第42話:双子ごっこ-Druhé Dvojče-
わたしたち姉妹が生まれたのは激しい吹雪の夜だった。
「ウートレンニャヤとヴェチェールニャヤ。双子の姉妹ですね」
こんな悪天候の中、急ぎで駆けつけてくれた助産師の言葉に母親は笑みを浮かべたという。
瓜二つの一卵性双生児。
わたしたち姉妹を胸に抱く母親はきっと穏やかな表情だったのだろう。
けれど、わたしはそんな母親の表情を見たことがない。
それはわたしが物心ついてすぐ。
あの事件の所為だった。
「ヴェチェールニャヤ!」
母親が血相を変えてわたしの元へと走り寄る。
叱られる?
そう身構えるわたしに、だけど、母親は近づいてこない。
「お母様?」
その表情に、明らかに映るのは怯え。
それはわたしに――というよりも、わたしの手に持つそれに向けられていた。
「よくわからないけど、なくなっちゃったの」
ドロリとした液体がわたしの手にまとわりつく。
それは愛犬のクドリャフカ――だったもの。
その時はじめてわたしは異能を知った。
そしてその日以来、母親、いや、両親はわたしを避けるようになった。
いや、両親だけじゃない。
周りの友人も、大人たちも。
わたしの傍にいたのは姉のウートレンニャヤだけ。
「お姉ちゃんだからって妹のことで縛られるなんてまっぴらよ!」
そう言いながらも姉は渋々わたしの面倒を見てくれた。
そしてわたしは、姉のその言葉が本心だと知っていた。
「ウートレンニャヤ。ご褒美もあげますから、どうか、ヴェチェールニャヤを見ていて頂戴」
母親はそう言って姉に何でも与えた。
だから姉はわたしの傍にいたのだ。
姉は常にわたしの傍にいたけれど、わたしは常に独りぼっちだった。
そんなわたしはある日出会った。
出会ってしまった。
「なに、してるの……?」
まだ肌寒いあくる日のこと。
その少女は川の中で必死に何かを探していた。
「見て見て、石!」
少女の手にあったのは確かにどこからどうみても石。
「石……? ただの、石?」
「ただの石! けどね、これね、とっても丸くてとってもきれいなの!」
「もしかして石を探してたの……?」
「うん! 見えたんだー。とってもきれいな石が!」
「そ、そうなんだ……」
「あげるね! 石!」
「え? えっと、ありがとう……」
「わたしはポールナチア! ポーラ!」
「わたし、ヴェチェールニャヤ」
それが彼女との出会い。
ポーラは好奇心が旺盛で、だからこそわたしにも怖気ずに近づいてきたんだと思う。
わたしはできる限りポーラと付き合いがあることは知られないようにしていた。
けれど、彼女はそんなことお構いなし。
やがてわたしとポーラの関係は村中に知られることになった。
ポーラはわたしに会うことを禁じられたけれど、それでも何度も何度も決まりを破ってわたしの元に現れた。
「きっと彼女は、悪魔なのですわ!」
姉はそう言った。
「ヴェチェールニャヤが魔女ならば、彼女はきっと悪魔よ!」
わたしの面倒を見るようになってから十年以上。
汚れ役を押し付けられ、わたしの所為で人々からも蔑まれてきた姉の精神は限界だったのだと思う。
「魔女も悪魔も、死んでしまえばいいのですわ!」
鉈を手に、姉はわたしとそしてポーラに襲い掛かる。
「魔女が死ねば! 悪魔が死ねば、わたくしだって救われるはずですわ! 普通の子たちと、普通に遊んで、お喋りして、普通の毎日を、普通に、普通がッ!」
そうか、わたしが死ねば姉は普通の生活に戻れるんだ。
なら、誰が死ねばわたしは人になれるんだろう?
