第47話:いざ往かん、我らの戦場へ-ŠÁRKA, DO BOJE-
「ムニェシーツ・ロンゴ、ミニアドー!!」
「ハニー・フロウリッシュ!」
霊子と刃の閃きが、シンカと呼ばれた装騎たちを殲滅する。
「粗方片付きましたね」
破壊され、静まり返った演習場の中で、スズメ先輩が呟いた。
「外ではまだ戦いが続いているみたいだけど……」
アマレロ先輩が視線を向ける先には1人の女性。
そう、ドヴォイツェ・ノイエヴェルトの1人、ローゼンハイム・イェニー。
私たちは彼女に聞かないといけない。
「セッカを、どこに連れて行ったの!?」
後ろ手に縛られ俯くイェニーの思惑は読めない。
「オスターヴォッヘ・フォン・ドロテーアはどこに行ったんですか?」
「……いう必要、ないね」
「ちょっとアンタ!」
スズメ先輩の手が私を制止する。
こういうヤツはしっかりしめて情報を吐かせるべきよ!
「まぁまぁ。言う必要がない、とは?」
「言葉通り。ドロテーアの目的は目立つこと。この場を去ったのはサエズリ・スズメ、あなたがいたから」
「目立つことってナニよ」
「ネットでもテレビでも、何でもいい。見たらわかる」
私はSIDパッドを起動しフォトステを開く。
イェニーの言う通りドロテーア――悪魔装騎アスモダイはあまりにも"目立って"いた。
「謎の機甲装騎がカナン市街地方面に……スズメ先輩っ」
「やっぱりバラムの時と同じような……! アマレロちゃん!!」
「うん。追いかけましょう!」
「待って!」
装騎に乗り込む前にスズメ先輩たちを呼び止める。
どうしてか?
決まってるでしょ。
「私も行くわ」
「……それは」
スズメ先輩が複雑な表情を見せる。
できれば来てほしくない。
そう思っているのが目に見えて分かった。
「こんなこと言ってるヒマもないの。私は行く。いいわよね?」
「あの、それはいいとして、装騎は?」
……私は装騎に目を向ける。
装騎ツキユキハナはもはやスクラップも同然。
起動すら不可能だろう。
「装騎なんてすぐに買えるわ。今すぐにでも……」
「それだけじゃないです。例え全く同じ型の装騎を買ったとしても、今まで乗っていたツキユキハナとは勝手が違う。その不慣れさはこれからの戦いにとって足手まといです」
それは――よく分かっていた。
全く同じ装騎、全く同じ仕様、全く同じチューニング――それでも、今まで使っていたものと使用感が違うなんてことはよくある。
悪魔装騎アスモダイ――あれだけの敵と戦うのにそれじゃ……。
「それでも……私は行くわ」
「どうして?」
どうして?
そんなの決まっている。
それは…………どうして?
確かに私が行く意味はない。
私は何もできなかった。
セッカのことは――うん、友だち、だと思っている。
でも、だからって行く理由にはならない。
そんな理由で手を出せるような事態じゃない。
本来なら、軍とか憲兵とか――そういう機関に頼るべき問題だろう。
「でも、行きたい……」
その思いがどうしても胸の中にある。
軍人でもないスズメ先輩たちが出張ろうとしている――だから私も張り合いたい?
