あれ…私どこに向かってる?
混沌の森討伐隊の仮設本部に戻り、与えられた自室のベッドに横になる。
だんだん冷静になってきた頭は、現状を少しずつ理解して…頭を抱えた。
「あ〜…、うん、そうだった。そうなんだよねぇ…」
今世の私、ルミリア・ランフォートは公爵家令嬢。
それは間違いない。
では何故今、カーライルは自分をルミア・グリフィスと呼んだのか。
それはルミリアがルミアであるということに他ならないからだ。
フェリス王国の王家と並ぶ権力を持つ、ランフォート公爵家。
五人兄弟の三番目としてルミリアは生を受けた。
上の二人が男子だった事もあり、見目可愛く生まれたルミリアは優しい両親から、蝶よ花よと溺愛されて育った。
ランフォート公爵家は代々宰相として王家に仕え、一族の中から剣武の才に秀でた『オベロンの愛し子』を多数輩出している、フェリス王国でも稀に見る妖精王に愛されし一族だ。
男子が産まれればオベロンが剣武の才を。
女子が産まれればティターニアが魔力の才を。
他の貴族達が数代に一人でれば歓喜する『愛し子』を、現在のランフォート公爵家は家族全員が『愛し子』という、王族並みの祝福を受けている。
特に長兄のアスタル・ランフォートは、類稀なる剣武の才を有し、若くして王国騎士団の一番隊隊長を努め、ルミリアは幼くしてそんな長兄を尊敬していた。
加えてランフォート公爵家夫人クリスティナ・ランフォートは、国の防衛を司るグリフィス辺境候の一人娘であり、クリスティナの父、つまりルミリアの祖父アラン・グリフィスは度重なる諸外国からの侵略を跳ね除けてきたフェリス王国の英雄として、フェリス大将軍の地位を与えられた程の傑物。
幼少期からそんな祖父や兄達を見てきたルミリアが、自ら剣を握ったのは7歳の頃だった。
しかし、フェリス王国では女子が剣を握るのは非常識な事。
特に貴族階級の女子ともなれば尚更だ。
初めてルミリアが剣を振るう姿を見たクリスティナは、あまりの衝撃に一週間ほど寝込んでいた。
『女子はティターニアのように淑やかで可憐であれ。』
『男子はオベロンのように強く勇敢であれ。』
そうあれとすることこそが、貴族として、フェリス国民としての矜持なのだ。
が、…ここで、ルミリアがルミアとなる出来事がおきた。
誰もが制止する中、ルミリアは驚異的な才能を見せたのだ。
それを最初に見抜いたのは、フェリスの英雄アラン・グリフィスだった。
祖父と兄の鍛錬を見ていただけの少女は、身の丈に合わぬ長剣を流れるように扱い、『オベロンの愛し子』に勝るとも劣らない剣武の才をみせたのだ。
『ルミリア、お前にその剣は重くはないのか?』
『大丈夫ですわ、お祖父様。剣に軽量化の魔法をかけて、手に肉体強化を施していますから。』
3歳で魔力を扱っていたルミリアにとって、それは容易い事だった。
が、普通は違う。
そもそも魔法を二重に施すこと自体が非常識なのだ。
いくら『ティターニアの愛し子』だとしても、魔法の同時発動はかなりの集中力と鍛錬を要する。
それを長兄を圧倒する剣武を見せながらの発動ともなれば、ルミリアを天才だと認めざるをえなかった。
しかし、それでも引けないのが両親だ。
大切な可愛い娘が、しかも公爵家令嬢が剣を振り回すのを黙って見過ごせるはずがない。
『ルミリア、お前に才能があるのは認めよう。だがお前は女の子だ。この国で女の子が剣を振るうなど見たことがない。それは恥ずかしい事だからだ。公爵家令嬢ともなれば尚更だろ?』
『ですがお父様、力があるのに振るわない事こそが、何より罪ではありませんか?私には貴族として、ランフォート公爵家の者として、領民を守る義務があると思うのです。』
『ルミリア、あなたは女の子なのよ?』
『ですがお母様、最近お祖父様の治めるグリフィス領では、混沌の森から溢れる瘴気で魔物が活性化しているのです。すぐそこに迫る危機を見過ごすことなど出来ません。』
