第21話:ひとつなぎの海藻-Invazní Druh-
「だぁもう、ついてくるんじゃなかった!」
ゆらりゆらりと揺れ動く海の上。
「はっはっはー、いやついうっかりうっかり」
青い空に白い雲――海の青さもまた心地よく、絶好の海水浴日和だろう。
「いやぁービックリだねー。ビックリしちゃったよー。いやぁ、ビックリぃ」
いやもう本当、これが海水浴だったらどんなによかっただろうか。
わたしは陸地1つ見えない広大な海を見て思った。
つまりまぁ、今の状況を一言で言うのなら――
「遭難、しましたね……」
「そーなんである!」
「そーなんです!」
「っていうか大体、こんなイカダで海に出ようってのが間違いなのよ!」
アマユキさんの言う通り、わたし達はイカダの上。
せめて、もうちょっと立派な船とかならまだしも、こんなイカダじゃちょっと高い波が来ただけでも転覆してしまいそうだ。
「うおーっ! サメであるー!」
「わー、はじめてみたー!」
「え、ちょっとまってください。え? それヤバいんじゃないですか……?」
どうしてわたし達が海で遭難しているのか――それは数時間前に遡る。
「おいしいねぇ」
「美味である!」
「おいしいねぇ」
「美味である!」
アマユキさんと2人のズルヴァンモールでの買い物帰り。
いい匂いに釣られ、らっと立ち寄ったラーメン屋さんにその2人はいた。
目の前にそびえるのは、まるで超重装騎のような大容量の器に、盛りに盛られた麺そして具。
それを全く苦も無くスイスイと胃に流し込むのは2人の女性。
それもステラソフィア女学園機甲科の制服を身に着けている。
「あの2人は……ローレイ・タマラ、チャタン・ナキリーードヴォイツェ・ローニンサバイバー!」
ステラソフィア機甲科チーム・マイナーコード4年ローレイ・タマラ先輩。
そして、チーム・ミコマジック4年チャタン・ナキリ先輩。
この2人のドヴォイツェ・ローニンサバイバーと言えば……。
「わたし達の、準決勝の……相手!」
「おお、ドヴォイツェ・スニェフルカである! お昼であるか!?」
「ま、まぁ……えっと……なんですかそれ」
「ドド盛りデスマウンテンラーメンだよー。20分以内に完食できたらタダになるんだー」
「尤も、わたくしらはタダにはならないのであるけどな!」
「ちょっと荒らし過ぎたねー。でもおいしいからねー。しかたないねー」
「妥協案である!」
「遠慮するわ」
わたしも遠慮したい。
こんな何㎏あるかわからないラーメンを食べれば一瞬で太ってしまう。
「いや、そもそもこんな食べられないわよ」
「そうですか……?」
「セッカ……アンタもしかして…………」
「ならオススメは醤油ラーメンである!!」
「豚骨もいいよー。あと味噌も。なんなら塩もいいかなー?」
「結局全部じゃない!」
「メニューには担々麺がオススメって書かれてますよ」
「何にしろっていうのよ!」
ということでわたしは激辛ラーメン。
アマユキさんは魚介醤油ラーメンを注文することにした。
「わたくしはジャージャー麺を頂こう!」
「冷やし中華ー」
「ま、まだ食べるんですか……?」
ラーメンを食べ終わり、お腹も膨れたところでナキリ先輩とタマラ先輩がやたら気合を入れて立ち上がった。
「よぉし、お腹も膨れたところであるし、そろそろ行くであるよ!!」
「そだねー、いっちゃおーかー!! どうせならーかわいい後輩も誘っちゃおうかー」
「それがいいである! セッカ殿、アマユキ殿、わたくし達と一緒に来てほしいのである!」
それはあまりにも急な誘い。
「……どこに、ですか?」
「海である!」
「海だよー」
ということでわたし達はナキリ先輩とタマラ先輩に連れられて急遽海に出ることになったのだった。
そして、その結果遭難することになったのだった…………。
「もしかして、サメさんにガブガブされたりする……?」
「お昼ならもう食べたのである!」
「ていうかソレ、食べられるのわたし達ですよね……」
「冗談じゃないわ! ……いやもう本当冗談じゃない!」
「サメがくるである!」
「迎撃! 迎撃するわよ!」
ナキリ先輩とアマユキちゃんが櫂がわりの木の棒を構え、襲い掛かってくるサメを迎え撃つ。
