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第37話:最後のその時まで-Budoucnost Předpověď-

その子は、いつも泣いていた。

黄昏に沈む公園。

僅かに前後するブランコに腰を下ろして。

何か悲しいことがあったのだろうか?

それとも、他の子どもたちにいじわるをされたのか?

それは分からなかったけど、どうしても彼女のことが気がかりだった。

「どうしていつも、泣いているのぉ?」

ある日、とうとうわたしは彼女に尋ねた。

彼女からは返答代わりの泣き声と涙。

今思うと、なんて無邪気でなんて残酷な問いかけだっただろうか。

「ごめんね」と後になって謝ったら、彼女は「別に気にしてないぜ!」と笑っていたけれど。

あの言葉があったから、わたしと彼女は友だちになれたから。

けれど、どうして友だちになったのかはよく分からない。

声をかけてから数日、泣きじゃくる彼女の傍にいただけ。

気付けば2人で遊ぶようになっていた。

そしてその日以来、彼女が涙を見せることは無くなった。

「いつもの場所で待ち合わせだぜ!」

学校で約束して、あの公園でまた出会う。

そんな日々が続き、いつの日にかどちらが誘うでもなく、わたし達は決まった時刻にその公園で待ち合わせをするようになっていた。

たまに姿を見せないことがあれば、相手の家に行き、声をかける。

そういう時は大抵、どちらかが風邪で寝込んでいる時だった。

それほどまでに、わたし達は"待ち合わせ"を日課として、当然のこととして今まで過ごしてきていた。

でもある日、そんな毎日が終わってしまうような予感がした。

きっかけはとても些細なことだった。

「海いこーぜー!」

ある夏の日、彼女がそう誘ってきた。

「突然どうしたのぉ?」

「海にいきたいんだぜ!」

「それは分かってる。何で急にそんなこと言い出したのよぉ」

「今年の夏は今しかないんだぜ! つまり、海にいくぜ!!」

「意味わからない」

けれど、こうなった彼女を止めるのは難しい。

それに彼女がこんなに強気に出るのは、実はとても珍しいことだった。

普段の明るい口調からは信じられないくらい、自分から積極的にはいかないタイプなのだ。

「海にいくなら水着だぜ! 水着を買いにいくぜ!!」

「どうしたのぉ? なんか今日、変」

「そーかぁ?」

わたしは訝しみながらも、2人で水着を買うため街に出る。

「お、あのクレープがうまそうだぜ!」

「なんだあのぬいぐるみ! おもしれー!」

「今流行ってるんだってよ! ちょっと気になってたんだー!」

その日1日、とっても楽しかった。

街を歩いて、水着を買って、気になるお店や気になる場所にあっちこっち行って……。

それから何度もそういうことがあった。

「祭いこーぜー!」

「フラワーフェスタってのがあるみたいだぜー!」

「紅葉がきれいだぜー!」

季節の節目ごと、近所でイベントが開催されるごとに彼女はわたしを誘いに来る。

そしてある日、

「装士戦の大会があるんだってよ!」

「大会?」

「そーだぜ! なんでも国の代表を決める大会だって!」

その話は聞いたことがあった。

今度の冬、遥か西の方で大きなバトル大会が開かれるということ。

そして、その大会に華國からの招待枠として参加する士使を決める大会があるということを。

「国の代表になればマルクト共和国で開催される大会に出られるんだぜ!」

「装士――じゃなくて、装騎大国のマルクト……士使としては憧れの国、だねぇ」

「そうなんだぜ! おれ達も士使の端くれだぜ! 一度くらいはいきたいんだぜ!」

「それじゃぁ、エントリーするの?」

「それなんだけどさ! 一緒に参加しようぜ!」

