チャラ男、ダメ、絶対
前世の自分と今生の自分。
実はいまだに感情が食い違う事がある。
方や生まれてからずっと病床の身の世間知らず。
方や貴族としての教養を得たお嬢様。
かたや恋愛に憧れるオタク属性ゲーマーの庶民。
かたや結婚は政治だと考える、超一流貴族。
真逆とも思える思考回路が統一されるのは難しいんだろう。
どちらも自分である自覚はあるけれど、どちらも他人事のように感じたりする事もある。
ただ学園内にいる時は、オタク属性が発揮されてるせいか、90%近く前世の自分が出てきてる。
しかし、流石は今生。
今、私は前世の意思を跳ね除けて、ハッキリとルミリアの意思を感じている。
そりゃもうバリバリ感じる。
叫びたいくらい…
「それ以上は近付かないでいただこう‼︎」
あ、叫んじゃったよ…
「え?…え〜っと、俺…君になんかした?」
オレンジ色の髪を搔きあげ、琥珀色の瞳をパチクリさせて目の前で戸惑っているのは、次の対戦相手である
【ギルベルト・グノーム】
彼も攻略対象者の一人で、グノーム辺境伯の後継。
グノーム辺境伯爵家は、東のグリフィス、西のグノームと並び呼ばれる、国防を担う武闘派一族だ。
ギルベルトも幼少から厳しい訓練を受けていて、実力は折り紙付き。
だが、あまりの厳しさに嫌気がさし、学園では羽根を伸ばして遊び放題…という設定だ。
実際【フェア恋】での彼はお色気担当のナンパなチャラ男で、ヒロインをヤキモキさせていた。
ちなみに、前世の意見を言わせてもらえば、チャラ男なのに、脱いだら凄いというギャップに萌えまくりで大好きでした。
武闘派一族ダテじゃない‼︎
チャラ男なのにムキムキ‼︎
腕ヤバイ‼︎
胸板ヤバイ‼︎
ギルベルトも自分の魅力を分かってか、スチルはいつも着崩れてるか、半裸か、全…
コホン。
【フェア恋】は全年齢対象だから心配ご無用。
病室でR指定をプレイする勇気はなかった。
つまりだ。
前世の私は大好物だったギルベルトに対し、今生のルミリアはギルベルトを思いっきり拒否ってるってこと。
今だってギルベルトの騎士装備スチル眼福〜!って思ってるのに、身体は今以上に距離を詰めるのを拒否ってる。
(まぁ…ルミリアはお嬢様だしね。)
実はこうなっている原因は分かってる。
魔法特待クラスで聞いた噂だ。
『それでね、ギルベルト様が私の瞳を覗き込んで…』
『あのたくましい腕に抱かれると、』
『優しく髪を撫でて、愛を囁いて下さったの。』
自由で博愛主義者のギルベルト様は、みんなのもの。
そんな謎な共通認識の中で囁かれる破廉恥な内容に、ルミリアは全身で嫌悪感を感じていた。
しまいには
『ギルベルト様に触れられただけで、子どもを授かってしまうそうですわ。』
なんて言われた日には、恐怖以外の何でもない。
本来なら自身の見聞きした事を真実とし、噂に惑わされないルミリアだが、隠しきれない嫌悪感と、用心にこしたことはない。との結論に至ったのだろう。
「何かされたわけでは無いが、必要以上に近付く理由もない。」
「え〜、寂しいこと言わないでくれよ。」
「な、何故近付く⁉︎」
「え〜、だって俺…」
ペロリと唇を舐める仕草に、ルミアの小さな悲鳴が上がる。
どんだけ苦手なんだ。
「やめ、近付くな‼︎」
「俺、接近戦が武器だから。」
(速いっ‼︎)
ライラックの時のような気の緩みがあったわけじゃない。
しかし、ギルベルトの踏み込みは懐に迫るものだった。
胸へと突いてきた剣を、上半身を捻って避ける。
だが、突きは囮だ。
ギルベルトは捻った事で開いた脇腹に、大きな拳で渾身の一撃を放った。
「っ…そうか。グノームの戦闘術は体術を基本としていたんだったな。」
「俺の拳を剣で止めるとか…やるね。」
「このくらい何でもないさ。君のお祖父様の一撃に比べたら、ね。」
「グリフィスとグノームは縁が深いからな。」
「…だが、グノームとの縁は今代までのようだ。」
「…どう言う意味?」
「グノームの後継がこの程度なら、この先グリフィスと並び立つ事はないだろうからね。」
ギルベルトの表情から笑みが消える。
「学園では楽しく過ごしているのだろう?君が決めた道だ。何を怒る?」
