ッ』
私の世界が掻き消える。
元いた装騎神殿バアル・ゼブルの内部に戻って来たのだ。
「サエズリ・スズメ。異界堕神――いえ、世界装騎ゲネシスは――――」
通信から声が聞こえてきた。
飛行魔術を扱うMaTySのローラさんの声だ。
「撃破しました。アマユキちゃんが――確かに」
「こちらでも"影"の消失が確認されたから連絡してみたけど――よかった」
影も消えた。
それはつまり、世界装騎ゲネシスの影響は完全に消え去った。
私たちは――勝った。
「それでは早くここから出ますかぁ。いつまでもこんなところにいられませんよ」
「こんなところ……?」
そう言えば奇妙だ。
私たちが立っているのは装騎神殿バアル・ゼブルの中。
そう言えばこのバアル・ゼブルも世界装騎ゲネシスが産んだ影――その1つじゃなかったの?
「!! まさかっ」
スズメ先輩が何かに気付く。
装騎スパローTAは霊子短剣サモロストを構えると、その視線を悪魔装騎アスモダイの残骸へと向けた。
「ムニェシーツ――」
両使短剣サモロストにアズルが集まる。
そしてその一撃が悪魔装騎アスモダイを焼き払おうとしたその時――――
『抹殺せよ《ヴィフラヂット》!!』
漆黒の刃で貫かれた。
『抹殺せよ《ヴィフラヂット》、抹殺せよ《ヴィフラヂット》、抹殺せよ《ヴィフラヂット》!!』
悪魔装騎アスモダイの身体が少しずつ修復していく。
それはまるで世界装騎ゲネシスのよう。
いや、違う。
悪魔装騎アスモダイのアズルと世界装騎ゲネシスのアズルが感応しあっている。
これは――――
「ドロテーアさん……悪魔装騎アスモダイと、世界装騎ゲネシスの性質はかなり近いです。ドロテーアさんが、ゲネシスを"子"と呼ぶだけあって……」
「セッカ、大丈夫なの!?」
セッカは静かに頷く。
「ドロテーアさんが世界装騎ゲネシスの傍で、アスモダイにならなかったのは……」
それは何となくわかっていた。
アスモダイとゲネシスは力の親和性が高すぎるんだ。
だからアスモダイへと変化すると、ゲネシスに吸収されてしまう。
それを避ける為に彼女はアスモダイへと変化しなかった、できなかった。
「マチアさんが、霊子を遮断した時以外は……」
「その事……」
「はい、感じてました。それに……えっと、その……」
「セッカ?」
セッカの様子はどこか変。
けど私も悟ってしまった。
そうか――彼女は感じてしまった。
私はちょっと恥ずかしくなる。
けれど、そんなことを考えてる場合じゃない。
「その話は後でキッチリ――そう、キッチリつけるわよ! それよりも」
「はい、わかってます。ドロテーアさんと決着を!」
装騎スパローTAは大破。
スズメ先輩は――
「スズメ先輩なら生きてる、と思うんですけど」
「同感」
装騎ルシフェルⅦ型も正直戦える状態じゃない。
ということは――戦えるのは私だけ。
「ううん、増援です」
「増援?」
セッカは全て理解しているように言った。
不意に背後から気配を感じる。
「なっ、アンタは……ッ」
一騎の機甲装騎が姿を現した。
細身で飾り気のない機甲装騎。
けれどあの装騎が計り知れない力を秘めていることはよくわかっている。
「ローゼンハイム・イェニー!!」
ドロテーアの相棒、イェニーの乗る装騎デミウルク!!
