第15話:ここから始まる-První P.R.I.S.M.-
「やってきました。ステラソフィア代表選抜大会ドヴォイツェ部門! 司会はわたし機甲科3年チーム・ソルフェージュ所属のチャタリンが行います〜」
どこかゆるい司会の声が響く中、わたしは物凄く緊張していた。
「コスズメ・セッカ」
不意に腕に走る衝撃。
セイジョーさんがその肘でわたしの腕をつついたからだ。
わたしの視線の先にはいつも通り、真っ直ぐ見据えたような瞳のセイジョーさんがいる。
「勝つわよ」
ただ一言。
その言葉はいつものセイジョーさんのようでいて、でもどこか、わたしを気に掛けているような優しさを感じた。
「はい」
そして、わたし達ドヴォイツェ・スニェフルカとツバメ先輩とメイ先輩のドヴォイツェ・絶対最強ツバメちゃん軍団との試合が幕を開けた。
「ついに……はじまる……」
「コスズメさん、恐らく初手でサエズリ・ツバメが突っ込んでくる。そこは私が受けるわ。アナタはその隙を突きなさい」
「はい。わたしに、できる……でしょうか」
「アナタだって特訓してるんでしょ? 何なら相手をカシーネ・アマレロだと思って戦いなさい」
確かにここ連日、わたしはアマレロ先輩を相手に本気のヴァールチュカを何度となくやっている。
その気概でやればきっと戦える――セイジョーさんはそう言いたいのかもしれない。
なんにしてもここを突破しなくては……。
「絶対! 最強! ツバメちゃん軍団!!」
「万歳っす!!」
試合が始まって早々、セイジョーさんの予想通りものすごい勢いで距離を詰めてきたのはツバメ先輩の装騎ヴラシュトフカ。
加速装置付きハンマー・クシージェを高々と掲げ、ホバー移動による高速移動で気付けば目の前。
「ストジェット!!」
そしてブーステッドハンマー・クシージェが虚空を揺らした。
「予想通り……」
その一撃をセイジョーさんの装騎ツキユキハナがロゼッタハルバートを使って正面から受け止める。
「コスズメさん!」
「い、行きます!!」
ここまで筋書き通りなら――わたしも筋書きに合わせて動く!
片手剣ヴィートルをより一層強く握りしめ、その刃で装騎ヴラシュトフカを斬り裂く――いや、
「避けられた……っ」
ロゼッタハルバートとブーステッドハンマー・クシージェ。
2つの武器がぶつかり合う部分を支点として、脚部のホバーで急旋回。
滑るように、回るように、わたしの片手剣ヴィートルによる一撃を回避したのだ。
「フン、その程度の奇襲は予想済みよ! なんたってアタシはサエズリ・スズメの妹だもの!」
ツバメ先輩は謎の根拠を自信たっぷりで周囲にアピールする。
そうしながらも、回転したのを利用して装騎ツキユキハナの脇を狙っていた。
華麗な反転攻撃――ツバメ先輩の実力のなせるわざだ。
「それもそうね」
けれどセイジョーさんも負けていない。
空しく空を切り、地面に叩きつけられたロゼッタハルバート――その反動を利用して、棒高跳びの要領で装騎ヴラシュトフカの反撃を避けた。
「アタシのホバーをなめないでプロスィーム!」
「加速しなさい、ツキユキハナ!」
ホバーによる巧みな高速移動でしつこく追いかける装騎ヴラシュトフカ。
それを全身のブースターによる行動加速で凌ぐ装騎ツキユキハナ。
「見てるだけじゃ――ダメだ。いきます!」
わたしの装騎スニーフだとあの2人に追いつくのは少し難しいだろう。
けれど――徹甲ライフル・ツィステンゼンガーがわたしにはある。
