第35話:ラン・ラン・ラン-Studená Kráska Izanan-
「いつつつ……ったく何なのよの華國人!」
「結局、勝てませんでしたね……」
謎の拳法家ズメ・チーさんに散々しごかれたその帰り。
イラ立つアマユキさんを宥めながら帰路につく。
その道中のことだ。
「誰かー、その人! つかまえてぇ!!」
必死な声が聞こえてくる。
見ると、2人の少女が黒髪の女性を追いかけていた。
「ったく、何よ。ひったくりか何か?」
「困ってる、みたいですね……」
おの黒髪の女性はわたし達の方へ向かってくる。
「仕方ないわね」
アマユキさんはため息をつきながらも、女性の行く手を阻んだ。
しかしその女性は表情一つ変えない。
そのまま、身を捻るようにしてアマユキさんの脇を――――いや、
「捕まえた」
「なっ……」
一瞬のフェイントから、素早く脇を抜けるような女性の動き。
けれどアマユキさんはその動きに翻弄されることなく女性を捕まえていた。
「ありがとうございます!」
息を切らせながらも、少女達2人はお礼を言う。
「また逃がすところだったぜ……」
「もう、ダメですよ! 1人で勝手にフラフラしたらぁ!」
女性の方が年上に見えるが、まるで保護者のような少女達の口ぶりに笑いが漏れそうになってくる。
「いいじゃない。私だって子どもじゃないんだから!」
「ダぁメぇですー! 立場をわきまえてくださぁい!」
「それにしても……私を捕まえるなんて。アンタ、なかなか――」
女性はキッとアマユキさんを睨みつける。
その瞬間、女性の表情がハッとしたような表情に変わった。
そしてそれは、女性を追いかけてきた2人の少女もそうだった。
「まさかあなた達、ドヴォイツェ・スニェフルカ……?」
「そうですけど……」
「やっぱりかー」
どこか活発そうな少女が頭をかく。
そう言えば、わたしもこの2人をどこかで見たことあるような……。
「アナタ達……ドヴォイツェ・キンウギョクトね」
アマユキさんの言葉にピンとくる。
道理で見覚えがあるはずだ。
彼女たちこそわたし達の次の対戦相手なのだから。
「わたしはイー・トゥです」
にこやかな笑みを浮かべるのは、どこか大人しそうな銀髪の少女。
「おれはジン・ウーだ!」
対して活発そうな金髪の少女。
この2人がドヴォイツェ・キンウギョクトの2人だった。
「で、コイツは?」
「コイツとは失礼じゃない」
そんな2人が追いかけていたどこかガラの悪い女性。
「私は2人のコーチよ。名前は……クールビューティー・イザナンとでも呼びなさい」
「バカっぽいわね」
「バカって言った方がバカなのよ。バーカ」
アマユキさんとクールビューティー・イザナンさんの相性は悪そうだ。
冷静に考えると、アマユキさんと相性のいい人自体が少ないような気もするけれど。
「コーチ、ホテルに帰りますよ」
「嫌よ! ホテルにいてもつまらないじゃない!」
「立場を弁えるんだぜ」
クールビューティー・イザナンさんはドヴォイツェ・キンウギョクトのコーチだと言っていたけれど、この様子じゃどちらの立場が上なのかよくわからない。
「アンタら、目の前に次の対戦相手がいるのよ?」
「そうですね」
「なら、やることがあるでしょ!」
「次の試合、楽しみにしてるぜ!」
「いい試合にしましょう」
「はい。よろしく、おねがいします」
「全力で相手をしてあげるわ」
とりあえず、わたし達はドヴォイツェ・キンウギョクトと握手を交わす。
これでOKとでも言うようにイー・トゥさんは頷くと、
「それでは帰りますよ」
クールビューティー・イザナンさんに言った。
「違うわよ!」
「違うんですかぁ!?」
「違うのか!?」
別に挨拶をしろと言う意味で言ったわけではなかったらしい。
「なんか面倒くさいコーチねソイツ」
「えぇっと、いや、まぁ、あははははぁ」
イー・トゥさんとジン・ウーさん、2人とも肯定も否定もできないような苦笑いを浮かべている。
そういうところからは、確かにあの3人のパワーバランスは見て取れた。
「ったく、アンタは何が望みなのよ」
見るに見かねたアマユキさんが呆れるように言う。
「フン、決まってるでしょ。試合を控えた対戦相手同士が偶然にも試合前に出会ってしまう……となればそう! 前哨戦をしなさい、ドヴォイツェ・スニェフルカ!!」
空気が一瞬静まり返る。
「決まった……」
「何も決まってないから」
「えっとぉ、コーチ……意図がよく、わからないんですけどぉ」
「そりゃ、今少し手合わせしとけば少しくらい試合に有利な情報が手に入るかもしれないでしょ」
「てかそれ、逆におれらの情報を教えることにもなるんじゃ……?」
「そぉですよ」
「それはそれで、ほら、アレじゃない。タイじゃない」
「なんだかんだ言って、どぉせヒマだからヒマつぶししたいだけですよねぇ?」
「ホテルに帰りたくないだけなんだぜ!」
「うぐ……」
図星のようだった。
「はい、帰りましょぉう」
「ごきげんよーだぜー」
不満そうな顔を浮かべるクールビューティー・イザナンさんをイー・トゥさんとジン・ウーさんが引きずっていく。
そのまま建物の角を曲がり、姿が見えなくなるまで見送り―――
「帰りましょうか」
「そうですね……」
わたし達は帰路についた。
「うわ、逃げたぁ!!」
「ちょっ、追いかけるんだぜ!」
とはならないようだ。
「誰か―! その人つかまえてぇ!!」
「うーんデジャブ……」
