第36話:成長という成果-Převážná Sněhurka-
『さぁ、やって参りました! ドヴォイツェ・スニェフルカVSドヴォイツェ・キンウギョクトの試合です!』
司会のイオナさんが声を張り上げる。
『ドヴォイツェ・キンウギョクトは華國からのゲストドヴォイツェ! 本試合も華國を治めるうら若き女帝ユウ・ハ様が観戦にきています!』
豪華に飾り付けられた観戦席。
ボディーガード達に守られた優雅な女性の姿があった。
艶やかな黒髪に、穏やかなとてもやさしい笑みを浮かべている。
「あの人が、ユウ・ハ様……」
テレビで何度か見たことはあったけれど、実物ははじめてだ。
「テレビで見るより、綺麗ですね……」
思わず口に出して呟いてしまう程、彼女は魅力にあふれていた。
ただ、それと同時に何か違和感を覚える。
「でもあの人、クールビューティーさんに似てる、ような……」
「そう? 髪の毛だけでしょ」
わたしの違和感をアマユキさんはそう一蹴した。
確かにあのクールビューティーさんも綺麗な黒髪だったし、ユウ・ハ様と重なるところはあった。
けれど、こんなにも雰囲気は違うのに似てると思うのは、やっぱりおかしいか。
『ユウ・ハ様。お言葉を一つ、いただいてもよろしいでしょうか?』
『私が望むのはより良き試合。ドヴォイツェ・キンウギョクト、ドヴォイツェ・スニェフルカ、貴女がたが満足いく全力の戦いを期待しています』
ニコッと浮かべたまぶしい笑顔。
ユウ・ハ様の言葉と笑顔に会場が一気に湧き上がる。
『ありがとうございます!』
歓声の中でわたし達は装騎の最終調整を済ませた。
『それではいい感じで温まったところで――今回の試合会場はここだァ!』
イオナさんの言葉と同時に魔電霊子が形を持ち、色を持つ。
アズルは天と地、そしてわたし達の傍を駆け抜け箱のような空間を演出していった。
「まさか、屋内戦?」
アマユキさんが呟く。
前回の試合は風がそよぐ丘のステージだったけれど、今回は全く違った。
赤を基調に彩られ、東洋式の間取りの巨大な部屋。
「まるで東洋のお城の中みたいです……」
「東洋の城とか入ったことあんの?」
「いえ、テレビで見たのと……あと、チャペクランドのお城が華國や我国のお城を元にしている、らしくて……」
「チャペクランド……イェストジャーブ財閥のアミューズメント施設ね」
アマユキさんの声音的にあまり触れたくない話題そうだ。
というか、基本的にアマユキさんはセイジョー財閥以外の大財閥を敵視しているから当たり前か。
そこのところは気にしなくてもいいかもしれない。
「広さ自体は十分ね。装騎で動き回るには全く問題ないわ。けれど――」
「障害物と、死角の多さが厄介ですね……」
「それと、ここみたいに動きが制限される廊下とかね」
わたし達がいるのは真っ直ぐ続く廊下の突き当り。
暫く進んだ先が曲がり角になっているのが見える。
場合によっては角を曲がった瞬間に相手と戦闘になることも考えないといけない。
「慎重かつ大胆な動きが求められるわね」
そんな話をしている間に、試合開始の時間が来た。
「基本フォーメーションは私が前、セッカが後ろ。良いわね?」
「はい……」
「セッカの腕ならツィステンゼンガーで十分に私を支援できると思うわ」
「えっと、は、はい」
アマユキさんの言葉はまるでわたしの気持ちを見透かしたかのよう。
フィールドが変わっていても、やることは何も変わらない。
わたしはアマユキさんを援護する。
「コスズメ・セッカ、いきますっ!」
そして試合がはじまった。
とりあえずわたし達にできることは一つ。
前に進む。
そして、角を曲がることだ。
「ここでいきなり接敵……とはさすがにならないわね」
「そうなったら怖いですよ……」
「けれど戦場ではどんなことが起きるか分からない。心してかかるわよ」
「はいっ」
