第10話:決意と決断-Skládejme Model-
「おはようコスズメさん」
「お、おはようございます。セイジョーさん……」
決定的な敗北を喫したプルヴニー・ストゥペン大会から数日。
わたし達はいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。
いつものようにわたしとセイジョーさんは隣同士の席に座り、淡々と授業を受ける。
本当に今まで通りの毎日。
ちょっとした違いは授業中にセイジョーさんが明らかに先生の話を聞いてないことだろうか。
「セイジョーさん?」
ずっと独り言を呟きながらSIDパッドに何かを書き込んでいる。
あの試合が終わった後のセイジョーさんはとても奇妙だった。
相手を責めるわけでも、わたしや自分自身を責めるわけでもない。
スズメ先輩の、
「私と再戦しますか?」
という問いかけにも、
「今はその時じゃない」
とだけ。
その声音からはスズメ先輩に対する興味自体が伺えなかった。
それは奇妙だ。
そのくせ、日常では一見なんの変わりもないのはとても奇妙だ。
「セイジョーさん……どうしちゃったんだろ」
セイジョーさんはレカルアさんとヤロスラヴァさんのドヴォイツェ・ヴィーチェスラーヴァに絶対勝てると思っていた。
あの自身はどこからどう見ても本気。
それが結果はぐうの音も出ないほどの完敗……。
「もしかして、壊れた?」
とか言いたくなる程、大人しい、しょげた子犬のような雰囲気を感じた。
「セイジョーさん、お昼はどうします?」
「ええ」
セイジョーさんはいつも機甲科校舎前にあるカフェで昼食を取っている。
「購買で質の低いものしか食べられないなんて、かわいそうだわ」
と言われ、セイジョーさんに連れていかれたこともあった。
おそらく今日も、そこで昼食をとるのだろう。
「コスズメさん?」
「はい……?」
不意に名前を呼ばれて心臓が飛び跳ねる。
今までしていたどこか条件反射的な言葉ではなく、明確にセイジョーさんからわたしに宛てた言葉。
「お昼、一緒にどうかしら?」
「は、はぁ……ご一緒、します」
珍しいセイジョーさんの誘いに、断る理由もなければ断るような意気もない。
わたしはセイジョーさん行きつけのカフェに行くこととなった。
「コスズメさんは冬に行われるメジナーロドニー大会をご存じかしら?」
カフェに入り、注文を済ませるや否やセイジョーさんはそう言った。
「えっと、メジ……なんです?」
「メジナーロドニー大会! 各国の代表が集まる国際大会よ」
「聞いたことない、ですけど……どうしたんですか、急に」
「あのムカツク2人のドヴォイツェ! なんて言ったかしら……」
「ヴィーチェスラーヴァです」
「そのなんたら、プルヴニー・ストゥペン大会優勝の賞品で国際大会への出場権を手に入れたらしいの」
つまりそれは、あの2人が世界大会に出るということだ。
「何感心してるのよ」
無意識の称賛がわたしの顔に出てしまっていたらしい。
それがどうしても気に入らないようでセイジョーさんは嫌悪感を吐き出す。
「コスズメさん、私たちもメジナーロドニー大会に出るわよ」
「……え?」
それはあまりにも唐突な一言。
だけど、しっかりと考えればそれも当然だった。
セイジョーさんはかなり負けず嫌いな性格だ。
となれば当然、あの2人へのリベンジを考えてないはずがなかった。
リベンジは――簡単に予想できはしたけれど。
「わたしも、ですか?」
「当然じゃない!」
セイジョーさんはキッとわたしを睨みつける。
「私とアナタのドヴォイツェで負けたのよ!? 2人でリベンジしなくちゃ意味ないじゃない!」
言ってることは「確かに」と思う。
けれど、リベンジ……あの2人ともう1度戦う……そして、勝つ?
