第19話:亀が来た!-Poklad Krále-
「暴れ亀よ! 暴れ亀が出たわ!!」
次の試合を控えたある日、ステラソフィア機甲科寮前広場に叫び声が響いた。
「暴れ亀……?」
わたしの隣でお昼のサンドイッチを食べていたアマユキさんが首をかしげながら、声のする方へ顔を向ける。
それに倣ってわたしも同じ方向へと目を向けた。
そこには確かに1頭の亀の姿がある。
それもとても気が立っているようで、ものすごい勢いで走り回っている。
「見たことないカメね……黄色の亀……?」
「それも……すごく、大きいです…………」
一抱えほどある巨大な亀。
その態度もそうだけれど、逆立った髪のようなものが生えている頭に、強力そうな口元、鋭い爪などどう考えても危険生物に違いなかった。
それに、その亀は……
「えっと、あの……コッチに、向かってきてませんか?」
「チッ、マズいわね……っ」
アマユキさんは咄嗟に立ち上がり、亀を睨む。
わたしも立ち上がり逃げようとする――けれど、
「亀って、こんな早いんですか……!?」
気付けば亀はもう目前。
亀は凶悪なその口を大きく開く。
「コイツ……!」
逃げられない!?
そう思ったその時、アマユキさんが亀の口に何かを投げつけた。
それはアマユキさんが食べていた高級サンドイッチ。
亀はそのサンドイッチを美味しそうに頬張る。
「この亀……空腹みたいね。それで気が立ってる……とりあえず下がるわよセッカ」
「は、はい……」
亀が夢中でサンドイッチを貪る隙に、わたし達はゆっくりと後ろに下がる。
相手を刺激しないように、ゆっくりとゆっくりと……。
不意に亀が鋭い目をわたし達に向けた。
冷や汗がわたしの額をなぞる。
「見つけたのでありますっ!!」
瞬間、聞き馴染んだ声と同時に亀に何かがぶつかった。
亀は怯みながらも、その視線を乱入者へと向ける。
「アオノ先輩!」
「ひゃっほー!」
そこにはスケートボードを華麗に操るアオノ先輩の姿。
亀の周りをグルリと回りながら、
「アナちゃん!」
手に持った紐をどこかへと投げた。
「諒解さ!」
それを受け取ったのは褐色肌の、どこかで見覚えのある人……。
「アラーニャ・イ・ルイス・アナマリア」
そうだ。
アオノ先輩と同じドヴォイツェ・いきものがかりのアナマリア先輩だ。
以前あった水着装騎バトル大会にも参加していた、巨大なタコのようなアズルを操る先輩。
2人は絶妙なコンビネーションで巨大な亀をがんじがらめに。
あっという間に亀の動きを止めた。
「ふぅ、やっと1匹でありますよ」
「あの、アオノ先輩……この亀は……」
一息つくアオノ先輩にわたしは尋ねる。
「キンピカオウギルガメさ!」
それに答えたのはアナマリア先輩だ。
「キンピカオウ、ギルガメ……?」
「そうさ! 爬虫綱カメ目ギルガメ科ギルガメ属キンピカオウギルガメさ」
それを聞いたアマユキさんの顔色が一変する。
「まさか、王の財宝とまで言われるあの……!?」
「アマユキさん、知ってるんですか……?」
「知ってるも何もその手の界隈では有名よ。誰もが憧れる激レア中の激レア亀……ただ……」
まるで叫び声を上げるように激しく身もだえするキンピカオウギルガメ。
それは苦しんでいるというよりも怒っているように見える。
「キンピカオウギルガメはとても凶暴でプライドが高いのであります。それに人を襲うことも多いのでありますよね……」
「だから飼うのは非常に難しいはず……。っていうかそんな亀が何でステラソフィアに」
「アナが連れてきたさ!」
悪びれる様子もなくアナマリア先輩が言った。
「連れてきたさ! じゃあないのでありますよ!! 大体、もう元いた場所に返しなさいってこの前言ったでありますよね!?」
「嫌さ嫌さ! だってキンピカオウギルガメさ!? 王の財宝、亀の王、バビロニアン・キング・タートルさ! 世界中の亀マニアが憧れる逸品なのさ!」
「だったらせめて、危険が無いようにするのでありますよ!」
「嫌さ嫌さ! だってキンピカオウギルガメだって生きてるさ! それを柵とか檻で制限するなんてダメさ!」
「だったら元いた場所に返してあげるでありますよ!」
「嫌さ嫌さ! だってキンピカオウギルガメさ!? 王の財宝、亀の王、バビロニアン・キング・タートルさ! 世界中の――」
「会話がループしてるでありますよ!!」
「まぁまぁ……一応、これでギルガメは捕まったじゃないですか……」
わたしの言葉に、アオノ先輩とアナマリア先輩の2人はどこかバツの悪そうな表情を浮かべる。
お? これってもしかして……?