その時わたしの目に1人の少女が映った。
「そうだ、ポーラがいるじゃない」
翌日、凍てついた川岸で1つの遺体が見つかった。
その遺体はグチャグチャで誰のものかは分からなかった。
けれど、ちょうどその前日から姿の見えなかったポールナチアのものだと判断された。
「それは本当なの?」
「ええお母様。"悪魔"はもう村を去りました。わたくしの妹は、ただの人間になったのですわ」
わたしの言葉に母親は安堵したように肩をおろす。
けれど、母親が笑顔を見せることは無い。
もしかしたら母親は、心のどこかで気付いていたのかもしれない。
妹の異能は消えてなんかいないということを。
そして、わたしが姉だということを。
例え気付いていても母親は何もできないだろう。
「さぁ、行きましょうルーニャ」
「うん、お姉様!」
今の、は……?
「セッカ、さん……っ」
「ヴェチェール、ニャヤ、さん……?」
「やはり、貴女は――わたくしの中を――」
「お姉様、決めちゃってください!」
「そうね。今は、試合中――ただ全力で、戦うだけですわ!!」
装騎ズヴェズダー・ジェニーツァからどこか冷気にも似た迫力が放たれる。
そう、今は試合中。
そして彼女は確かに言った。
"P.R.I.S.M. Akt.3"と。
「!! これ、は……っ」
わたしは気付く。
ヴァクウム・コウレを侵食していく氷のようなアズル。
「これは、凍らせるP.R.I.S.M.能力――ううん、違う!」
凍っている?
わたしのアズルが?
ううん、これは――凍っている、というよりは……
「止まって、いる」
ヴァクウム・コウレのアズルの動きが止まった。
「ザモロジェニィ・ポドスロヴナヤ」
装騎ジェニーツァの手の中に集まったアズルの輝き。
本来ならば、あの光に触れることで効果が出るんだろう。
けれど、わたしのP.R.I.S.M. Akt.3ヴァクウム・コウレは吸引能力を持つ。
だから彼女のアズルを引き寄せてしまい、真っ先に凍結されたのだ。
「動きを止めるP.R.I.S.M.能力ですって?」
「はい……きっとあのアズルに触れたら――」
「凍ったように動かなくなる……不用意に近づくのは危険ね。なら」
装騎ツキユキハナがロゼッタハルバートを大きく掲げる。
アズルが装騎ツキユキハナの身体を包み、ロゼッタハルバートの刀身を蒼く染めた。
来る、アマユキさんの必殺技。
「ロゼッタ、ネビュラ!!」
「ザモロジェニィ・ポドスロヴナヤ」
装騎ジェニーツァが右手を掲げる。
ロゼッタネビュラの一撃がその手に触れた瞬間――ロゼッタハルバートが中空で静止した。
「な、ありえないわ……ッ!」
装騎ジェニーツァが静かに右手を降ろす。
それから暫く、レーニャさんのアズルが抜けきったロゼッタハルバートは地面に落ちた。
「セッカ!」
「ツィステンゼンガー!!」
わたしの放った銃撃も無駄だ。
空中で一時停止をしたように動きを止めた弾丸たち。
「ルーニャ」
「ラスプラフ……!」
その弾丸に装騎ヴェチェールニャヤの溶解攻撃が降り注ぐ。
原型を留めきれず、奇妙に歪んだ装騎スニーフの撃った弾丸だったもの。
「グラヴィターツィヤ」
溶けかかった状態をザモロジェニィ・ポドスロヴナヤで固定した後、重圧攻撃の応用で射出した。
鋭く尖った金属の氷柱。
そう言うべき一撃が、装騎スニーフとツキユキハナを襲う。
「アマユキさん、わたしの後ろに!」
「チッ、ツキユキハナが、動かないッ」
「えっ!?」
見ると装騎ツキユキハナの右脚に一本の氷柱が突き刺さっていた。
けれど、その大きさも微小でダメージはそれほどでもなさそう。
それなのに動かないというのは……。
「もしかして、あの攻撃に、ザモロジェニィ・ポドスロヴナヤの静止効果が!?」
わたしは装騎スニーフを走らせる。
装騎ツキユキハナを守るために。
不意にわたしの身体が大きく傾く。
「これ、は……っ」
装騎スニーフの片足が動かなくなったのだ。
それはそう、装騎ジェニーツァの攻撃で。
「きゃっ」
衝撃がわたしの身体に走る。
「セッカ! アンタは自分の身を守ることだけ考えなさい!」
「だけど、アマユキさんが」
「わたしだって、なんとかしてみせるわよ! 風花開花!」
そして攻撃が止む。
銃弾を全て撃ち返しきったからだ。
「セッカ、チャンスよ!」
「はい。行きましょうっ」
接近するなら今!
