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花火!  作者: 柚井 ユズル
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和真 2

 一週間ほど、竜平は学校を休んだ。和真の家に電話のあった翌日に雨の中行われた通夜と、その翌日に行われた葬式には和真も参列した。死者が老人でない葬式は、和真にとって初めての経験だった。それは以前参列した事のある祖父の葬式と同じ「葬式」であるはずなのに、和真の目にはまったく別のもののように映った。弔問客がみんな若いせいもあったかもしれないけれど、それ以外にも、空気の重苦しさが尋常じゃない。同じ、人一人死んでいるのだけれど……。

 特に虎太郎の両親の有様は、中学生の和真の目から見ても直視したら申し訳ない気分になるような、痛々しいものだった。目が真っ赤で涙でぐしゃぐしゃなおばさんの顔と、睨みつけるように強張った顔で床を睨みつけるおじさん。その横に神妙な顔で立ち尽くす竜平に、声をかけたくでもできない雰囲気があった。どこを見ていいか分からずに、竜平はただ真っ直ぐ祭壇の方を凝視していた。そこには、虎太郎の写真が笑っていた。それはよく見かける虎太郎の笑顔だった。死んだなんて、まったく現実味がなかった。

 虎太郎は50ccの原付二輪車で走行中に、居眠運転のトラックに巻き込まれてしまったらしいと、お焼香を待っている時に周囲に並んでいた近所のおばさんたちが話しているのを聞いた。

 「北野、高橋君はいつから出てくるの?」

 クラスの自席でぼうっとしていたら声をかけられたので顔を上げると、武井が安っぽい箱を手に、和真の席の前に立っていた。箱は、おそらく菓子箱にピンク色の色画用紙を巻いて外見を隠したものだろう。その丁度正面にマジックで『崎村さん募金』と書いてある。先日ホームルームを長々と費やして行われた話し合いは翌日に持ち越され、話し合いの結果、崎村のために募金をすることになった。とはいっても、別に崎村が金に困っているというわけではない。来月地元で開催される花火大会の有料席を、一度も打ち上げ花火を見たことがないという崎村に買ってあげよう、というものだった。有料席は一人分一万円。単純計算で考えてこのクラス一クラス分の人数で割ると一人頭300円くらい出せば買うことは出来るのだけど、それでは崎村の為に「何かしてあげる」のとはちょっと違う。なので、武井は募金活動を提案した。確かに、生徒会がユニセフ募金や赤い羽根募金などを定期的に行っているのは知っていたが、まさか一個人の、しかも娯楽の為に募金はどうだろう? しかも特にお金に困っているわけでもないのだろうに。とは武井の提案の時点では思ったのだけど、その日も延長戦でのホームルームで、他に代替案も出てこない。このままずるずると長引くのもうんざりとしていたので、和真はついつい賛成に手を上げてしまった。それは、和真だけではなかったらしく、すぐにその議題は可決されて、ホームルームは晴れてお開きになった。その日はやれやれようやく決まったと肩の荷が下りたような気分で帰ったのだけど、その翌日からの武井のはりきり様を見て、少し後悔した。武井は言いだしっぺだから自分がその責任者をやると言っていたので、なんとなくその募金活動も彼女たちだけでやるのかなあ、と楽観的に考えていた和真の予想はあっさりと裏切られ、翌日には彼女が作った完璧なローテーション表がクラス全体に配布された。そこには二人一組の名前が書いてあり、毎日登校時間と下校時間に校門脇に立って募金よびかけを行う旨が書かれていた。募金で集まったお金は毎日募金が終わってから金額を計算し、担任教師のところに持って行き、教師が今までの総計と合わせて保管してくれるということだった。

 「わかんねえよ」

 「あんたたち、仲良いんじゃないの? だから、募金の組み合わせも二人を一緒にしたのに」

 その言葉に、和真は合点がいく。そういえば明日は和真と竜平の募金当番の日なのだ。分かった途端、不愉快になる。ただでさえ、先日の葬式の件で気が滅入っているのに。

 「竜平は今募金どころじゃねえだろ」

 和真が不機嫌を顕にした口調で言うと、武井は少し怯んだ。

 「そうだよね。お兄さんが亡くなったんだもんね。じゃあいいわ、明日の当番は私が高橋君の代わりやるわ」

 げ、と思わず口に出して言いそうになって慌てて唇を閉じてその言葉を止めた。面倒くさくて気が重い募金活動、適当に手を抜こうと思っていたのによりによってこのはりきりまくりの女と一緒だとするとやりにくいったらない。しかも、翌日はいつもよりも30分も早く学校に来る事を和真に要請というか命令して、武井は満足したように去って行ったので、和真は大きくため息をついた。

 クセになったように、空席の竜平の席を見る。竜平は大丈夫だろうか? 悲しくて悲しくて落ち込んでいるのかな? もし、姉ちゃんが死んだとしたら俺は……?

