兄貴と仔犬
「今日から皆さんと一緒に学ばせて頂く事になりました。ルミア・グリフィスです。よろしくお願いします。」
騎士らしく…と意識して、凛々しくも和かに挨拶をして微笑む。
が‼︎
内心それどころじゃない‼︎
(ま、まさか攻略キャラ達と同じ特待クラスだなんてっ‼︎夢⁉︎夢なの⁉︎眩しい‼︎尊いっ‼︎美しいっ‼︎)
現在の人格は前世成分90%の勢いで、脳内フルスロットル状態だ。
騎士特待クラスは少数の優秀な生徒のみが集められるクラスで、一年生時の成績優秀者で構成される。
ゲームでも【フェア恋】の五人の攻略対象者はこの騎士特待クラスで、日々切磋琢磨している設定だった。
だがヒロインは魔法特待クラスだった為、実際に攻略対象者達のクラスでの様子などスチル一枚の情報もない。
(それがまさかの同級生‼︎し、心臓バクバクする‼︎ヤバくない⁉︎発作とかおきたら今生強制終了⁉︎)
「グリフィスって…まさか英雄アラン・グリフィス様の一族か⁉︎」
「最近噂になっていた、グリフィス領最強騎士とか呼ばれてる奴かよ‼︎あんな女顔の奴が⁉︎」
「アラン様を差し置いて最強とは笑わせる。あんな貧相な身体で本当に剣が振れるかも怪しいものだ。」
「家柄や噂でこの特待クラスに入れるとは…アヴァロン学園も権力には勝てぬか。」
脳内お花畑状態に吹いたモブ虫の囁き(酷いな…)に、ちょっとだけ思考が落ち着きを取り戻す。
自身に向けられる辛辣な言葉に傷つく事は微塵もないが、納得は出来た。
特待クラスになる為には、一年生時死にものぐるいで実績を残さなければならない。
それ程狭き門なのだ。
それをなんの苦労もなく、二年生から編入して来ました!と言われて、素直にようこそ!なんて言えないのだろう。
しかもルミアの身体はルミリアと大差無い為、年齢にしては細身の…騎士としては貧相な身体だと言われても反論出来ない。
普通に考えれば、グリフィス辺境候の権力で編入して来たと思われるに決まってる。
(こんな当たり前の事も忘れてたとか…浮かれ過ぎの自覚はあったけど、情けない。ごめんね、お祖父様。)
フェリス最強の英雄が、孫を特待クラスに捻じ込むなんて姑息な真似する筈が…
「貴様ら、英雄アラン・グリフィス様をこれ以上愚弄すれば、俺が黙ってはいないぞ。」
熱量の篭った声が教室に響くと、ざわついていたのが嘘のように静まり返る。
(あ、あれは…)
燃えるような赤い髪と、ルビーのように輝く真紅の瞳。
【フェア恋】のアニキ的存在、イグニス・サラマンディ‼︎サラマンディ伯爵家の三男ながらも、兄達を超える剣武の才を持つ烈火の騎士!
「ようこそ、ルミア・グリフィス殿。俺はイグニス・サラマンディ。貴殿の噂は聞いている。近いうちに是非手合わせ願いたいものだ。」
「私もイグニス様のお噂はかねがね。こちらこそ是非お願いします。」
「イグニスと呼んでくれ。身分の差はあるが、ここは学園だ。無礼でなければルミアと呼んでも?」
「勿論です。是非皆さんもルミアと呼んで下さい。」
アニキのお陰で大分クラスに馴染む事が出来た。
辺境候の地位も、英雄の血族も、距離を置くのに十分な理由になってしまう。
しかし、クラスに求心力のあるイグニスが伯爵家の地位でも対等だと示した事で、一気にそれらが軟化した。
一限目は剣術の座学の授業で、すでにそれらはお祖父様から叩き込まれている私は、一番後ろの席から攻略対象者達の後ろ姿をうっとり眺めている。
(ヤバイ〜…本物だ〜…)
目の前に映るふわふわの水色の髪。
私と同じくらい華奢な身体の男の子。
彼はミスティアナ・オンディーヌ。
女系一族で有名なオンディーヌ侯爵家の末弟で、唯一の男子。
優しくて繊細な、女の子のような男の子だ。
こんな華奢な彼が、何故騎士特待クラスにいるのか。
それは彼が男子ながらに魔力を保有し、それが戦闘に特化した物だから。
本来な魔法特待クラスで学ぶべきだが、何しろ男子が魔力を保有する事は滅多にない。
女子クラスに一人放り込むわけにもいかないのだろう。
(可愛い顔して、水属性の魔法使うとメッチャ強いんだよね。そのギャップ萌えがまた…)
ジッっと見過ぎたのか、恐る恐るといった感じで振り返ったミスティアナと目があった。
「ぁ、ご、ごめんなさい‼︎」
(可愛い…)
目があっただけでプルプルと…君は仔犬ですか?