銃声が響き、弾丸が装騎ヴラシュトフカを追いかけるように地面を抉っていった。
瞬間――――爆音が響き渡った。
「爆発――なるほどねっ」
「これは……あっ、もしかして、メイ先輩……っ」
わたしはセイジョーさんと2人で見た過去のチーム・シーサイドランデブーの戦い方を思い出す。
チーム・シーサイドランデブーの通称は「壊し屋」
その名の通り、破壊力を重視した戦法を取る騎使が多く配属され、その中でも特に爆薬を用いた爆破戦術が得意だ。
それはメイ先輩の姉――アストリフィア・サツキさんも同じ。
となれば――
「お姉さんと似た戦い方、ということですね……
「ふふ、噂通り壊し屋らしく来たって訳ね」
「チッ、本当はもっと引き付けてやるつもりだったのに!」
ツバメ先輩が悔しそうな声を上げる。
きっと、ツバメ先輩がわたし達を引き付けてる間にメイ先輩が爆弾を設置。
その後に、そこに誘い込んでからの一網打尽を狙っていたんだろう。
けれど目的地につくより前にわたしの徹甲ライフル・ツィステンゼンガーが偶然にも爆弾に命中、爆破させたことでその存在が明るみになったんだ。
「ありゃりゃーバレちゃったっすかぁ。こりゃ残念っす。残念? 無念? So,残念!」
陽気な声を響かせながら、メイ先輩の装騎サーティーナイン・リマスターが姿を見せる。
無骨な外殻装甲を纏うバルディエル型をベースにした装騎'39Rは出てくるや否や腰部ストックから小さなボールのようなものをもぎりとると、わたし目がけて投げた。
「あの球は……?」
下手投げで軽く投げられたそのボールを避けるのは簡単だった。
――――けれど、
「きゃっ!!??」
それが地面に着いた瞬間、炎を上げる。
それも炎が地面に燃え移り、地面が更なる炎と爆炎を巻き上げる。
「コスズメさん!」
「セイジョー、さん?」
激しい衝撃がわたしの身体を襲った。
それは装騎ツキユキハナがロゼッタハルバートの"腹"でわたしの装騎スニーフを突き飛ばした衝撃。
瞬間、装騎スニーフが立っていた場所が激しい爆発に巻き込まれた。
「あ、ありがとうございます……っ」
「しっかりしなさい」
セイジョーさんに喝を入れられる。
それよりも、わたしはセイジョーさんが咄嗟にわたしを助けてくれたことがなんか嬉しかった。
なんて考えている場合じゃ無い。
「隙ありよ! ボッコンボッコンにしてやるんだから!」
ツバメ先輩の装騎ヴラシュトフカがしつこくセイジョーさんの装騎ツキユキハナを狙う。
それも、わたしを助ける為にできた隙を狙われて。
装騎ヴラシュトフカの攻撃は素早く重い――その一撃を回避するのは困難な上、命中すればそのダメージは計り知れない。
「させ……ませんっ」
わたしが……セイジョーさんを守らなければ。
わたしは迷うことなく、装騎スニーフを装騎ツキユキハナのもとへと走らせる。
普通に走れば間に合わない。
けれど――
「お願いスニーフ……」
瞬間、アズルが装騎スニーフの全身を駆け巡る。
バックパックが翼のように開き、そこから巡ったアズルその全てが放出された。
「セイズ!」
装騎スニーフは急加速。
その加速は並の機甲装騎の加速能力を大幅に上回る。
これがフリッカ型装騎の持つ特徴――超瞬間的加速能力だった。
「何ですって!?」
ツバメ先輩が驚愕の声を漏らす。
きっとツバメ先輩の性格なら勝利を確信していただろう。
それを突然出てきたわたしの装騎スニーフが防いだのだからその驚き、そして悔しさはきっと……相当なものだ。
