第2話:チーム内対抗戦-Druhá Hvězda-
「ブローウィング、チーム内対抗戦……」
「「「「開始!!!」」」」
わたしたち4人の号令が重なって試合の始まりを知らせる。
「それじゃあ行こうか、セッカちゃん!」
「はっ、はいっ!」
スズメ先輩に促され、わたしは小さく足踏みをした。
すると、わたしの装騎スニーフが大きく一歩を踏み出す。
大丈夫。
装騎は変わっても今まで乗ってきたのとなんの変わりもない。
「コスズメ・セッカ、が、がんばります!」
自分自身に鞭を打ち、わたしは装騎スニーフを走らせた。
「セッカちゃんGoGo!」
その後ろから装騎スパローが速度緩やかについてくる。
「さ、そろそろ来きますよー」
「Hrá!」
スズメ先輩の言う通り、黒塗りの装騎が地面を滑るようにわたしの正面から姿を現した。
その両手に握られたのは、見るからに迫力と破壊力を感じさせる巨大なハンマー。
「中量ホバー装騎……サンダルフォン型?」
「サンダルフォン型の近接調整騎、ヤオエル型をベースにした装騎ヴラシュトフカ。ツバメちゃんの装騎です」
「ツバメ先輩の!」
「さぁ、ボッコンボッコンにしてアゲルわ!」
ツバメ先輩は意気揚々と声を上げると、その手に持った巨大ハンマーを大きく振りかざす。
「一撃!」
そしてわたしの装騎スニーフ目掛けて振り下ろした。
「でも……これだけ隙があれば……」
「驚きなさい。プロスィーム」
瞬間、装騎ヴラシュトフカのハンマーに火がついた。
そのアズルの炎はハンマーの一撃の追い風となるように、その動きを加速させる。
「加速装置付きハンマー!」
「そう! コレがアタシのクシージェの力よ!」
わたしの目の前にブーステッドハンマー・クシージェの一撃が落ちた。
地面を伝わり、その強烈な衝撃がわたしの身体を震わせる。
回避できたと一安心するのも束の間。
「コレで終わりと思わないことね!」
ブーステッドハンマー・クシージェを地面に叩きつけた衝撃を利用し、空中で装騎ヴラシュトフカが縦に一回転。
「2撃目!?」
もう一撃、衝撃が走った。
装騎スニーフが宙に浮く。
装騎が発するアラート音を耳にしながらも、素早く状態を確認。
咄嗟に盾ドラクシュチートを構えたのが不幸中の幸い、まだ致命的なダメージは受けていない。
「だけど、あと一撃あたれば……」
目の前には大きくブーステッドハンマー・クシージェを掲げる装騎ヴラシュトフカ。
「さぁ、潰れなさいっ!」
その時、わたしの横を風が通り過ぎた。
「スズメ、先輩!」
弾けるように加速した装騎スパローが装騎ヴラシュトフカとの距離を一気に詰める。
そのまま、両使短剣サモロストの背でブーステッドハンマー・クシージェの柄を絡めとり軌道をそらした。
それたブーステッドハンマー・クシージェの頭は装騎スニーフのすぐそばに落ちる。
ギリギリセーフだ。
「さて、ガンガン行きましょう! ムニェシーツ……」
装騎スパローは流れるように両使短剣サモロストを構える。
すると、その刃からアズルが発せられ青白い光の剣が作り上げられた。
そのまま装騎スパローは光の剣を、
「ジェザチュカ!」
振り払う。
「させないのでありますよ!」
装騎スパローの一撃は装騎ヴラシュトフカには当たらない。
滑り込むように2騎の間に割ってきたのは、美しい青色をした機甲装騎。
その左腕には身の丈ほどもある盾がマウントされており、アズルの光が波のように揺れ動いていた。
「あれが、アオノ先輩の装騎……」
「ブルースイングであります!」
装騎スパローの放った斬撃――その下から潜り込ませるように装騎ブルースイングが盾をかざす。
すると、盾に走ったアズルの波が強まり、装騎スパローのムニェシーツ・ジェザチュカをその波に乗せ大きく空へとそらした。
「あれが、霊子衝浪盾」
攻撃を受け止めるのではなく流し、そらす盾。
「これが霊子衝浪盾アズライトの戦い方であります!」
「たまにはやるじゃない! さぁスズ姉、恐縮だけど仕返しさせてもらうわ!」
「ツバメさん、そっちに合わせるのであります!」
「当然ね!」
ブーステッドハンマー・クシージェを構え直した装騎ヴラシュトフカ。
その一撃に合わせ、装騎ブルースイングが霊子衝浪盾アズライトを薙ぎ払う。
アズルを霊子衝浪盾アズライトの縁に纏うことで即席の切断武器に仕立て上げたようだ。
「ヤークトイェーガー!」
