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花火!  作者: 柚井 ユズル
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竜平 4

 翌日も、その翌日も雨が降っていない日は学校が終わるとすぐに作業場所へと足を運んだ。梅雨明けが待ち遠しいと思っていたら、例年より少し早めに梅雨が明けた。待ち侘びていたかのように夏が色を強くして、蝉が一斉に鳴き始めた。道端の雑草も、立ち並ぶ樹木も生き生きと力強く、緑色濃く茂っていた。連日快晴が続いて、空の端に白々と輝く入道雲が見られた。

作業場に和真が姿を現す事もあったけれど、基本的に作業は竜平一人がやるから、水を汲んできたり物を運んだりの雑用か、横で竜平の作業を眺めているか、携帯ゲーム機でゲームをしているか、だった。

空のプラスティック製のコップに水とみじん粉を混ぜ、その中に玩具花火から取り出した火薬を入れ、割り箸でよく混ぜる。次いで、洗面器に菜の花の種を半分一放り入れると、その上にスプーンで先ほど溶かした液体を振りかけながら洗面器を緩やかに回転させる。菜の花の種の周囲に液体がくっついてもしばらくぐるぐると回し続けて、それが均等になるようにする。

ざらざら、という音に和真が興味を持って覗いてくる。

「何それ? 何になんの?」

「星」

「何?」

「花火の綺麗なところ。中身、かな」

「ふーん」

分かったのだかどうだか、和真は生返事をしながらくるくると回る黒いものを見る。

「これを干して、乾いたらまたまぶして、また干して……を繰り返すんだ」

「マジで?」

「完成までに十日くらいかかるよ。火薬が足りなくなったらまた買い足さなきゃいけないし」

「花火って結構手えかかってんだなあ」

和真は感心したように言ってから、あちいと額の汗を拭った。

一つの色で終わると、その度に洗面器を洗いなおしに家まで戻って別の色で作るから重労働はなはだしかったけれど、手を抜くわけには行かなかった。

種類ごとに、出来たものを空き箱に詰めて箱に色を書いておく。箱は、和真が親から貰ってきてくれた菓子箱だ。それに、買ってきた茣蓙を切ったものを敷いて、その上に並べておく。数日間はこれを天日で干す必要がある。

干している間に「玉殻」と「割火薬」を作る。「玉殻」は花火の容器になるもので、竜平の祖父はボール紙でその形に加工されているものを使っていたけれど、竜平は一から作らなければいけない。はじめ、その型をとるのにボールが良いと思ったのだけど、竜平が作ろうと考えている四号玉の直径は11cmちょっとで、丁度良い大きさのボールがなかった。悩んだ末の苦肉の策は、風船をそのサイズまで膨らませる事だった。和真に手伝ってもらい、メジャーで大きさを測ってその大きさまで膨らませたら息が抜けないようにすぐに口を閉める。同じものを二つつくって、急いでそこに湿らせた新聞紙を貼り付けた。風船がしぼんでしまう前にある程度乾いて、形が固定されてしまえばあとはその形を元に上から何枚も紙を重ねて行けばいいのだ。こちらも、乾いたら貼り、また乾いたら貼りの繰り返し作業となる。

「割火薬」は、「星」の周囲に敷き詰める火薬で、玉殻を吹き飛ばし、さらに星に火をつける役割を担っている縁の下の力持ち的火薬だ。和真と追加の買出しに行って、玩具花火の中でも打ち上げる用の花火を仕入れてきて、分解する。星の時と同じような液体を作って、今回は菜の花の種ではなく綿の実を買ってきてまぶして、乾燥させる。

毎日、竜平は朝起きるとすぐに天気予報を確認し、晴れならばそっと家を抜け出して家から作りかけの星や割火薬や玉殻の入った箱を持ち出し自転車を飛ばして作業場まで行って、それを干す。学校から帰ってきたら即座に作業場に向かう、という繰り返しだった。

竜平も和真も、気がつけばすっかり日に焼けてしまって、学校の友人たちに感心半分呆れ半分の顔をされた。どこで何したらそんな真っ黒になるんだよ。プールでも会わないのに。そんな言葉を笑って受け流し、和真と隠れて笑いあった。

