第11話:ドヴォイツェとなる為-Míněná rada-
「お邪魔するわ」
「ちょっとアンタ、何しに来たのよ!」
ツバメ先輩の怒声が聞こえる。
慌てて自室からリビングへと出ると、セイジョーさんに今にも飛び掛かりそうなツバメ先輩と、そんなツバメ先輩を見下すように睨みつけるセイジョーさんの姿があった。
「セイジョーさん、こ、こっち!」
「ツバメちゃん、客にそんな口を利かない」
わたしとスズメ先輩で2人を引き離し、なんとかその場を収める。
何故セイジョーさんがチーム・ブローウィングの寮室にやってきたのか……それは先日のできごとが関係していた。
そう、装騎スパローのプラモデルを2人で組み立てるという特訓(?)のこと!
「見るたびにゲンナリするようなパーツ数ね……」
巨大なダンボール箱とわずかに組み立てられたパーツの数々。
箱の中にはまだ大量にランナーが残っており、まだまだ先の長いということを教えている。
「大体ありえないでしょ! 何なのよ1/5スケールって! 1.2m? バッカじゃないの!?」
「あはは……パーツ数もすごいよね。本物の装騎を再現してる、んだっけ?」
「イェストジャーブなんて成金一族が……」
「まぁまぁ」
見た目は当然、内部も本物の機甲装騎を忠実に再現した大型モデルの組み立てはわたし1人では断念していただろう。
「パーツをさがすだけでも一苦労ですね……」
「効率的に組み立てる為には私たち2人の連携が必要ってことね。サエズリ・スズメの言いたいことはわかる……けどプラモである意味ないんじゃないの!?」
プラモデルを組み立てる間、セイジョーさんはずっとこんな調子だ。
だけどわたしとしては特に気になることは無い。
それどころか、ちょっとした楽しさすら感じていた。
「何笑ってんのよ」
「笑ってました……?」
「笑ってた!」
「H2のランナーありましたよ」
「ふん、礼は言うわ」
プラモデルの完成度はまだ5%にも満たない。
「スズメ先輩、どこに行くんですか?」
その日の昼後、わたしはスズメ先輩に連れ出され進学科の校舎に来ていた。
「セッカちゃんに紹介したい人がいてね」
「紹介したい人……?」
「うん。アマユキちゃんはとっても強いからね。ドヴォイツェとして戦うならセッカちゃんももっともっと強くならないと」
「えっと、それは……わかるんですけど……それでどうして、人と?」
「セッカちゃんを鍛えるなら、きっとその人の方が適任だと思ってね」
「スズメ先輩、じゃなくて……?」
スズメ先輩の言葉に少し胸が張ったような気がした。
わたしがセイジョーさんとドヴォイツェを組んで、そしてあの2人のように戦うのなら、わたしをもっと鍛えないといけないというのは分かる。
でも、それをスズメ先輩がやるんじゃなくて人に任せるという。
スズメ先輩の紹介だから不安になることはない……の、かもしれない。
それでもやっぱり、わたしの胸の内は不安でいっぱいだった。
「その人って、機甲科――ではないんですか?」
進学科の校舎にいるということはそうなんだろうけれど、確認の為わたしは尋ねる。
「うん。進学科だよ。7組」
「7組って……普通科?」
機甲装騎を扱う授業を主体とするこの"機甲女学園"ステラソフィア。
そんな中でも、進学科の7・8組は"指導要領の範囲内"でしか装騎を扱うことがなく、他学校の普通科となんら変わらないカリキュラムの為に「普通科」という俗称で呼ばれていた。
「セッカちゃんと似てる人だから、すぐに馴染めると思うよ」
わたしと似ている、か……。
一体、どんな人なんだろう。
「それじゃあ紹介するね。ステラソフィア進学科7組――」
「あ、あ、あ、アマレロさん! カシーネ・アマレロさんですよねっ!!」
