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花火!  作者: 柚井 ユズル
17/28

竜平 13

 「あれ、竜平のじいちゃん?」

 走って逃げた先の道路で息を整えて、一息ついたところで和真が聞いた。

 「うん」

 「恐いな」

 「うん」

 「で、どうやって入り込む?」

 和真はあっけらかんとそう聞いてきた。諦めるなんて微塵も考えてない顔で。竜平の祖父に見つかったことなんて、なんでもないみたいに。

 竜平は息を整えているふりをして、しばらく答えなかった。目を閉じる。どきどきと早鐘のように打っている心臓を落ち着ける。祖父に知られていた。火薬を盗んだ事を。それを思うと、胃の中に重石を入れられたような気分になった。息が苦しい。冷や汗が出る。

でも、和真はやる気満々だし……。

目の裏に花火の上がる様子が浮かび上がる。外側は青から緑色。芯は赤の花火だ。

 目を開けて、遠目に、打上会場を見る。大勢の人間が作業しているそこは、ロープで仕切りを作られて、警備員がうろうろしていて、今更中に入れそうもない。

 「暗くなってから。なら警備員に見つかり難いと思う」

 竜平が掠れた声で言うと、和真は笑った。

 「そうだな、そうしよう」

 それまでコンビニとかで時間つぶしてようぜ、と和真は能天気に言って歩き出した。


 暗くなって打上現場付近をうろついてみたけれど、予想外に厳重に警備員がロープの側で見張っているので容易に近づけそうには見えなかった。警備員は懐中電灯を持っているので、暗い中でも良く見える。

 「すっげ厳重じゃない?」

 和真の言葉に、竜平は苦々しい思いで頷く。どこかでホッとしている自分に、更に腹が立つ。

広い川の対岸に、たくさんの人が集まっているのがうっすらと分かった。花火大会の時間が迫ってきていると分かる。

 「もうこれは、川の中行くしかないな」

 「は?」

 信じられない和真の発言に、竜平は思わずそう問い返す。和真はあっけらかんとした様子で同じ事をもう一度言った。

 「川の中泳いで橋の下まで行けば見つからないと思うよ。真っ暗だし、警備員も陸地しか見てないじゃん」

 思わず竜平は川を見る。まじまじと。夜の中で、川は黒く塗りつぶされたようにそこに横たわっている。底知れなそうで、少し恐い。実際、真ん中の方に行けば、水深はかなり深いはずだ。和真を振り返って問いかける。

 「泳げるかな?」

 「楽勝だろ。今日暑いし」

 「バレたら?」

 「それはそれでしょうがなくねえ? ここで諦めるよりいいじゃん」

 もう一度、目の前に広がる水面を見詰める。確かに、岸から懐中電灯で照らされでもしない限り見つからないかもしれない。安全かどうかは別として。

 「そうだな」

 竜平が頷くと、和真はわくわくしているように、いひひと笑った。

 「もうちょっと向こうの方からそっと入ろう」

 少し離れた場所まで歩いて、人のいないのを見計らって川べりまでおりた。シューズと靴下を脱いでその場におき、シャツとズボンも脱いでパンツ一枚になる。

 「これ、おまわりさんに見つかったら捕まるかな?」

 パンツ一枚だけの姿を見下ろして、和真が呟くので、竜平は頷く。

「かもな。猥褻物陳列罪」

 「猥褻物は辛うじてチン列してねえよ」

 「じゃあぎりぎりセーフかも」

 「お前、つくづく適当だな……」

 くだらない話をしながら和真と二人で脱いだ服をそこに放置して、歩き出そうとしてふと立ち止まった。

 「やっべ。マッチ」

 慌てて脱いだズボンのポケットを探って、点火用のマッチを取り出す。

 「これは流石に濡れたら拙いよなあ」

 「手だけずっと水面に出しとくしかないんじゃない? 俺持とうか?」

 「俺のほうが水泳得意だから大丈夫」

 「むかつく言い方するなあ」

 マッチを握ったまま、水に足をつける。夏だけど、やはり突然冷たい水に触れると少し体が震えた。なるべく音を立てないように静かに水の中に入る。膝、腿、腰と水位が上がっていく。