「実は……キンピカオウギルガメはこの1匹だけじゃないのでありますよ……」
「あのキンピカオウギルガメがまだいるの!?」
「そうさ! ステラソフィアで飼ってたのは7匹! 逃げ出したのはその内7匹! つまり全部逃げちゃったさ!!」
「7、7匹もいるんですか……」
「今1匹捕まえたから後6匹でありますね」
「そうさ! せっかくだしかわいい後輩達にもギルガメ探しを手伝ってもらうさ!」
アナマリア先輩が突然そう言いだす。
聞けば、キンピカオウギルガメを探す為に何人かのステラソフィア生が協力してくれているという。
それでも未だ手が足りておらず、さっき捕まえた1匹がやっと。
だから、わたし達にも探すのを協力してほしい――ということだった。
「見つけたらアナたちに知らせてくれればいいさ!」
「すぐに駆け付けるであります!!」
「アマユキさん……わたしは、協力してあげたいです」
「わかってるわ。テキトーにそこらへんブラブラしてればいいんでしょ?」
「ブラブラって……」
そう言いながらも、結局わたし達はそこらへんをブラブラしているしかなかったのは確かだ。
キンピカオウギルガメの生態について多少のことは聞いたけれど、だからと言ってそうピンポイントに探せるはずもない。
人の目撃談が少ないということは、きっと人通りの少ない外れや林の中にいるんだろうけど……。
「おらおらおらっ!!」
「あれはチヨミ先輩……? キンピカオウギルガメと戦ってる……」
「アレはいいわよ。ほっときましょう」
「え、でも……」
「うおらァ!!!!」
「…………大丈夫そうですね」
強烈な蹴りで亀を怯ませ、その戦意を奪うチヨミ先輩の姿を見るとわたし達が手だししてどうこうできそうになかった。
わたしの持つSIDパッドにもあっちこっちでキンピカオウギルガメと接触したという報告が、わたし達と同じくギルガメを探しているステラソフィア生から上がってくる。
「チヨミ先輩、ミツキちゃん達、ツバメ先輩達、タマラ先輩達……これで5匹、ですかね」
「あと2匹ね」
不意に近くの草むらがガサガサと音を立てた。
わたしとアマユキさんは思わず身構える。
瞬間、黒い影が草むらから飛び出してきた!