「かと言って、不用意に近づくわけにも……」
「任せなさい。私の風は、例え静止のアズルも、打ち破る!」
「この風――さっきの!」
「お姉様には、近づけさせない! リョートコミェータ!」
装騎ヴェチェールニャヤが彗星のように降り注ぐアズルに飛び乗り、装騎ツキユキハナ目掛けて急降下していく。
「ブロウウィンド!」
けれどルーニャさんのリョートコミェータもアズルで作られた技。
であるならば、
「私の技の、敵じゃないわ!」
ブロウウィンドの能力は強力無比。
もしかしたらその能力は、レーニャさんのP.R.I.S.M. Akt.3すら打ち破れるほどの。
「ですが、貴女の能力には弱点がありましてよ」
「アマユキさんの、ブロウウィンドの弱点……?」
「ほざきなさい!」
装騎ツキユキハナがその拳を思いっきり叩きつける。
その拳は止められない。
装騎ジェニーツァを確かに殴り飛ばした。
「ルーニャ、連携攻撃!」
「ええ、お姉様!」
装騎ヴェチェールニャヤは放った彗星に溶解攻撃を重ねる。
彗星の雨は一瞬でアズルの雨へと変化した。
そして、この流れは――見覚えがある。
「「リョートコミェータ・ウラガーン」」
そうだ。
降り注ぐ雨を塊にし、そのまま弾丸のように降り注がせる。
一撃が命中すれば、一瞬だけれど装騎の動きを止めることもできる氷柱の暴雨。
わたしの弾丸を反撃に利用した時と同じような技――それを、ルーニャさんのリョートコミェータを利用して行ったんだ。
「はぁぁぁああああ!!!!」
それにもアマユキさんは動じない。
次々とアズルの雨を無効化し、装騎ジェニーツァへと距離を詰めていく。
「っ……ドラゴツェンヌィ・カーミェニ!」
迫ってくる装騎ツキユキハナに、レーニャさんの焦りを感じる。
と同時に、何かを慎重に見極めているようにも感じた。
「お姉様っ!」
装騎ヴェチェールニャヤが装騎ジェニーツァの前に立つ。
「アズルがダメなら、格闘戦で戦うだけです!」
「甘いわね。武術の心得なら――私にだってあるのよ」
装騎ヴェチェールニャヤの蹴りを装騎ツキユキハナがかわし、いなす。
パッと見、真正面からの格闘戦なら実力は五分五分。
本来ドヴォイツェ・ズヴェズダーはゾリャー姉妹のコンビネーションでその効果を増幅させての決着が主だろう。
となると、
「装騎の後押しがある分、私の方が、勝る!」
装騎ツキユキハナの行動加速は装騎ヴェチェールニャヤの動きを上回った。
「お姉様ぁ!!」
装騎ヴェチェールニャヤも突破。
そのまま、装騎ツキユキハナの拳は装騎ジェニーツァを――
「捉えることはできません」
装騎ツキユキハナが静止する。
「まさかっ! 止められるなんてッ」
その拳の先から、次第に全身へと凍てつくアズルが周り、装騎ツキユキハナの動きを止めた。
「アマユキさん、ブロウウィンドは!」
「使ってるわ! 使ってる、筈、なのにッ」
気付けば装騎ツキユキハナが纏っていたアズルを吹き飛ばす風が止んでいる。
さっきは破れたはず――だけど、それはフェイクで実は効いてなかった?