暫く進むと、襖がずらっと並んだ部屋に出た。
「開けられるんですかね……?」
そっと襖に手をかけ、引いてみる。
木が擦れ合う音がして襖が開いた。
「無駄にリアルですね……」
ホログラムで精密に再現された襖の木の感じや音に動き。
やたらと凝った演出に思わず笑ってしまいそうになる。
「ここ、かなり広いわね」
アマユキさんが言ったのは、わたしが開けた部屋のことだ。
襖のその奥――そこに広がるのは広大な畳の間。
「きっとここがこのバトルフィールドの中央――ここを主戦場にしろってことね」
「と、いうことは……キンウギョクトもすぐに……」
しかし全く気配が感じられない。
わたし達と同じようにフィールドの端からスタートして、同じように進んだのなら遅かれ早かれこの場所到着してもおかしくない。
そしてここで、戦端が開くもの――だと思っていたんだけど。
「相手の装騎は、奥にいる……んでしょうか?」
「正確には"装士"ね」
「装士?」
「華國では機甲装騎のことを装士って呼ぶのよ」
そう説明しながらも装騎ツキユキハナはその視線を正面にある襖に向けている。
きっとその襖を開けた奥には廊下が広がっているはず。
わたし達が辿って来たのと同じような廊下が。
そのまま真っ直ぐいけば、狭いあの道で正面からの戦闘になるだろう。
もしも何かしらの手があるというのであれば、それを狙っていても何もおかしくはなかった。
「だからって動かないわけにもいかないわね」
アマユキさんはそう言いながら、正面の襖を開け放つ。
そこにも装騎――いや、装士の姿は見えない。
「やっぱり、いませんね……」
わたしは装騎ツキユキハナの元まで行こうと、装騎スニーフを歩かせたその時だ。
「敵襲っ!?」
突如響いた銃声。
その一撃はわたしの真横――そこにあるのは襖?
ううん、違う。
障子戸!
障子戸に穴が空き、そこから多数の銃弾が飛びこんできた。
「扉越しの奇襲攻撃ッ!!」
やがて障子戸はボロボロに砕け落ち、その向こうがあらわになる。
眩い光に、ホログラムで再現された青空――そう、そこはこのお城の外。
そこにある手すりの上に1騎の機甲装騎が立っていた。
どこか鋭いイメージを思わせる黄金の機甲装士。
「天差す黄金、装士ダ・イー参上だぜ!」
両手に防盾付突撃銃タイヤンを構えた装士ダ・イー。
それを操るのはジン・ウーさんだ。
「セッカ、援護を!」
「はいっ」
装士ダ・イーの姿を見るや否や、装騎ツキユキハナが一気に駆ける。
わたしも徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを構えて援護する。
「だけど、イー・トゥさんの装士は……」
姿が見えないということはどこかに隠れているのだと思う。
ジン・ウーさんと同じように、もしかしたら奇襲を狙って……。
「おらっ、これでもくらうんだぜ!」
装士ダ・イーの銃撃はかなり正確。
それに加えて、障子戸や襖戸を蹴り飛ばして目くらましにしたりとかなり荒っぽい戦い方をする。
「……何かしら」
アマユキさんがどこか困惑するように呟いた。
確かに装士ダ・イーの動きはすごい。
並の使い手とは思えない正確な射撃。
それをフルオート状態の突撃銃で行うのだから実力はかなりのものだろう。
「だけど、どうしてでしょう……分かる。相手の狙っている場所が……」
それはきっとアマユキさんも同じ。
だからこそ困惑したのだ。
あれだけ執拗なフルオート射撃を全く怯むことなく受け止め、回避することができる。
「コッチの動きを見て装騎の弱点を狙ってくるのね。特に腕や足の関節を……でも、だからこそ予想しやすい」
そういうことだ。
わたし達はすぐにわかった。
自分の装騎がこの体勢の時は、相手はどこを狙ってくるということが。
けれど、どうしてわたし達は相手の攻撃先を予測することができるんだろうか?
