第25話:合宿に行こう!-Žalář Zumetily-
「合宿をするって連れ出されたと思ったら……まさかこんな狭苦しいワンルームに招待されるなんてね」
周囲を取り囲む灰色の壁。
やや高い位置に小窓があり、そこから太陽の光が差し込むけれどただそれだけ。
この部屋にあるのは2つのベッドと1つの洗面台。
小窓のある壁とは正反対に、開けた空間があるにはあるけれど……。
「まさか2人仲良く牢獄の中とはね」
鉄格子がわたし達の行く手を遮っていた。
そう、どういう訳かわたし達は牢獄に囚われていた!
「すみません……わたしが、合宿に行きたいなんて言ったから」
「それは良いのよ。行きたいって言ったのは私も一緒なんだし」
どうしてこんなことになったのか、今日の朝の出来事がわたしの頭に浮かんできた。
「合宿をしましょう!」
それはきっと、スズメ先輩の一言から始まった――んだと思う。
「合宿、ですか?」
「そうです! ドヴォイツェ・スニェフルカが国際大会出場を決めた今、より一層2人の絆を深め、そして技術を高める為にはぜひ合宿をするべきです!」
「はぁ? 合宿って言ってもいつもとやることは変わらないでしょ」
スズメ先輩の熱弁にカンカンとスプレー缶を振るアマユキさんが表情をしかめた。
「やることが変わらないなんてそんなことないです! 合宿は大切ですよー。ネタにもなりますし」
「ネタってナニよ……」
「まぁ、スパローに半光沢のトップコート吹こうとしてるアマユキちゃんには分からないでしょうけどね!」
「半光沢のナニが悪いのよ」
「トップコートはつや消しが一番なんですよ!!」
「あの、スズメ先輩。話がズレてます」
スズメ先輩はわざとらしく、コホンと咳払い。
そして言った。
「プラモ作りも完成に近づいた今この時、そして夏の長期休暇に入った今この時、今こそ集中的に今まで以上にみっちりと鍛えあげるべき時期ではないのでしょうか!」
「それは1里あると思うわ。今まで以上の猛特訓――それは私だって望むものよ」
それはわたしも思う。
これから挑むのはそれこそ全世界の強敵が集う一大大会。
わたしも、もっと強くなりたい。
「けれど、合宿という体を取ってやる必要があるのかってことよ!」
「えー、合宿いいじゃないですかー!」
「これだけ機甲装騎に関して恵まれた環境にいる今、ここを出てワイワイ遠足気分で特訓するなんて全く意味が無いわ。意味がない!」
「2回も否定しなくてもいいじゃないですかー!」
必死にわたし達を合宿に連れ出そうとするスズメ先輩に、その必要性を感じられないアマユキさん。
どうなるんだろう……わたしはそう思いながら2人の口論を眺めていた。
「セッカちゃんは合宿、行きたいですよね! ね!?」
突然、スズメ先輩がわたしに言った。
「セッカちゃんだってアマユキちゃんと2人、いつもと違う環境でトレーニング&リフレッシュしたいですよね!」
スズメ先輩だけじゃなく、アマユキさんもわたしの顔をまじまじと見つめてきた。
これはきっと、2人ともわたしの1言を待っている。
わたしが「合宿をしたい」と言うか、「したくない」というか――その1言を待っている。
「わ、わたしは……」
ここでどう言えば角が立たない?
きっと単純に「行きたい」と言っても「行きたくない」と言っても2人の口論が終わることは無い。
頭を抱えるわたしにアマユキさんが言った。
「別に人に気を遣う必要はないわよ。アナタの思ってることを言いなさい。したいの? したくないの?」
そうだ。
スズメ先輩はわたし達に合宿をさせたい。
アマユキさんはそれが必要ないと思っている。
それはあくまで2人が持つ考え。
ここは素直にわたしの意見を言う――そういう場面だ。
「わたしは……合宿、したいです」
スズメ先輩の表情が目に見えて明るくなる。
アマユキさんは何を思っているのか、ただ静かにわたしの瞳を見つめるだけ。
「えっと、ステラソフィアがとても恵まれた環境なのはわかります。けど、その、そういう必要とか不必要とか、そういうのじゃなくて……」
そう。
理屈だとか関係なしに、わたしの気持ちを言えばいい。
「単純にそういうの憧れてるんです。それも、アマユキさんと2人で合宿なんて、夢のよう……です」
アマユキさんが顔をそむける。
何か、悪いことを言っただろうか?
