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花火!  作者: 柚井 ユズル
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果穂子 3


漫画喫茶、では漫画は読まなかった。そこは喫茶という名前からは想像できない場所で、個室みたいな部屋があって、ソファみたいなものもあって、毛布も提供してくれたりして。飲み物も飲み放題で。漫画を読みたければ読んでもいいけど、目の前のパソコンでインターネットしてもいいし、DVDを見ていてもいい。とりあえず、何でもできる場所だった。なんで漫画喫茶、なんて名前にしているのかよく分からない。なんでも空間で良い気がする。

「寝ろ」

 何をしようかとちょっとわくわくしていたら、一刀両断に竜平にそう言われた。漫画を読んだりDVDを見たりしてはいけないらしい。ソファを果穂子一人に譲って横にならせて、自分は隅っこの方に丸くなって体育座りで毛布を被っていた。果穂子は遠慮したけれど、体調悪くされたら迷惑だ、という言葉に素直に従った。

個室は、電気も消せるらしい。真っ暗の中で、こんな場所で寝られるわけないと思っていたけれど、思っていたより疲れていたようで気づいたら眠ってしまっていた。

起こされたのは朝の7時前で、この個室は7時までだから出るぞ、と言われた。寝ぼけ眼をこすって竜平の後に続いて部屋を出て行く。こんな不良な事をしたのは初めてだ。どきどきするけれど、店員も道行く人たちも特に二人を気にした様子はない。どれだけ、都会の子は大人なのだろう。こんなことをしていても、誰も見咎めないのだろうか。

朝の七時の街中は、やはり大勢の人が歩き回っていた。朝食は有名チェーンファーストフード店で済ませた。ファーストフード自体、滅多に食べないのに朝にそれを食べるなんてこれも初めての経験だ。こんな経験をしていると知ったらお母さんはびっくりするだろう。そう考えて、ふと現実に返ったように家の事を思い出した。両親は心配しているだろうか。探しているのだろうか。母親の困った顔を思い浮かべる。悲しそうな顔に隠して、ちょっと苛立ったあの顔を目の前でされると、果穂子は何も言えなくなってしまう顔だ。お願いだから、これ以上迷惑をかけないで。母親は一度もそんな事を口には出さない。一度も聞いたことのない台詞。だけど、果穂子には聞こえる気がする。果穂子がちょっと駄々を捏ねようとした時、ちょっとだけ我侭を言いたい時。その目にあうと何も言えなくなる。口を塞がれてしまう。だから、果穂子には我侭は許されない。ただでさえ、迷惑をかけているのだから……。

「夕方まで、暇なんだけどどっか見たいところとかある?」

竜平の言葉に果穂子はオレンジジュースのストローを口から放した。

「どこでもいいの?」

「体調がもたなそうなら、ファミレスとかで休んでたほうがいいと思うけど」

「多分大丈夫だよ」

言うと竜平はわかった、と頷いた。

「食い終わるまでにどこ行くか考えておいて」

そう言ってまた黙ってしまうから

考えておいて、と言われても漠然と東京という地名を知っているだけで、具体的なものは何も知らない。東京に行くという話も急だったら、下調べなんてまるでしていないし。頭が真っ白になって何も思いつかない。困っていたら朝食を全部食べ終わってしまった。

「で? どこ?」

予告通りに聞かれて困っていると、竜平は重ねて聞く。

「行きたいとこ、ないの?」

「よく知らないから。高橋君の行きたいところでいいよ」

「俺別に東京観光とか興味ないし」

言われてしまうと言葉もない。果穂子が俯いて黙り込むと、竜平はしばらく黙り込んで、それからむすっとした声で言った。

「黙られてもわからないんだけど。どんな事したい、とか漠然とでもいいからないの? 買い物したい、とか動物園行きたい、とか遊園地行きたい、とか」

そんな恐い声で言わなくても。果穂子は思うけれど口には出せない。でも、その気持ちは伝わっていたようで、竜平は更に機嫌が悪くなる。

「言いたい事があるなら口に出して言えってば。お前、何考えてるかわかんなくて気持ち悪いよ」

ひどい、と思う。言うに事欠いて、気持ち悪い、だなんて。

そんなこと、言われた事がなかったからつん、と鼻の奥が痛くなった。でも、悔しかったから、泣きたくなかった。自分を励まして、ついでに声も励まして言い返す。

「高橋君だって、そうじゃない」

「は?」

「高橋君だって、全然何考えてるか分からない。いつも黙って北野君の隣にいるだけで、何も喋らないし。病院出てからも、本当に必要最低限しか会話しないし、冷たいし、足速いし、恐いし」

口に出してみたら、思った以上にぽんぽんと言葉が出た。調子付いて、更に続ける。

「北野君の方が良かった」

「はあ?」

「高橋君じゃなくて、北野君が良かった。北野君なら、優しいからきとあんな早く歩かないし、たくさん面白い話してくれるし、こんなに気まずくなかった」

 見る間に竜平の顔が険しくなる。無表情の眉間に皺がよって、目つきがきつくなる。

 「俺だってお前なんかより和真が良かったよ」

 「何それ! 私誘ったの、高橋君じゃない」

 「お前が花火大会見たかったって言ったからだろ」

 「高橋君たちが嘘つくからじゃない」

 反省した事なんて忘れて、売り言葉に買い言葉、言い返してしまう。竜平はうっと詰まって、それから言葉が出ない代わりとでも言うように更に強く果穂子を睨み付けた。恐い気持ちよりも負けるのが悔しくて、果歩子も竜平をにらみ返す。にらみ合う事数秒間。