不意にスズメ先輩が上げた声、それに応えるように装騎スパロー全身の装甲から刃が伸びる。
「すごい……装甲に仕込み刃……」
装騎ヴラシュトフカの重たい一振りをかわし、装騎ブルースイングの一凪ぎをアズルの灯った左腕のブレードで受け止める。
「まだまだよ!」
ブーステッドハンマー・クシージェの柄を装騎スパローへ押しつけるように装騎ヴラシュトフカが両腕を前に突き出す。
装騎ブルースイングも霊子衝浪盾アズライトを引き戻し、再び構え直す。
「逃がさないのであります!」
装騎スパローを2騎で取り囲み、代わる代わる攻撃を仕掛けた。
「なかなか息が合ってきましたね!」
「とーぜんじゃない! これでもまぁ、イロイロ考えてるんだから」
「わたしはツバメさんに合わせるだけであります!」
そんな2騎の攻撃を、それでもスズメ先輩はかわし、受け止める。
わたしの入り込む余地が無い、熱く、激しい戦い。
アズルの輝きがわたしの目の前で弾け、散る。
「セッカちゃんも援護を!」
「わ、わたしが、ですか……?」
気付けば足がすくんでいた。
スズメ先輩に呼び掛けられるまで、戦うことを忘れていた。
でも、それは当然だろう。
絶え間なく鳴り響く金属同士がぶつかり合う音。
少しでも手を出せば、あっという間に切り刻まれるような錯覚。
「ダメ……わたしじゃ、わたし…………っ」
「怖いんですか?」
そうだ、怖かった。
わたしが足を引っ張るんじゃないか、わたしじゃ力が足りないんじゃないか、わたしが邪魔なんじゃないか。
何となくステラソフィアに来てしまった何も無いわたしがここにいてもいいのか。
「いいじゃないですか」
スズメ先輩はあっけらかんと言った。
「私だって何となくステラソフィアに入って、何となく気づいたら4年生ですよ。そんなもんじゃないんですか?」
「スズメ先輩、が……?」
「それにほら、今はそういうかたっ苦しい時間じゃなくて、装騎戦を楽しむ時間です! ね、アオノん、ツバメちゃん!」
「その通りであります! 勝っても負けても全力勝負! 今は全力を出すことだけに一生懸命になればいいのであります!」
「てかアンタ何? スズ姉と一緒に戦っておきながら全力出さないとか無礼にも程があるわよ! 礼儀がなってないわ。不敬過ぎ!」
「わたしは……」
楽しむとか、全力で、とか……そういえば、そういえば考えたことなかった。
何となくヴァールチュカが上手にできたから何となく今までやってきて。
好きか嫌いかで言えば、きっと好きなんだろう。
楽しいか楽しくないかで言えば、勝てば楽しいし、負けたら悔しい。
当たり前……でも、
「楽しむ、ですね……」
自分から楽しむために戦う。
そんな経験はなかったような気がした。
結果じゃなくて過程を楽しむなんて戦い、したことがなかった。
それだけじゃない。
わたしは、自分がどう戦えばいいのか、どんな戦いがしたいのか、そういうのも全然ない。
「ツバメさん、そろそろでありますよ!」
「いい感じってコトかしら? それじゃあ、決めるわよ!」
「決める……っ!?」
アオノ先輩とツバメ先輩の言葉にわたしは思わず叫び声をあげてしまう。
「へぇ、どんな手で来るつもりか――楽しみです!」
確信に満ちた2人の言葉に、スズメ先輩は楽しそうにそう言った。
「突撃!」
装騎ヴラシュトフカが思いっ切り踏み込み、ブーステッドハンマー・クシージェを振り払う。
その一撃を回避しようと装騎スパローが足を踏み込んだその時、
「っ……! これはっ!!」
装騎スパローの騎体が地面に沈みこむように傾いた。
「どうして……」
わたしの疑問はすぐに解消された。
装騎スパローの足元を見れば一目瞭然だったからだ。
「ツバメちゃんのハンマーでっ、地面を耕したんですねっ」
地面に足を取られながらも、それを利用し倒れるように回避する装騎スパロー。
「その通り、アタシのハンマーは均すも耕すも自由自在よ!」
ハンマーを叩きつけた衝撃で装騎スパロー足元を柔らかくし、そこに回避することでしか防げない一撃を放つ。
そして――
「わたしがトドメの一撃を放つのであります!」
確かにブーステッドハンマー・クシージェの一撃は回避できた。
でも、更なる装騎ブルースイングの追撃には……。
「セッカちゃん!」
スズメ先輩がわたしの名前を呼ぶ。
このままだと装騎ブルースイングの盾に貫かれ、装騎スパローは倒されてしまうだろう。
わたし達の――負け。
負ける?
