アヴァロン学園
「こ…ここが…アヴァロン学園…」
目の前に広がる荘厳な雰囲気の建物を、私は何度こうして正面から見ただろう。
頭の中では【フェア恋】オープニング曲が絶讃エンドレス中。
「ほ、本物だぁ〜…」
やばい。
本気で泣きそう。
キャラも背景もなにもかもが美麗と定評のある【フェア恋】のオープニングは、この校門前から始まる。
何度病室でオープニング曲を歌って怒られただろう。
だってヘッドフォン着けてると分からないんだもん‼︎
ヒロインはドキドキの入学式の朝、今まさに私が立つここで校舎を見上げる。
そこに一陣の風が吹いて、舞う花吹雪の先に五人の男子の姿が見える。
素敵な騎士達との素敵な恋物語の舞台。
まさか本物を拝める日が来るなんて‼︎
嬉しい‼︎嬉し過ぎる!
でも…だから色々おかしいでしょうよ‼︎
「あ、あの…グリフィス様?」
「っ、すみません。行きましょう。」
「ではまだ授業まで時間がありますから、学園内をご案内します。」
…憧れのアヴァロン学園。
なのに何故私はルミリアでなくルミアなの⁉︎
なぜ憧れのダークブルーのワンピースでなく、堅苦しい制服なの⁈
だからどうしてこんなるの⁉︎
いえ、今回は私が悪かった…
討伐本部に届いたランフォート家からの手紙には、アヴァロン学園への入学の旨が書かれていた。
それを見て悲鳴を上げた私を見たカーライルの顔は…思い出したくない。
踊り出したいくらい興奮しきった私は、カーライルを置き去りにしてすぐさま実家にテレポート。
この長距離をテレポートしたのか⁉︎と驚愕するお父様に詰め寄り、突然の入学の理由を聞いて驚いた。
現在、王国騎士団一番隊隊長を務めるアスタル・ランフォート、アスタル兄様が、王家から力を認められて新たに聖騎士団の団長へと任命された。
聖騎士団は精鋭中の精鋭で構成された実力者集団。
普通騎士団は王家や城の護衛任務を主とするが、聖騎士団は国防戦や魔獣討伐までもを任務とする。
つまり、力を必要とするものの元へと手を差し伸べられる組織。
それは幼いルミリアが夢に見た組織だ。
それを知るアスタル兄様は、実力的には申し分ない私を入団させようとしたが…王家勅命の聖騎士団の団員には、そう簡単になれないらしい。
実力はもちろん、騎士としての資質、教養、道徳、智略戦術、礼節…それらが必要で、グリフィス領で斬って斬って斬りまくりの日々を過ごしていた私には色々足りなかった。
そこで、騎士道を学ぶべく、アヴァロン学園への入学を打診してきたらしい。
『アスタルはお前が魔獣討伐にばかり明け暮れているのを心配していたからな。せめて手元に置いて見守りたい
のだろう。しかし、お前は女の子だ。ルミリア、今からでも普通の令嬢に…』
『行きます‼︎アヴァロン学園行きたい‼︎いつからですか⁉︎明日ですか⁉︎今からでもいいですか⁉︎飛びますか⁉︎』
あの時、何故お父様の言う通り普通の令嬢に戻ると言わなかったのか…
そうすれば、今頃私は憧れのダークブルーのワンピースを着て、素敵な騎士達との出会いを純粋に楽しんでいられたのに‼︎
(…なんて…ね〜…)
奇妙な話だけど、私は今ルミリアだ。
17年間、ルミリア・ランフォートとして生きてきた。
ノーブレスオブリージュ…
ルミリアは誇り高い公爵家令嬢で、自身が貴族であり、力を持つものである事を理解し、その責務を果たして当然だと思ってる。
だから前世の記憶がドキドキ青春ラブストーリーを求めていても、そこに手が届くと分かっていても、私は私の生き方を容易く変えられない。
このルミリア・ランフォートは、そんな軽い気持ちで生きてきたわけじゃない。
(結局貴族の責務を放棄したり出来ないんだよね。いや、女の子なんだから、性別偽って剣握る必要性はないと思うんだけどさ。)
けれどこの10年、グリフィス領での討伐の日々で痛感した事がある。
私は強い。
ゲーム内ならチート過ぎてクレームものだ。
生まれ持った剣武の才と強大な魔力。
