第43話:コスチューム姿のダークホース-Dvojice Mněsweets-
「あんな方法でわたくし達の合体技を突破するなんて、さすがですわ」
レーニャさんは穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「そうです! まさかお姉様のグラヴィターツィヤの力を利用するなんて!」
「なんでも受け止め吸収する――そんな貴女の在り方が見えたようでしたわ」
そう言いながらレーニャさんが握手を求めてくる。
わたしがその手を握り返すと、レーニャさんが耳元に顔を近づけた。
「”アレ”も貴女のそういう面が反映されたものなのかしら?」
そして耳元で囁く。
「それは……わたしにも、よく……」
「少なくとも、見ましたでしょう? あれを」
レーニャさんの過去、確かに見た。
レーニャさんはそもそもレーニャさんじゃなくて、ルーニャさんもまたルーニャさんじゃなくて。
こんな仲睦まじい双子の抱えた過去。
わたしは見てしまった。
「まぁ、よくってよ。貴女ならば口外もしないと思いますし、わたくし達の”共犯者”ということにいたしましょう」
「共犯者、って……」
「ふふ。それともこの事実、公表いたしますか?」
例え公表したとしても、誰も信じてくれないだろう。
「ええ、そうですわね。ですから貴女はわたくし達の共犯者になるしかないのですわ」
「お姉様! わたし、パンツァーパークに行ってみたいですわ!」
不意にルーニャさんが陽気な声を上げる。
「我がセイジョー財閥が誇る大テーマパーク。案内するわ」
「ですって!」
「あらあら。次期セイジョー家当主様直々に案内だなんて、わたくし達もVIPですわね」
はしゃぐルーニャさんに、その姿を優しく見守るレーニャさん。
こんな姉妹の日常を得るために、レーニャさんもルーニャさんも大きすぎる犠牲を払い、大きすぎる罪を背負った。
「レーニャさんがルーニャさんに付き合ってるのって……」
「わたくしはあの子が大好きですわ。毎日一緒に居ても飽きないし、死ぬまで一緒にいるつもり。ですけど……そうね」
レーニャさんがルーニャさんを好きな気持ち。
レーニャさんがルーニャさんに抱いている罪悪感。
今の幸せを楽しみつつも、楽しみを感じることへの後ろめたさ。
この2人はこれからも、罪を背負いながら幸せに暮らしていくのだろう。
「セッカ! ヴィーチェスラーヴァが!!」
ドヴォイツェ・ズヴェズダーとの試合があった翌日。
「アマユキ、さん……?」
アマユキさんがわたしの部屋に駆け込んできた。
ねむたい目をこすりながら、ベッドから身を起こす。
「どうしたんですか……?」
「ヴィーチェスラーヴァの準決勝――その試合結果が出たのよ!」
「準決勝……」
そう言えばすっかり忘れていた。
昨日は試合の後からゾリャー姉妹に振り回されて……おかげで今日は疲れてこんな時間まで寝ていたのだ。
「それで試合結果は!?」
けれどアマユキさんの顔を見れば結果は一目瞭然。
そう、ドヴォイツェ・ヴィーチェスラーヴァは……
「負けたわ」
やっぱりそうか……。
「アイツら、試合前にフラグを立て過ぎなのよ」
そういえばそんな会話もあったような。
レカルアさんは言っていた。
次の対戦相手は補欠枠のドヴォイツェだと。
「そうね。特別参加枠――今までの予選で敗退したドヴォイツェや予選に出れなかったドヴォイツェにチャンスが与えられる……言うなれば敗者復活枠ね」
「ヴィーチェスラーヴァと戦ったドヴォイツェは、その敗者復活枠のドヴォイツェなんですね」
「そう。それでその名前は――」
「ドヴォイツェ・ムニェスイーツ」
その声はわたしの声ではない。
もちろん、アマユキさんの声でも。
部屋の入口に、1人の女性が立っていた。
「ヤロスラヴァさん……!?」