ううん、そんなことはない。
確かにアマユキさんのブロウウィンドは装騎ジェニーツァに効いていたと思う。
なら、どうして、今になって。
「言ったはずですわミス・セイジョー。ブロウウィンドの弱点を見つけた、と」
「弱点……ッ」
「貴女のブロウウィンドはアズルを吹き飛ばす能力。それは非常に強力で、あらゆる技、あらゆる能力への対抗手段となる恐ろしいP.R.I.S.M.……ですが、それだけです」
「それだけ?」
「P.R.I.S.M.はあくまでこのヴァールチュカを盛り上げる為のもの。おわかりかしら?」
そうか、わたしは気付いた。
「一方的に相手の力を打ち消す戦いは盛り上がらない……だからッ」
そう。
P.R.I.S.M.はただ無条件に装騎を強化するものじゃない。
その事実は絶対に忘れてはいけない事実だ。
だからきっと、過度な連続使用は観客の飽きを誘発し、そしてP.R.I.S.M.能力の段階を引き下げてしまう。
つまり今のアマユキさんは、
「P.R.I.S.M.能力が、使えないッ!」
「アマユキさんを、助けに……っ」
「させないです!」
装騎スニーフを阻むのは態勢を立て直した装騎ヴェチェールニャヤ。
わたしの振り下ろす片手剣ヴィートルを、その両腕で絡めて流す。
「まだ、まだよ! まだ左手は動く。それに――」
装騎ツキユキハナの左手に風が巻き起こる。
ブルームウィンドの風。
P.R.I.S.M. Akt.1は辛うじて使えているみたいだ。
「この状況を逆転する――なら、私にもAkt.3が使えば……セッカは2つの能力の特性を組み合わせた。なら、私なら……どう、できる!?」
風が強まる。
吹き飛ばすための風が周囲に巻き起こる。
「吹き飛ばす――この風がもっと強くなれば。もっと、風が起きれば、嵐が起きればッ」
「無駄ですわ」
無慈悲なレーニャさんの宣告。
渦巻いていた暴風は、やがてその威力を弱めた。
レーニャさんのアズルが装騎ツキユキハナの左手にまで達したんだ。
アズルのパスを凍りつかされ、P.R.I.S.M.の発動もできなくなる。
「動いて、ツキユキハナ! 動きなさいッ!!」
「これで終わり――ですわ!」
「アマユキさんっ!!」
わたしは咄嗟に、ドラクシュチートを地面に向けた。
そして、
「バースト!!」
破裂するアズルの勢いを利用して、装騎ツキユキハナの前へと跳ぶ。
「ドラゴツェンヌィ・カーミェニ!」
「守って、ドラクシュチート!!」
装騎ジェニーツァの放った地伝う氷柱は、わたしのドラクシュチートを凍りつかせた。
そのまま装騎スニーフは装騎ツキユキハナに体当たり。
装騎ジェニーツァと装騎ヴェチェールニャヤから距離を取った。
「アマユキさん、大丈夫ですか!?」
「ッたく、無茶してくれるじゃないの」
ザモロジェニィ・ポドスロヴナヤの効果は装騎ジェニーツァから距離を取れば、その内解除されるはずだ。
だから、一旦距離を取れば――
「そうはいきませんわ」
「来るなら、来てください! わたしがアマユキさんを守りますっ」
「勇ましいですわ。ですけど、そういうことではありません」
そういうことじゃ、ない?