その人の姿を見て、わたしは思わず走り出していた。
それも当然だ。
だってわたしの目の前にいたのはわたしが世界一憧れる騎使――サクレ杯の初代|騎使女王《クラーロヴナ
》だったのだから。
「わ、わたしコスズメ・セッカって言います! チーム・ブローウィングで、1年生で……えっと、その……」
「よろしくお願いね」
アマレロさんが右手を差し出して来る。
その手を握り返すと、感激と興奮で頭の中が真っ白になった。
「なんか私と会った時よりもテンション高くないですか!?」
頬を膨らませるスズメ先輩に気付き、わたしは思わずアマレロさんと距離を取る。
「それじゃあ、改めて自己紹介します。ステラソフィア進学科7組で第7装騎部部長カシーネ・アマレロです。よろしくね」
「あの、ってことは、あの、もしかして、アマレロさんが――わたしの……?」
「うん。アマレロちゃんにセッカちゃんを鍛えてもらおうと思ってたけど……やっぱりやめようかな!」
「え、そんな……」
「スズメさん、後輩にいじわるしないでください」
「冗談ですよー」
という割にはどこか本気な口調だったけれど……。
「でもまさか、アマレロさんにご指導頂けるなんて……」
「わたしもまさかですよ……わたし、人に教えたこと無いですよ? 戦い方とか教えるならわたしよりもオニィちゃんとか――そうじゃなくても機甲科ならもっといい人がいるんじゃ……」
「機甲科は結構みんな変態じゃないですか?」
「そこは天才肌って言ってあげた方がいいと思う……」
「そうそうソレ。その中だとセッカちゃんは普通だしね。装騎にはあまり詳しくないアマレロちゃんの方がピッタリかなって思ったんですよ」
そういえば、アマレロさんの経歴はわたしも聞いたことがあった。
ステラソフィア女学園を受験したら偶然にも進学科7組に合格。
ただ、普通科に在籍していることからも分かるように、機甲装騎での大きな成果は全くない。
聞いた話では彼女自身ステラソフィアに入学し、そして第7装騎部に入部するまで義務教育程度にしか機甲装騎を動かしたことがなかったという。
それでも彼女はヴァールチュカの楽しさを知ったことから機甲装騎を猛特訓。
そして今ではサクレ杯優勝から一躍有名な騎使として名をとどろかせた。
「わたしも……アマレロさんみたいに、なれる、んでしょうか」
「私はなれると思うよ。セッカちゃん、本当はとっても強いもん」
「セッカさん、これから一緒にがんばりましょう」
「は、はい……っ」
「さてと……それじゃあ私は……」
「スズメ先輩は、何か用が?」
「うん。私はアマユキちゃんとイチャイチャしてくるからね! 嫉妬しないでくださいよ?」
「はぁ……」
「アマユキちゃん、待った?」
「待った。2分30秒」
「…………えっと、2人きりだなんて、まるでデートみたいですね!」
「ふざけてるの?」
「……すみません」
こんな時間に人を呼び出して置いて送れるなんて信じられない。
それに加えて遅刻に変なジョーク、正直頭にくる。
「それで要件は何なの?」
「もちろん決まってるじゃないですか! ドキッ、2人だけの課外授業ですよ」
「ふざけてんの?」
「もー、冗談が通じないですねぇ……。つまり私とアマユキちゃんの2人で特訓しよう! ってことですよ」
「それならそうと言いなさい。まっ、サエズリ・スズメが師事してくれるっていうならいいわ。付き合ってあげる」
「それじゃあさっそく、機甲装騎を呼び出しましょう!」
私はサエズリ・スズメの言う通り装騎ツキユキハナを呼び出した。
サエズリ・スズメも装騎スパローを呼び出し準備は万端のよう。
「それで、これから何をするのかしら?」
「それはモチロン――」
「ヴァールチュカ?」
「ランニングです!」
「……は?」
サエズリ・スズメの言ったことは冗談ではなかった。