 「警備員の横通る時は頭沈めろよ」

 警告する和真の言葉に頷いて、竜平は静かに歩を進める。

 胸、肩、首……水位があごの下くらいまでのところでも、まだ岸には近い気がした。地面から足を離して泳ぐ体勢をとる。川の流れは緩やかだけど、こちらが進むべき方向から水が流れてきているのが微かにわかる。片手で水をかくのは思いのほか難しかった。それでも、音を立てないように平泳ぎで、方向を先ほど筒を隠した筈の方角に向けて、ゆっくりと進み始めた。

 頭上を遠くの騒音が流れていく。水の音と交じり合ってそれは、竜平の脳に侵入する。落ち着け落ち着け緊張するな、と自身に言い聞かせて竜平はそれと戦っていた。ずっと水上に固定したままの右手が痺れてくる。それでも、これだけは放さないようにと高くそれを持ち上げ続ける。

 思ったよりも全然早く進まなくて、気持ちが急く。もし万が一、川の中にいる時に花火が始まってしまったら、空が明るく照らされて水面にいる自分たちの姿があらわになってしまうかもしれない。今は一体何時だろう。大会が始まるまでまだ時間はあるだろうか? 開始までにせめて橋の下まで行っておかなければ。

 やがて、先ほど警備員たちが立っていた場所の脇まで行き着いて、竜平は大きく息を吸い込んで、和真に言われたとおり水中に頭を沈ませた。それでも、右手だけは水面から出したままだ。もし誰かが見つけたら、心霊現象かと思われるかもしれない、と考えている余裕さえ竜平にはない。口の中と肺に思い切り空気を押し込めたまま、手足を必死に動かす。水に両目両耳塞がれている状況で、地上で何が起きていても分からない。自分は見つかってはいないだろうか? 懐中電灯が自分を照らしてはいないだろうか? どれくらい泳いだら警備員たちの見えないところまで進めているのか分からないので、空気がもつ間中顔を沈めていた。少しずつ気泡を吐き出して、とうとう耐えられなくなって顔を出す。出してすぐ、右側の岸を確認すると、警備員はもう右斜め背後に背中が見えるだけだった。竜平は安心して、少し力を緩めた。

 打上場所には人の姿はちらほら見えるけれど、みんなセッティングに追われて忙しそうだった。祖父の姿はないかどうか、と一瞬考えてしまって慌てて竜平はそれを頭から追いやった。今はその事を考えて落ち込んでいる場合ではない。

 足がだるく疲れてくる。それよりも手が重症だ。距離は残りあと三分の一程度だと自分を励ましている時、異変に気がついた。水滴が額に当たった時、それは川の水が跳ね上がったのかと思った。だけど、すぐに違うと分かったのは、周囲の水面に次々と波紋が生じては消えたから。水を叩く音が周囲から静かに立ち上る。

 「竜平」

 同じ事に気づいたであろう和真が背後で小さく呼んだ。

 「大丈夫」

 何が大丈夫なのか。とにかく竜平はそう呟いた。

 それは、微かな雨だった。煙雨、と呼んでも妥当なくらいな雨だ。実際、この程度の雨だと花火大会は決行されることがある。

 竜平は雨に濡れないようにときつくマッチを握り締める。

 人々の騒音に混じって、遠くからスピーカー越しのアナウンスが流れてくる。

 『会場内の皆様にお知らせします……』

 竜平はがむしゃらに手足を動かして、とりあえず橋まで行く事を最優先にした。平泳ぎの足を、水面の下のほうでのバタ足に変えてスピードを増す。既に視界に入っていた橋に向けて方向を緩やかにカーブさせ、最後のスパートとばかりに近づいていく。やがて、地面に足がつき、足の裏がごつごつとした岩の感触を捉える。大またに足を踏み出して、水を掻き分けるようにして岸に近づいて水から上がると、どっと脱力感が襲う。だが、そんなもの感じている場合ではないのですぐに気合を入れなおして、背後で大きく息をしている和真を取り残して筒を埋めた場所へと駆けつける。