「少しは特訓の成果がでてるようね」
「は、はいっ!」
「さて、仕返しよ!」
「させないっすよ!!」
装騎ツキユキハナの反撃――けれど今度はメイ先輩の装騎'39Rに防がれる。
その両手に持っているのはチェーンソーのような連鎖刃を持つチェーンナイフ。
「メイ!」
「ツバメさん、これはドヴォイツェ戦っす! 敵も味方も1人じゃないっすよ! ガンガンやるっす!」
「わ、わかってるわよ! ったく、口うるさいんだから!」
「申し訳ないっす!」
メイ先輩のサポートで、ツバメ先輩も再び気合を入れなおしたようだった。
そう、メイ先輩の言う通りこれはドヴォイツェでの戦い。
「セイジョーさん、わたし……がんばりますっ」
「……? まっ、やる気があるのはいいことね」
そして戦いは続く。
金属が打ち合う音が響き渡る。
わたしの片手剣ヴィートルが、セイジョーさんのロゼッタハルバートが、ツバメ先輩のブーステッドハンマー・クシージェが、メイ先輩のチェーンナイフが。
唸りを上げ、交じり合い、そして時には地面が爆発し、フィールドの様相を変えていった。
「チッ、イマイチ決め手に欠けるわ! メイ、何かないの!?」
「何かっすかー。うーん、どうっすかねぇ」
わたしと刃を交えながらも、飄々とした物言いのメイ先輩。
この人はいつもこんな感じで、だからこそ読めない。
今は単調にわたしと打ち合っているだけ――でも、この状況を突破する何かがあるのか、ないのか。
「!!」
不意にわたしは視界の中に違和感を覚えた。
それはほんの一瞬。
装騎'39Rの腰から何かが落ちたような――そんな気がしたのだ。
「よっしゃ、んじゃらやってみるっすか!」
そしてそれが気のせいじゃないことはすぐにわかった。
装騎'39Rが何かを蹴るような動作を見せる。
その足元には平べったい、見ようによってはお皿のようにも見える何かだ。
それが何かは分からないけれど……推測するのは難しくない。
そう――そのお皿は――――
「衝撃集中爆弾、受けてみるっす!! ロックっしょ!?」
爆弾だった。
眩い光に耳を劈く爆音、身体を揺らす衝撃――それがわたしを襲う。
装騎のコックピット内が熱くなっていく。
警告音がけたたましく鳴り響く。
「セッカ!!」
そんな中、セイジョーさんの声が聞こえた気がした。
「セッカ! 無事!?」
いや、気のせいじゃない。
たしかにセイジョーさんはわたしの名前を呼んでいた。
「無事……ですっ!」
「マジっすか!!??」
マジっす。
わたしが装騎'39Rの爆弾をストックから落とす動作に気付いたのは言うまでもないだろう。
となれば、あとは何か知らの方法でアレを爆発させるのがメイ先輩の手だと考えるのは当たり前。
そしてそれを防ぐためにわたしが行動するのも当たり前。
「ドラクシュチートは……アズルも纏えます、からね」
それでも爆発の持つ熱自体は防げない。
焼かれたように温度を増したコックピットの中、わたしの額に汗が滲み流れる。
爆発の衝撃で頭を揺らされたのもあるだろうけど、視界が微妙にぼやけていた。
接近するのは難しい――ならば、ここは一旦距離を取って、徹甲ライフル・ツィステンゼンガーでの支援にまわることにしよう。
「射撃武器に切り替えるつもりっすね……だけど!」
武器の持ち替えは隙ができる。
特にわたしの装騎スニーフの場合は左手が盾で塞がれているので、片手剣ヴィートルを仕舞ってから徹甲ライフルを取り出すという隙が特に大きい。