「一緒に……?」

「大会には二人組ドヴォイツェ部門ってのがあるんだぜ!」

それは急な申し出だった。

でも、普段通りの彼女の言葉の裏には何か焦りがある。

それを感じたわたしは、

「いいよぉ」

承諾することにした。

それから大会で勝つ為、特訓の日々が始まる。

そんな日々の中で、彼女の様子がおかしいという疑惑は確信に変わった。

それと同時に、ある出来事が頭に過った。

彼女は犬を一匹飼っていた。

とても大きな体をした立派な犬だ。

小さなころから一緒で、きっと姉妹のような関係だっただろう。

けれどその犬は、病気で死んでしまった。

彼女は死の間際になる飼い犬の傍で、何度も何度もおもちゃを差し出し、ごはんを差し出し、最期のその瞬間まで傍にいて一緒に遊ぼうとしていた。

今までずっと一緒だった飼い犬が死んでしまうという事実を信じられなくて、けれどその事実を受け入れなくてはいけないというその狭間で。

最期の瞬間まで傍にいるということ選んだ。

「ボール遊び、好きだったろ? なぁ、美味しそうなドッグフードみつけたんだぜ? なぁ……」

力なく身を伏せる飼い犬の傍で、ボールを転がしながら話しかける彼女の姿は見ていられなかった。

その時、彼女の言った言葉を覚えている。

「まだ、やってないことたくさんあんのに。嫌だぜ、別れるのは……」

なんだか今の彼女は、その時の彼女とダブる部分があった。

そしてある日、たまたま見つけた書きかけの手紙。

宛先はわたし。

くしゃくしゃに丸められたその手紙に彼女の異変の理由が記されていた。

彼女は、親の都合で違う国に行くことが決まっていたのだ。

けれど、彼女はそれを伝えられる程強くはなくて、優しすぎるからこそ、とっても、弱くて。

そんな彼女の優しすぎるところと、弱すぎるところをわたしはよく知っていた。

だから、知ってしまったことをわたしも彼女に言えない。

代わりにわたしは全力で戦おう。

全力で彼女との思い出を作ろう。

だからわたしは――

「負けたく、ない!」


「セッカ!」

一瞬の白昼夢から覚める。

装騎スニーフの傍で、装騎ツキユキハナの拳と装士チャンウーの拳刃ユエがぶつかり合っていた。

「一瞬相手の攻撃が鈍ったから良かったけど……今の、危なかったわよ!」

「ご、ごめんなさいっ」

装騎ツキユキハナの拳はアズルを纏うことで何とか拳刃ユエを防いでいるけれど、次第にその切れ味に押し返されそうになる。

「大丈夫、です!」

わたしは片手剣ヴィートルを逆手に持ち直し、その切っ先を装士チャンウーへと向けた。

「離脱ぅ!」

それを咄嗟に察知し、装士チャンウーは距離を取る。

「おれもいるぜ!!」

今までは装士チャンウーが飛び込んでいたからだろう、射撃をやめていた装士ダ・イー。

その防盾付突撃銃タイヤンが再び火を吹いた。

それは「シュクユウ」と名付けられたアズルを纏った暴風のような銃撃ではない。

それでも、

「ドラクシュチートがっ!?」

ダメージが蓄積されたドラクシュチートを破壊するには十分だった。

「どうだぜ!」

「まだ、です!」

ここで怯んではいられない。

わたしは装士ダ・イーをしっかり見据え、そしてその銃口をしっかりと捉え、装騎スニーフを前に走らせる。

「セッカ、任せたわよ!」

アマユキさんがわたしを送り出す。

装騎ツキユキハナは拳を固めて装士チャンウーに駆けた。

アマユキさんは心配ない。

一番は、わたしがここでどれだけ善戦できるかだ。

「くぅっ、やっぱり、つよいぜ!?」

銃撃をしっかりと見据え、射線を避けながら前に進む。

回避動作は最小限に。

リスクはあるけれど、わたしなら避けられる。

避けられるように一杯特訓もしてきたんだ!