「別に?たださ、ちょっと生意気な口が過ぎるかなぁ〜…ってね‼︎」
振り降ろされる剣圧が重い。
鋼の様な筋肉は伊達じゃないわけだ。
激しい剣撃の中、四肢も攻撃の手を休めない。
ライラックの騎士教本のような剣術ではない、戦さ場で磨かれた超攻撃型の連撃。
それは肉体強化を全身に施したこの身体でも受け止めきれない。
(ま、受け止めてやる義理もないか。)
「少し息がきれているな。ギルベルト・グノーム。気は済んだか?」
「なに…?」
「ならば次はこちらが攻めさせてもらう。」
「なっ、消え、グァッ‼︎」
瞬間的に死角へと潜り込み、剣の肢で顎をカチ上げる。
軽く脳を揺らし、不安定な足元を払い、倒れたギルベルトを見下ろせば、痛みに歪んだ顔…ではなく、呆けた様な顔で見上げていた。
「これはグノーム辺境伯に教えていただいた技だ。偉大な祖父を師に持ちながら、何故身を崩す様な真似をしているのか…私には理解出来ない。」
「グリフィスの後継なら分からないか?幼い頃から遊ぶ時間も与えられず、国の為、領民の為って鍛錬ばかりを強要される。」
「それが国防を担う一族に生まれた宿命だ。」
「随分とご立派なんだな。…俺には理解出来ないね。確かに国も領民も大切だよ。けど俺は?俺自身の幸せはどこにある?毎日ジジィに殴り飛ばされて過す…それが俺の運命か?」
諦めたようにポツポツと話すギルベルトの瞳には、うっすら涙が浮かんでいるように見える。
ギルベルトの根底にあるのは孤独。
グノームとしての重責。
ギルベルトはヒロインを愛する事で孤独を癒され、グノームの重責に立ち向かっていくのだ。
「ギルベルト・グノーム。…いや、ギルベルト。君は自分の事をまるで分かっていない。」
「お説教はごめんだよ。」
「いや…そういうわけじゃないんだ。ただ、もったいないと思って…」
ギルベルトの本音を聞いて、ルミリアの中の嫌悪感が薄らいだのかもしれない。
「君はあれだけお祖父様に愛されているのに、理解していないのだろう?それは哀しい事だ。」
「あ、愛?あのジジィに愛情なんて」
「私達の祖父程、国を、領民を愛している人はいないよ。愛情深いからこそ、あの2人は戦い抜いてこれたんだ。」
グリフィスとグノームは、共に戦の最前線で戦う。
そこは死が隣り合わせの場所だ。
一瞬の油断が。
些細な偶然が。
生きたいともがく者の奇跡が。
いつ自分を死へと導くか分からない場所。
「そんな場所に立つ理由を考えないのか?」
それはひとえに愛する者の為。
国、領民、家族、大切なものを奪われぬ為に、彼等は死をも恐れず戦うのだ。
ルミアの言葉に、ギルベルトの瞳が揺れる。
「大切なものを…奪われぬ為に…」
「グノーム殿も人である以上いつかは死ぬ。だから君を鍛えるんだ。自分亡き後、愛する君が君の大切なものを奪われぬように。守れる力を君に残したくて。」
ルミアもまた、アラン・グリフィスによって愛され、鍛えられてきた。
それをルミアは誇りに思っている。
「私達は随分と愛されている。」
「愛が重すぎだっての…」
晴れやかなギルベルトの笑顔に、ルミアも微笑みながら頷いた。
「……、しかし、すまなかった。ギルベルト・グノーム。君がこんな風に悩んでいたとは思わなかったんだ。なのに私は君という人物を噂だけで決めつけてしまっていた。その…許してくれるだろうか。」
「許すって…、ははっ、気にするなよ!グリフィスとグノームは縁が深いんだ。つまり、俺たちはもう親友だろ⁉︎」
「は?」
ガバッと起き上がったギルベルトに強く抱き締められて、華奢な身体がすっぽりと胸へと収まる。
「ありがとな、ルミア。これからもずっと隣にいてくれ。」
本日二度目の耳元へのイケボ爆撃に、ルミアの顔が真っ赤に染まり、腰に触れた手にビクリと震える。
「ん?ルミア、顔が真っ赤で女の子みたいだな。」
「け、け、け、」
「ははっ、可愛いなぁ、お前!」
「顕現せよ‼︎愚か者を断罪せし大地の剣‼︎ガディアス‼︎」
パニックになったルミアが召喚した魔法武器により、演習場は半壊。
優秀な指導者のおかげで怪我人は少数に留まり、正気に戻ったルミアの回復魔法で事なきをえた。
が、ルミアが要注意人物となったのは言うまでもない。
3/20