そう思ったんだと思う。
「メイ、下がりなさい!」
咄嗟に響いたツバメ先輩の指示。
そしてソレにメイ先輩は、カケラも躊躇することなく従った。
素早く持ち替えた徹甲ライフル・ツィステンゼンガーの銃撃は虚空を斬り裂く。
「いい、メイ。セッカはやたらと目が良いわ。勘も良い。あと、武器の持ち替えが異様に早い。忘れないことねプロスィーム」
「いやぁ、全くその通りっすね……肝が冷えたっす」
さすがにわたしの直接の先輩……私に対応するための指示は間違いなかった。
「ふぅん、セッカのことはよく分かってるってことね。でも、私はどうかしら?」
気付けばわたしのすぐ横から駆け抜ける装騎が1騎。
次は私の番とでも言うようにセイジョーさんの装騎ツキユキハナが引いた装騎'39Rに追撃をかけた。
装騎ツキユキハナは両拳を固め、そこにアズルを纏うと装騎'39Rに殴りかかる。
「うおっ、すごいパンチっすね!?」
装騎ツキユキハナのアズルを纏った拳と、装騎'39Rのチェーンナイフが数回打ち合った。
その光景に、なにか違和感がある。
と言っても、それは悪い違和感ではなかった。
「メイ、さっさと決めなさい!」
「セッカ、少しでいいわ。サエズリ・ツバメを抑えなさい!」
わたしはセイジョーさんを信じて、装騎ヴラシュトフカへ向かう。
「ドラククシードロ!」
盾に納めた片手剣を手斧にし、装騎'39Rの援護にいこうとしている装騎ヴラシュトフカを妨害する。
「チッ、邪魔ね! どいてくれないプロスィーム!?」
「どき……ませんっ」
「……メイ! そんなヤツに構わないで!!」
直接支援するのは難しいと感じたのかツバメ先輩が叫んだ。
「構うなって言われてもっす!」
だけど、メイ先輩は後には引けなさそうだ。
それはセイジョーさんの装騎ツキユキハナの猛攻があってこそ。
さすがはセイジョーさんだ。
そして――突然、どこからか飛んで来た青い薔薇のような、銀河のような一撃で
「うおぉっ!!!???」
装騎'39Rはその機能を停止した。
「ロゼッタネビュラ――」
そう、今のはロゼッタネビュラの一撃だ。
装騎ツキユキハナはあらかじめロゼッタネビュラを放っていた。
だから素手で装騎'39Rに向かっていったのだ。
「さ、次!」
残ったのは装騎ヴラシュトフカだけ。
「セッカ、挟撃するわよ」
「は、はいっ」
装騎ツキユキハナがロゼッタハルバートを手に持ち、構える。
わたしもそれに倣いドラククシードロを掲げた。
「見なさい、我が薔薇の刃を!」
「がっ、がんばりますっ!」
「チィ……でもッ、アタシだってそう簡単にやられるワケ無いわ!」
装騎ヴラシュトフカはわたし達の連携攻撃を防ぎ、かわし、反撃を試みる。
火が着いたようにその動きがよくなっていく。
これが――ツバメ先輩の力。
「なんたって! アタシはッ! サエズリ・スズメのッ! 妹なんだからァ――ッ!!!」
不意に装騎ヴラシュトフカにアズルの輝きが迸った。
この光は――!?
けれど、装騎ヴラシュトフカ自身に変わりはない。
アズルを利用した技を使うでもなく、なにかバリアのようなものが展開されているわけでもなく。
「なにかされる……前にっ」
「フラァ!」
装騎ヴラシュトフカが思いっきりブーステッドハンマー・クシージェを振りかぶった。
その勢いあるスイングはわたし達の装騎には当たらない。
そして、それは装騎ヴラシュトフカの隙になった。
「コスズメ・セッカ、行きますっ」
その隙を――突く!
