第12話:次なる目標-Stellasophia Reprezentace-
「さぁ、かかって来てください!」
目の前に立ちふさがるのはサエズリ・スズメの装騎スパロー。
私は装騎ツキユキハナと共に並ぶ1騎の機甲装騎を一瞥する。
装騎サニーサイド。
そこに乗るのはサエズリ・スズメの知り合いだという少女アナヒト。
私は彼女と共にサエズリ・スズメを倒さなくてはいけない。
「アナヒト、今よ! ああもう、違う! ソッチじゃない!!」
「むぅ……ミスった」
装騎サニーサイドが装騎スパローに撃破される。
「背後を狙うのは良い判断です。ですけど、今のタイミングだと側面から攻撃した方が態勢を立て直す隙を与えないので良かったかもしれないですね」
「勉強になる」
「ったく、私の攻撃が有効打になるならさっきで終わらせられてたのに!」
「そうは言っても、そういう特訓ですからねー」
「わかってるわよ」
ただし条件があった。
私の攻撃では装騎スパローを撃破できず、必ずアナヒトの攻撃で倒さなければいけないという特殊ルールだ。
それも、装騎サニーサイドの武器はナイフしか認められないというハードモード。
サエズリ・スズメ……絶対にドSだわ。
「もう一度! もう一度よ!!」
「アナヒトちゃん、大丈夫?」
「問題ない」
「ヴァールチュカ、フラートよ!」
戦いが始まり、真っ先に装騎スパローが突っ込んでくる。
弾けるような跳躍、素早く軽い身のこなし――これが装騎スパローの特徴であり強みだ。
それはサエズリ・スズメ本人の実力もあいまって驚異的な強さを引き出す。
「させないわ!」
装騎サニーサイドに向かって閃いた両使短剣サモロストの一撃を私はロゼッタハルバートで受け止めた。
「アナヒト!」
「把握」
装騎ツキユキハナが装騎スパローの動きを止めた一瞬、装騎サニーサイドが超振動ナイフを手に斬りかかる。
「おお、アナヒトちゃんも動きがよくなってきましたね!」
だがその一撃は、後退するように跳ねる装騎スパローには当たらない。
しかし、サエズリ・スズメの言う通り装騎サニーサイドの動きがよくなってきているような気がした。
「……チッ、何よろこんでるのよ私ッ。行くわよ!」
全身に光が灯ると、装騎ツキユキハナが一気に加速をつける。
この加速能力が私の装騎ツキユキハナの能力。
それで私は距離を離した装騎スパローへ一気に詰め寄る。
「ブルームフローラ!」
霊子をまき散らしながらのロゼッタハルバートによる攻撃。
軽量騎である装騎スパローがこの攻撃をまともに受ければひとたまりも無いはず。
それをサエズリ・スズメもよくわかっているのは言うまでもない。
私の攻撃を上手に避け、受け止めた。
それでも激しく私はロゼッタハルバートを打ち付ける。
できる限り装騎スパローを釘付けにし、私に集中させる。
「そんな簡単な陽動、奇襲作戦なんて今更ですよ!」
「かもしれないわね!」
ロゼッタハルバートを右手で振り払いながら、装騎ツキユキハナの左腕にアズルを溜めた。
その反動を利用して、左手を思いっ切り装騎スパローに向かって突き出す。
それと同時にロゼッタハルバートを――宙に放り投げた。
「アナヒト!」
「合点承知の助」
装騎ツキユキハナの脇を抜け、装騎サニーサイドが超振動ナイフを振りかざす。
装騎スパローはその攻撃をかわす為に、後方へ跳躍しようとした――その時。
「ロゼッタハルバート……!?」
装騎スパローの動きを遮ったのは私が投げ、地面に突き刺したロゼッタハルバート。
そう、私が武器を放棄したのは装騎スパローの動きを止める為。
その隙を突いて――――
「がんばる……」
装騎サニーサイドの一撃が、
「なんちゃって!」
当たらない!