「決着を、つけよう……」
イェニーが言った。
そして灯るアズルの光。
イェニーのP.R.I.S.M.能力――そのAkt.3。
「デミウルク・エルステレン」
模した姿は悪魔装騎アスモダイのソレ。
装騎デミウルクは三本目の腕とその手に持った大剣を静かに掲げると、一気に駆け抜けた。
「チッ――かかって―――――」
違う。
彼女の狙いは私じゃない。
装騎デミウルクはすさまじい速さで悪魔装騎アスモダイと距離を詰め――その刃を、突き刺した。
『イェ、ニー……?』
悪魔装騎アスモダイと装騎デミウルクが交じり合う。
「もう、終わりにしよう……ドロテーア」
「私は、救済と、永遠を……」
「うん。永遠ならここにある。2人で永遠になろう」
2人の力が世界装騎ゲネシスの力と交じり合い、1つになる。
それは新たな、また違った「新世界」の誕生を意味していた。
けれど――――動かない。
ソレは、動かない。
「セイジョー・アマユキ、キミのP.R.I.S.M.を」
イェニーが言った。
「それは――どういう」
「ロゼッタユニヴァース――あの世界にわたし達を閉じ込めるんだ」
「それって――」
「早く。このままだとこの新世界はまた力を付けて、そして手に負えなくなる」
「どうして。新世界の創造――それはアナタの目的でもあったんじゃないの!?」
「わたしの目的は最初からずっと一つだからね」
その言葉の奥にあるものに、何か感じるものがある。
あの2人、ドヴォイツェ・ノイエヴェルトと戦った時、私は彼女に言われたことを思い出した。
「アナタは私と一緒――ってワケね」
「ああ」
私は装騎ユキハナのコックピットハッチを開き、セッカをそこに退避させる。
そして、空いた左手にアズルを灯した。
私の世界を創造するために。
「P.R.I.S.M. Akt.3――ロゼッタユニヴァース!!」
薔薇の世界が生れ落ちようとしている新世界を包み込む。
「アマユキちゃん、わたしも手伝う」
セッカの手が私の方に触れた。
セッカのアズルが私の装騎ユキハナに流れ込んでくる。
「P.R.I.S.M. Akt.3、ヴァクウム・コウレ」
装騎ユキハナの右手にセッカの風が宿った。
その2つを合わせた時、広がったロゼッタユニヴァースが、ヴァクウム・コウレに吸い寄せられ、圧縮されていく。
2つのP.R.I.S.M.が重なり合う。
P.R.I.S.M. Akt.Dvojice
「「ロゼッタユニヴァース・リ・ジェネシス!」」
2人ぼっちのドヴォイツェを残し、薔薇の世界は閉ざされた。
「終わった……」
装騎神殿バアル・ゼブルが崩れ落ちていく。
確かに終わった。
今度こそ。
「さっさと脱出するわよ。スズメ先輩無事でしょ!」
「何で当然無事みたいな口ぶりなんですか! いやまぁ、無事なんですけどね!」
「というかスズメさん。スパロー、そのダメージでよく動きますね……」
「私と一緒でタフですからね!」
本当、タフ過ぎる先輩たちで逆に安心できない。
「無茶し過ぎ、ですよね……」
「本当そう」
「でも、アマユキさんも一緒ですけど……」
今回ばかりはセッカに返す言葉もない。
でも、仕方ないじゃない。
「セッカが、好きなんだから」
「……えっ?」
「私はセッカが好き」
セッカは驚いたような表情を浮かべている。
何を今さら。
そんなこと、とっくに知っていたはずなのに。
「知ってました、けど……まさか……えっと、こんな、開き直って――というか面と向かって言われるなんて、思ってなくて……」
「で、セッカはどうなのよ」
「わたしもアマユキさんが好きです」
セッカの屈託のない言葉。
セッカに「何を今さら」なんて言っておいて――これは、うん……これは……
「アマユキさん?」
「帰るわよッ!!」
思った以上に、クる。
ステラソフィアTIPS
「機甲装騎」
なぜ今更装騎の解説?
ネタが無かったんです。
みなさんご存知、本作で登場する人型ロボット機甲装騎。
その起源は騎士の使う甲冑にある。
機甲装騎とは甲冑から発展した兵器であり、防御力を高めるために甲冑が肥大化。
その重量を支えるために動力を取り入れたのが始まり。
ステラソフィア世界で主に使うアズルを始めとした霊力機関は言うなれば「気」の一種。
使用者が「これは自分の身体の延長線上にあるもの」だと把握しやすければ把握しやすいほどエネルギー出力、効率が上がるもの。
だから人型兵器にはうってつけだった。
またそのような理由からステラソフィア世界では戦車などの非人型兵器はあまり発達していない。
過去にはチャリオットと呼ばれた兵器が使われていたが、これはいうなれば簡単な装甲板を貼り付けた三輪バイクのようなものなので、機甲装騎と比べて攻撃力、防御力共に劣るため装騎にとってかわられた。
機甲装騎の火力もアズルに依存するものであるし、装騎の武装をチャリオットには装備できなかったということもある。
ちなみに、作中でアズルホログラムやアズル駆動の機関車なども使われてるが、これは供給してる電力に観客や操縦士、乗客の霊力を少しずつ受け取ることであれだけのアズルを駆使することができるようになっている。




