ヒロイン発見
「ハッハッハッ、随分仲良くなったものだな。」
「はは、ちょっと浮かれて周りが見えなくなってたかな…」
「す、すみません!すみません!僕が取り乱しちゃって…」
授業を終えた瞬間、ミスティーから平謝りされて、イグニスから笑われる。
え、なにこれ、スチルは⁉︎スチル保存は出来ますか⁉︎
これがクラスメイト‼︎
素晴らしきかなクラスメイト‼︎
これが毎日続くの⁉︎
良いんじゃない?ルミア生活良いんじゃない⁉︎
「しかし驚いたな。ルミアは魔法が使えるのか。」
イグニスの問い掛けに、ミスティーと周囲の耳が集中する。
教室の真ん中で話してれば聞かれて当然か。
別に隠す必要はないけど、問題は匙加減。
今までの経験上、素直に話してもろくな事にはならないのは身をもって実証済みだ。
『二重詠唱だと⁉︎嘘をつくな‼︎』
『ば、化物…』
大抵こんな反応。
男子が魔力を有する事自体が宝クジで一等を当てる位の確率なのに、その魔力がほぼ無尽蔵ともなれば、もはや畏怖の対象にすらなる。
「使えるよ。でなきゃこの貧相な身体で騎士は務まらないからね。私は運が良かった。」
「なるほど、肉体強化系の魔法か。なに、ルミアもミスティアナもまだまだ成長期だ。学園で鍛えあげれば強靭な肉体を持てるようになる!」
厚い胸板をバンと叩く姿に、ゲームのイグニスらしさを感じて感動する。
が、強靭な肉体のミスティーは勘弁して欲しい。
きっとそこに需要はない。
「肉体強化系…僕は補助系魔法は全然で…使えるのは水属性の魔法だけです。」
「それはオンディーヌ侯爵家が水の精霊の加護を受けているからだ。ミスティーは余程精霊達に愛されているんだな。」
「なるほど。ではグリフィス辺境侯爵家のお前には、武の精霊の加護があるのか。」
「はは、武の精霊とか聞いた事ないけどね。むしろお祖父様の存在自体が武の化身って感じだよ。」
自分の能力もチートだが、お祖父様の能力もチート過ぎると思う。
魔法強化なしであの強さ。
お祖父様が生きてるうちは、フェリス王国は安泰だ。
「精霊の加護…僕が、愛されて…」
ミスティーのサファイアの瞳がキラキラと煌めきを増す。
「ルミア様…ありがとうございます。僕、少し…少しだけど、頑張れそうな気がします!」
ぐっ、な、なにこの可愛い生き物‼︎
笑顔眩しいんですけど⁉︎尻尾と耳が見えますけど⁉︎
誰かスチルを‼︎
このスチルを保存して‼︎
「ルミア様?顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫‼︎慣れない環境で興奮気味なだけだから!」
「そうですよね、編入初日ですし、緊張しますよね。あの、僕で良かったら力になりますから、なんでも言って下さい。」
「俺も力になろう。遠慮はいらないぞ。」
こうして初日から攻略対象者二人の友人ポジションをゲットした学園生活は、なんとも青春ぽい感じでスタートした。
イグニスは面倒見が良く、学園の事、騎士特待の事など色々教えてくれた。
ミスティーには…もの凄く懐かれた。
あのオドオドしていたのが嘘のように、今はキラキラの笑顔で「ルミア様」を連呼する。
こんな可愛い生き物に懐かれて、嬉しくない人間がいるだろうか?