わたしはまだ何もしてないのに。
何もせずに、ただ、負けるなんて……それは、そんなことは……
「スズメ先輩!!」
赦せない。
自分自身が自分自身を!
わたしは咄嗟に装騎スニーフを走らせた。
ここで動かなければ。
そうしないとそれこそ――わたしがここに居る意味がなくなってしまう!
「ドラクシュチート、アズル充填!」
ドラクシュチートにアズルが満ち、装騎ブルースイングが放った霊子衝浪盾アズライトの一撃をそらす。
「うおっ!?」
驚きの声を上げるアオノ先輩――装騎ブルースイングの脇を抜け、その背後に回り込む。
そして――
「ごめんなさい!」
その騎体を思いっ切り押し出した。
「ちょっ、ナニよ!」
わたしが押し出した装騎ブルースイングは大きくブーステッドハンマー・クシージェを振り上げる装騎ヴラシュトフカの目の前。
「助かりました、セッカちゃん!」
装騎スパローに止めを刺そうとしていた装騎ヴラシュトフカ――その動きが止まった一瞬で、装騎スパローは体勢を立て直す。
「スズメ先輩、やっちゃってください!」
「ムニェシーツ……」
装騎スパローが両使短剣サモロストを腰に溜め、
「ウラガーン!!」
素早い2撃で装騎ブルースイング、装騎ヴラシュトフカの機能を停止させた。
「ちゃんと動けたじゃないですか! さっすがセッカちゃん!」
「いえ、その……最後だけ、でしたし。それに必死でしたし……」
「フン、動きとしては赤点回避よ。どーせなら自分で止め指せば良かったのに」
「セッカさんは人を援護するのが似合うかもしれないのであります!」
口々に言われ、わたしは嬉しいような後ろめたいようななんとも言えない気持ちになる。
不意にわたしの肩にスズメ先輩が手を置いた。
「大丈夫です、まだまだこれからですよ! だから一緒に探しましょう」
「探す……ですか?」
「セッカちゃんはやりたいことがないんですよね? だから、やりたいことをです」
「やりたいこと……」
でも、そうだ――1つだけ思い出した。
わたしがステラソフィアに来た理由。
ステラソフィアならもしかしたら、わたしが変われるんじゃないかと思ったからだ。
少しでも……ほんの、少しでも…………。
拳をグッと握りしめたその時、どこからか激しい剣戟の音が聞こえた。
「おや、他に装騎戦をしてるチームがあるみたいでありますね」
「せっかくだし見にいこっか! セッカちゃんも勉強勉強!」
「さっ。さっさと行くわよ後輩」
先輩達に連れられて来たのは、わたし達が使っていたグラウンドの隣にある簡易演習場。
「あれは……チーム・バーチャルスターですね」
「やはり、チームの交流を深めるために試合を……という感じでは、なさそうでありますね」
アオノ先輩の言う通り、その戦いからは何かギスギスしたものを感じる。
「1対3? あの赤い装騎……初めて見たわね」
「そうですね……新型でしょうか」
薔薇のように鮮やかな装騎――その手には菱形を組み合わせたような独特の形状をした刃を持つ斧槍ロゼッタハルバートを手にしている。
対する装騎は3騎。
「ピンクゴールドの装騎が4年ナギサちゃんの装騎アンドロメダ、瑠璃色の装騎が3年リブシェちゃんの装騎ネベ、ブルーグリーンの装騎が2年レイナちゃんの装騎ミルヒシュトラッセです」
チーム・バーチャルスター2年ツミカワ・レイナ先輩の装騎ミルヒシュトラッセが先制攻撃を仕掛ける。
大型ブースターによる急加減速が得意な軽装騎ベツレヘム型の圧倒的な加速で赤い装騎と距離を詰めた。
直剣ヘンカーシュヴェルトを閃かせるが、赤い装騎の斧槍ロゼッタハルバートで軽々と受け止められる。
「フェイント、かな」
スズメ先輩の言う通り、それはフェイント。
ネベンツコヴァー・リブシェ先輩の装騎ネベがその隙を狙い火速弓メテオルを射た。