見ると、装騎ツキユキハナを凍てつかせたアズルがいっこうに引く様子がない。
今までは、動きを静止させられてもしばらく経てば動けるようになっていたはず。
「わたくしのアズルに直に触れ、そして、ほぼ全身を侵食された。ならば、もう彼女の装騎は動けません」
「悔しいけど――本当、みたいね」
必死に装騎ツキユキハナを動かそうとしていたアマユキさんがそう認めた。
「どれだけ装騎を動かそうとしても、どれだけアズルを流そうとしてもうんともすんとも言わないわ」
「そんな……」
「さすがですお姉様! これで相手は装騎スニーフ、1騎だけですね」
絶体絶命のピンチ。
2対1――それもあのゾリャー姉妹相手にだなんて勝てっこない。
アマユキさんが、いてくれないと。
「弱気にならない! アナタは強いわ。私なんかよりずっと」
アマユキさんはそうわたしを励ましてくれる。
その声を聴いていると、やっぱり思う。
わたしにはアマユキさんがいないと――ダメだ。
「ヴァクウム・コウレ!」
装騎スニーフの左腕にアズルの風が巻き上がる。
そうだ、装騎ツキユキハナはレーニャさんのアズルで動きを止められているだけ。
まだ、完全に機能を停止した訳じゃないんだ。
もしも、装騎ツキユキハナの中からレーニャさんのアズルを抜き取ることができれば……。
「セッカ?」
もしもアマユキさんがアズルを流すことができるのなら、その力を利用して装騎ツキユキハナを動かせるようにできるかもしれない。
けれど、その方法はきっとアマユキさんも何度も試しただろう。
だからこそ、もうダメだと判断したんだ。
なら次の方法はわたしが装騎ツキユキハナにアズルを流し、その凍てつくレーニャさんのアズルを押しのけること。
けれどこれには技術がいるし、ヘタをすれば装騎ツキユキハナへのトドメとなりかねない。
そんな小難しいことを考えなくても、わたしにはこの方法がある。
ヴァクウム・コウレの引力は、P.R.I.S.M.能力を発動したばかりのレーニャさんのアズルも引き寄せた。
ならば、この能力を利用することで装騎ツキユキハナからもレーニャさんのアズルを引き寄せることができるはず!
「そんな手が……!セッカ、アナタ……」
「大丈夫です、任せてください! アマユキさんは、わたしが、助けますからっ」
「!! P.R.I.S.M.能力でアズルを除去しようというのですね。ルーニャ!」
「ええ、お姉様! 狙いは――」
「「装騎スニーフ!」」
わたしの目論見に気付いた装騎ジェニーツァと装騎ヴェチェールニャヤが一気に距離を詰めてくる。
「お願い、ドラクシュチート……!」
わたしはドラクシュチートにアズルを回す。
さっき装騎ジェニーツァのドラゴツェンヌィ・カーミェニに凍り付かされたけれど、これだけのアズルを流せば復活するはずだ。
そして、今度はそれ以上のアズルを流し込む。
「出力設定、マニュアルに変更……不要な部分の動力はカット。最低限の維持と、それ以外のアズル全部ドラクシュチートに……」
これ以上ないくらいに頭が冴えるような感覚。
わたしが見つめるのは2騎の機甲装騎。
まるでその動きがスローになったようにさえ感じた。
アズルの光が装騎スニーフを包む。
「スニーフ、限界駆動! ドラクシュチート……」
アズルが満ちる。
力が満ちる。
足元から湯気が立ちあがる。
それはドラクシュチートが帯びた熱で、足元の氷が蒸発していくからだ。
それだけの力、それだけの全力。
この一撃で、時間を稼ぐ。
「オーバーロード!!!!」
瞬間、ドラクシュチートから眩い光が迸った。
「ザモロジェニィ・ポドスロヴナヤ」
止まった。
わたしの放ったアズルの光が、宙で静止した。
どれだけ圧倒的な熱量を誇ろうとも、どれだけ圧倒的な力を誇ろうとも、当たらなければ意味がない。
わたしが放った全力の牽制は不発に終わった。
…………本当に?
「行きますわ!」
装騎ジェニーツァが右足を踏み込んだ瞬間――氷の大地が砕けた。
「まさか、これは……」
「気づいたんです、このステージのギミックに」
「ギミック、ですって」
「ここは氷床のステージ。つまり、全面が氷の床になっています。ですけど、それだけじゃないんです」
装騎ジェニーツァは沈んでいく。
何の中に?