プールは楽しそうだったけど、行けなくても苦じゃなかった。和真には行ってこいよ、と言っておいて自分はいつも作業場に向かった。別に気を使っているわけではなく、独りになりたいわけでもない。ただ、竜平は作業をしているのが楽しいだけだ。和真もそれを察しているのか、行きたい時はプールに行くようだった。帰りに必ず作業場に顔を出して、花火の進行状況を確認しには来るのだけど。その時でも、軽く塩素の匂いのする髪を近づけて和真が覗き込むまで、竜平はたいていその存在に気づくことはなかった。

一人で作業場で作業をしていると時間を忘れる。はっと我に返ると、いつも日が沈みかけて少しだけ涼しくなっている。自分は全身汗だくになっていて、手の中には自分の作品がある。作業場は、その時竜平だけのもので、雑草の海の遥か向こうのどの世界からも切り離されていると、竜平は感じる。雑草を越えて、草むらの向こうの方の道から僅かに届く誰かの話し声や自転車のベルの音、車のクラクションも、全部世界のどこか全然別の場所で起こっている事のように聞こえる。

空を見上げると、そこだけが外の世界と繋がっていて、暮れ始めた薄藍色の涼しげな色にすこし強張らせていた肩から力が抜けるのを感じる。疲れたなあ、と自然に思えて、帰ろう、と思う。

この夏は、快晴の続く日々だった。梅雨明けしてからこっち、滅多に雨なんか降らない。それが幸いして、花火作りはとんとん拍子に進んで行った。それだけで、日々が順調なように感じた。両親も、相変わらず暗いけれど、一応きちんと店を再開しているし。

ただ、ひとつの不快事を除いては、割とうまく行っていた。

「まだやめてないの、花火」

そいつの存在だけは、いつまでたっても喜ばしくなかった。ここ数日、連日のように現れては竜平に絡んでくる。酷い時なんて、夜中に眠っている時に無理やり起こしてきたりする。日中の炎天下での作業で疲れきっているのに、容赦なく話しかけ、怒鳴り、歌い、あの手この手で睡眠を妨害する。

または、翌日の作業の為に花火の勉強をしている竜平の隣で嫌な事を囁き続ける。今みたいに。

「馬鹿じゃん? つーか馬鹿じゃん。大体何の為にそんなことすんの?」

「諦める為とか、無理に決まってんじゃん。一個つくったら成功しても失敗しても、またもう一個作りたくなるって。未練が余計強くなるっつーの」

「さらに離れがたくなるんだから、止めといたほうが無難だぜえ? 絶対、このまま諦めた方が楽なのになあ」

「ホントお前、何の為に作ってんだよ。たった一発、とか」

毎日、似たような事を言って飽きないのだろうかと、竜平は半ば諦めながら思った。始めの頃こそ頭に来ていたけれど、こうも続くともはや気にしなくて良い気になってくる。兄と同じ姿と同じ声のこいつがいつも側にいるせいで、兄の死を素直に悲しめなくなっているような気さえする。もしかしたら本来もっと自分は落ち込んでいたはずではないのだろうか。悲しみで動けなくなるより、今の自分にそれはありがたいのかもしれないけれど、だからといってそいつの評価が上がるわけではない。

「俺のところじゃなくて、父ちゃんのところに行ってくればいいのに」

ぼそりと呟くと、耳元でぐちぐちと言っていた言葉がぴたりと止まった。珍しい、と思わず竜平はそちらを振り向く。そいつは、いつものにやにや笑いをやめて無表情だった。完全なる、無表情。それは、精気を感じられず、どこかぞくりとするものがあった。白い顔。真っ直ぐにこちらを見る、据わった目。

「は?」

「じゃなかったら母ちゃん。どっちでもいいけど。二人になら歓迎されるんじゃない? 会いたがってるよ」

一瞬怯んだ事は押し込めて隠して、平気な顔を装って言葉を続けた。いままでの仕返しの気持ちもあったのかもしれない。

そいつは無表情で竜平を見つめる。その顔を見て、怒っているのかもしれない、と思った。竜平がその顔をやはり見返していると、やがてくるりと背を向けてドアを通り抜けて部屋を出て行った。何の反論もなかった。一言も。

両親のところに行ったのかもしれない、そう考えて階下の物音に耳をそばだてていた竜平の予想に反して、何も起こらなかった。両親の歓声は愚か、叫び声や泣き声も聞こえなかった。家の中は相変わらず静まり返っていた。

しばらくの間、竜平は息を殺していたけれど、やがて大きく息を吐き出して肩の力を抜いた。先ほど感じたうっすらとした不気味は忘れた事にして。


結構きちんと花火の作り方調べて書いたわけですが、良い子はマネしないでね!

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