私が戦えば、討伐部隊は怪我をする事もないし、効率良く瘴気をちらしていける。
結果、領民達が安心して暮らせるならば、剣を手放す選択肢などある訳がない。
(所詮恋愛は憧れ。いや、マジで恋愛したいけど‼︎したいけど、その為に剣を手放すのは…違うっていうか…)
「最後にここが学園長室となります。…グリフィス様?」
「へ?あ、あぁ、ありがとうございます。」
「2年生からの編入は異例の事ですし、緊張されて当然ですわ。もしよろしければ、放課後改めて学園の案内を…」
「いや、必要ありません。学内マップは完全掌握しています。イベント発生の場所とタイミングまでガッツリ…コホン、では私はこれで。」
呆然とする学員を残し、案内された学園長室の扉をノックする。
「入りたまえ。」
「失礼します。」
重厚な扉には魔法が仕込まれているらしく、驚く程軽く開く。
「初めまして。私はルミア・グリフィスと申します。お会い出来て光栄です。ヴェルトラム学園長。」
ゲームとまったく同じ学園長室と学園長の姿に、改めてここが【フェア恋】の世界なのだと思い知る。
ヴェルトラム学園長は王家の血筋でありながらとても気さくな方で、生徒の事を本当によく見ている。
ゲーム内でもヒロインを気にかけて、様々なアドバイスを与えてくれた。
ハッピーエンドで身分が格上の騎士と無事結ばれたのは、学園長の後押しがあったおかげだったし。
その節は大変お世話になりました。
「ほぅ、ほぅほぅ、なるほど、これはまた凄い生徒が来たものだね。」
「?」
「君の事はランフォート公爵から聞いているよ。ルミリア・ランフォートくん。」
「なっ‼︎これは失礼致しました‼︎改めまして、ルミリア・ランフォートでございます。学園長に容姿と名を偽った罪、いかような処罰でもお受けします。」
術を解いて令嬢らしくお辞儀をする。
「これは美しいお嬢さんだね。処罰などないから安心しなさい。それにしても実に見事な術だ。幻術と生体操作を融合させるとは、まさに神業といえような。」
「恐れ入ります。」
「それは瞬時に施せるものなのかい?」
「はい。意識的には服を着替えるようなものですので。」
「ふむ…では例の件、不可能ではないかもしれんな。」
例の件?
まるで心を読まれているような、優しくも真っ直ぐな瞳が私を見つめて微笑む。
「ようこそ。ルミア・グリフィス。そしてルミリア・ランフォート。君達の入学を心から歓迎しよう‼︎」
「ありがとうごさ…ん?」
君達?
「あの…学園長、君達とはどういう…」
「言葉通りだよ。聖騎士団に入る為、騎士たる道を学びなさい。ルミア・グリフィス。そして、娘の幸せを祈る両親の為に、君自身の幸せの為に、学園に籍を置きなさい。ルミリア・ランフォート。ここでは一人の女の子として、生きて良いんだよ。」
慈しむような笑みに、胸が詰まって言葉が出ない。
目頭が熱くて、鼻の奥がツンとして
(懐かしいな…この感じ…)
前世でも今生でも、私は泣かない女の子だった。
泣いても喚いても、どうしようもない事ばかりだったから。
でも今の学園長の言葉がくれたこの感情は…
「…ありがとうございます。学園長。」
流してもいい涙なんじゃないかと思えた。
私はランフォート公爵家令嬢ルミリア・ランフォート。
ノーブレスオブリージュを胸に、力を持つ者としての義務を果たし生きると決めた今生。
でも…前世の記憶を、夢を、思い出してしまった。
(学園長がくれたこのチャンス…、私は今生の誓いと前世の夢、両方を叶えたい…いや、叶えてみせる。)
ベッドの上で妄想に明け暮れるだけで終わってしまった病いの少女の一生は、あまりにも寂しいものだったから。
「私、必ず幸せになってみせますから。」
誓うように言葉にした私を、学園長はゲームの中と同じ、優しい瞳を細め、何度も頷いて下さった。
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