それから始まったのは装騎に乗ったままのひたすらのランニング。
「初心者ならまだしも、なんでこんな!」
「まぁまぁ、ウォーミングアップウォーミングアップ」
機甲装騎の扱いに於いて、特に初心者の時点ではランニングなどで操縦に慣れるという過程がある。
自らの体を動かして操縦する機甲装騎では自身の身体の動きと装騎の動きの違いに慣れ、自在に操れるようにする必要があるからだ。
「私の操縦技術をなめてないかしら!? 装騎で新体操くらいできるわよ?」
「それじゃあ、コップの水を零さないで走るとかにする?」
「何よソレ。意味あんの!?」
「ま、それは次回にするとして」
ランニングを続け、私たちは装騎演習場に来ていた。
「ここまで来た――っていうことは」
「よっす」
やっとサエズリ・スズメと装騎バトルか――――と思った矢先、1騎の機甲装騎が姿を見せた。
「アブディエル型装騎? ……サニーサイドかしら」
「サニーサイドを知ってるんですか!?」
「当たり前でしょ。アナタが四天王決定戦で使用した装騎でしょ?」
アブディエル型装騎サニーサイド。
サエズリ・スズメが中学時代に使用していた機甲装騎の名前だ。
当時無名だったプラハ公立プラヴダ中学の選択装騎クラスを機甲装騎の学生大会では最高峰である四天王決定戦にまで導いた功績は同装騎クラスリーダーであるヴォドニーモスト・カヲリの装騎ヴォドチュカの名と共に広く知れ渡っている。
「アマユキちゃんに紹介するね」
サエズリ・スズメの言葉と共に、装騎から1人の少女が姿を見せた。
浅黒い肌にくすんだ髪色。
小学生のようなちっちゃな少女だった。
「アナヒト、よろしくっす」
抑揚のない声で少女――アナヒトは名乗った。
「それじゃあ、アマユキちゃんとアナヒトちゃんでドヴォイツェを組んで私と戦ってもらうんですけど、条件があります」
「条件?」
「はい。アナヒトちゃんが私に1撃でも与えられなればたとえ私を撃破できてもアマユキちゃん達の負け。逆に言えば、アナヒトちゃんが私に1撃でも与えられたら2人の勝ち。どうですか?」
「つまり……私に援護に徹しろと?」
「不満そうですね」
それは当たり前だ。
やっと全力で戦えると思った矢先にコレだ。
けれど、このアナヒトって子に一撃でも与えさせればいいのなら、扱いやすくて装弾数の多いマシンガンとかを……
「それと、武器は近接武器限定だからね。アナヒトちゃんはナイフだけ」
「りょかいー」
「はぁ!? よりによってナイフってワケ!?」
「何が不満なんですかー! スリルいっぱいでいいじゃないですか?」
「ナイフなんてアナタの専売特許でしょ。それで一本取るなんて」
「取るんじゃなくて取らせるんですよ」
「もっと難しいわよ!」
「でも、難しくないと意味ないですよ。アマユキちゃんに初歩的な特訓したって何の意味もないですしね」
「それは――――尤もだけれど」
「大丈夫大丈夫。私だって小さい頃に装騎戦が得意なお姉さんに1撃入れられるまで何度も戦わされたりしましたから! 私とアマユキちゃんって似てるし」
イマイチよく分からない根拠だけれど、彼女のいう事は実のところ分からないでもなかった。
これは私が強くなるための特訓ではない。
「ドヴォイツェ」が強くなるための特訓なのだ。
このアナヒトという少女をコスズメ・セッカに見立て、彼女を助ける為に戦う。
連携能力を養うための特訓というわけだ。
「チッ、仕方ないわね」
これもあのドヴォイツェ・ヴィーチェスラーヴァを倒す為だと思えば。
そして、これから先も絶対女王としての階段を上る為だと思えば。
「やるしかないってことね」
「そういうことです」
コスズメ・セッカとセイジョー・アマユキ。
2人の猛特訓が始まった。