「フン、猫じゃない」
それは3匹の黒猫。
わたし達にも構わず、一目散に駆けていった。
まるで何かから逃げるように……。
「あ、まさかっ」
「そのようね……」
そう、つづけて飛び出したのは黄金を思わせる色合い。
一抱えもある巨大な亀。
「キンピカオウギルガメっ!」
「セッカ、早く報告を!」
「アマユキさん!?」
アマユキさんは地面に転がっていた木の枝を一本拾うと、構える。
「時間稼ぎしてあげるわ」
わたしは慌ててSIDパッドでメッセージを飛ばした。
返ってきたメッセージは、
「現場が片付き次第向かうのであります!('◇')ゞ」
ということだった。
「多分、アオノ先輩たち……べつで対処中、みたいです」
「じゃあソレまで持ちこたえて見せるわよ!」
アマユキさんはそう余裕ぶるが、キンピカオウギルガメの猛攻は恐ろしいものがある。
一歩間違えれば死ぬ――とまではいかなくても大けがは必至。
亀がかわいそうだなんて言ってられない一進一退の攻防。
「亀は人間がかわいそうなんて思ってもないでしょうね!」
「は、はははは……そう、かもしれないですね」
そう言いたくなるくらいの容赦ない攻撃。
「わ、わたしも、援護しますっ」
落ちている石や木の枝でなんとかキンピカオウギルガメの気をそらし、その隙にアマユキさんに一撃を入れてもらう。
「行くわよ――ブルームローズ!!」
ここだとアマユキさんは気合を入れた。
その一撃は――
「なっ、止められた!」
キンピカオウギルガメの強靭な顎で抑え込まれる。
本当ならばこのまま木の枝を噛み砕くことは容易だろう。
けれど、キンピカオウギルガメは砕かない。
そのままアマユキさんを引っ張り、引き寄せるように首を、身体を動かした。
「アマユキさん!」
アマユキさんは咄嗟に枝から手を放す。
瞬間、バキッと音をたて木の枝は砕け散った。
「ほかの武器を――っ」
けれど周囲に次の武器になりそうな手ごろな木の枝はない。
細い木の枝では論外だし、例え太い枝であっても大きすぎれば扱えない。
武器を探す間にキンピカオウギルガメはものすごい勢いでアマユキさんに距離を詰めてきた。
「アマユキさん!!」
「くっ」
わたしも必死に石を投げたり、枝を投げたりキンピカオウギルガメの気をそらそうとするけれどそれには構わずアマユキさんを狙っていく。
もうダメ……?
そう思った瞬間、キンピカオウギルガメの頭に何かが命中した。
「コレは……木の実?」
アマユキさんが顔を上げる。
それは恐らく、覆い茂木々から落ちて来たであろう木の実。
それは偶然?
ううん、違う。
「ニー」
「猫?」
美しい銀色の毛並みを持つ猫が木の上で鳴いた。
「今だ! 確保ー!!」
叫び声と共に、ツナギを着てサングラスをかけた金髪の女性がキンピカオウギルガメを捕えた。
「た、助かりました……アナタは……」
「通りすがりの珍獣ハンター・ズメモトです。それでは、Čau!」
微妙にどこかで見たことあるような自称珍獣ハンターさんは、キンピカオウギルガメを引きずりながら、猫と一緒にその場を後にした。
「何だったの今の……」
「アオノ先輩たちの応援、じゃないんですか……?」
「だと思うけど」
これ以上あの人のことを詮索してもきっと何も出てこない。
とりあえずこれで1匹確保できたのだろう。
今起きたことをアオノ先輩たちに報告し、これで一段落。
と、思ったけれど……。
「あと1匹! あと1匹が見つからないであります!!」
どうやら最後の1匹がいまだ見つからないらしい。
それも――
「よりによって一番デカくてヤバいヤツさ! うー、どこにいるさー……」
「一番デカくてヤバいって……」
もう嫌な予感しかしないその内容。
誰か危険な目にあってないといいけれど。
「とりあえず引き続き捜索するのであります!」
「は、はい!」
「仕方ないわね」
そしてしばらくの捜索の末、その最後の1匹は見つかった。
今まで見たキンピカオウギルガメは一抱えあるほど巨大な亀だった。
けれど、この亀は更にそれ以上。
一抱えなんてものじゃない――大の大人がでも軽々と乗れそうな――ちょっとした山のようなキンピカオウギルガメ……。
「こ、これが最後の1匹ですって……?」
さすがのアマユキさんも引くほどの巨体。