そして装士ダ・イーの武装なら、一度懐に飛び込めば――

「勝てるっ」

一瞬、あの光景が頭をよぎった。

あの時見たあれはきっとイー・トゥさんの記憶。

もしここでわたし達が勝てば、2人は……。

「P.R.I.S.M. Akt.2だぜ!」

装士ダ・イーに光が灯る。

はっとした時にはもう遅い。

「ノックバック・バレット!」

装士ダ・イーの銃撃が1撃――装騎スニーフの左肩に命中する。

瞬間――

「きゃあっ!?」

激しい衝撃に装騎スニーフが吹き飛ばされた。

「まだいくぜ!」

さらに続けて銃撃。

見たところ、フルオート状態では使えないみたい――だけど、

「か、回避っ」

確かにその銃撃を回避した――はずだった。

けれど、

「したのに、押されるっ」

激しい衝撃が装騎スニーフを揺らす。

直撃した時ほどではないけれど、装騎が後ろに圧されよろめいた。

弾丸の周囲にアズルの風を巻き起こし、相手を後ろに押しのける為だけのP.R.I.S.M.能力。

ただでさえ広い効果範囲に、ライフルを両手持ち――その範囲の広さは、ちょっと接近したところで容易に吹き飛ばされ距離を離されてしまう。

「さらに、Akt.1 クレイジーラインだぜ!」

間合いを十分に取れたと判断したのだろう。

今度はフルオート射撃に切り替わる。

普通の射撃なら、さっきみたいに射線を見切れば回避は簡単――だと、思ったけれど。

「今度は、弾が……ブレ、てる?」

銃身や弾丸がブレるように揺れて、射線が分かりづらい。

回避することは簡単。

それだけ大きく回避動作を取ればいいからだ。

でも、ということはさっきみたいに紙一重でかわしての接近攻撃はしづらくなってしまう。

「ならば、ツィステンゼンガー……っ」

徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを左手に構え、銃口を装士ダ・イーに向ける。

そして撃つ。

「けど、この程度の射撃なら! よけられるぜ!!」

けれど徹甲ライフル・ツィステンゼンガーの連射性能はそこまで高くない。

単純にこちらは1丁、相手は2丁で手数の差も明白。

「接近できれば――いいけれどっ」

それでもクレイジーラインによる射線の不明瞭さ。

さらに接近してもノックバック・バレットによる吹き飛ばしがある。

「ロズム・ア・シュチェスチーは……距離が遠すぎる。ヴェトルナー・スチェナは発動させながら動けない、し……」

こうなったら弾切れを狙う?

あの突撃銃タイヤンの装弾数は?

「ノックバック・バレット!」

「ここで!?」

不意に装士ダ・イーが両手の突撃銃タイヤンにアズルを灯す。

その両方から放たれたノックバック・バレット。

互いの衝撃は共鳴し合い、その威力を上げる。

けれど、どうしてここでノックバック・バレットを?

その理由はすぐにわかった。

「ここっ、は!」

装騎を回避させようとしたその時、気づいた。

いつのまにか装騎スニーフは部屋の隅においつめられていたことを。

それだけならまだ回避の仕様はあったかもしれない。

「きゃあっ!?」

その弾丸が、広い効果範囲を誇るノックバック・バレットでなければ。

激しい衝撃が身体を揺らす。

装騎スニーフが部屋の隅に叩きつけられる。

「まだまだいくぜぇ!! シュクユウ!!」

そして強烈な銃撃が放たれた。


「武器がないのに……こんなに、つよいのぉ!?」

相手の動きは軽やかで速い。

だからこそロゼッタハルバートを持たない今の状態こそがベスト。

装騎ツキユキハナのアズルを纏った拳と、装士チャンウーの拳刃ユエがぶつかり合う。

長く打ち合うのはこちらが不利だが、上手く相手の刃が立たない場所を狙い殴りつければアズルでの補強もあり多少は持つ。

「けれど、悠長にしているつもりはないわ!」

装騎ツキユキハナの加速能力、そして風花開花による吹き飛ばしを利用した追加速。

それを右足に乗せ、蹴りを放った。

「さすが、ですぅ!」

けれどその一撃は当たらない。

「さすが」と口にしていたが、私こそそう言いたかった。

強風にあおられる紙のようにひらりひらりとかわす。

でも、だからと言って加速をやめれば相手の鋭い一撃がやってくる。

中々どうして――

「こんな使い手がいたなんてね……」

一瞬のフェイントをかけ、左拳によるアッパーカット。

それをひらりとかわす装士チャンウー。

お返しとばかりに、空いた脇腹目がけて拳刃ユエが閃く。

けれどそれは予測通り、そのまま肘を拳刃ユエの腹目がけて下ろし、掲げた左ひざと挟み込んだ。

これで相手の右腕は封じた。

そして体を捻って、右腕の打撃を打ち込む!