「やぁ、急にごめんね。セッカちゃん、セイジョーさん」
ドヴォイツェ・ヴィーチェスラーヴァ……レカルアさんの相棒、ヤロスラヴァさんだった。
「何しに来たのよ」
「もちろん、キミ達に情報を渡す為に来たのさ」
「そんなこと頼んでないわ」
「まぁまぁアマユキさん……」
「相変わらずだね」
ヤロスラヴァさんは笑みを浮かべる。
「あの……レカルアさんは……」
それよりもわたしにはレカルアさんのことが気にかかっていた。
レカルアさんの性格なら準決勝で、それも無名のドヴォイツェに敗北したという事実はどうしても堪らないものがあるはずだ。
「レカルアは……」
ヤロスラヴァさんは苦い笑みを浮かべる。
その表情で大体察することができた。
「今は、そっとしておいた方がよさそう、ですね」
「うん。お願いするよ」
「……それで、情報って?」
「ああ。ボク達とドヴォイツェ・ムニェスイーツとの戦闘データだ」
そう言いながら一枚のデータチップを差し出される。
その中にヤロスラヴァさん達ドヴォイツェ・ヴィーチェスラーヴァとドヴォイツェ・ムニェスイーツの戦闘データが入っているのだろう。
「ありがとうございます。……ですけど、どうして、わたし達にこれを?」
「ムニェスイーツは無名のドヴォイツェ。色んなドヴォイツェについて情報を集めていたボク達もこの試合で始めて目にしたドヴォイツェだ。そしてその実力はトップクラス――目につかなかったのが不思議なくらいのね」
ヤロスラヴァさんは言った。
「何の情報もなしに戦えば、キミ達は間違いなく――」
負ける?
「そんなに……強いんですか?」
「見てもらえればわかる」
「百聞は一見に如かずってヤツね」
ヤロスラヴァさんは頷くと、
「それじゃあボクは失礼するよ」
そう言った。
「もう帰るんですか……?」
「レカルアがヘソを曲げているからね。彼女の機嫌取りも相棒としての職務だよ」
「大変、ですね」
「うん。大変だ」
ヤロスラヴァさんはそう笑みを浮かべ、わたしの部屋を後にした。
「ったく。おせっかいね」
「ですけど……助かります」
「そうね。ヤロスラヴァには礼を言ってもいいわ」
本当、アマユキさんは素直じゃない。
後でヤロスラヴァさんに伝えておこう。
「それよりもセッカ、さっそく見るわよ」
「あ、はい」
アマユキさんに促され、データチップをSIDパッドに差し込み、映像を中空に投影する。
『まだまだ行きます準決勝! ドヴォイツェ・ヴィーチェスラーヴァVSドヴォイツェ・ムニェスイーツ試合です!』
イオナさんの司会と共に、2つのドヴォイツェが映し出された。
レカルアさんとヤロスラヴァさんのドヴォイツェ・ヴィーチェスラーヴァ。
そして……
「これが、ムニェスイーツ……」
ドヴォイツェ・ムニェスイーツ――その姿にわたしは唖然とする。
何故なら――ドヴォイツェ・ムニェスイーツの2人は奇妙な恰好をしていたからだ。
奇妙というか、なんというか……。
「カッコいいけど、ふざけてるわね」
片方は猫を模したような仮面で目元を隠し、コミックヒーローのようなスーツに身を包んでいる。
そしてもう片方は髪を盛ってまるで女児向けアニメの変身ヒロインのよう。
「カッコいい?」
「ふざけてるって言ったのよ」
「猫仮面の方は謎のズメチンX。そしてドレスの方はマジカル☆ロリポップ――そう登録されているね」
「偽名、ですよね」
「リングネームね。そういう仮の名前を使って大会に参加する騎使は少なくないわ」
そして試合がはじまった。
謎のズメチンXさんの装騎は細身で動きが素早い。
そしてマジカル☆ロリポップさんの装騎も補助ブースターによる行動加速が得意な高速騎みたいだ。
「見たことない装騎ですね……」
「チェスキー・オブル社製の新型装騎ヴラスタ。そしてマルクト神国時の新装騎開発計画で作られたレア装騎……サタナエル型ね」