違う、そんな理由じゃない。
「私は……私はセッカの相棒なのよ! 行くに決まってるでしょ!」
「死ぬことになっても?」
「死ぬわけないわ。私は騎使女王なんだから!」
きっとこれは虚勢。
そしてこの気持ちも偽り。
完全に嘘とまでは言わないけれど――やっぱり、違う、そうじゃない。
それでも、私に言える精一杯の言葉だった。
「仕方ないですね。アナヒトちゃん、あの装騎を」
『もってきてる』
「うん」
スズメ先輩の持つSIDパッドからそんな声が聞こえてくる。
そしてしばらく、1騎の機甲装騎が姿を見せた。
「この機甲装騎……スニェフルカ型?」
機甲装騎黎明期に作られた装騎の内、チェスク共和国という今はない国が作り上げた機甲装騎スニェフルカ。
その近代化改修型の通称ND型だ。
言うまでもないけれど、この状況には全くそぐわない機甲装騎。
型落ち中の型落ち。
こんな旧式の機甲装騎に乗るくらいなら、テキトーな新型装騎を見繕った方が圧倒的に性能はいいはず。
けれど、スズメ先輩はこの機甲装騎を私のところに持ってきた。
「どういうこと?」
それはスズメ先輩の意図について――ではない。
その機甲装騎の姿になんだかとっても見覚えと、そして安心感を覚えたからだ。
「見た目はスニェフルカND型ですけど、中身はバッチリ最新型。P.R.I.S.M.システムだって入れてもらいましたし、現行騎とも遜色ない性能になってると思いますよ」
さすがはスズメ先輩、旧型装騎を旧型のまま持ってくるはずがない。
けれど、そうじゃない。
「乗ってみてください」
私はスズメ先輩に言われるまま、スニェフルカ型装騎に乗り込む。
「知ってる」
この感じ、知ってる。
すごくよく、覚えてる。
特にこのコックピット。
見覚えのある傷、見覚えのある感触。
「昔の……まま」
私の中に、ある記憶がよみがえる。
それは小さいころの記憶だ。
私には憧れていた騎使がいた。
そう、ディアマン・ソレイユさんとロズさん――その姉妹。
私とは5、6歳は上の2人の姿は私にとってとても遠くて高い、まさに天の太陽、高嶺の花ともいえる存在だった。
そんな彼女達のようになりたくて何度も、何度も特訓した。
そう、この子――
「雪華」
でも、なんでこの子がスズメ先輩の所に……。
「1年生の時に授業の一環でね。セイジョー・オユキさんから買い取ったんですよ」
「おばあちゃんから……?」
寧ろ、おばあちゃんがその時までこの子を処分してなかったということに驚く。
私が中学に上がるとき、新しい装騎を買ってもらってからは乗ることがなくなっていた。
実際、かなりダメージもあったし、古い機甲装騎だったし。
けど、今この時まで私を待っていてくれた。
なんだか、そんな気がする。
「ただいま。そして――」
私は視線を前へと向ける。
そこにはスズメ先輩の装騎スパローTAと、アマレロ先輩の装騎ルシフェルⅦ型の姿。
「行くわよ」
首都カナンは喧噪に包まれていた。
「ローラさん!」
「遅い」
「すみません。……ですけど、いいんですか? 私達が手を出しても」
「仕方ないでしょ。今は猫の手も借りたい時よ。猫の手も借りてるんだから、人の手は余計借りたいわよ」
『Gurrrr!!!!』
不意に唸り声と共に突風が巻き起こる。
目の前に現れたのは見たことのない四足歩行の機甲装騎。
……いや、これは本当に機甲装騎!?
まさか、敵じゃ……。
「大丈夫です。これはロコちんの作った獣型装騎――機甲装牙です」
「機甲、装牙……」
目の前には3騎の装牙の姿。
「今、カナン市街地には悪魔装騎アスモダイの召喚したシンカ装騎が大量に湧いているわ。私達MaTySを始め、国軍、憲兵たちがシンカ装騎掃討に手を尽くしているけれど上手くいっていないのが現状」
ローラと呼ばれた女性が言った。
そうか、彼女はMaTyS――このマルクト共和国の諜報組織の人間なのか。
というか、そんな人と知り合い――やっぱり知れば知るほどスズメ先輩の持つ人脈が分からない。
「悪魔装騎アスモダイのいる中央にいち早く辿り着くためには機甲装牙の機動力を借りるべきよね。だからロコさんに頼んで使わせてもらったわ」
「良い判断です。時短にもなりますし。ありがとうございます」
「いいのよ。私もスプレッドで空から支援するわ」
「はい!」
私はスズメ先輩から軽くレクチャーを受け、装牙の上の装騎ユキハナを跨らせる。
「アマユキちゃんの乗る装牙の名前はティグルです。機動力が高いいい装牙ですよ」
「装牙ティグル……騎使の名前は――ゲルニャ? ……何このふざけた名前」
『Grrrrr』
それに装牙は唸るような声しか上げない。
少し不安だけれど、大丈夫なのだろうか。
「私はリグルに乗ります。アマレロちゃんはレフに」
「うん。頑張ろうねニャトカちゃん!」
『Go!!』
ニャトカ?