「聞きましたかアマユキちゃん! セッカちゃんの熱い言葉――合宿っていうのには夢があるんですよ!」
スズメ先輩はどこか勝ち誇るように陽気な声を上げながら、アマユキさんの肩を何度もたたいた。
ちょっと機嫌の悪そうなアマユキさんにそんな乱暴なことをすると……。
わたしが思った瞬間、アマユキさんの裏拳打ちがスズメ先輩に炸裂した。
やっぱり機嫌を損ねちゃったかな?
「いいわ。セッカがそこまで言うなら行ってあげようじゃない。合宿に!」
わたしの心配に反して、アマユキさんの声音は明るく感じた。
「目が覚めたようですね!」
ふと鉄格子の向こうから声が聞こえた来た。
コツコツと廊下に響く足音。
そこに立っていたのは、鞭を手にした金髪の女性。
彼女は言った。
「ようこそ、脱出不可能の要塞監獄ズメチーユへ!!」
「要塞、監獄……」
「ズメチーユ?」
「そして私は看守ズーメ! 罪人たちよ、ここで贖いの日々に努めなさい!」
「罪? 私たちにどんな罪があるって言うのよ!」
看守ズーメさんにアマユキさんが食って掛かる。
確かにこんな理不尽な状況にわたしも納得がいっていなかった。
「合宿で猛特訓するはずだったのに、無理矢理こんなところに攫ってきて――むしろアナタ達こそ罪人じゃないかしら?」
「そ、そうです! わたし達は何も悪いことはしていませんっ」
勇気を出してわたしもそう反抗するけれど、看守ズーメさんの口元がニヤリと歪む。
それはまるでこの状況を楽しんでいるような笑み。
「本当に、何も悪いことをしていない――と?」
「そうよ! まさか罪状も知らないで私たちをこんなところにぶち込んだ――と?」
「罪状――罪状ですか」
看守ズーメさんが少し考えるような素振りを見せた。
「ふん、やっぱり何か横暴な理由ってわけね」
「いいえ、ありますよ。罪状」
「へぇ、どんな?」
アマユキさんは自信たっぷり。
よっぽど日頃の行いにやましいことがないんだと思う。
「セイジョー・アマユキ――いいえ、囚人番号だいたい15番!」
「だいたい……?」
「アナタの罪状はズバリ、お菓子のつまみ食いです!」
「つまみ、食い? 私がお菓子をつまみ食いなんてするはず…………ナイジャナイ」
あ、これしてるやつだ。
「アナタは先週、チーム・ブローウィングの寮室で機甲科4年サエズリ・スズメさんが確保しているひのきの林を1箱食べましたね?」
「…………っ」
これは食べてるやつだ。
「わ、私はいいのよ! セッカは!? まさかセッカが何か罪を――」
「えっとごめんなさい……わたしも、たまに食べてます。スズメ先輩のひのきの林……」
「どうりで減りが早いと思った!!!!」
「ヘリ?」
「何でもありません。ほら、立派に罪を犯しているではありませんか。それに囚人番号15番、アナタは囚人番号16番にひいらぎの村を勧めましたね?」
「確かに勧めたけど――ソレが罪になるワケ?」
「なります」
看守ズーメさんは断言した。
「ひいらぎの村を他人に勧めた人はひのき反逆罪となり普通であれば死刑です。その誘いに応じた方も、ひいらぎ幇助罪ということで重い罪になります」
ひのき反逆罪とかひいらぎ幇助罪なんて聞いたことないけれど、看守ズーメさんの言葉は変な迫力からくる説得力がった。
それほどまでに、そのひのき反逆罪やひいらぎ幇助罪という罪の存在を堅く信じているようだ。
「ですが、ここで罪を贖い、心を洗い、清廉なひのき林の住人となればひのき神様も赦してくださるでしょう」
「ひのき神様……?」
「おっと、そろそろ時間です。それでは囚人番号13番、14番。しっかりとひのきに贖うのですよ」
「ちょっと!!」
「看守は忙しいんです。いつまでも囚人に構っていられません。あーイソガシイソガシ」
看守ズーメは「イソガシ」と繰り返しながらその場を立ち去る。
どんよりと暗く沈んだ牢獄の中。
看守ズーメが消えた闇の向こうを見ながら、アマユキさんが言った。
「番号、最初と違うんだけど……ッ」
これが、これから始まる物語の始まり。
要塞監獄ズメチーユでの日常の始まり。
「これからわたし達……どうなるんでしょう」




