第1話:憧れの機甲女学園-Létavice se Sejít-
「ついに始まりました、サクレ杯決勝戦! 実況はわたくし三つ子の真ん中イオラが担当させていただきます!」
人々の歓声に迎えられ、2騎の人型ロボット機甲装騎が会場内に姿を見せた。
「力強さは野生の力! 騎使ヤナーチェコヴァー・リポ選手! ケルビム型装騎レヴハルトに乗って登場です!」
鬣のように後ろに流した髪の毛が力強い、褐色肌の女性ヤナーチェコヴァー・リポ。
装騎はやや猫背気味で全体に対して長めの両腕、そして獣の爪ようなブレードが両手足に仕込まれているケルビム型装騎。
対刃短剣のように刃に隙間の空いた直剣ムスチートを構えている。
「対するは、甘い蜜には毒がある! 騎使カシーネ・アマレロ選手! 装騎はルシフェル型を改修した、通称Ⅶ型に乗っての登場です!」
小柄な体だが、強い意志を秘めた瞳を持つ金髪の少女カシーネ・アマレロ。
装騎は機翼のついた巨大なブースターパックをその背に持つ魔電霊子機関駆動装騎の始祖ルシフェル型装騎。
両手には刃がナックルガードのように伸びているナイフ・クイックシルヴァーが握られている。
「この戦いで、サクレ杯初の騎使女王が決まろうとしています。それでは、サクレ杯決勝ヴァールチュカ……」
イオラがマイクを強く握りしめ、湧き上がる期待を声に乗せ叫んだ。
「開始!!!!」
「カシーネ・アマレロ、ゴー・アヘッド!!」
聖暦169年突如としてこの世を去った天才騎使サクレ・マリア追悼の為に開かれたサクレ杯。
その第1回決勝戦の映像がテレビ画面から流れている。
「わぁ……やっぱりアマレロさんはすごいなぁ」
強力過ぎるブースターに、重心がやや後ろよりということで扱いにくい装騎ルシフェル。
その特性を生かした不規則な機動攻撃にわたしの目は奪われる。
この試合の結果はわたしはもうとっくに知っていた。
激しい戦いの末、アマレロさんが勝利を掴みサクレ杯初の女王となるのだ。
「ハニー・スニクト!!」
装騎ルシフェルⅦ型の鋭いナイフの閃きが装騎レヴハルトを襲う。
迷いのない戦い。
自分を信じて、装騎を信じた真っ直ぐな戦い。
「わたしも、こんな騎使になれたらなぁ……」
「全く、いつまでテレビを見てるの?」
思わず映像に没頭しそうになったわたしを、お母さんの声が引き戻す。
「今日からステラソフィア女学園で寮暮らしなのに……心配になるわ」
はぁ、とため息を吐くお母さんにわたしは何も言い返せない。
自分自身、今日この日がとても楽しみで――だけど、とても不安だったからだ。
「だけどねセッカ。お母さんはいつだってセッカの味方だからね。大丈夫――」
「人生なんだかんだで何とかなる、だよね」
「そ、なんとかなる!」
わたしは「国立ステラソフィア女学園入学案内」と書かれたパンフレットをギュッと握りしめた。
今日から始まるのだ。
ステラソフィア機甲科で4年間の学園生活が!
「そう意気込んでみたものの……」
ステラソフィア機甲科校舎裏にある学生寮。
煉瓦造りで薄い緋色の寮の美しさはとても目を引く。
機甲科寮に向かう新入生に、それを迎える上級生たち。
そんな人込みの中でわたしは前に進めずにいた。
動悸が激しくなり胸を締め付ける。
わたしは、ここに居ても良いのだろうか?