「いったぁ!?」

拳打の衝撃に装士チャンウーはよろめきながらも、後ろ跳ねて距離を取った。

「でも、負けられない――負けられないんですからぁ!!」

距離を取ったところで、装士チャンウーの戦闘スタイル的に最接近は必至。

私はそれを迎え撃てばいい。

はずだけど――装士チャンウーの纏うP.R.I.S.M.の光に何か不穏なものを感じる。

「キュウキ!!」

威勢のいい加速と共に放たれる、装士チャンウーの一撃。

何度も見ればいい加減わかる。

次のステップで装士チャンウーは身をかわし、そして――

「増えたッ!?」

瞬間、装士チャンウーが2騎に増えた。

両サイドから拳刃ユエを閃かせる装士チャンウー。

今まで見せていたキュウキの攻撃パターンからすれば、向かって右側が本物のはずだ。

「本当に――?」

今までのはこの一撃のための布石で左が本命なのかもしれない。

いや、もしかしたら"両方とも本物"の可能性だってあり得る。

一番の最適解は――

「前進!!」

装騎ツキユキハナの身を低くし、一気に前へと走らせた。

キュウキの軌道を何度も見、その軌跡をしっかりと把握したからこそできる回避方法。

例え両方からの一撃が本物でも、両者が鏡映しで攻撃するのであれば必ず回避できるポイントがある!

そして私の読みは当たった。

「P.R.I.S.M. Akt.1 バニーステップを使ったキュウキを避けるなんて」

回避した時の実感でわかった。

今のP.R.I.S.M.能力は、高速のステップとそれに伴う残像をアズルを利用し固定することで分身したように見せる技。

そして、装士チャンウーは今まで通り右側から攻めてきた。

それだけ分かれば後は問題ない。

「キュウキ!」

反転した装士チャンウーが再び拳刃ユエを構える。

「そう何度も、通用するはずないでしょ!」

目の前でステップを踏み、身を捻る。

その瞬間、装士チャンウーは2騎に増えた。

片方が残像である以上、どうしても実感というものが薄れる。

それを私の目と、直感で見極め、反撃する!

「右! ――――違うッ」

2つの残像が装騎ツキユキハナの両脇を駆け抜けていく。

2つとも、残像!?

「オロシ!!」

本命は――正面!