 虎太郎の葬式以来一日に一度はそんな事を考える。すると、今までどこか遠くはなれた場所にあるつもりでいた『死』というものが意外に身近にあったことだと思い知らされて、背筋の真ん中の骨がぞくりとするのだった。


 翌朝、和真は大声で崎村の可哀想さとそれ故の募金を訴える武井にうんざりしながら右手に青い傘をさして、左手に募金箱を胸の前に抱えて突っ立っていた。面倒くさいし恥ずかしい。それが、和真の主な感想だった。案の定、募金箱にお金を入れてくれる人はあまりいない。それでも、時々先生が苦笑交じりに入れてくれたり、どうして入れようと思ったのか、生徒たちも何人かは募金箱に近づいてきてちゃりん、と小銭を入れてくれたりしたけれど。

 呼び込みを武井一人に任せてぼんやりと眠たい目でただ立っていた和真は、校門を抜ける生徒の中に竜平を見つけてはっと覚醒した。実に、一週間ぶりの竜平だった。竜平だ! と思ってすぐに、武井の呼び止める声は無視して駆け寄る。竜平は少し疲れているようには見えたけれど、他は特に以前と変わったようには見えなかった。一週間の不在に言いようのない不安を感じていた和真は、目に見える劇的な変化等がないことに少し安心する。でも、駆け寄って行ってすぐに、自分は何を竜平に話せばいいのかと、戸惑ってしまった。

 「おす」

 とりあえず挨拶をしてみると、竜平は和真の手に持つ箱を見て眉をひそめて訝しげな顔をした。

 「何してんの?」

 「え、募金。なんか、崎村さんの。ほら、武井が騒いでた。あれ、募金になったの」

 武井に聞こえないようにちょっと声を潜めて言うと、竜平は少し考えて、ようやく思い出したかのように「ああ」と言った。

 「そういや、そんな事あったっけ」

 「うん。恥ずいし、嫌なんだけど」

 竜平は、うーんと唸って和真と武井を見る。

 「俺が崎村さんだったら嫌だなあ」

 「だよな」

 心底同意して、和真は大きく息を吐く。

 「でもまあ、武井が見張ってるし頑張れよ」

 竜平は明らかに他人事の口調で言って、和真に手を振る。

 「なんだよ。薄情者」

 憎まれ口を叩きながらも、竜平の口調も言いそうな事も普段とそう変わらないのに無意識に安堵の息を吐いて、和真は武井の隣に戻って行った。

 

 「テスト期間中。生徒の入室禁止」という貼り紙のある職員室。その前に出してある、生徒が職員室に入る前などに荷物を置くための机の上に募金箱の中身を広げて見て、和真は脱力感を禁じえなかった。

 「せんせー、これ本当に一万円も貯まるの?」

 見た限り、十円玉や一円玉が多くて総額五百円くらいにしかなっていなかった。

担任の男性教師は和真の不満そうな口ぶりに声を上げて笑った。

 「梅雨が明けたらもうちょっと貯まるんじゃないか。ま、お金を稼ぐ事の難しさを知ったろ」

 「っていうか、募金のむなしさを知った」

 「町中でやってる募金の人たちの苦労がわかったろ」

 「えー」

 なんでも経験を学習と結びつけるのはなんだろう。和真は面倒くさそうな顔で集計した金を教師に渡す。

 「だいたい、これ、本当に崎村さん喜ぶの?」

 「武井さんたちが報告に行った時には感謝されたって言ってたよ」

 「へえ」

 でも、崎村さんだって実際募金してる光景を見たら、止めてくれって頼みたくなると思う。土下座してでも。特に武井が腹筋使って良く通る声で崎村さんの名前を連呼している様を見たら。自分なら止めてくれって頼むけどなあ。

和真は内心で崎村さんに同情しながら、面倒くさい募金箱をさっさと教師に渡して職員室を後にした。

 「お待たせ」

 教室に竜平を待たせていたので行ってみると、みんな下校してがらんとした教室で、竜平は大人しくテスト勉強などをしていた。外は雨が降っているし、教室の電気も消してあるから薄暗い。和まが声をかけると同時に電気をつけると、竜平は机から顔を上げてその顔を和真に向けて大きくしかめてみせる。

 「ダメだ。もう俺は終わった」

 「マジでか」

 「前代未聞の点数になりそうだ。英語とか俺の人生に必要ないのにな」

 「お前国語も悪いじゃん」

 というか数学以外全部悪いじゃん。

「日本語喋れてるんだからいいじゃん」

竜平はさっさと英語に見切りをつけて、教科書を畳んで机の中に適当につっこんだ。鞄の中に入れて持ち帰らない辺りからもう駄目だ。でもそれは和真も同類なので特に言及しないで二人して教室を出る。

 今日はもうテスト一週間前なので部活は休みだった。傘を差して歩くから、二人の間に僅かな距離ができていた。通いなれた道はここしばらくそうであるように、今日もやっぱり雨でぬかるんで、靴と制服の裾に泥を跳ね飛ばした。視界は絶え間なく降り続く雨に、青く煙ったように霞んでいた。傘にあたる雨の音は意外に大きくて、少し声を張り上げないと声が耳に届かないような気持になった。

 和真は、竜平が休んでいた間に学校で起こったことを話した。竜平はそれを普通に聞いていた。竜平がいつも通りだから、和真もいつも通りに話せた。ただ、会話の中で虎太郎の事には一切触れなかった。なんと言っていいか分からなかったし、竜平がどんな反応をするのかも見当がつかなかった。

 「今日、この後どうすんの?」

 話していたらいつも竜平と和真が別れる道に着いたので、手を振って別れようとしたら竜平が聞いた。

 「トモやんと翔とうちで遊ぶ……竜平も来る?」

 和真は流れで一応聞いてみたものの、来ないだろうな、と踏んでいた。夏場の竜平は自分と遊ばない。それは、長年の決まりごとだった。その習慣は長年二人に染み付いたものだった。だから、竜平とはプールも一緒に行けない。

 「行くわ」

 「え。あ、そうなの?」

 「駄目?」

 「や。全然。でも……」

祖父の家に行くのは、虎太郎の事があった後だから控えているのかもしれない。そう考えて、質問をするのをやめた和真はじゃあ、家に帰ったら携帯型のゲーム機を持って家に来いと伝えて、そのまま竜平と別れた。

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