「コスズメ・セッカちゃん?」
突然呼ばれたわたしの名前にわたしの心臓が跳ね上がった。
目の前にはふわりとした金髪の女子生徒の姿があった。
返事をしようとするけど、緊張で声が出ない。
代わりにわたしは必死に首を縦に振った。
「私はチーム・ブローウィング4年、サエズリ・スズメです。よろしくおねがいしますね」
「よっ、よろしくおねがいしますっ!!」
わたしはスズメ先輩にチーム・ブローウィングの寮室へと案内してもらう。
ステラソフィア高等部は4年制で、4年生から1年生までの4人が「チーム」として同じ部屋を使うことになっていた。
「ちょっと、珍しいですね……」
「今じゃ実質ルームメイト決めって以外の大きな意味はないんだけど、2期生の頃からあるステラソフィアの伝統ですからね」
とはスズメ先輩の談。
やがてついたとある一室。
その扉には「チーム・ブローウィング」と書かれた表札が垂れ下がっている。
「ここが……ブローウィングの」
「うん、私達の寮室。セッカちゃんが今日から4年間過ごす部屋です!」
スズメ先輩がドアノブに手をかけ、そして捻った。
「せーのっ」
「「「ようこそ! チーム・ブローウィングへ!!」」」
スズメ先輩の声に、聞き覚えの無い2つの声が重なりわたしに歓迎の言葉を投げかけた。
わたしはスズメ先輩に促され暖かなベージュの色合いに飾られた部屋の中へと足を踏み入れる。
「それじゃ、セッカちゃんにブローウィングのメンバーを紹介しましょう。アオノちゃんから」
スズメ先輩の言葉に、青い髪に人のよさそうな先輩が前に歩み出た。
「ステラソフィア機甲科3年、チーム・ブローウィング所属オオルリ・アオノであります! 使用装騎はセノイ型をベースに霊子衝浪盾を搭載したアズル支援型装騎で名前は――」
「アオノちゃんストーップ! 今は軽くで良いから!」
スズメ先輩に制止されアオノ先輩は口元を抑える。
そして深々と頭を下げると、
「申し訳ないのであります。つい思わず……えっと、とりあえず、よろしくおねがいするのであります!」
アオノ先輩の勢いにつられてわたしも思いっ切り頭を下げた。
「いつまでやってんのよ!」
互いになかなか頭を上げないわたしとアオノ先輩に呆れたような声が浴びせかけられる。
その言葉を放ったのはとても強気な雰囲気が全身から溢れてくる黒髪の先輩。
「アタシは機甲科2年サエズリ・ツバメよ。精々この名前を偉大な先輩として胸に刻むことね。モチロン、スズ姉の次にね!!」
「サエズリって……」
「うん、私の妹なんですよね」
どこか控えめな感じがするスズメ先輩と違い、大仰な態度のツバメ先輩。
この2人が姉妹とはわたしにはどこか信じられなかった。
「で、アンタの名前は? せっかくコッチから名乗ってあげたんだからさっさと名乗りなさい。プロスィーム?」
「あっ、えっと、セッカです。コスズメ・セッカ……」
「コ・ス・ズ・メ・ェ~? 生意気な名前ね」
「ご、ごめんなさい!」
ツバメ先輩の謎の迫力にわたしは思わず謝ってしまう。
「ツバメちゃん、後輩をいじめない」
そこに間髪入れずに入るスズメ先輩の拳骨。
ツバメ先輩の言うことを分かっていたかのような素早い対応――というより、この様子を見る感じいつも通りのやり取りみたいだ。
「それじゃあ、自己紹介も終わったことですし恒例のアレ、行きましょう!」
「アレ……ですか?」
「やはりやるのでありますね!」
「えっと、何を、ですか?」
「さっさとグラウンドに行くわよ」
「だから何をするんですか!?」
「もちろん、新入生歓迎のチーム内対抗戦です!!」
スズメ先輩達に連れられてやってきたのは機甲装騎の屋外テスト場。
ここでチーム内対抗戦をやるという。
「チーム分けは私とセッカちゃんの4・1年ドヴォイツェとアオノちゃんとツバメちゃんの3・2年ドヴォイツェですね」
「しょーがないわね。まっ、精々スズ姉の偉大さを隣でよぉーく思い知ることね!」