「チッ!」

軽く跳躍した装士フーシーが、上から吹き降ろす風のように拳刃ユエを振り下ろした。

その一撃を咄嗟に回避する。

衝撃が私の身体を揺らし、警告音が響いた。

左腕にダメージ――傷こそ浅いがそれは確かな一撃だった。

「出し抜かれるなんて、ねッ!」

今までキュウキしか見せてこなかった中で、右か左か、どちらからかだろうという思い込みがあったのは事実。

バニーステップの残像が1つしか作れないと思い込んでいたのも事実。

「それもある、けど……」

さっき見た残像は、実感がより本物に近いものとなっていた。

もしかしたら彼女は――

「戦いながら、成長している……?」

私は左腕の状態を確認する。

今のところ、なんとか駆動に影響はないもののあと少しのダメージで駆動系に支障がでるだろう。

寧ろ、動くことが奇跡なくらい二の腕がパックリと抉れていた。

「どうする? どう相手を倒す? セイジョーたるものクールたれ。冷静に相手を見極めなさいッ」

「渾身の一撃で倒せなかった……どうするイー・トゥ。あれ以上の思い切った手があるの?」

私たちは互いを見つめ合ったまま動かない。

その時だ。

「シュクユウ!!」

激しい銃撃音が耳を突く。

「ヴェトルナー・スチェナ!!」

それは装騎スニーフと装士ダ・イーの戦いの音。

「セッカ!」

壁際に追い詰められた装騎スニーフに襲い来るのは装士ダ・イーの強烈過ぎる射撃。

それをP.R.I.S.M.能力の風の壁ヴェトルナー・スチェナで必死に防ぐ姿があった。

銃撃はヴェトルナー・スチェナでは完全に防ぎきれず、その壁を抜けた弾丸が装騎スニーフを掠めダメージを蓄積させていく。

このままだと装騎スニーフが撃破されるのも時間の問題だった。

「援護するわ!」

「させないでぇす!」

行く手を阻む装士チャンウー。

構っている場合ではないけれど、倒さなくては進めない。

「仕方ないわね……」

セッカはまだ諦めていない。

ならばきっと、私が向かうまで耐えてくれる。

そして私はその気持ちに応えるために、

「すぐにコイツ倒して、すぐに行くから! セッカ!!」

私はロゼッタハルバートを拾い上げる。

闇雲に装士チャンウーと戦っていたワケじゃない。

チャンスがあればすぐにでもロゼッタハルバートを使えるように位置取りは考えていた。

それが功を成したのだ。

「ちょっと乱暴だけれど――手も見えた」

左手でロゼッタハルバートを強く握る。

「セイジョーたるもの豪快たれ!」

そして加速。

「バニーステップ!」

装士チャンウーが分身を生み出す。

「キュウキ!」

そして踏み込む3騎の装士チャンウー。

横からくるキュウキか、上からくるキュウキ・オロシか……。

「アオチ!!」

違う!

踏み込んだまま装士チャンウーは身を低くする。

下からの煽り斬り。

3番目のキュウキ!

でも、そんなのは関係ない。

「身を、ひいたんですかぁ!?」

後ろに下がり、左腕を掲げる。

「オービタルローゼス」

そしてそのまま、横薙ぎに!

「ですけどっ!」

相手の動きを見てからだったからだろう。

装士チャンウーは咄嗟に身を引き、装騎ツキユキハナの一撃をかわした。

「まだよ!」

空ぶったロゼッタハルバートを無理矢理力で抑え込む。

そして今度は、逆薙ぎに払った!

「軌道はさっきと同じ……なら、当たらないですよねぇ」

「それは――どうかしら?」

装騎ツキユキハナの左腕が悲鳴をあげる。

装士チャンウーに抉られた傷が、私の振るったロゼッタハルバートの重みに耐えきれずちぎれる音。

千切れた腕、ふきとぶロゼッタハルバート。

それは何の脈絡もなく、襲い掛かる。

「事故、じゃぁないっ。わざとっ!!」

そう、わざとだ。

わざとダメージを負った左腕で、耐えきれない程の一撃を放った。

そのお陰で、一撃のリーチが伸びた!

ダメージは浅い。

けれど、

「くぅっ!」

相手を怯ませ、この場を突破するには十二分!

これで、セッカを助けに――――

瞬間、風が吹いた。

「セッカ?」

それは間違いなく、装騎スニーフの方へと吹いていた。

装士チャンウーの視線も確かに装騎スニーフへと向けられている。

「な、なんだぜ!?」

驚愕するジン・ウーの声。

そこには、荒れ狂う嵐をその両手の中に収めた装騎スニーフの姿があった。


突撃銃タイヤンによる激しい銃撃、シュクユウ。

わたしの装騎スニーフはダメージを増し、今にもその機能を停止しそうだった。

「セッカ!」

アマユキさんの声が聞こえる。

また、心配をかけている。

アマユキさんに、わたしが不甲斐ないから。

アマユキさんはわたしの援護に来るつもりだ。

だけど、その行く手を装士チャンウーが阻んだ。

ダメだ、アマユキさんに頼ってばかりはいられない。

それに、わたしはまだあきらめていない。

「お願い、ヴェトルナー・スチェナ!」

風の壁にアズルを流し込む。

けれど、シュクユウの威力と攻撃範囲の広さはヴェトルナー・スチェナで防ぎきるには広すぎる。

広い範囲を防ぐとなると、それだけヴェトルナー・スチェナの壁も薄くなるからだ。

「せめて、相手の銃撃の――範囲を絞れればっ」

そう思い、ロズム・ア・スチェスチーで弾丸をできるだけ正面に吸い寄せる。

けれど、そう簡単にはいかない。

「もう、ダメなの?」

必死にアズルを送り込み、風の壁の中心に、弾丸を誘導し続ける。

今は防御だけに専念。

余分なアズル供給はカット。

両手に、両手だけに意識を集中させる。

瞬間、風の壁が次第に小さくなっていった。

「アズルが……?」

もう、持たない?