「ほっときなさい」
「ですけど……」
「ていうかなんかコッチくるんですけど!」
「ったく、仕方ないわね!」
「うーん、デジャブ!」
クールビューティー・イザナンさんは口もとをニヤリと吊り上げる。
そして、アマユキさんの脇を抜けようと身を捻った。
今度はアマユキさんの伸ばした手は空しく空振り。
「どうよ!」
どや顔を浮かべるクールビューティー・イザナンさんの腕をわたしは掴み上げた。
「ごめんなさぁい。何度もぉ!」
「帰るんだぜ」
「いーやーだー」
イー・トゥさんとジン・ウーさんにクールビューティー・イザナンさんが連れて行かれる。
そして姿が見えなくなった。
「2度あることは……」
「3度ある?」
「うわ、逃げたぁ!!」
「ちょっ、追いかけるんだぜ!」
「ありましたね」
「でなんでコッチくんのよ!?」
「捕まったのが悔しかったんですかね……」
走ってくるクールビューティー・イザナンさん。
今度はわたしとアマユキさんの手をすり抜け、路地裏へと走り去っていく。
「まてぇ!」
「待つんだぜ!」
「わたし達も手伝った方が……」
「面倒くさい」
「とか言いながら私を捕まえる自信がないんでしょ? わかってるわかってる」
「うわ出た」
「自信も何も、私たちに2回も捕まってるでしょ」
クールビューティー・イザナンさんの挑発にアマユキさんは乗らない。
「正直、アナタ達3人の問題だしね」
それは確かに。
わたし達に関係ないことと言えば関係ないことだ。
「なんかコイツ、ノリ悪くない?」
「まぁ、そうですね」
「あ、いたぁ!」
「捕まえるんだぜー!!」
「チッ!」
舌打ちとともにクールビューティー・イザナンさんが走り出す。
再び路地裏に逃げ込むと、また暫く、ドヴォイツェ・キンウギョクトの2人をまくとまたわたし達の前に戻ってきた。
「困ったる人を助けたいって気持ちはないの!?」
「いや、困らせてるのはアンタでしょ」
「悔しくないの!?」
「悔しがってるのはアンタでしょ」
「やだこの後輩!」
「アンタの後輩になった覚えはないんだけれど?」
「コーチぃ!!」
「いーかげんにするんだぜー!」
クールビューティー・イザナンさんは再び路地裏に飛び込む。
いや、この流れ何回めですか?
「なんじゃ、近頃の若いもんは冷たいのう」
不意にちっちゃいおじいちゃんが話しかけてきた。
「どうやら困っているようじゃないか。手伝ってあげてもいいんじゃないかのぉ」
「それは……そう思いますけど」
「いいのよ。身内のじゃれあいよ。私たちが首を突っ込んでも疲れるだけよ」
「なら仕方ないのう」
「えっと……おじいちゃん?」
そのおじいちゃんは準備運動をしはじめる。
まさか――。
「この俊足と呼ばれたズメ爺、久々に一っ走り、するかのう!」
「えっと、おじいちゃん!」
「ふぉあ――っ!」
威勢のいい声とともに駆け出したおじいちゃんは、腰をおさえながら地面に倒れこんだ。
「やはり、歳か……若いの、後は、任せた……ぞ」
「嫌よ」
「嫌なのー!?」
「なんか、混沌としてきましたね……」
逃げるクールビューティー・イザナンさん。
それを追いかけるイー・トゥさんとジン・ウーさん。
そして急に現れ急に倒れたズメ爺さん。
「この状況で、ここを去るんですか……?」
「関係ないし」
やっぱりアマユキさんはすごい人だ。
ここまで巻き込まれても、関係者になっているつもりがさらさらない。
わたしは割とすぐに流されてしまうタイプだから、アマユキさんの割り切る力は正直うらやましかった。
まぁ、アマユキさんに対してスズメ先輩が変な絡み方をよくするから、それで鍛えられたのもあるのかもしれないけど。
「でもやっぱり……」
「わかったわよ。そろそろうんざりしてきたしね」
まるでお約束のようにクールビューティー・イザナンさんが姿を見せ、そして挑発して去っていく。
その後をドヴォイツェ・キンウギョクトの2人が追いかけてくる。
「さすがにそろそろ諦めるつもりはないのかしらね」
走り去る3人を見送り、ため息をつくアマユキさん。
それでも、一応は2人に協力してあげていた。
それはちょっとした助言。
「来ますかね。クールビューティーさん」
「来ないならそれでいいわよ。その時は帰りましょう」
「今帰るって言った!?」
「うわ出た」
「言っとくけど、アンタら帰さないから!」
「セッカ」
「はいっ」
わたしはクールビューティー・イザナンさんにとびかかる。
そしてアマユキさんも。
さすがのクールビューティー・イザナンさんは、その手を抜けた。
2人でダメでも――
「来たわよ!」
「まぁってました!」
「GO GO GOぜー!」
4人なら!
「なっ、アンタら!」
アマユキさんの号令で、タイミング合わせて襲いかかったイー・トゥさんとジン・ウーさん。
わたし達4人の連携で、クールビューティー・イザナンさんを無事に捕獲することができた。
「くっ、私を捕まえる気がないフリして手を組む作戦だなんてね!」
いや、アマユキさんがクールビューティー・イザナンさんを捕まえる気がなかったのは間違いなかった。
ちょっと協力してあげようとしただけで。
「何度もバカ正直にここにまで戻って来れば当然よ」
悔しそうに歯嚙みをするクールビューティー・イザナンさんは、念入りに身体を縛られてホテルへと引きずられていきました。
「何のプレイよコレ!」
たしかに。




