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花火!  作者: 柚井 ユズル
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竜平 5

 翌日になって、竜平は自分の失言を呪う事になった。

いつものように、朝食を食べ終わると飛ぶようにして作業場に向かい、作りかけの星と割火薬と玉殻を設置して天日干しにしてから学校に行く。星はもう八割がた完成していて、本当に上手く発火するのか、という不安感はあることはあるけれど、それでも徐々に完成に近づいていると思うと心が躍った。学校で退屈な授業を堪え、これまたいつも通り学校が終わるとすぐに作業場にとって返す。慣れたやり方で雑草を掻き分け、慣れた作業場にたどり着く。目の前に開けた場所に入り、すでに習慣になったように天日干ししている星と割火薬と玉殻の作りかけのものを覗き込もうとして、目を疑った。顔から血の気が引いて、背筋を冷たいものが這い上がる。

そこにあったはずのもの全てが、水浸しだった。上から激しい水を上から浴びせかけられたのであろうか、球形だった作りかけの星たちは全て溶けて崩れていた。割火薬も崩れ去っていた。玉殻に使った新聞紙はふやけて無残に散らばっていた。

 今日は、雨は降っていない。連日引き続いての快晴だ。こんな真っ青な空から雨が降ってくるはずない。これは、明らかに人為的なものだ。誰がこんな事を? 思い浮かんだ顔は一人しか居なかった。竜平はすぐにもと来た道を取って返した。自転車のペダルを怒り任せに強く踏む。夏の激しい日差しが顔に直接降りかかって眩しかった。体中、顔中汗をかいていた。汗が目の中に入って、沁みて痛かった。くしゃくしゃに顔をゆがめて自転車で疾走する。そのスピードに、道を歩いている人が驚いているのも目に入らなかった。

 「出て来いよ」

 自分の部屋に入るなり、竜平は叫んだ。幸い、両親は店に出ている。家には誰もいない。あいつと、自分以外には。

 「いるんだろ。おい」

 答えはなかったけれど、竜平は確信していた。あいつは、聞いている。聞いて、俺が怒り狂っているのをにやにやと笑いながら見ている。

 「なんであんなことしたんだよ。そんなに俺が花火作るの邪魔したかったのかよ。俺は、アレを最後に花火を諦めようってのに、それさえ邪魔しなきゃ気がすまないってのかよ。そんなに俺が憎いのかよ」

怒鳴っても怒鳴っても、返事はない。声が掠れる。

「それとも昨日言った事の腹いせ? 自分はいつも俺に色々言ってくるくせに、あんな一言で、あんな事……」

息が詰まって、言葉を切った。肩で大きく息をして部屋の中を睨みつける。

「うっせーよ」

背後で呟く声が聞こえて振り返ると、戸口の脇に探していた人影が立っていた。まるで幽霊のように、何の気配もなく。そいつは、不機嫌に竜平を睨みつける。そして、低い声で凄む様に言った。

「俺は、お前が嫌いなんだ。お前が楽しそうだとむかつくんだ。それだけだよ」

言うだけ言って、そいつはすう、と目の前で消えた。まるで、幽霊みたいに。

立ち尽くす竜平の耳に、階段を上る音が聞こえてきた。誰かが来る? 竜平が体を強張らせた瞬間、部屋のドアが開いて和真が飛び込んできた。

「竜平! あれ、見たか? どうなってるんだ? あれ、雨とかじゃないよな」

血相を変えた和真は、竜平の腕を掴んで早口に質問を浴びせかける。学校帰りに作業場に行ってみて、竜平と同じものを見て驚いたのだろう。竜平は拳を握り締める。

「……ごめん」

「ん? なんで謝るんだ? お前があれやったのか?」

「違う!」

思わず大きな声で否定して、でもすぐに項垂れた。

「でも、せっかく和真が協力してくれたのに、台無しになっちゃって」

竜平の様子に、和真は慌てて竜平を掴んでいた手を離した。そして、努めて明るい声を出す。

「まだ諦めるには早いって! 水浸しになっちゃって誰がやったのかしれねーけど、すっげー悔しいけど、また作り直そうぜ」

その言葉に、竜平は重々しく首を振る。

「もう、日数がないよ。今から星を作り直してたんじゃ花火大会まで間に合わない」

え、と和真が言葉に詰まる。

「花火大会じゃなくたって、いいじゃん?」

「駄目だよ」

そんな危険は犯せない。ただでさえ充分犯罪的なことをやっているのだ。

そもそも、和真を巻き込むわけにはいかないのかもしれない。これが正解だったのかもしれない。そう、無理やり自分に言い聞かせようとする。ここが潮時なのかもしれない。

「諦めるしかないよ」

自分でも情けないと思う程、弱々しい声だった。

「和真、色々手伝ってくれたのにごめん。ありがと」

それ以上言葉を続けられなくて。下を向いて早く和真が行ってほしいと思う。でも、和真は立ち去る気配はなく、竜平の視線の先にあるその足はぴくりとも動かない。少し待っても全く動かないからそれを促す言葉を言おうと思って竜平が顔をあげる直前、和真の弾んだ声が振ってきた。

「そうだ、お前のじいちゃん! お前のじいちゃんならくれるんじゃん?」

「は?」

楽天的な言葉に、竜平は目を白黒させる。まさか、そんなことを言い出されるとは思わなかった。呆気に取られる竜平の前で、和真はぺらぺらと調子よく喋り続ける。

「確かに一から全部作れないのは悔しいかもしれないけどほら、それでもなにもできないよりはマシだろ? お前のじいちゃんなら頼めばくれるかもしれないじゃん」

さも名案だと言わんばかりに得々と話す和真に、竜平は少し呆れてしまった。和真は全ての祖父というひとが、自分の祖父と同じだと考えているんじゃないだろうか。和真の祖父は三年前に他界するまで和真たちと一緒に住んでいたから、竜平も何度も会ったことがある。子供好きの好々爺だった。竜平の祖父は違う。職人だからそうなのか、逆にそういう性格だから職人になったのかは竜平にはわからないけれど、自分にも他人にも厳しい人だ。特に仕事には誇りを持っていて、弟子たちの誰に対しても厳しい。孫である竜平に対しても、一切容赦はなかった。そんな祖父を竜平は尊敬していたけれど、そんな祖父だから竜平が星や割火薬を分けてくれ、と頼んだところで応と言うわけがない事は、考えるまでもなかった。

だけど、竜平はそれは無理だ、と和真に言わなかった。

「師匠に聞いてみるよ」

と言った。でも、本当に聞いてみるつもりもなかった。

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