「最新装騎に神国時代のレアもの……すごいドヴォイツェ、ですね」
機動力の高い2騎の装騎による電撃戦法。
それぞれの動きは一見バラバラ――だけど、互い互いのことをよく理解しているんだろう。
ここぞという時には的確に息を合わせてくる。
「武装は互いに短剣みたいね。ヴラスタは片手、サタナエルは両手だけれど」
武装は恐らくそれだけ。
それなのにこの圧倒的な技量。
情報が無ければ勝てない――ヤロスラヴァさんがそう言うだけのものをこのドヴォイツェは持っていた。
「すごい……よくこんなドヴォイツェが今まで目つかずで隠れていましたね……」
「そうね。まるでプロの騎使が身分を偽って出場しているかのような……」
「プロ、ですか」
「それかステラソフィアなら――ああいう騎使が隠れていても、おかしくないかもね」
アマユキさんの言葉でわたしはすこし思い当たることがあった。
そう、何を隠そうスズメ先輩も"ステラソフィア最強の騎使"なんて一部で言われているけれど、大会での大きな記録はほとんどない。
「何見てるんですかー?」
噂をすればなんとやらだ。
顔をのぞかせたのはスズメ先輩だった。
「決勝戦の相手、ドヴォイツェ・ムニェスイーツの映像を見てたんです」
「ムニェスイーツ……」
「そういえば、スズメ先輩はこのドヴォイツェ、ムニェスイーツのことは知らないのかしら?」
そういえばこの人はやたら変なコネクションを持っている。
となればもしかしたら……。
「謎のズメチンX、そしてマジカル☆ロリポップ――この2人はステラソフィアを守る正義のヒーローです!」
やっぱり知ってるようだ。
「ということは、ステラソフィア生、なんですか?」
「それは分かりませんけど」
「嘘ね」
そう言ったのはアマユキさん。
「嘘ってなんですかー!!」
「ステラソフィア学園都市でそんな名前のヒーロー、見たことも聞いたことも無いわ」
「人知れず活躍してるんですよ!」
「それでも、私のアンテナに引っかからないワケないじゃない!」
「アンテナ?」
「う、もしかしてアマユキちゃんってヒーロー知識に自信アリってタイプなんですか……?」
「えっと……アレよ。セイジョーたるもの博識たれ! ありとあらゆる情勢を把握するのも女王たるものの務めなのよ!」
「えっと、まぁ、アレですよ。最近現れたニューフェイスってヤツです」
「新参者ってことね」
「あの2人はコスチュームだってミス・ムーンライトお手製で、ちゃんとしたヒーローなんですよ!」
「やたらドヴォイツェ・ムニェスイーツの事情に詳しそうね」
アマユキさんがスズメ先輩の目をじっと見据える。
その視線に圧されたようにスズメ先輩の目が泳いだ。
「私はほら、ミス・ムーンライトと知り合いだから……」
「そう言えばそうでしたね……」
この前、ミス・ムーンライトさんに助けられた時にそんな話を聞いたのを思い出す。
「スズメ先輩はヒーローとかも好きですし」
それにスズメ先輩はニャオニャンニャーが好きだ。
アニメのヒーローでネコだけれど、同じヒーローというくくりに違いはないはず。
「そう言えばそうだったわね。だったらもっとミス・ムーンライトから聞いてないの? ムニェスイーツのこと」
「あまり聞いてないですけど……」
「「けど?」」
「かなり強いらしいよ」
「それは見たらわかります」
「それは見たらわかる」
つまり、結局のところ大した情報は持ってないということだった。
「ま、2人なら勝てますよ」
「そう、ですか……?」
「はい。2人が本当に力を合わせれば、今までの試合が無駄じゃなかったら、絶対勝てます」
スズメ先輩の言葉に感じる強い意思。
わたし達なら勝てる――そう信じている。
……と、言うよりも勝ってもらわないと困るとでも言っているかのような。
「上等じゃない。セッカ――試合に備えて特訓するわよ!」