応援を聞いて集まってきた今回の捜索に参加していたステラソフィア生たちも息をのむ。
「とりあえず、何がなんでも捕まえないといけないのでありますよ! アナちゃん!」
「もちろんさアオちゃん! 先陣はアナたちが切るさ! みんなは援護を頼むさー!!」
そう言い、真っ先に駆けだすアナマリア先輩。
アオノ先輩もスケートボードに足をのせ、華麗に走り出す。
「ったく、ジョーダンだろこのデカさ! ったく、しゃーねーな!!」
「フッ、怖気づいてるであるか!? わたくしはいくのである!!」
「やってやるさ!」
チヨミ先輩やナキリ先輩も、拳を、そして木刀を握りキンピカオウギルガメに駆けだした。
「セッカ、アナタは下がってなさい」
「アマユキさん……!」
アマユキさんは新たに手に入れた某を構えると、アオノ先輩たちに加勢する。
けれど――
「なかなか、手ごわいでありますっ」
「ギルガメはこう見えて意外と素早いさ! この巨体だからって油断すると……」
「いってぇ、拳が通らねえ!」
「木刀が折れたのである!」
「なんなのこの亀……頑丈過ぎるッ」
必死の戦いも空しく、亀は一向に勢いを衰えさせる様子がない。
どう考えてもこちら側の消耗の方が激しかった。
「こ、ここは出なおした方が……っ」
「ダメであります! ここでギルガメを見失ったりすれば今度こそ被害が出かねないであります……」
「ギルガメ自体も怒ってるさ! 下手に背を向ければやられるさ……!!」
「なんとか――なんとかする手はないの!?」
「1つだけ、あるさ……」
アナマリア先輩がどこか意を決したような、深刻な声音で言った。
「本当ですかアナマリア先輩!」
「ちょっと待つさ! この場をなんとか抑えて欲しいさ!」
そういうとアナマリア先輩はどこかへ駆け出す。
「よくわかんねーが、ナントカするしかねーってか!」
チヨミ先輩の言葉に一同頷く。
わたしも手渡されたスリングショットで援護を、それから数分。
「またせたさ!」
アナマリア先輩が戻ってきた。
それも……
「その大きなカメはなんでありますか!?」
「ふっふっふぅー。これぞ対キンピカオウギルガメ用の秘策! オオエンキガメさ!!!」
「オオ、エンキガメ……?」
それはキンピカオウギルガメにも匹敵すると巨大。
けれど、キンピカオウギルガメと比べるとまだ温厚なイメージがある。
「たしかにギルガメほどの凶暴さはないさ! けれど、ギルガメに匹敵する力を持つ亀なのさ!!! いけ、オオエンキガメ!」
アナマリアの言葉に従うように、のそのそとオオエンキガメがキンピカオウギルガメに近づいていく。
それに気づいたキンピカオウギルガメ。
互い互いの視線が交わる。
そして――戦いが始まった。
激しくぶつかり合う頭と頭。
甲羅と甲羅。
野生の戦いがそこにはあった。
アナマリア先輩が当てにするだけはある。
そして戦いは――終わった。
「動かない、ですね……」
「今さ! かくほー!!」
アナマリア先輩の号令にわたし達はキンピカオウギルガメを捕らえようと進む。
それを――
「なんで邪魔をするさ!?」
オオエンキガメがわたし達からキンピカオウギルガメを守るように立ちふさがった。
「ま、まさか……このオオエンキガメ、キンピカオウギルガメと激しい戦いをした結果、友情を覚えたさ!?」
「な、なんてことでありますか!?」
それはある意味最悪の状況。
不幸中の幸いは、キンピカオウギルガメも怒りを収めオオエンキガメと連れ添うようにその場を後にしたことだ。
それを見たアナマリア先輩は言った。
「……きっとあの亀たちは捕まえなくてもいいさ。キンピカオウギルガメはオオエンキガメと仲良くなって、きっと優しい亀さんになるさ!」
「そう、でありますか……?」
「そうさ! ここはアナの言葉を信じるさ! みんなも見たさ? 最後に見せたキンピカオウギルガメのあの優しそうな目を……」
その後、キンピカオウギルガメとオオエンキガメはステラソフィアにいる猫を襲うからという理由で珍獣ハンター・ズメモトさんに捕獲されました。
「というか、最初から装騎を使えば良かったんじゃ……」
珍獣ハンター・ズメモトさんが操縦するアブディエル型装騎を見ながらわたしはそう呟いてしまった。