「それじゃあ、行きますよフニャちん!!」
「ちょ……まさか装牙の騎使って!」
『Goooo!!!!』
激しいGが身体を押し付ける。
物凄いスピードと跳躍で、装牙たちは駆けだした。
襲いかかってくるシンカ装騎を引き裂き、潜り抜け、先へと進む。
私の視線の先にはドス黒いナニカが渦巻いていた。
きっとあそこに――
「セッカが、いる?」
不意にその闇の中から何かが飛び出してくる。
「悪魔装騎……?」
それはシンカ装騎とは違った見た目をしていた。
それよりももっと精巧で力強い見た目。
ただ、ノイズの入ったようにかすみ、滲んでる。
「あれはまさか……アモン?」
その悪魔装騎は、手に持った杖を空高く掲げた。
瞬間、影のように漆黒の炎が私たちに襲いかかってきた。
「ティグル!」
「Gorrr!」
装牙ティグルは軽やかな身のこなしで炎による奇襲をかわす。
「スズメさん!」
「その声……マチアちゃん?」
マチア――聞き覚えのある名前に私は記憶を手繰る。
その名は確か……ドヴォイツェ・ムニェスイーツとの試合前に出会った車椅子の女性の名前だ。
「あのアモン――あれはきっと、アスモダイの作り出した”影”です。スヴェト教団の信徒装騎――その姿と能力を模した影を作って戦力にしてるみたいですっ」
「なるほど……。ということは――」
渦巻く闇から他にも悪魔装騎が姿を現わす。
その数は10、20……何騎いる?
「とにかくたくさんいますね」
「全部相手にする……のは無理、だね」
「ああ、だからここはわたし達に任せてもらおう」
私たちの側に、また別の機甲装騎が姿を見せる。
あの装騎は――
「クリエムヒルダ……?」
私たちセイジョー財閥が試験用として一騎だけ製造した機甲装騎だ。
軍への引き渡し後に致命的な欠陥が見つかったとかで廃棄されたと聞いたけれど。
いや、それ以前に装騎クリエムヒルダから響く声に聞き覚えがあった。
けれど、一体誰だったか……。
「ゲルダさん、騎兵隊を集めてくれたんですね!」
そうだ、プラモ屋のゲルダさん。
私とセッカがプラモデルを買いに行ったお店の店員だ。
「ああ、リーダー」
そんな会話をしている間にも悪魔装騎たちが私たちを狙い、襲いかかってくる。
「っしゃ! やったろージャン!」
その一騎にアズルを纏った鞭の一撃を叩き込んだ黒い装騎。
「ピトフーイ・ディクロウス、参戦!」
死毒鳥のアルジュビェタ。
私とセッカを無人島に送り込んだチーム・ブローウィングの卒業生だ。
「さっさと片付けるわよスズメ。このベストパートナーがね」
華國の機甲装士――共有されたデータによると名前はフーシー。
そしてこの声は確か――
「クールビューティー・イザナン……?」
「クール、ビューティー……? ぶほっ!!」
スズメ先輩が吹き出す。
「クール、ビューティー、って! クールビューティー!!」
ビェトカ先輩も笑い出す。
「な、何よ! 何か悪いの!? 仕方ないじゃない!」
「そうですね。行きますよクールビューティー・イザナンちゃん!」
「最高のコンビネーション見せてやろーじゃん、クールビューティー!」
「うぐぐぐぐぐ」
スズメ先輩とビェトカ先輩がこんなに受けてる意味がわからない。
たしかにクールビューティーなんて自称だろうしあまりにバカバカしい自称とは思うけれど。
「隊長、トカぽよ、笑ってる場合じゃない」
長砲身のライフルを撃つのは装騎ネフェルタリ。
「わかってます! ピピさんもお店があるのに来てくれてありがとうございます」
「構わない。わたしはアルバだからね」
パスタのロレンツォの店主ピピ。
正確な射撃で私たちを後方から支援してくれる。
「Sweet Dream!」
二丁のサブマシンガンを使った近接射撃を行う装騎の名前はアントイネッタ。
そして、Sweet Dreamという特徴的なフレーズは、
「ミス・ムーンライト!?」
「アマユキちゃん、久しぶり☆ Sweet Dream♪」
スーパーヒーローにプラモ屋やパスタ屋、自称プロデューサーまで集まってなんだかよく分からないことになっているこのチーム。
ぱっと見は不安しかないけれど、彼女たちの戦い方を見ているとわかる。
ここに集まった誰もが強い。
そして、戦い慣れている。
「これだけ集まったのは久しぶりだな」
「ぜーいんいんの?」