追加装甲のブースターを放つと、もたれたロゼッタハルバートの柄を軸にして装騎スパローが一気に回転した。
「!!」
「……っ!」
装騎サニーサイドのナイフを避け、更に側面を取り両使短剣サモロストを薙ぎ払う。
「ダメだこりゃ」
「あと少しだったのにッ!!」
装騎サニーサイドはその機能を停止した。
「さ、全力でかかって来てね!」
「はい……が、がんばりますっ!」
わたしは装騎スニーフに乗り込み、1騎の機甲装騎と相対していた。
目の前に立ちはだかるのは巨大なバックパックが特徴的で現在のマルクト装騎の流れを作った伝説の機甲装騎ルシフェル型。
その近代化改修型、通称ルシフェルⅦ型。
カシーネ・アマレロさんが最もよく使う機甲装騎で、サクレ杯で優勝した時もこの装騎を使っていた。
主武装は2本のナックルガード付き超振動ナイフ・クイックシルヴァー。
「カシーネ・アマレロ、ゴー・アヘッド!」
ルシフェルⅦ型は強烈な加速と共にわたしの下へと駆けてくる。
わたしがしている特訓は単純明快。
襲ってくるアマレロさんの装騎ルシフェルⅦ型を相手にひたすら戦うことだ。
「わたしは勝てるまでひたすらシミュレーションをするってくらいしかやり方が分からないんですよね」
というアマレロさんの方針――というか体験談からくるものだった。
なんでも彼女はヴァールチュカを始めたての頃に、超高難易度のシミュレーターを勝てるまでやることでその腕を磨いたという。
「シミュレーターよりはやっぱり実戦が一番だし、わたしと戦ってもらうね!」
と、いう事でわたしとアマレロさんの終わりのない練習試合が幕を開けたのだった。
左手に構えた盾ドラクシュチートで装騎ルシフェルⅦ型の猛攻を受けながら、片手剣ヴィートルで反撃をする。
「セッカちゃん、遠慮は無しで! もっと前に! もっと鋭く! もっと勢いよく!!」
「もっと――もっと、ですか……ッ」
装騎ルシフェルⅦ型の動きは鋭く大胆。
その力は圧倒的だが、これでも手加減をしてくれているということがわかる。
わたしがその力を最大限まで引き出せるように導きながら、ピークに達した時に叩く。
アマレロさんの戦いは、わたしの全力で戦える持久力を鍛えるような動きだった。
「ハニー・スニクト!!」
激しい衝撃と共に、わたしの装騎スニーフが機能停止の表示を出す。
「もう一回!」
「は、はいっ」
刃と刃がぶつかり合う。
「使えるものはなんでも使って、自分の装騎は何ができるのか考えて、自分の武器で何ができるか考えて!」
普段は物静かな雰囲気のあるアマレロさんだったけど、意外とスパルタでどこかスズメ先輩と通ずるものがあった。
「セッカちゃんはわたしの動きがよく見えてます。だけど、それに追いつけない――というよりも追いつこうとしていない。躊躇わなければ十分に戦えるはずです!」
「躊躇わない……?」
「とりあえず今は、そこだと思ったら攻撃して! 今だと思ったら攻撃して!」
「は、はい……っ。躊躇わない、躊躇わない……躊躇わない…………今っ!」
わたしは片手剣ヴィートルを素早く振り払う。
ギィンと金属音が鳴り響き、その一撃が装騎ルシフェルⅦ型に命中したことを告げた。
「そう、今の!」
「は、はいっ」
その一撃は浅く、装騎ルシフェルⅦ型の持つナイフ・クイックシルヴァーと擦れただけだったけど、アマレロさんの不意を突けたらしい。
「さぁ、そんな感じでもっともっと! コレだと思った攻撃をやってみて」
わたしの盾ドラクシュチートにはアズルシールド機能と、その放出を利用したカウンター技が出来る。
と、なれば相手の一撃を盾で防いだ後に……
「カウンター・プレッシャー!」
アズルを放つ!
「いい感じ!」
今のはわたしも手応えを感じた。
そうか、ヴァールチュカっていうのはこんな風にするものなんだ!
全力で来る相手を全力で迎え撃つ。
なんでこんな単純なこと、今まで理解できなかったのか。
「ここは一旦、距離を取って……」
「このままだと剣の射程外に――なら」
片手剣ヴィートルと徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを持ち帰る。
そして、
「撃つ!」
「武装の切り替えが早いっ! それに、狙いも上手い……!」
数発は装騎ルシフェルⅦ型へ命中し、ダメージを与えることができたけれど、機能停止まではいかなかった。
「セッカちゃん、楽しなってきたんじゃない?」
「楽しい……? 楽しい……そうですね、楽しいです!」
瞬間、装騎ルシフェルⅦ型がわたしの視界から搔き消える。
違う。
装騎ルシフェルⅦ型の圧倒的な加速力を存分に使い、わたしの側面に回り込んだんだ。
大丈夫……軌跡は見えた。
「右っ!」
だけど、迎撃する手段がない。
盾で受け止める?
ライフルを使う?