瞬間、わたしの装騎が震え……揺れた。
「こ、これは……!?」
「セッカ、下がって!」
セイジョーさんの声が聞こえてくる。
そうしたいのはやまやまだけど――身体が、動かない。
何か強烈な力に引きつけ、巻き込まれるように装騎スニーフが動かないのだ。
「もしかして……これが」
セイジョーさんは何かを察したようだった。
「その通り! これがアタシのP.R.I.S.M.能力! 重力風!」
「プリ、ズム……って?」
「バカセッカ! 試合の説明、聞いてなかったの!?」
セイジョーさんに怒鳴られるがそれも仕方なかった。
そういえば、司会のチャタリン先輩が「全く新しい装騎バトル」とかなんとか言ってたような気がするけど……。
「簡単に言うなら、観客のボルテージに合わせて装騎をパワーアップさせる能力ってワケ! 今、ヴラシュトフカは単騎――そこからどうやって巻き返すのか観客は期待の眼差しを向けている。それが装騎ヴラシュトフカの力になって、技になったのよ!」
そしてその能力、技というのがブーステッドハンマー・クシージェに纏われた風のようなアズルということだった。
その風はクシージェの後を引くように巻き起こり、その風に絡め取られると装騎が強烈なプレッシャーで動かせなくなる。
「そういう……ことですかっ」
「理解できた? んじゃっ、這い蹲りなさいプロスィーム!」
そしてそのまま、ブーステッドハンマー・クシージェの一撃でわたしの装騎スニーフは機能を停止した。
「セッカ……っ」
装騎スニーフが機能停止した。
けれど、今までの彼女にしてはよくやった方だと私は思う。
…………いや、何を考えてるんだ私は。
あくまで彼女にしては、だ。
とりあえず今は、私の番。
「1対1なら……勝てるわ」
自分にそう言い聞かせる。
ただ、装騎ヴラシュトフカのP.R.I.S.M.は厄介だ。
不幸中の幸いは、その能力はあくまでブーステッドハンマー・クシージェの後から付いてくるように能力が発揮されることだろう。
その一撃を正面から受け止めたり、また攻撃を真横に避ければ重力風の影響は受けないようだ。
ただ問題は、サエズリ・ツバメもそれに気付いたのか横振りの攻撃を多く絡ませてきた。
「重力風はワンテンポ遅れてくる……いくら隙があるように見えても、それは罠……どうする、セイジョー・アマユキ……」
セイジョーたるもの冷静たれ。
何か突破口はあるはずだ。
「さぁ、どーするかしらァ!」
両腕に力を込めた装騎ヴラシュトフカの一振り。
私はそこに勝機を見出す。
「刺棘――!」
私の狙いはブーステッドハンマー・クシージェの一撃が過ぎ去った一瞬後。
重力風は攻撃からワンテンポ遅れる。
――となれば、そのワンテンポの合間を突けば重力風に邪魔されずに一撃を届かせることができるはず!
「ナッ!」
私の読みは当たった。
ロゼッタハルバートの突きの一撃は重力風に邪魔されずに装騎ヴラシュトフカへ届く。
そのまま一気に串刺し! ……とはならないか。
「こなくそッ!!」
とっさの反応で装騎ヴラシュトフカは僅かに身をそらした。
その動きで私の一撃は装騎ヴラシュトフカの右腕を切り落とすにとどまる。
と同時に、装騎ツキユキハナの両腕に強い圧力がかかった。
「これが、グラヴィタチュニー・ヴィートル……っ」
騎体を引きずり込まれそうな重さに、私はロゼッタハルバートを手放す。
装騎ツキユキハナが身軽になる代わりに、ロゼッタハルバートは重力風に巻き上げられ遠くへ落ちた。
「右腕をやられた――ケド、今の状況はアタシが有利には代わりないッ」
左腕でブーステッドハンマー・クシージェを引きずり、武器を失った私の元へと装騎ヴラシュトフカは駆けてくる。
彼女のいう通り、サエズリ・ツバメには強力な武器にP.R.I.S.M.の力があり有利なのはきっと代わりないだろう。
「せめてあの重力風が無ければ――」
私の素早い拳撃で打ち倒すことも可能かもしられないのに!