天から降り注ぐ流星群のような曲射が赤い装騎を狙う。
それを、装騎ミルヒシュトラッセの剣も同時に巻き込むように、斧槍ロゼッタハルバートを回転させることで赤い装騎は防ぎきる。
その動きに迷いはない。
赤い装騎はとても強く――そして、その強さに自信を持っていることが見ていてよくわかった。
「流れるような――とても綺麗な動きでありますね……」
斧槍ロゼッタハルバートを回転させたまま、装騎ミルヒシュトラッセを撃破。
そして一気に装騎ネベに詰め寄り撃破。
残ったのはアンドロメダ・ナギサ先輩の装騎アンドロメダだけだ。
「ナギサちゃんはアズルチェーン使いなんです」
「アズルチェーン……ですか?」
「うん。アズルを込めることで自在に動かして切断や捕縛ができる面白い武器ですよ」
スズメ先輩の言う通り、地面に垂らされたアズルチェーンは意思を持つように動き、赤い装騎を狙い始める。
絡みつく蛇のように、時に狡猾に時に獰猛に、赤い装騎を仕留めようと動く。
だけど、赤いその装騎は強かった。
「あの技――見たことがあるのであります!」
赤い装騎は斧槍ロゼッタハルバートを構えるとアズルを放出。
アズルを纏い、青く染まった斧槍ロゼッタハルバートを思いっ切り放り投げる。
「ロゼッタネビュラ……!」
スズメ先輩の呟いたその技名にわたしは聞き覚えがあった。
その技は、マルクト貴族ディアマン一族に伝わる秘術の内の1つ。
本来は投擲用ではない斧槍を敵に投げつける技。
だけど――それだけではない。
赤い装騎が放ったロゼッタネビュラの一撃は装騎アンドロメダに容易くかわされてしまう。
そこを狙って襲い掛かるアズルチェーン。
2頭のチェーンの蛇を――赤い装騎は自ら掴み、抑えつけた。
「まずいでありますね……」
「マズいってナニがマズいのよ」
アオノ先輩の呟きに、ツバメ先輩は分かっていないようだった。
このロゼッタネビュラという技の神髄が。
「ロゼッタネビュラは……」
両手が塞がれ動きが止まった赤い装騎。
ううん、違う。
本当に動きが止められたのは装騎アンドロメダの方だった。
「2度咲くんです」
何かに気付き、装騎アンドロメダが背後を振り向く。
でも――少し、遅かった。
ブーメランのように戻ってきたロゼッタハルバートの一撃が装騎アンドロメダを斬り裂いた。
「ふぅん、やるじゃない。まっスズ姉には及ばないけど」
そう言うツバメ先輩だったけど、その目は赤い装騎にくぎ付け。
「きっと、あの人も……わたしと同じ1年生、なんですよね」
1人で3騎の装騎を相手にし、そして勝ってしまう。
そんな人がわたしと同じ1年生だなんて……。
赤い装騎の中から、1人の少女が降りてくる。
装騎と同じように鮮やかな赤い髪の少女が。
その表情には喜びは見当たらない。
ただ、「勝った」という事実だけを確認するような表情。
「あの人は……」
「アオノ、知ってるの?」
「はい。マルクト3大財閥の1つセイジョー家のお嬢様。そして――数々の大会で勝利を重ねる絶対女王……セイジョー・アマユキさんであります」
「絶対女王……」
セイジョーさんは汗一つかかずにすまし顔。
そのままわたし達の方に向かってつかつかと歩き出す。
視線が真っ直ぐとわたし達の方――ううん、違う。
スズメ先輩へと向けられていた。
「アナタがサエズリ・スズメさんかしら?」
丁寧に、だけどどこか棘のある口調でセイジョーさんは言った。
「あなたは?」
「チーム・バーチャルスター1年。セイジョー・アマユキ」
恭しい自己紹介とは裏腹に、その視線はどこか獰猛さを秘めている。
そして彼女は告げた。
「覚えておきなさい、次はアナタの番よ。ステラソフィア最強の騎使サエズリ・スズメ」
スズメ先輩に対してまぎれもない宣戦布告を叩きつけ、彼女はその場を去っていった。