ううん、どうせなら……。
「ドラククシードロ!」
わたしは徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを放り投げると盾ドラクシュチートに刺さった片手剣ヴィートルの柄を握った。
それをそのまま、斧として振り回す。
瞬間、わたしの装騎スニーフはその機能を停止した。
「ナイフを投げる……そういうのもアリなんですか」
「使えるものは何でも使う。固定概念にとらわれない」
「なんか……自由、ですね」
「それがヴァールチュカだから」
「……アマレロさん、もう1度お願いします」
「それもいいけど、そろそろお昼だよ。何か食べよう」
アマレロさんにそう言われて気付いた。
太陽は高く登り、わたしのお腹はぺこぺこ。
「スズメさんもお昼にするみたいだし、みんなで食べに行こうってメッセ来てるしね!」
「スズメ先輩も……それじゃあ、セイジョーさんも?」
「うん。みんなで!」
「やぁいらっしゃい。カピターン」
スズメ先輩とアマレロさんに連れられたのは今巷で有名な移動式屋台パスタのロレンツォだった。
「ここのパスタ、おいしいよ」
「そ、そうなんですか」
スズメ先輩の知り合い、アナヒトちゃんの瞳が輝いている。
それよりも、この小さな彼女がセイジョーさんの特訓に付き合ってると知り、不思議な思いが胸を締め付けた。
でも、そんなことは忘れて今はお昼だ。
「ピピさん、ありがとうございます!」
「カピターンの頼みだからね。問題ないよ」
見た感じ、スズメ先輩はそのお店の店主ピピさんとは知り合いのようだった。
「アナヒトちゃんも久しぶりだね」
「よっす」
「それと――この子たちは後輩かな?」
「そうですよー」
「コスズメ・セッカ、です」
「セイジョー・アマユキ」
「ピピだよ。よろしく」
その人はどこか切な気で、静かな優しい風のような女性だった。
「セッカちゃんとアマユキちゃんは国際選抜大会を目的にしてるんですよね?」
注文も終わり、ピピさんが忙しくパスタを作る姿を見ながらスズメ先輩がそう言った。
「そうよ。メジナーロドニー大会……そこでヴィーチェスラーヴァを完膚なきまでに叩きのめすのが目標よ!」
「うんうん。目標が高くて良いことです」
スズメ先輩はうんうんと頷きながら言う。
「それで、その大会に出る予選大会なんですけど、一番直近の大会が7月にあるのを知ってますか?」
「7月に……? も、もうすぐじゃないですか」
「そんな大会が7月に?」
セイジョーさんの様子を見るに、彼女もその大会のことを知らないようだ。
「大会に参加するならちゃんと調べないと」
「わ、わかってるわよ! それで、その予選大会ってナニよ」
「その名も、ステラソフィア代表予選! メジナーロドニー大会のステラソフィア代表枠を賭けたトーナメント戦です!」
「ス、ステラソフィア代表枠……ですか」
装騎競技においてステラソフィア女学園は高い技能を代々誇り続けて来た。
その結果、こういった大会の多くにはステラソフィア代表枠と呼ばれる選び抜かれたステラソフィア生が、学校を代表して大会に出る為の枠が設けられていたりする。
それは一種のシード枠とも言える反面、大会の参加者にステラソフィア生を少なくする為のある種の配慮でもあった。
尤も――
「その大会って、出場者はみんな、その、ステラソフィア生なんですよね……?」
「そりゃそうですよ。ステラソフィア代表だもん」
そう聞いて、わたしの胸に不安が淀む。
でも、彼女は違うだろう。
「上等じゃない。ひとまずの目標はステラソフィア代表になることって訳ね」
「やっぱり、出ます――よね」
「当然でしょ。ステラソフィア代表として、いけすかないヴィーチェスラーヴァを打ちのめす。最高の筋書きじゃない」
「そう言うと思いました」
スズメ先輩も言うように、わたしもそう言うと思ってはいた。
「大会まであと少しです。ビシバシ鍛えますからね」
「ふん、いいわ。やってやるわよ」
「セッカちゃん、不安?」
やっぱり表情に出ていたのだろうか。
アマレロさんがわたしにそう問い掛ける。
「正直……」
「だよね。でも大丈夫。セッカちゃんなら大丈夫。いっぱい特訓、付き合ってあげるからね」
アマレロさんの言葉からどこか不思議な力を感じた。
そう、まだまだこれから……。
「はい、よろしくおねがいします」
セイジョーさんの為、ドヴォイツェの為、わたしは強くならなくては。