わたし達の動きの隙を狙う――だからというのは当たり前だけど、相手もただ愚直に隙だけを狙ってはいないはずだ。
わたしやアマユキさんの動きを予想し、"将来的に隙ができる場所"を狙って攻撃しているはずだ。
実際、装士ダ・イーの動きを見て、そして盾で防ぎながら実感としてわかる。
相手はそれを狙っている。
けれど、更にその先を見据えてわたし達の身体が動く。
判断ができる。
「なっ、おれの射撃が全っ然通用しないぜ!?」
ふと、わたしは何かデジャブを感じた。
的確に弱点を狙ってくる攻撃――そしてそれを、必死で受け止めた覚え。
「そうか……ジン・ウーさんの戦い方、ズメ・チーさんのボール投げと狙う場所が似てるんだ」
「ズメ・チーって……あの胡散臭い拳法家の?」
アマユキさんの言う通り、あの胡散臭い拳法家のズメ・チーさんだ。
散々しごかれ、叩きのめされた経験。
「それが役立ってるって?」
「そう、みたいです……」
「認めたくないけど……言われてみると確かに似てるわね」
自慢の銃撃がわたし達に全く通用しなくて装士ダ・イーにも焦りが見えてくる。
もしもイー・トゥさんの装士が出てくるなら――そろそろだけど。
どこから来る?
「だぁもう、ならば撃って撃って撃ちまくるぜ!!」
装士ダ・イーの連射。
周囲に反響する銃声。
そんな中、わたしは確かに聞いた。
銃声とはまた別の、この大広間に響く物音を。
「やたら撃っても意味なんかないわよ!」
装騎ツキユキハナがロゼッタハルバートを盾替わりに銃撃を防ぐ。
その音がまた周囲に響き、耳を突く。
「やたら撃っても……意味は、ない?」
違う。
装士ダ・イーが突撃銃タイヤンをやたらと撃つのは、自分の射撃が通用しなくてヤケになったからじゃない。
きっとジン・ウーさんの狙いは!
「左右の襖は開いてる、目の前にはダ・イー……。後ろは……」
背後に目を向ける。
そこにはどこか不思議な趣のある絵が描かれた壁。
いや、違う。
これはよく見ると――――
「これも襖!」
襖というよりも一種の芸術作品。
まるでキャンバスのようだったからすっかり目に入っていなかった。
もしかしたら、イー・トゥさんの装騎はここに?
「ううん、違う!」
ドンッ!
激しい音が広間に響く。
それは装士ダ・イーの銃声でも、装騎ツキユキハナの振るうロゼッタハルバートの音でもない。
響いたのは頭上!
「上です!!」
わたしは徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを音のした方へと向ける。
ツィステンゼンガーの銃口と、天井を蹴破った1騎の装士の"視線"が合った。
「げっ、マジですか!?」
そして発砲。
わたしの銃撃は命中こそしなかったけれど、イー・トゥさんの肝を冷やしたに違いない。
「まさか、バレてたんですか!? この装士チャンウーの潜む場所が!」
透き通った真珠のような装甲で、丸みを帯びた機甲装士。
半月状の刃を持つ拳刃ユエを両手に持つイー・トゥさんの装士チャンウー。
それが天井裏から降りてきた。
「横とか後ろから近づいてるにしては音がよく響いてましたから」
天井裏は音がよく響くのだろう。
それを隠すという意味でも装士ダ・イーは銃声を上げたんだと思うけど……音の質が全く違う。
だからまだわかりやすかった。
「だけど、わたしの攻撃はまだ、終わらない!」
さすがにそれだけで気を削がれたりしない。
流れるように攻撃の構えを取ると、装士チャンウーは一気に駆けた。
それは力強い疾走のように見える反面、どこか優しいそよ風のような柔軟さを持っているように感じる。