 カムフラージュで乗せた岩を取り除き、素手で土を掘り返していると、和真が追いついてそれを手伝った。ここが橋の下でよかったと、軽い雨の音を聞きながら思う。土まみれの筒と、花火玉が入った菓子箱とを、パンツで濡れた手を拭いてからそろりそろりと取り出して、地面に置く。丁度その時、轟音がその場に響き渡った。音の大きさに、空気が振動するのさえ感じられる。思わず空を見上げると、煙雨で曇った空の中に真っ赤な花火が空いっぱいに輝いていた。飲み込まれるような気がするほど大きい。

 「すっげえ」

 隣で和真が呆けたように呟いた。

 「決行したんだ」

 竜平は安心して呟いて、それから自分の作業に取り掛かる。筒をあらかじめ予定していた場所まで運んで、和真と二人で縄と釘と金槌で地面に固定する。花火の打上の轟音に混じって金槌の音は消えてくれる。作業をしながら意識していると、去年よりも花火と花火の打上の間隔が広いことから、花火業者たちも雨の様子を見ながら上げているのではないかと思った。用意ができると、和真に橋の下で待機しているように言い置いて、自分は菓子箱を雨から守るように背中を丸めて抱えて筒まで走って持ってきて、筒の前で息を整えてから開ける。菓子箱の中には小分けにして発射薬、という火薬も入れてあった。これをまず、筒の中に入れてから花火玉を装てんする。花火玉には竜頭という半円の輪を導線と逆側につけてあり、そこに縄を通して筒に入れると装てんが完了する。あとは、マッチで火を落とせば中の発射薬にマッチが点火し、その爆発の力で花火が発射され、また、それと同時に導火線に火がつく。導火線の火は空中で花火玉の内部に達して、上空で中の割火薬に点火され、割火薬の爆発で周囲の玉殻が割られる。同時に、中の星に点火され花火が開くのだ。

 「いよいよか」

 普通に隣に和真がいて、竜平はぎょっとしてそちらを振り返った。

 「なんでいるの!?」

 「え、なんでって?」

 「危ないから橋の下いろって言っただろ」

 「だって、折角なら見たいだろ。邪魔しないからさ」

 「邪魔とかじゃなくって」

 言いかけて、竜平はため息とともにそれをやめた。そんな暇はないのだ。雨に花火玉が濡れないうちにさっさと火をつけてしまわなければ。

 「じゃあ、もうちょっと下がってて。俺も火ぃつけたらすぐ下がるんだから」

 「了解っ」

 和真が下がったのを確認して、竜平はマッチを擦る。やはり雨で消えないように体で覆うようにして。三回擦って、ようやく炎が現れた。それを手で覆いながら筒の中に落として、すぐにその場を駆け離れた。和真が立っている場所まで戻って隣に立って筒を見つめる。

 けれど、筒はいつまでたっても静まり返っていた。静かに、そこに立っているだけだった。

 どおん、どおん、と三つ花火が頭上で上がった。静まり返ってまた連発。

 竜平は静かに筒に近づいて行って、駆ける際に筒の根元に落としてあったマッチ箱を拾い上げ、もう一度火をつける。同じ動作を繰り返してまたその場を離れる。

 いつまで経っても、火は着かなかった。

 雨はまだ、静かに周囲を湿らせる程度の静かさで降り続いてる。

 最後の一回。マッチをつけて入れた後、竜平は動かなかった。火を入れた筒の前に立ち尽くしていた。

 和真は何も言わずに見つめていた。強張った顔で筒と竜平を見ていた。

 頭上では、連発の花火が華々しく開いていた。雨のように火花が降ってくる。それに照らされて、竜平の姿は赤くなったり青くなったりした。

 「くそっ」

 竜平は吐き出すように呟いて、足を振り上げた。筒を蹴り倒す。固定したはずなのに、筒はその場に横転して、ごろごろと転がった。竜平は追いかけていってもう一度それを蹴る。ごろごろと、やる気のない振動を立ててそれは転がって、やがて追い詰められて川にぼちゃり。

 和真が当惑したように竜平の名を呼ぶ。

 竜平は何も答えず、その場に座り込んだ。和真はどうして良いか分からずその場に立ち尽くしていた。

 頭上では相変わらず煌びやかな花火が勝ち誇るように咲き乱れていた。

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