『それは優秀な騎士達の役目だ。女の子のお前が気にする事じゃない。』
『女の子なのだから、治癒の魔法で力になればいいわ。』
『………!そうですね、女の子が剣を握るのは、公爵家令嬢としては体面がよくありませんわね。』
『わかってくれたか!』
『えぇ、わかりました。男であれば良いのですね。』
我ながら、ルミリアは斜め上いく少女だった。
純真無垢な笑顔を浮かべ、短い詠唱を囁いた次の瞬間、ルミリアはルミアになっていた。
腰まである柔らかな栗色の髪は短くなり、ふわふわのピンクのドレスはいつも長兄が鍛錬の時に着る服へと変化する。
『これなら問題ありませんわね!』
…いや、問題あり過ぎだよ。
無知って本当に怖い。
ルミリアが詠唱したのは強力な幻術と生体操作の一種。
間違っても7歳の少女が使える術ではない。
けど、この一件で両親は諦めたらしい。
無尽蔵な魔力を使いこなし、長兄と剣で渡り合い、口も達者なルミリアを止める事は無理だと悟ったのだろう。
…切実に止めて欲しかった。
男の姿をしたルミリアをルミアと名付けたアラン・グリフィスは、ルミアを養子扱いとしてグリフィス領で日々鍛え上げ、積極的に混沌の森討伐にも同行させた。
なんやかんや言っても、脳筋のお祖父様は、打てば響くルミアの成長が楽しくて仕方がないらしい。
十年経った今や、ルミア・グリフィスはグリフィス領最強の騎士と謳われるようになった。
「あ〜…ルミリアさん、どこ目指してるんですか〜…」
いや、自分の事なんだけどね。
『力を持つ自分が領民を守る。』そんな貴族の使命感から剣を取ったルミリア。
けど前世の記憶が蘇った今なら分かる。
ルミリアさん…単に剣を振り回したかっただけだよね?
うん、流石は私の転生体と言わせてもらおう。
魂が前世の記憶を覚えていたのかもしれない。
なにせ私は【ティル・ナ・ローグ】のアクションが大好きだったのだ。
とにかく斬って斬って斬りまくる‼︎
連続コンボが続くにつれてド派手になっていくアクション演出‼︎
実際ルミアも400コンボを達成して喜んでいた。
まぁ、前世の私は混沌の深部で750コンボ達成したんだけどね!
倒した魔獣がドロップする魔石を錬成し、ひたすら武器や装備をカスタマイズ‼︎
現在の武器であるエレメンタルソードはもはやレベルMAX。
ルミアめ…そうとうやり込んでるな。
「気持ちは分かる。分かるけどさ…」
【ティル・ナ・ローグ】大好きだったし、魔王だって倒したかったよ?
大冒険だってしたかった。
777コンボでゲットできるスチルだって見たかった‼︎
でも‼︎
でもだよ⁈
【フェアリーガーデン☆恋する騎士との物語り】の世界なら、そっちメインでいきたいよ‼︎
せっかく公爵家令嬢に生まれたんだから、アヴァロン学園でドキドキ青春ライフを満喫したい‼︎
花の17歳なのに、陰気な森で魔獣斬り三昧ってどうなの⁈
エミリアさん、ストレス溜まってたんですか⁉︎
いや、ルミリアは私ですけどね!
……ん?
ルミリアは私…
そうよ‼︎私じゃない‼︎
【ティル・ナ・ローグ】にハマっているルミア・グリフィスには申し訳ないけれど、私は公爵家令嬢‼︎
つまりアヴァロン学園に通える‼︎
ガバリとベッドから起き上がり、ランフォート家に戻る為、テレポートを…
「ルミア、入るぞ〜。」
「カーライル…入ってから言うなって言ってるだろ?」
「まぁまぁ、それよりお前に手紙来てたぞ。」
「手紙?討伐隊本部までわざわざ?」
受け取った手紙を見れば、そこには見慣れた封蝋の印。
ランフォート公爵家の紋。
突如蘇った前世の記憶。
その直後に届いた手紙。
騒めく胸中に、何かが動き始める予感がした。
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設定説明みたくなりましたが、次回から物語りが動き始めます!
どうぞお付き合い下さい。