わたしは徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを撃ち、迎撃するけれどしなやかな動きで回避しながら近づいてくる。
そして一気にわたしの装騎スニーフの懐に踏み込んだ。
「キュウキ」
瞬間、装士チャンウーの姿が目の前から掻き消える。
わたしは知っていた。
この動きも知っていた。
だから技が出される前に徹甲ライフル・ツィステンゼンガーをストックに戻し、そして片手剣ヴィートル引き抜いていた。
ギィンと激しい金属音。
わたしの右側から走る衝撃。
それは装士チャンウーの拳刃ユエーーその柔軟な一撃をわたしの片手剣ヴィートルが受け止めた衝撃。
「これも――読まれた!?」
装士チャンウーの使った技は、拳法家ズメ・チーさんの使った拳打による"カマイタチ"によく似ていた。つむじ風のように迫り、そよ風のように吹き抜け、暴風のような打撃を与えるその技に。
だから右腕の動きだけで防ぐことができたのだ。
「そして、お返しですっ!」
そのまま一気に片手剣ヴィートルを振り抜く。
と、同時に左手に持った盾ドラクシュチートを正面に構える。
「バースト!」
盾から放つアズルの放出で装士チャンウーを吹き飛ばした。
「ローゼスペタル!」
それとほぼ同時。
装騎ツキユキハナの一撃が装士ダ・イーを打ち付ける。
「やるじゃないセッカ」
「ありがとうございますっ」
わたしの装騎スニーフは装騎ツキユキハナと拳をぶつけ合わせた。
「さ、ここからちゃっちゃと止めを刺すわよ」
「そう、ですね」
装騎ツキユキハナがロゼッタハルバートを大きく掲げる。
わたしも片手剣ヴィートルを盾ドラクシュチートに仕舞い、竜翼斧状態にした。
「ロゼッタ――」
「ドラケム――」
アズルが溢れ出す。
「ネビュラ!」
「ズニェイー!」
振り払い、投げ放たれたロゼッタハルバート。
大きく掲げ、振り下ろされたドラククシードロ。
その両撃が走った。
「くそぅ……負ける、のか?」
「わたしは……負けたく、ないっ!」
不意に、装士チャンウーにアズルの光が宿る。
この強いアズル――間違いなくP.R.I.S.M.能力発動の光だ。
「P.R.I.S.M.、Akt.2っ!」
アズルの壁が目の前に現れる。
防御能力……?
「バニートラップ!!」
壁に阻まれたロゼッタハルバート。
ドラククシードロが放ったアズル波もその壁に阻まれた。
「それだけじゃないッ!!」
装騎ツキユキハナが咄嗟に身をかわす。
わたしも装騎スニーフを走らせた。
嫌な予感は的中。
投げ放ったロゼッタハルバートとドラククシードロから放たれたアズルが、はじき返された。
「チッ、 速いッ!」
それも、圧倒的速度で!
衝撃がわたし達の身体を揺らす。
咄嗟な判断で回避行動を取れたのは幸い。
それでも、ダメージは免れなかった。
「…………つぅ」
「わたしは、負けたくない。今は、まだっ」
「イー・トゥ?」
イー・トゥさんから言い知れない気迫を感じる。
どうしても負けられない、負けたくないという意思。
どうして彼女はこんなにも、必死なのか。
そこからは、ただ勝ちたいという意思とは全く別のものを感じた。
「ジン・ウー!」
「ああ!」
九死に一生を得た装士チャンウーとダ・イー。
装士ダ・イーが突撃銃タイヤンを構え、そこにアズルを集中させる。
「シュクユウ!!」
と同時に放たれた激しすぎる銃撃。
「ヴェトルナー・スチェナ!」
「風花開花!」
わたしの作る風の壁に、アマユキさんの起こす突風。
さらに、
「ドラクシュチート!」
構えた盾で強烈な火力を受け止める。
「セッカ、気張りなさい!」
「はい!」
わたしのアズルとアマユキさんのアズルが重なり、その防御力を強固にした。
これなら、止められる!
「キュウキ――っ!」
瞬間、風が吹いた。