「コスズメさんは負けたままで良いのかしら? 悔しいって気持ちは、次は勝ちたいって気持ちはないの!?」
悔しいという思いは、無いわけではない。
だけど……
「あのヤロなんたらってヤツはまぁいいわ。問題はもう片方――コスズメさんと因縁があるようだったけど」
レカルアさんの事だ。
確かにわたしとレカルアさんには中学時代からの因縁がある。
今までも散々レカルアさんにこき下ろされて、嘲笑われてきた。
「仕返しするなら今でしょ。今、前に進まないと」
「仕返しとか……でも……」
「でも?」
「確かに、その……やられっぱなしは、嫌です」
「でしょ?」
「はい」
少なくともセイジョーさんはそう言った返事を期待してる。
「決まりね。特訓するわよコスズメ・セッカ――あの2人にリベンジする為に!」
そう意気込むセイジョーさんだったけど、不意に「はぁ」とため息を吐いた。
「セイジョーさん……?」
「ただ1つ。問題があるわ」
「問題、ですか……?」
「いい? 私は元々ソロ専。ドヴォイツェでの戦い方なんて知らないわ」
それはわたしも同じだった。
確かに人並みにチーム戦やドヴォイツェ戦はしたことはある。
だけどそれは授業やお遊びの一環であって、それを専門にしてた訳でない。
「専門とまでは言わないわ。ある程度の経験がある人の師事を受けるべきね」
「セイジョーさんでも、人に教えてもらうことが……?」
「当然じゃない。ま、私が認められるような相手じゃなきゃダメだけれど」
「ヴァールチュカが強くて、セイジョーさんでも認められる実力の持ち主で、弟子にしてくれそうな人、ですか……心は辺りは、あります」
「誰よ」
「みんな頼れるスズメ先輩参上ー!」
「やっぱりやめたいわ」
「えー、せっかくアマユキちゃんが頼ってきたと思ったのにー!!」
やっぱり、わたしの宛てと言ったらスズメ先輩しかいない。
ということでスズメ先輩に相談することにしたのだ。
「つまり、ドヴォイツェ・ヴィーチェスラーヴァにリベンジして勝ちたいと」
「はい、そうなりますね……」
「それでその為の特訓をしたいってことですね」
「そうよ。本当はアナタだってリベンジする目標だから、あまり頼りたくもないけれど背に腹は代えられないわ」
「実際、その、スズメ先輩以上の騎使をわたしは知らないですし……」
「よろしい! 任せてください! このスズメ先輩がどーんと2人を強くしてあげましょう!」
わたし達に頼られたのがそんなに嬉しかったのか、スズメ先輩は満面の笑みで胸を張る。
そんな姿を見たセイジョーさんがただ一言、
「胡散臭い」
そう小声で呟いたのをわたしは聞き逃さなかった。
「で、えっと、ここは……ズルヴァンモール?」
目の前に聳え立つのは大型商業施設ズルヴァンモール、そのプラハ店だった。
「わざわざこんな田舎まで私を引っ張り出して、しかもズルヴァンモールですって!? ふざけてる」
なぜか、見るからに不満そうなセイジョーさん。
確かにドヴォイツェとしての特訓かと思ったらこんなショッピングモールに――それもステラソフィアから離れたかなり遠い場所だ――に連れてこられたら怒るのもわかる。
「なんでセイジョー家の長女たる私を、よりによって敵企業の施設に連れてくるって訳!?」
……どうやら理由はわたしが思っていたものとは違ったようだ。
「それもズルヴァングループなんて成り上がりの俄か企業の施設なんかに!」
「私ここのイメージキャラクターしてるんですよ……?」
「知らないわよ」
そういえば、一昨年くらいにこのズルヴァンモールがオープンしたときに、スズメ先輩がイメージキャラクターとして採用されたというニュースを見たような気がする。
それはさておき、わたし達が連れてこられたのはそんなズルヴァンモールの一角。
「プラモ屋ヒンメル」と掲げられた玩具店だった。
「ゲルダさーん」
「やぁリーダー、いらっしゃい」
「リーダー?」
「ニックネームみたいなものですよ」
「はぁ」
なんだか不思議なニックネームだけど、この店員さんがスズメ先輩のことを慕っているというのははなんとなくわかった。
「それでおもちゃ屋なんて連れてきて私たちに何をしろっていうのかしら?」
「ゲルダさん、アレを!」
「諒解だ」
スズメ先輩に言われて店員さんが台車に乗せて持ってきたのは――――
「えっと……すごく大きな、ダンボール……?」
「実家からの仕送りみたいな箱の大きさですよね!」
スズメ先輩の例えは分かりやすいような分かりづらいような微妙な線だけど、言いたいことはわかる。
「で、なんなのコレ」
「イェストジャーブトイズ製1/5スケール機甲装騎スパロー・トライアゲインフルパッケージセットだ」
「つまり、装騎スパローのプラモデルです!」
「スパローにプラモデルがあるんですか!?」
「知らなかったのかしら?」
わたしの驚きに答えたのはセイジョーさんだった。
「ステラソフィア生はある意味国民のアイドルみたいな存在よ。そんな中で特に人気のあるステラソフィア生の機甲装騎や、特徴的な機甲装騎が商品化されるなんて珍しくないわ」
そう言いながらセイジョーさんが指さしたそこは「ステラソフィアコーナー」というポップが張り出された一角。
そこには確かにスズメ先輩の装騎スパローのような人気、有名どころから、どう考えてもネタとしか思えないタコの風船入りプラモが置かれていた。
「ってタコ……?」
「アナマリアオオダコだな」
「なんなんですかソレ……」
「タコ型の巨大なアズルホログラムを操るチーム・アマリリスのアラーニャ・イ・ルイス・アナマリアの装騎ね」
「さすがアマユキちゃん。よく分かってるね!」
「それはいいとして、そのデッカイ箱。どーしろっていうのかしら?」
「そうでした! 本題ですが、今日から2人にはこのプラモデルを組みたててもらいます!」
笑顔でそういうスズメ先輩に、セイジョーさんが一言。
「は?」