そう、この氷床の下にある湖の中にだ。
「このステージは、氷床化した湖を再現したステージだったってことね」
「はい。氷の層はかなり分厚い――ですけど、あそこまで熱を放つ攻撃をすれば」
「氷が薄くなって、ちょっとした衝撃でも割れやすくなる。……やるじゃないセッカ」
「お姉様!!」
「ルーニャ、わたくしはいいわ。貴女はセッカさんを!」
「で、でも!」
そう簡単にここまではこれない。
割れた氷の下からのぞいた湖が、わたし達スニェフルカとズヴェズダーの間を遮っているからだ。
「わたくしのP.R.I.S.M.能力で、湖を凍らせますわ。そうすれば――」
「さすがです、お姉様!」
さすがはドヴォイツェ・ズヴェズダー。
やっぱりこのステージとも相性が良いみたいだ。
「ですけど……」
「ツキユキハナ、完全復活よ!」
氷の一本橋の上。
わたしの装騎スニーフとアマユキさんの装騎ツキユキハナ。
そしてドヴォイツェ・ズヴェズダーの装騎ジェニーツァと装騎ヴェチェールニャヤが相対する。
「アマユキさん、あれを、やりましょう」
「アレを……そうね、やるなら今、しかないわよね」
「はいっ」
なんとしてでもここで決めなくては。
わたしはアマユキさんと示し合わせる。
スズメ先輩やアマレロ先輩に特訓をしてもらいながら、2人で編み出したわたし達の合体技。
「いくわよセッカ!」
「はいっ!」
わたしは装騎ジェニーツァに、アマユキさんは装騎ヴェチェールニャヤに駆けだす。
「ロズム・ア・シュチェスチー!」
「ブルームウィンド!」
わたしは装騎ジェニーツァを引き寄せる。
装騎ツキユキハナは装騎ヴェチェールニャヤを吹き飛ばす。
「「きゃっ」」
2騎がぶつかった、今この瞬間が狙い目。
「アマユキさん!」
「悪いわね、セッカ!」
装騎ツキユキハナにロゼッタハルバートを投げ渡す。
そしてアズルがロゼッタハルバートを染めた。
「ロゼッタネビュラ!」
「シューティング、スター!」
ロゼッタネビュラの一撃は、2騎に命中する直前で軌道を一気に変え、明後日の方向へと飛んでいく。
そう、ロゼッタネビュラの一撃は、相手の目を引くための陽動。
その影に隠れたわたしの一撃を入れる為の!
「ですけど、正面から来るのでしたら――」
「それだけだと、思わないことね!」
両腕にアズルを纏った装騎ツキユキハナの一撃。
「こっちだって2人いるんだぁ!」
それに相対するのは装騎ヴェチェールニャヤ。
「ドラゴツェンヌィ――」
「リョート――」
2騎の迎撃。
それは、させない。
「ヴェトルナー・スチェナ!」
空気の壁がわたしの目の前に現れる。
これは攻撃を防ぐため――ではない。
「セッカ、合わせなさい!」
「はい。アマユキさん!」
装騎スニーフと装騎ツキユキハナはその壁を踏んで跳躍。
一気にズヴェズダー装騎達の頭上を取った。
「セッカ、アズルを重ねるわよ。ロゼッタハルバート!!」
装騎ツキユキハナが掲げた右手。
タイミングを見計らったかのように、主の呼び声に答えたかのように、ロゼッタハルバートがその手に収まる。
「この一撃で、決めるっ」
わたしの装騎スニーフも、装騎ツキユキハナの手と重ねるようにロゼッタハルバートを握った。
2人のアズルが絡みつき、1つの大きな力になる。
溢れ出したアズルが眩い輝きを放ち、わたし達を勝利へと導こうとしているようだ。
「「目醒めの、スニェフルカ!!」」
振り下ろされた光は、2騎のズヴェズダー装騎に確かに命中した。
筈だった。
「はぁっ、はぁ……なかなか、素敵な合体技、でしたわ」
「だけど、まだ少し、確実性が足りなかったかも、しれないです」
その身体は満身創痍。
けれど確かに装騎ジェニーツァと装騎ヴェチェールニャヤは立っていた。
「あれだけのアズル、わたくしのザモロジェニィ・ポドスロヴナヤでも止めるのは難しかったですけれど――耐えきる事は、できました」
「けれど、それだけのダメージ! そう簡単に立て直せは、しないはず!」
「かもしれませんわね。ルーニャ」
「ええ、お姉様。セッカちゃんもアマユキちゃんも全力を見せてくれた――なら、」
「「こちらも全力を見せるだけ!」」
「まだ何か手を――させない!」
「はい、アマユキさん。攻めましょう!」
「ドラゴツェンヌィ・カーミェニ」
「リョートコミェータ!」
2騎の反撃。
それをわたし達は回避する。
「わたくし達双子の力」
「ドヴォイツェ・ズヴェズダーの輝き」
「「御覧なさい」」
「セッカ、まずい!」
「えっ?」
気付けば装騎ツキユキハナと今にも密着しそうなほど近づいている。
それはさっき、2騎の放った攻撃の所為だ。
回避するのは簡単――そう思ったけれど……違う、あの技は回避させるための陽動!