いや、いない。
絶対いない。
もう思いっきり抱き締めて、グリグリしたい‼︎
お持ち帰りして、抱き枕にして眠りたい‼︎
べったべたに甘やかしてあげたいっ‼︎
…けどルミアがやると変態認定確定で、ミスティー逃亡も確定なのでしないけどね。
学食も美味しいし、校舎も綺麗。
教員のレベルも高く、授業内容の質も良い。
アヴァロン学園は、想像以上に素晴らしい場所だった。
(まさか自分が通える事になるなんて…)
一日の授業を終え、グリフィス領にある自室のベッドに入っても、まだ興奮は冷めない。
冷めないどころか、明日の事を考えるとワクワクしてしまう。
明日はルミリアとして、魔法特待クラスに編入する。
そして午後からは騎士特待クラスで、二年次初の演習訓練予定。
騎士達の戦う姿を生で見られるなんて、【フェア恋】ファンにはたまらないイベントだ‼︎
(今日はイグニスとミスティーでいっぱいいっぱいだったけど、明日は他の3人の攻略対象者ともお話し出来るかなぁ…)
実のところ、今日は他の攻略対象者を視界に入れない様に努めていた。
何故なら、キャパオーバーだったから‼︎
同じクラスってだけで大興奮なのに、実物とお話しとか‼︎
お友達認定とか‼︎
幸せ過ぎて辛い‼︎
興奮のあまり鼻血とか吹いた日には、変態認定確定だ。
(やっぱり暫くは距離を置いて、冷静に対処しよう。)
変態認定なんて不名誉は避けたい。
(…けどあのキャラ達を前に、冷静でいられる自信がないわ…)
何度プレイしても、ボイスを聴いてはときめいて、スチルを見ては悶え、イベントでは萌え狂い、エンディングで昇天してきたのだ。
(想像以上に過酷な試練だわ…)
お友達ポジションなんて贅沢は言わない。
せめて普通のクラスメイトとして、お話してみたい。
そんな事を夢見ながら眠りについた私は、現実を甘く見ていた事を翌日痛感する事になる。
「私、フィオナ・ルミニスと申します。」
(は、花が飛んでるっ‼︎)
魔法特待クラスに入ってすぐに気付いた。
フィオナ・ルミニス男爵家令嬢。
彼女がヒロインである事に。
一言で言えば、オーラが違う。
とにかく可愛いのだ。
ミディアムヘアは柔らかなブロンドで、キラキラと虹彩の入ったブラウンの瞳はパッチリと大きく、長い睫毛は音がしそうなくらい。
(これは攻略対象者達も恋に落ちるわ…)
【フェア恋】は疑似恋愛を徹底していた為、ヒロインに名前や顔の設定はなく、スチルも身体の一部や後ろ姿、顔を隠した状態などでしか描かれていなかった。
だからヒロインを特定するには時間がかかるだろうと思っていたが、これは疑う余地も無い。
「あのルミリア・ランフォート様とご学友になれるなんて、本当に嬉しいです!」
まず、フェリス王国最大の権力を持つランフォート公爵家令嬢に対し、男爵家令嬢の身分で物怖じせずに話しかける行動力。
それを周囲が「身の程知らずな女」と睨みつけている事に気付いていない鈍さ。
裏表のない天真爛漫な笑顔。
(天使だわ。控え目に言って天使‼︎なんて可愛いの⁉︎こんな可愛い子が三年間自分磨きして、ますます魅力的になっていくんだから、騎士達も恋して当然ね。)
本当に可愛くて、守ってあげたい感がハンパない。
(比べて私は…何て可愛げがないのかしらね。)
男の姿に化けてまで、剣を握って戦うことをやめられない。
貴族の義務であり、今は趣味でもある。
騎士達に守られる令嬢ではいられない。
「ルミリア様とお呼びしても?」
「えぇ、もちろん。」
「ありがとうございます!私、ルミリア様にずっと憧れていたんです!」
「わ、私に?」
「はい!ダンスやマナーの先生方は、いつもルミリア様を褒めてました。『あの方程、優雅で気品に満ちたご令嬢は他にいない。』って。だから、私もいつかはルミリア様のような女性になりたいと思ってきたんです。」
確かに公爵家令嬢として、模範になる様にマナーや教養は磨いてきたつもりだ。
それも最上位の貴族としての義務なのだから。
けれどそれをこんな風に『憧れ』と言われるとくすぐったい。
「でもルミリア様は国外へ留学なさってると聞いていたので、こうしてお会い出来て本当に嬉しいです。」
グリフィス領での討伐三昧の日々は、表面上国外留学として公表されている。
これも両親の配慮だと思うと、少しばかり胸が痛む。
(お父様達も、フィオナちゃんみたいな娘が欲しかったんでしょうね。)
「フィオナさん、私も貴女の様な方とお友達になれて嬉しいわ。仲良くして下さいね。」
差し出した手を握り返した彼女の手は、小さくて細くて、とても柔らかかった。
3/19