今が授業中でなければ、構い倒したかった。
(授業と言えば…)
アヴァロン学園の授業は、私が知る学校とはちょっと違ったシステムのようだ。
朝から夕方まで授業が続くわけではなく、座学と演習はクラス単位で全員参加が決められているが、それ以外は自習扱い。
図書館には学者や教員が駐在しているので、そこで知識を深めるもよし。
常に解放されている演習場には軍や騎士団から入れ替わりで講師役が来ているので、実戦形式で鍛錬し学ぶもよし。
職人常駐の錬成場で武器防具の錬成訓練をするもよし。
生徒の自主性を尊重するシステムになっている。
(つまり行動が自由な分、空いた時間はルミリアとして魔法特待クラスに通えるわけか。)
すごく御都合主義な気もするが、そもそも乙女ゲームとはそういうものだ。
いくら今は現実世界でも、目の前にこうも見知った面子が揃えばゲーム気分も仕方ないと思う。
(それにしてもふわふわな髪だなぁ。ゲームの時もこのふわふわに癒されたっけ。髪を撫でるとくすぐったいって言いながら、嬉しそうに笑って…)
「ひゃっ‼︎」
「ぁ、」
思わず触ってしまった。
「ご、ごめん!ミスティアナの髪がふわふわで綺麗だったからつい…」
「え、あ、僕の名前…」
「えっ⁉︎あ、いや、ほら、君は有名だから!」
「っ…」
「一年生の時に演習で見せた魔法、凄く綺麗だった。…って、聞いたんだ‼︎水の属性魔法は扱いが難しいのに凄いよ。」
「え…?」
「ん?」
「僕のこと…今…凄いって…」
「もちろん。素晴らしい力だよ。私も魔法が使えるんだが、水属性は一番扱い辛くて…」
「魔法…使えるの⁉︎」
ガタン‼︎と激しく立ち上がったミスティアナに、クラスが静まり返る。
あの大人しいミスティアナが、興奮気味に編入生へ詰め寄る…。
その異常性が更に視線を集めた。
「ミスティアナ、ちょっと落ち着いて、」
「魔法を使える男子が僕の周りにはいなくて、だからティターニア様が女の子と間違えたとか、でも僕は男だから、魔力のコントロールもままならなくて、」
そうだった。
プレイし過ぎて、基本を忘れていた。
ミスティアナはコンプレックスの塊だったんだ。
彼は女の子のような容姿も、魔力も疎んじていた。
でも女の子のような容姿も、魔力も失ったら、誰にも見向きされないのだとも理解している。
一族の期待も失望に変わるだろう。
それが怖くて、情けなくて…
エンディングでは、コンプレックスを乗り越えたミスティアナが、水属性の魔法を習得し騎士として討伐任務へ出かける。
そして倒した魔獣の魔石を手にヒロインの元に戻り、それを渡してプロポーズする。
その凛々しい姿を知っているから、コンプレックスの塊である今を思い遣ってやれなかった。
(そうか。今はまだ二年生の始めだから、全員ヒロインとの出会いイベントは終わってるけど、恋としての進展はこれからが本番なんだ。)
「ルミア様はいつから魔法が⁉︎どんな力を」
「大丈夫。大丈夫だ。ミスティアナ。」
席を立ち、興奮したミスティアナの、ちょっと目線より低い頭を撫でてやる。
「君の力は君だけの特別なものだ。それを疎んじる必要なんかない。だって、その力が領民を、国を救うのだから。ティターニア様は、能力を扱えない者に力をお与えにはならないよ。」
「ルミア…様…」
「大切な人を護れる力を、誇れる日が必ず来る。」
「本当…に?」
「今はまだ信じられないだろうね。でも大丈夫だよ、ミスティアナ。君を理解し、君を癒やしてくれる人との出会いが、君に自信を与え、きっと君を強く変えてくれる。」
それが【フェア恋】の素晴らしいところだ。
イベントを繰り返すたびに、騎士達は成長していく。
例えミスティアナルートに入っていなくても、ヒロインは良き友人として、想い人として、ミスティアナの心を支える存在となってくれる。
「ルミア様…」
「魔力を有する者同士、共に学び成長しよう。ね、ミスティー。」
サファイアのような煌めく瞳を潤ませたミスティアナの愛称を呼び、そっと抱き締める。
震える身体がビクリと跳ねたけど、次の瞬間には痛いくらい強く抱き締められた。
ボロボロと大粒の涙を流しながら「ルミア様」を繰り返すのは、私が大好きだったミスティーそのもので、ずっとこうして震える彼を抱き締めてあげたかったんだと思い出す。
それだけで、転生した甲斐があったと思う程に。
(ヒロインではないけれど、こうして仲間として支えていけたらいいな…)
クシャクシャと柔らかな髪を撫でると、可愛い顔が私を見上げて可憐に微笑んだ。
(か、可愛い〜っ‼︎)
ぽん
「………ルミア・グリフィス」
「あ……」
授業中…でしたね…
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