「でもそれって、わたし達が身をもって思い知ることになりそうでありますけど……」
「グダグダ言わない! 行くわよアオノ!」
ツバメ先輩がアオノ先輩を引っ張って反対側へと向かっていく。
「私たちも準備しましょうか」
スズメ先輩に促されて、わたしは周囲を見回す。
ここが装騎用の演習場ならば間違いなくあれがあるはずだ。
見ると、それは演習場の壁際に設置されていた。
マルクト各地に設置された公衆通信機ADT。
「そう、正解です! それじゃあ、装騎の輸送手続きをしましょう」
わたしはADTに学生証情報端末――SIDパッドをかざした。
SIDパッドの情報とADTの情報、装騎の輸送申請がマルクト共和国の中央データベースを経由しステラソフィア地下の装騎ガレージへと送られる。
そこから地下に張り巡らされた輸送ルートを辿り、わたし達のいるこの場所まで機甲装騎が自動で運ばれてくる仕組みだ。
「元々は軍事用だったんですけど、マルクト共和国が装騎大国として発展するために一般にも開放したんです」
「物知りですね」
「まぁ、周りに詳しい人が多いからなんですけど」
申請から暫く、舗装された地面がアラートと共に割れ、2騎の機甲装騎が地下からその姿を現す。
最初に現われたのはスズメ先輩の装騎だ。
サンドイエローの騎体にブラウンが走る獣脚型の機甲装騎。
わたしはその装騎をよく知っていた。
「スズメ先輩の装騎スパロー……本物だ」
装騎スパローの独特なデザインはテレビでもよく取り上げられている。
マルクト装騎初の獣脚型装騎で、さらに国内でも使用者が少ないからだ。
「シャールカ型装騎スパロー。私の愛騎です!」
武装は装騎スパローよりもやや長めの短剣。
「両使短剣サモロスト――かっこいいでしょ」
自慢げな笑みを浮かべるスズメ先輩に同意する。
滑らかで独特な曲線を描くその短剣に、むしろ美しいとさえ感じたからだ。
「次はセッカちゃんの装騎だね」
スズメ先輩の言う通り、わたしの機甲装騎が姿を現わす。
細身の体躯、丸く滑らかな装甲。
それは、中型装騎の代表であるアブディエル型装騎を思い出させるデザイン。
「この機甲装騎が、わたしの……」
実を言うと、わたしは自分の装騎を目にするのがはじめてだった。
それもそのはず、ステラソフィア女学園機甲科では入学時に学校側から個人個人に合わせた装騎が支給される。
その装騎がどんな装騎になるのかわからなかった。
そう、今、この時までは。
「NPS-Fäフリッカ。NPS-Fjフライアと姉妹装騎として開発された軽量中装騎の1騎、ですか」
シンプルな白の塗装が雪のような美しさを出している。
武装は右手には柄が長めの直剣ヴィートル。
左手には凧形盾ドラクシュチート。
この剣士のような剣と盾を装備したのがわたしの新しい装騎。
「よろしくね、スニーフ」
純白の騎体をそっと撫でると、わたしは装騎スニーフに乗り込んだ。
新品の装騎独特の匂いが鼻をくすぐる中、わたしは装騎スニーフを起動する。
瞬間、わたしの背筋に悪寒が走った。
なんのことはない、それはわたしと装騎が正常に繋がったという証拠だ。
「騎使認証クリア、霊子伝達接続、正常。バッテリー残量、問題なし。霊子抽出開始……アズルリアクター稼働。魔電霊子アズルの生成開始……アズル出力、安定」
わたしはそのまま、機甲装騎起動のお決まりの手順を踏襲する。
「全項目、オールグリーン……」
「どう、セッカちゃん。大丈夫そう?」
スズメ先輩の姿が装騎のサブディスプレイに表示された。
「は、はいっ。問題ないですっ」
「ツバメちゃんとアオノちゃんは?」
「問題ないわけないじゃない!」
「準備万端でありますよ!」
ツバメ先輩とアオノ先輩の言葉にスズメ先輩が頷く。
そして、言った。
「それではさっそく行きますよ! ブローウィング、チーム内対抗戦……」
「「「「開始!!!」」」」