「なんでこんな血気盛んに襲ってくるんですか……!?」
「知らないわよ! とりあえず生き残りたかったら何とかするしかないでしょ!」
「そのとぉぉおおおり、である!」
「それじゃあわたしは応援しまーす。ばんがれー」
2人の必死の応戦を、わたしとタマラ先輩は見るしかできないのがもどかしい。
サメも諦める様子がなく、やがてナキリ先輩やアマユキさんにも疲労の色が見えてくる。
「動きが単調であきたのであるぅ」
「ちょっと、しっかりやりなさいよ!!」
いや、ナキリ先輩は単に飽きてきただけみたいだった。
その時、気のせいか波が一段強くなった――そんな気がした。
「ここで高波!?」
「い、イカダ、大丈夫ですか……っ!?」
「ひっくり返っちゃったらガブガブされるぅー」
「である!!!」
それだけじゃない、何かが近づいてきているような……。
「アレ……船、海賊船!!」
アマユキさんの指摘で初めて気づく。
いつの間にかすぐそばに来ていた巨大な海賊船。
その帆にはどこか竜を思わせるドクロマークが記されており、まさに海賊! と言った様相。
「全くアンタら、コンナところでナニしてんだい」
「おー、マーリカ殿!」
「かいぞくじょおー!」
アルビオン海賊団のマーリカさんに助けられ、船ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン号に乗せてもらったわたし達。
「なるほどねェ。海のお宝を探しにあんなイカダでねぇ」
「そうなのである! せっかくなのである、マーリカ殿にも協力してほしいのである!」
「よし乗った!」
マーリカさんは1も2もなくそう言った。
「えっと、そんな簡単に返事をして……いいんですか?」
「いーのさいーのさ。誰かにとってのお宝はアタシにとってもお宝だ! そのお宝を探したいってんならアタシも協力させてもらうよ!」
「わぁーさっすがじょおー、話がわかるぅー!」
「それで、アンタらの探してるお宝って何なんだい?」
「ワカメである!」
「……………………ハ?」
「ワカメである!!」
衝撃の事実。
わたし達はワカメを手に入れる為に海で遭難しかけたのだった!
「はぁ? ワカメってあのワカメ!? 海藻の、海で漂ってる、侵略的外来種の!」
そう、割と強引に連れてこられた為わたしもアマユキさんも今回の目的を知らなかった。
それもこんな理由で命の危険にさらされるなんて……アマユキさんが怒るのも無理はない。
「ワ、ワカメかァー。さすがにソレは予想外だったわ。てかどうすんのワカメ!」
「食うのである!」
ナキリ先輩は言いきった。
「ワ、ワカメを……食う???」
困惑の表情を浮かべるマーリカさん。
さすがに海で生きる海賊のマーリカさんでも、ワカメを食べるという発想はなかったようだった。
「ウチでは食べるのであるよ?」
「わたしは食べないけどー、ナキリちゃんが美味しいっていうからー、食べてみたいなーって」
「なるほどな。つまりまぁ、ワカメを駆除できて2人の食糧にもなる。環境にとっても2人にとってもwin-winってコトかい」
マーリカさんは何かかってに納得すると、
「よし、ならば船を出そう! アルビオン海賊団、海賊の時間だよ!!!」
そう威勢よく号令をかけた。
「と、言うことでブリタイキングダムの正統なる後継者は竜の末裔たる我らアルビオン海賊団なのよ!」
マーリカさんにアルビオン海賊団の成り立ちについて話を聞かされながらしばらく。
わたし達は目的地へとたどり着いた。
マーリカさんがいうにはここら辺では特に多くのワカメが生息しているらしい。
その為、幾度となく駆除も行われているようだけれど……。
「大量である! しかし! まだまだ獲るのであるよー!」
「わー、おなかすいてきちゃったー」
「まったく……相変わらずマイペースなヤツらだね」
「こんなにたくさん……さすがの繁殖力ですね」
「全くよ。いい迷惑だわ」
「だがしかし! わたくし達の食料になるということだけは褒められることである!」
「こんなの食べるのなんてアナタ達くらいでしょうに」
アマユキさんは呆れ顔。
たしかにわたしも、食べられるといって食べたいかというと……まぁ、ちょっと。