そう思ったけれど――違った。

ヴェトルナー・スチェナが小さくなると共に、弾丸を吸い寄せる力が大きくなっていったからだ。

「これは、もしかして……」

わたしは間違っていた。

相手の弾丸を吸い寄せるんじゃない。

わたしが吸い寄せるべきは、自らのヴェトルナー・スチェナ自身!

ヴェトルナー・スチェナを中心に、中心にと吸い寄せる。

それはもはや、圧縮。

風の壁を圧縮し、やがて猛烈な風を吸い込む巨大な渦が両手の中に出来上がっていた。

P.R.I.S.M. Akt.3

「これは――もしかして、新しいP.R.I.S.M.……っ」

風が両手の中に吹き込む。

その勢いは凄まじく、装士ダ・イーの放つ弾丸も吸い込み、飲み込み、圧縮していった。

「な、なんだぜ!?」

ジン・ウーさんが驚きの声を上げる。

わたしはそっと、風の玉を左手で掲げる。

そして、駆けた。

「なッ、このッ!!!」

装士ダ・イーの銃撃は効かない。

全て、左手の風玉に吸い寄せられるからだ。

「ジン・ウー!!」

「行かせないわ!!」

イー・トゥさんが叫ぶ。

装士チャンウーが走る。

それを遮ったのは装騎ツキユキハナだ。

「これで、トドメですっ」

不意に、頭に浮かぶ。

景色が浮かぶ。

夕暮れの公園。

2人の少女。

イー・トゥさんの想い。

ジン・ウーさんの想い。

「もしもぉ、この大会が終わったら……さよならしないとぉ、いけないのかな……?」

手が止まる。

足が止まる。

躊躇してしまう。

「どうした、んだぜ?」

ジン・ウーさんが困惑する。

「セッカ、どうしたの!?」

「わたし、わたしは……っ」

「……っ!!」

装士チャンウーがその隙を狙い、駆けた。

「キュウキ・オロシ!!」

装士チャンウーの一撃は、装騎スニーフの右腕を切り落とす。

わたしは、イー・トゥさんと目が合った――ような気がした。

その一撃と共に、イー・トゥさんの意思が流れ込んでくる。

「全力で、全力でかかってきてくださぁい! じゃないと、勝ったって、負けたって――何も、何もがないじゃないですかぁ!!」

「!!」

咄嗟に左手が動く。

風を掴んだその手が、装士チャンウーにめりみ、引きちぎり、そして――その機能を停止させた。

「イー・トゥ!!」

ジン・ウーさんが叫ぶ。

銃口がわたしを狙う。

「シュクユウ!!」

瞬間――軽い音が周囲に響いた。

「弾切れッ!!」

「ヴァクウム・コウレ!」

『勝者、ドヴォイツェ・スニェフルカ!!』


「ふぅん、彼女使えそうね」

2人の少女がその試合の様子を見ていた。

品定めするような眼で、怪しい光を灯らせた眼で。

「プライドとコンプレックス――彼女は今、その境目を彷徨っているわ」

「それをちょっと利用すれば、私達の目的の糧になると」

「その通り。適格者をより一層、高めることができるわ」

「私達の新世界(ノヴィー・スヴェト)となりえる少女、ね」

「ええ」

2人が視線を注ぐのは装騎ツキユキハナ。

そして、そこから降りてきたセイジョー・アマユキの姿だった。

「とりあえず、突いてみましょう」

「次の試合で、だね」

「ええ、我らが新世界の為にザ・ノヴェーホ・スヴェタ


挿絵(By みてみん)

ステラソフィアTIPS

「キュウキとシュクユウ」

中国の伝説。

キュウキは四凶と呼ばれる霊獣の一種。

北風を起こすということから風神としての側面もあり、日本に伝わった時にカマイタチと同一視された。

シュクユウは火を司る神だと言われている。

作中でイー・トゥの使う技「キュウキ」「キュウキ・オロシ」「キュウキ・アオチ」はクールビューティー・イザナンが得意とする技「カマイタチ」「オロシノカゼ」「アオチノカゼ」に相当する。

また、「シュクユウ」は「アタノカゼ」に相当。

本当は、相手の頭上を飛び越えながらライフルを連射する「アカラシマカゼ」も使わせようと思っていたけど入れるところがなかった。


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