「クラリカさんやズィズィさんは見えませんが」
「クラリカ、ズィズィには住民の避難と護衛を任せている。クラリカの装騎にはうってつけだからな」
「装騎エルジェの防御能力なら、たしかに」
「他もシンカ装騎の殲滅部隊として動いているはずだ。Dr.ジーニアスは呼んでない」
「それ大正解」
淡々と説明するゲルダさん。
Dr.ジーニアスとかもメンバーに入ってるのか……。
「入れた覚えはないですけど」
ふと目の端に巨大なアズルの塊が目に入る。
「アナマリアオオダコ……」
『アナマリアオオダゴンさ!』
「うわ、聞こえてた」
この様子だと、ステラソフィアの先輩達もこのどこかで戦ってるだろう。
こんな平和な雑談をしながらも、気付けば闇の中心は目の前。
軽口を言いながらも敵は確実に倒し、前へと進む。
それがこのチームのスタイル。
「全く、いつまでおしゃべりしてるつもりなの?」
空を駆ける装騎スプレッド――MaTySのメンバーだというローラさんの装騎だ。
世界的にも唯一の飛行可能な機甲装騎。
その本質は飛行というよりは魔術に特化した作りになっていて、ローラさんの適正魔術の組み合わせで飛行を可能としているという。
同じように飛行できる装騎を作ろうとしても、ローラさんに比類するレベルの魔術使でなくてはコントロールできない。
「先生に怒られた!」
「喋りすぎたな。ここからは授業の時間だ」
「授業というよりは同窓会って感じもしますね」
「うーん、いーね! 過激な同窓会ってね。んじゃ、そろそろラスボスも近いしイッちゃう!?」
「頼むぞリーダー」
ビェトカ先輩とゲルダさんがスズメ先輩に何かを促す。
「それじゃあ、行きますよ!」
睨むは目の前。
闇を纏う悪魔装騎アスモダイ。
この闇の中に踏み込めば、どうあがいても後戻りできない。
そんな予感が、恐怖として私の身体にはしった。
でも、引き返すわけはない。
私はずっと、どうしてセッカを助けに行きたかったのか考えていた。
その理由があと少しで見える。
そして、その理由を見つけるためには――私自身の手でセッカを助けださないといけない。
覚悟は決まっている。
後は、スズメ先輩の最後の一押しを貰うだけ。
「ŠÁRKA、DO BOJE!!」
「待っててセッカ」
私は闇の中へと飛び込んだ。
「思ったより早いわね……」
身体が動かない。
何か、よくわからない何かで身体が縛り付けられている。
「聞こえるかしら、セッカ。ヤツらが来た」
「やつ、ら……?」
「ŠÁRKA、サエズリ・スズメたちが」
「スズメ先輩たちが……」
「困ったことに、まだ準備は完了していないわ。ここでサエズリ・スズメと戦うことになってしまったら私の計画は失敗してしまうかも」
そう言うドロテーアさんの表情には寧ろ笑顔が浮かんでいる。
「楽しくなってきたわね。ŠÁRKAが先か、私が先か……どちらにしても、勝負はきっとほんのちょっとの差で決まる」
ドロテーアさんは舞台に上がる役者のように大仰に天を仰いだ。
「彼女らが絶望するのか、私が絶望するのか。愉しみ」
これから始まるのは喜劇か、悲劇か。
「どちらにせよ、その醜態を相手の前で晒すことにはなりそうね」
少なくとも直接対決はどうあがいても避けられない。
今のわたしには、なにもすることができないの……?
ステラソフィアTIPS
「ŠÁRKA」
作中で触れられた悪魔装騎事件に於いて、サエズリ・スズメ、ピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタ、フェヘール・ゲルトルードの3人を中心に組織された対悪魔装騎部隊。
意味としてはŠtít Aby Rozdrtil Křivá Autorita。
Křivá Autorita(歪んだ権威)をRozdrtil(粉砕)する為のŠtít(盾)。
――なのだが、正確にはチーム名を決めようとなった時スズメが何気なく呟いた「シャールカ」という名前にビェトカが意味をくっつけただけだったりする。
スズメのことをゲルダが「リーダー」と呼んだり、ピピが「カピターン」と呼ぶのはこのチームがきっかけ。
あくまで私的な集まりであり、特に法的権限や特権はないが、協力者のミラ・ローラが国家機関所属なのでその権限を利用し、有事の際には活動している。




