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花火!  作者: 柚井 ユズル
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和真 8

 それから、大量の揚げ物、大皿に持ったコロッケや天ぷらなどがメインの夕飯を、竜平の伯父叔母や従弟や祖父の弟子たちと大人数で囲んで、お風呂にも入って、よく竜平が使うという部屋に布団を敷いて貰って、こうして今寝返りを打っているのだ。

夜の十時に布団に入ってかれこれ三十分くらいこうしていた。どうして三十分だと分かるかというと、三十分おきに小さく鳴る古めかしい振り子時計が先ほどぽん、と軽い音を上げたからだ。ああ、眠れないうちにとうとう三十分経ってしまった、と眠る努力をしていたのに脱力した。目は冴え冴えしていて眠れそうにない。暑くて暑くて、体が熱を持ったようで、布団に横になっていられない。とうとう眠るのを諦めて体を起こした。部屋は縁側に面していたから、音を立てないように雨戸を少しだけ開けて、外に足を垂らすように座る。外の空気は少しだけひんやりとして気持ちが良かった。大きく息を吸い込んでその空気を肺一杯に吸い込む。夜だけど外は月明かりで薄っすらと明るくて、風景が青く見えた。見上げると満月未満の中途半端に太った月がクリーム色に輝いていた。雲ひとつなかった。これは、素晴らしい快晴だ。今日が花火大会ならば、大成功だった……。

「眠れねえのか」

声がして天から目を下ろすと、縁側に面した中庭の庭石に老人が腰掛けていた。何を考えているのか読めないしかめっ面で煙草をふかしている。煙草の先が夜闇の中で赤く浮き立つように光っていて、その上に白い煙がゆらりと立ち昇っていた。

「最近夜更かしばっかしてたから」

「健康的じゃねえなあ。明日の朝飯も早えぞ」

「じいちゃんは起きれんの?」

「老人は朝が早いんだよ」

「それって眠るのも早いからじゃないの?」

「でも眠りが浅いんだ。雨戸なんか夜に開けられたら起きちまう」

「あ。ごめん」

和真が謝ると老人がにやりと笑った。だから、和真はちょっと拍子抜けする。

「じいちゃん、もっと恐い人かと思った」

言ったら老人は紫煙を吸い込みながら視線だけで理由を聞いてきた。

「竜平から恐いってよく聞いてたし。一昨日、竜平を殴ってたし」

和真が言うと、老人はくくくと唸った。よく見ると、声を殺して笑っている。

「俺はあいつの師匠だからな。躾はきちんとせんと。悪い事は悪いんだ。盗みは悪い事、だろう?」

「竜平は、材料を盗んだの?」

薄々感づいていた事を聞いたら、老人はまたにやりとした。

「さあな。共犯を自負してるお前が知らないんなら、俺も知らねえよ」

「なんだそれ」

「それに、ガキ二人が火薬いじくりまわすのも犯罪だからな。個人的にはお前らのやった事は概ね嫌いじゃないけども、それとこれとは話が別だ。師匠、だなんて堅苦しくてつまんねえな」