しかし、セイジョーたるものリアリストであれ。
タラレバを言っても仕方ない。
なんとかこの拳で装騎ヴラシュトフカの攻撃を凌ぎ切り、反撃しなければ。
「重力風の影響を受けない上下、それか背面を突くか……なんとかしてロゼッタハルバートを手元に戻すか……どうするセイジョー・アマユキ……」
私は私に問いかける。
この突破口を探すために。
そしてその考えはサエズリ・ツバメもよくわかっていた。
だから、横振りの攻撃を多用し側面が隙にならないようにしている。
機甲装騎に於いて、上下――特に上空からの攻撃は困難だから横の隙を埋めるのは当然だ。
下から攻めるにもブーステッドハンマー・クシージェはあまりにも巨大。
その僅かな隙間に潜るのはリスキーだし、重力風の影響を十分に受けると考えられる。
「一か八かで上から……行くしか……」
だがそれは本当に賭けだ。
多くの機甲装騎は跳躍を主体とした戦闘は想定されていない。
装騎の全体重がかかる両足への負担が簡単に振り切れるからだ。
サエズリ・スズメの装騎スパローのような跳躍戦闘に特化した装騎は別としても。
「成功すれば勝てる。失敗すれば負ける――そういう瀬戸際ってわけね」
そう悩むふりをしながらも、私はきっと答えは決めていたのだろう。
セイジョーたるもの大胆たれ。
こういう勝ち負けが決まる一瞬をモノにしてこそ、セイジョー家の長女たりえるということだ。
となれば――
「狙うは、上っ!」
私は装騎ツキユキハナを、跳躍させた。
「迂闊ねッ!」
そんなことはわかってる。
けれど、ここで決めなければ女が廃る!
タイミングは装騎ヴラシュトフカがブーステッドハンマー・クシージェを振った瞬間を狙った。
両腕のある状態ならまだしも、片腕しかないこの場合、振り切ったハンマーを構えるにも、切り返すにも相当の負荷がかかる。
その隙に、この拳を叩き込めば……
「ところがプロスィーム! 振り切ってしまったのなら、その勢いで一回転すればいーじゃない!」
装騎ヴラシュトフカはブーステッドハンマー・クシージェに引っ張られるように、ホバーで地面を滑り、一回転。
その動きで、僅かにだけど私の装騎ツキユキハナと距離を取る。
そして一回転することでブーステッドハンマー・クシージェの一撃を攻撃を外した私に打ち付けることができる。
私のすぐ横からブーステッドハンマー・クシージェが迫り来るのを感じる。
「まだよ――まだ、諦めないッ」
セイジョーたるもの不屈であれ。
今やられそうな一瞬の内でも、まだやられてないのなら勝機はある。
「応えて、ツキユキハナ!」
P.R.I.S.M. Akt.1
画面にそんな表示が現れる。
私の装騎ツキユキハナをアズルが包む。
そのアズルは薔薇の花びらのように私の装騎の周囲に舞って……。
気付けば、ブーステッドハンマー・クシージェの衝撃は私の真下。
「ナンですって!?」
アズルの花びらが私の装騎ツキユキハナを乗せ、ブーステッドハンマー・クシージェの一撃から舞うように回避させた。
「これが私の、P.R.I.S.M.!」
私はそっと右手を掲げる。
すると、私の呼びかけに答えるようにロゼッタハルバートが浮かび上がり、私の右手に収まった。
アズルの花びらがロゼッタハルバートを持ってきてくれたのだ。
「決めるわよ。ロゼッタ、ネビュラ――!!」
私の一撃で、装騎ヴラシュトフカはその機能を停止した。
「試合しゅーりょー! 勝者はドヴォイツェ・スニェフルカ!!」
人々の歓声を浴びる。
それは私にとって当たり前の感覚。
けれど……
「やった……やりましたねっ! セイジョーさんっ!」
「セッカ、浮かれすぎ」
「あ、はい……まだ、一回戦ですもんね……」
「まっ、イーんじゃないかしら! なんたってアンタ達はこのサエズリ・スズメの妹に勝ったんだから!」
「ロックンロールだったっす! ロックンロール? So,ロックンロール!」
楽しげにサエズリ・ツバメ、アストリフィア・メイと話すセッカの姿を見ていると複雑な気持ちだ。
まぁ、いいでしょう。
大会は始まったばかりだけれど……少しは勝利の余韻に浸るというのも。