「まずは相手を鳥篭で囲う。特にドヴォイツェでの戦いとなると大事ですわ」
わたし達の周りを取り囲むのは、ドラゴツェンヌィ・カーミェニによって作られた氷柱。
その柱はまるでレーニャさんの言う通り、鳥篭のようだった。
そんなことを思ってる間もなく、地響きが鳴り響く。
そして、わたし達の足元から氷の柱が一気に宙へと伸びあがった。
「そして間髪入れずに相手の動揺を誘う。そして、動きを封じる」
重圧攻撃がわたし達の身体を縛る。
動け、ないっ。
「動けなければコッチのものです! 星が落ちるような圧倒的衝撃にのまれなさい!」
リョートコメェータがラスプラフの溶解攻撃で水になる。
それが次第に固まり、固まり、固まって巨大な塊になった。
いや、まだだ。
まだ大きく、大きく、大きくなっていく。
あまりにも巨大な氷塊。
「これがわたくし達のドヴォイテフニカ」
「最終究極合体技!」
「「ズヴェズダー・メガインパクトカ!!!」」
わたしはそのスケールに唖然とする。
それはきっとアマユキさんも同じだろう。
例え装騎が自由に動かせたとして、あれだけの巨大なアズルの力にどう抵抗することができるのか。
「これが、ドヴォイツェ・ズヴェズダーーーゾリャー姉妹の実力だっていうの!?」
ただ圧倒的。
なすすべもない。
あんな攻撃、防ぐことなんて、できない。
まさに星が落ちるような一撃が、わたし達に迫ってくる。
「何か、何かできないの!?」
アマユキさんの焦りが伝わってきた。
わたしも同じ気持ちだ。
けど――一体、何をすればいいというんだ。
この圧倒的な重圧で、身体中を締め付けられ、装騎の自由も効かないこの状況で。
「身体を、締め付ける? 重圧攻撃?」
気付けば、わたしは両手を目の前に掲げていた。
「セッカ?」
アズルの風がわたしの両手に集まる。
風が圧縮され、圧縮され、圧縮に圧縮を重ねて暴風が渦巻くアズルの塊がその手にできた。
けれどまだ足りない。
わたしのアズルは、貪欲に周囲のアズルを吸い寄せていく。
それはそう――例えば、わたし達の身体を縛るグラヴィターツィヤの重圧攻撃とか。
「装騎が、軽く――ヴァクウム・コウレで重圧を吸収したのね」
ヴァクウム・コウレの中で渦巻く重く、締め付けるようなアズル。
それがわたしの風と混ざり合って、やがて、その中心に漆黒の穴ができた。
その穴は広がり、力を増し、やがてヴァクウム・コウレの風を内側から飲み込む。
「チェルナー・ヂーラ」
ズヴェズダー・メガインパクトカの氷塊が装騎スニーフの手元に引き寄せられる。
圧倒的な大きさを誇るズヴェズダー・メガインパクトカだけれど、何故だろう。
「この力なら、いける」
そう感じた。
「わたくし達のズヴェズダー・メガインパクトカが……」
「セッカちゃんの、黒い穴に――」
「「飲み込まれた……」」
「これで、終わりです」
わたしが両手を合わせると、その合間に挟まれ漆黒の穴は消滅した。
「アマユキさん、反撃です」
「ロゼッターー」
「スターライト、」
「ネビュラー!!」
「ハートビート!!」
『勝者、ドヴォイツェ・スニェフルカ!!』