「変なの。もっと怒ってるかと思った」

「大人は怒ってなくても怒ってるふりはできるもんだ」

「フリとか言っちゃっていいのかよ。俺、竜平に言いつけんぞ」

「竜平ももう、あんな事しねえだろうからいいよ」

和真はふうん、と呟いた。呟いて、窺うように老人の顔を見た。ここに来た目的を、言えるだろうか? 言っても大丈夫だろうか? 怒られないだろうか。

「じいちゃん、竜平に花火師になれって……」

「無理」

和真に言い切らせないで即答だった。せめて「花火師になれって言ってよ」と最後まで言わせて欲しい。

「なんでだよ。早いだろ」

「俺、幸造さんに恨まれたくねえもん」

「幸造さんって竜平のおじちゃん?」

「そうだよ」

「いいじゃん。じいちゃんの方が年上なんだからいけるって」

「馬鹿言え。よぼよぼの俺がもしあんなんに殴られてみろ。死ぬぞ」

「え、竜平のおじちゃん、じいちゃん殴るの?」

「例えの話だよ。でも、まあ、恨まれたら色々やりづらくなるわな。娘の旦那とわざわざ争う気はねえよ」

「孫の為でも?」

「その孫が自分で決めた事だしな」

「や。じいちゃん戦えるって。竜平を奪い返せよ」

「お前はウチと高橋家を断絶させる気か」

若いって恐いなあ、と別に恐くなさそうに老人は言う。のれんに腕押し的に和真の言葉はかわされるので、和真はちえ、と言ってため息をついた。

「孫不幸なじじいだな」

「聞いた事ねえよその言葉」

悔し紛れに呟いた言葉に呆れた声で言われた。

「それにお前、竜平なんかに協力するんじゃなかったって言ってたじゃねえか。もういいのかよあれは。お前、その竜平が駆け落ちしたって子に惚れてんだろ」

「はあ?」

夜だというのも忘れて大きな声を出してしまって慌てて口を押さえる。老人はにやにやと意地悪く笑ってそれを眺めていた。

「なんだよそれ」

声を潜めて、でも怒り声で抗議するけれど、老人はにやにやしたままだ。

「いいのか? 惚れた女とられても、よくそいつのために見たことのない恐いじじいの家に来たりするな」

「別に惚れてる、とかじゃないし。ちょっといいな、とは思ってたけど。別に」

「そうかい」

「そうだし。俺が怒ったのは、竜平が何も言わないで崎村さんとどっか行っちゃった事だし。別に竜平が崎村さんが好きなら好きで別に俺が責めることじゃないし、俺は竜平に崎村さんが好きだとかそういう事言ったわけでもないし。それはいいけど、三人で仲良くしてたのに、二人だけでどっか行っちゃったのがむかついただけだし。……ってそれはいいよ。べつにじいちゃんとこういう話したくねえよ。それより花火師の話だよ」

「俺は花火師の話したくねえよ」

「なんでだよ」

和真が言うと、老人はぽりぽりと頭をかいた。

「俺だって人並みに人のじじいだから、孫が可愛いし、花火師になるってのも信じて可愛がって育ててきてたしなあ。……でもお前、考えてみろってちょっと。あの魚屋は魚屋で幸造さんの夢だったんだ。自分の身ひとつで築き上げた念願の魚屋だ。苦労だってたくさんした。それを、自分の代だけで終わりにしたくないって気持ちもわかってらにゃあ。しかも、大事な息子が死んで気落ちして弱ってるところなんだ。竜平は俺に取られちまったような気だってしていただろうしな。色々俺にも負い目はあるんだよ。お前の話は魅力的だけど、幸造さんの気持ちを考えるととても協力してやれねえよ」

悪いな、と老人は言った。

「みんな、竜平のおっちゃんの事ばっかだ。竜平の方がおろそかになってる」

和真が言うと、老人は片眉をちょっと上げた。

「お前がその分竜平の事を考えてやってんじゃねえか」

「俺は力不足だ。ガキだし」

「そんな事ねえよ。ガキの方が、案外色んな事ができたりするもんだ。恐れを知らないからあんな啖呵切ったり」

「それで殴られたんだけど」

「それもまた人生」

「適当だなあ」

和真がため息をつくと、老人は喉の奥でくつくつと笑った。笑ったあとに、言った。

「俺は竜平にとってお前の存在は本当にありがたいと思ってるよ」

「花火師にならせてやれなくても?」

「なくても」

老人が頷いたから、和真はちょっと笑った。

「まあ俺は諦めてないけどね」

「いいんじゃねえか?」

「いいのかよ? さっきは竜平のおっちゃんの事を考えろとか言ったくせに」

「考えてるのは、俺だ。歳を取ると、色々な痛みが分かるから臆病になってくんだ。でも時にはそれが間違いの事もある。何も分からず進んで行った方が良い場合だってきっとある。正解はどっちかなんてわからねえよ。だからお前は、好きなようにやんな」

「やんなって言われてもさあ。手詰まりって言うか」

「そこは自分で考えろ」

老人の言葉に、和真はちえっと口を尖らせた。

それから「あーあ」と呟いて立ち上がる。

「寝るわ」

「そうだな」

ゆっくりと雨戸を元通りにして、部屋に戻って布団に入った。ぽん、という時計の音を聞いたと思ったら、もう眠りに落ちていた。

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