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花火!  作者: 柚井 ユズル
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果穂子 4

 また電車に乗って動物園に行って、相変わらず口数の少ない竜平と園内を一回りしてからチェーン展開している有名な牛丼屋に入って遅めの昼食をとった。有名だと言っても、よくCMで見はするものの、果歩子にはこれも始めてだ。全て、手馴た竜平の見よう見まね。それでもなんとか食べ終えて、次はどこに行くのかと思いながら竜平の後をついて店を出た果穂子は、突然目の前がぐらりと揺れるような感覚に襲われて立ち止まった。竜平は数歩歩いてからそれに気がついて果穂子を振り向く。その時にはもう、果穂子は地面にしゃがみこんでいた。

 太陽が頭上で照り付けているのに、手足が冷たい。汗ではなく、冷や汗が流れるのが分かる。目の前がちかちかして、息が苦しくなる。

 「大丈夫か?」

 慌てたような竜平の声に返事ができずに、そのまま座り込んでいる。足元の黒い影をじっと見つめる。

 「とりあえずちょっと歩け。日陰行こう」

 腕を掴まれ、強引に引っ張られるように歩かされた。気が遠くなりそうになりながら、どううにか連れらるまま歩いて、言われた場所に座る。そこが、日陰にあるベンチだと言う事さえ、自分ではあまりよく認識していなかった。

 「薬とかは?」

 聞かれて、微かに首を振る。頭の中で金槌を打ちつけられるような痛みががんがんと反響している。

 「医者、行くか?」

 これにも首を振る。

 竜平の困ったような気配が伝わってきた。申し訳ないと思うけれど、まだ病院に戻りたくなかった。花火大会を見たかった。

 気持ち悪さに耐えきれなくて、ベンチに横になると、竜平がちょっと待ってろという声が聞こえた。目を閉じたままそれに頷く。

 遠くに聞こえる人や車の音よりもはっきりと、蝉の声が頭上から降ってくる。蝉の声はどこも同じだなあ。目を閉じたら、地元にいるのとなにも変わりない。でも、病院のベッドとはちょっと違う。暑い日差しも、微かな風の感触も、人々の騒ぐ声も、車やバイクの雑音も。

 突然、どうしたのお嬢ちゃん、という声が聞こえた。知らない、大人の男の人の声だ。背筋がひやりとする。目があけられない。首を振った。

 こんなところで一人で何やっているの。大丈夫? 具合が悪いの?

 心配してくれているのか、危害を加えようとしているのか分からないけれど、とりあえず首を振る。知らない人は恐い。近寄らないで、と思う。

 首を振ったのに、男の人は去らない。去っていない。気配がそこにある。どうしよう。どこかへ行って欲しい。恐い。でも、いつも守ってくれる母親は遠くで、果歩子がこんなところにいる事なんてまるで想像もしていないと思うから。

 「大丈夫です」

 小さな声を絞り出す。

 「でも」

 それでも、相手は立ち去る様子はない。じっと果穂子を見ている気配がする。それが嫌だ、と思う。あっちへ行って。見ないで。

 男の人が体を動かす衣擦れの音がする。こちらに手を伸ばそうとしているのかもしれない。やだ。どうしよう……。

 「ねえ、お嬢ちゃん……」

 「大丈夫ですから」

 男の人の声を遮って、聞きなれた男の子の声がしたので、果穂子はほっと強張らせていた体の力を抜いた。

 「僕の妹です。ちょっと疲れちゃったみたいで」

 「そうなの? 具合悪そうだけど」

 「大丈夫です。ちょっと休めば治りますから」

 「そうかい?」

 「はい」

 力強い口調で言って、竜平は果穂子の横になっている隣に座った。果穂子の額に冷たいものが乗せられる。無意識に触ってみて、濡れたタオルだと気づいた。

 「水買ってきた。飲めるか?」

 言われて手を伸ばすと、手の中にペットボトルが渡された。ちょっと体を起こしてそれを飲む。特に飲みたくないと思っていたはずなのに、口を付けてみたら三分の一くらい一気に飲み干していた。冷たい水が体を冷やしていく。

 「ごめんね」

 もう一度、横になってそう言う。

 「お前が謝る事じゃないだろ」

 「折角つれて来てくれたのに。迷惑しかかけられなくてごめんね」

 「いいよ。俺も、和真に迷惑ばっかかけてる方だし」

 薄目を開けて見上げると、竜平は果穂子の方は見ていなかった。果穂子の頭のあるすぐ隣に座って、真っ直ぐ前を見ていた。前には大きな道があって、人や車が行き交っているだけだから、もしかしたらそれを見ているわけではないのかもしれないけれど。

相変わらず、何を考えているのかよく分からない顔、と果穂子は思う。だけど、前よりも怖い感じはしない。無口なのも苦ではなくなった。一緒にいて、前ほど居心地が悪くない。

 果穂子はもう一度目を閉じる。時折吹く涼しい風が心地よかった。

 どれくらい、そうしていたのか。いつの間にか眠っていたらしい。気がつくと大分時間が経ったようだった。まだ空の色は夕暮れ時ではないけれど、夕方近くなっているのは感じられた。日中の暴力的な暑さは少しおさまっていて、生ぬるい風がどこからか吹いてきた。果穂子が身を起こすと、竜平はちらりと果穂子を見る。

 「平気?」

 「うん」

 眠ったお陰か、体調は大分楽になっていた。

 「そっか。じゃあ、行くか」

 竜平が立ち上がるので、果穂子も立ち上がる。

 どこにいくか、とはもう流石に言われなくても分かっていた。

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