 「……出る。注目浴びてる」

 竜平はむすっとしたままとそう言って、トレイを持って立ち上がった。言われて我に返ってみれば、かなり大きな声で言い争っていたせいか、斜め前のテーブルに座っているサラリーマンとか、右隣の女子高生だとかがこちらを見ているのと目が合った。果穂子は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて自分もトレイを持ち上げて竜平のあとに続く。持ったトレイをどうすればいいのかも分からなかったけれど、竜平の真似をして見よう見まねで片付けて、小走りで店の外に出ると強い日差しに目が眩んだ。都会でもやっぱり夏は暑かった。高いビルの上にある青空は真っ青に広がっている。雲さえなかった。一昨日の花火大会の日の天気が嘘のようだ。

 竜平はすたすたと歩くから、どこへ行くのだろうと疑問に思いながらもついて行くしか方法はなくて、喧嘩した後だから少し癪だけど果穂子はそれについていく。もしかしたら、結局どこかで休んでいる事にしたのかもしれない。果穂子は怒らせてしまったし、東京観光なんて面倒くさいって顔をしていたし……。

 だけど、竜平はなかなか立ち止まらなかった。迷うことなく歩いて行くと思ったら着いたのは駅で、無言で切符を買って果歩子にも渡してまた大勢の人が乗っている電車に乗って、降りてからまた歩く。めまいがするくらい車通りの激しい広い道を横断歩道があると言えどもどきどきしながら渡って少し歩くと、急に蝉の声が姦しく降ってきた。思わず空を見上げると、道の両脇に大きな木が連なっている。東京にも緑はあるんだ。蝉も鳴いているんだと変な所に感心する。木陰のお陰で、すこしだけひんやりと気持ちが良い。歩いても歩いても、なかなか通り過ぎないくらい大きなお寺の敷地の脇をなんとなく中を覗き込みながら歩くと、たくさんのお地蔵さんにささった色とりどりの無数の風車がからからと回っていた。太陽の光に反射したそれがちょっとまぶしくて、少し目を細める。

随分歩いてようやく辿り着いた先は、詳しくない果穂子でさえ知っている有名な東京の観光スポットだった。赤く細長い三角形の建物は、空に向かってにょっきりと立ちはだかっている。

 竜平はここにきてもまだ無言で、すたすたと歩いて行って外のチケット売場でチケットを買うと、果穂子に一枚手渡してエレベーターへと向かう。果穂子はやはり小走りになりながらそれを追いかけた。まだ早い時間だからかすいていて、エレベーターの中は二人しかいなかった。沈黙の中でエレベーターの昇る音だけが聞こえてくる。軽快な音がしてドアが開いた時、果穂子はほっと息を吐いた。

 エレベーターから出た先は展望台。高いところから東京の街並みが一望できるようだった。どこを見ても灰色のビルばかりが立ち並んでいて、それが絶景なのかは分からなかったけど、物珍しくはあった。恐る恐るガラス窓に近づく果穂子を、それまで率先して進んできた竜平は逆に一歩下がって見ているだけだった。だから、果穂子は窓に沿って一周してみる。どの方向を見ても基本的に同じだけど、時々海なのか川なのか、水のようなものが見えたり、遠くに山が見えたりした。

 「あれが、富士山だって」

 いつの間にか、側に来ていた竜平がガラス窓の外を指差した。果穂子は素直にそちらに目を向ける。晴れた空の下にはその白い姿がくっきりと映っていた。

 「で、あっちの窓から川が見えるけど、それが隅田川。今日行くトコ」

 「あっち?」

 「そう」

 指差された間逆の方向の窓に近寄ってガラス窓に顔を寄せる。目が眩むような高さだ。奥の方に見える青っぽい水のような場所。多分、それが隅田川なのだろう。きらきらと水が光っている様子がかすかに見れる。

 「楽しみだね」

 「そうだな」

 竜平はちょっと黙っていたけれど、やがて側にあったベンチに腰掛けた。

 「俺ここで休んでるから見たいだけ見て」

 言われたから本当に見たいだけ見た。満足したから竜平のところに戻ると、竜平は立ち上がった。

 「次、パンダでも見る?」

 「パンダ?」

 「上野動物園」

 「うん」

 頷いて、それからちょっと思い切って言ってみる。

 「あの、ディズニーランドとかって、行けるのかな?」

 「無理。遠すぎるし高すぎる」

 「そうだよね……」

 勇気を出して言ってみても結局これだ。ちょっとがっかりして、やっぱり分不相応な我が侭な事を言ってしまったのかと少し申し訳ない気分になる。

 「悪いな」

 逆に謝られたからちょっと驚いて竜平を見るけれど、竜平はもう歩き出していた。

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