「ん……? アレは……」
ふとマーリカさんが海の向こうへ視線を向けた。
それにつられてわたし達も同じ方向へと目を向ける。
「船……であるか?」
「わぁー、海賊船だぁー!」
「アレは……セレブリティ海賊団!!」
「セレ……え?」
「オーホッホッホッホ! 見つけたでありますわよ、アルビオン海賊団!!」
船の先頭、1人のお嬢様風の女性が高笑いを響かせる。
「キャンブリ!!」
「寒鰤?」
「キャプテン・ブリリアントと呼びなさい!」
「美味しそうな名前である!」
「アンタ、何しに来たの?」
相手にするのも面倒くさいと言うようにマーリカさんはため息をつきながらもブリリアントさんに訪ねた。
「おワタクシの目的はもちろん一つ! それは、貴女の狙うお宝を横から頂戴することでありますわぁ!!」
「お宝……?」
わたしは思わず、船上に下されたソレに目を向ける。
「あー、つまり、アンタらの目当てはこのワカメってワケ?」
「わ、ワカメ……?」
マーリカはワカメを手に取ると高く掲げてブリリアントさんに見えるようにする。
「は? ワカメ? もしかして貴女達、ワカメを獲りに来たの? え? お宝ってワカメ?」
「ワカメ」
「…………」
お宝がワカメだと知りブリリアントさんは僅かに動揺を見せたけれど、しばらく考え込むような表情を見せ――いった。
「嘘でございますわね!」
うん、気持ちはわかる。
「どうせ貴女の事、ワカメはフェイク! 実際はその他に宝がまだ海の底に眠っていると言う寸法ですわ!」
「いや、今回はマジでワカメを獲りに来たんだっての」
「貴女のその言葉に何度騙されたことか! かつて超高額で取引されたお宝だと言って渡されたのがただの胡椒だったり……何度騙されたことか!」
「嘘じゃあないし」
「ともかく! 貴女がまだ何か隠してるのは自明! ここは海賊らしく、力づくで情報を手に入れてやるのでございますわぁ!」
ブリリアントさんの号令で、セレブリティ海賊団の船が船体を横に向ける。
そこに並ぶのは複数の大砲。
それは間違いなくわたし達の乗るゴッド・セイヴ・ザ・クイーン号を狙っていた。
「マーリカさん……コレ、ヤバいんじゃ……」
「なぁに大丈夫さ。ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン号、主砲発射準備!」
「アイマムである!」
「アイアイマーム」
マーリカさんの号令で、なぜかナキリ先輩とタマラ先輩が慣れた手つきで何かを操作し始めた。
瞬間、船全体を揺れが襲う。
「相手の砲撃……?」
たしかに相手の船から砲撃が始まっている。
けれど、この揺れは砲撃の所為ではなさそうだ。
「あ、アマユキさん……船の、先端が……」
不意に船の全面が割れ始め、変形を始める。
「んなバカな……」
アズルの光が船全体を包み込む。
そのアズルは船の先頭――そこに現れた巨大な砲へと集まっていた。
「マーチ・オブ・ザ・ブラック・クイーン砲――発射ァ!!」
そして、アズルの光が弾け……セレブリティ海賊団の船が火を上げる。
「な、な、な、な、な、な、な、なんですのあのリッチな主砲!!?? こんちくしょーですわ! アルビオン海賊団、覚えてなさいよォ!!!!」
強烈な一撃に恐れをなしたのか、セレブリティ海賊団は捨て台詞を置き去りその場から逃げ出していった。
「アズルの大砲を船に積んでるなんて……なんて海賊なの」
アマユキさんすら絶句する代物に、わたしも驚きが隠せない。
そんなわたしたちをよそに、マーリカさんは――ナキリ先輩とタマラ先輩も涼しい顔で、
「よし。んじゃあ、後少し積み込んで陸に戻るとするかい!」
「アイマムであるー」
「マーム」
まるで何事も無かったかのように平然とワカメの回収作業を再開するのだった。
「ねーねーナキリちゃん。ワカメはどーやって食べるぅ?」
「そうさなぁ、ワカメラーメンとかどうであるか!?」
「わぁーい」
「またラーメン食べるんですか……?」
「セッカ殿とアマユキ殿も食べるであるか?」
「じゃあ、少しだけ……」
「私は嫌」
色々ありはしたけれど、なんだかんだで楽しい1日だったとナキリ先輩の作ったワカメラーメンを食べながら思った。