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花火!  作者: 柚井 ユズル
15/28

竜平 11

 学校、和真の家、作業場、和真の家、病院……の繰り返しで日々は過ぎて行った。和真は時々、家族が最近不審がっているとぼやいていた。毎日毎日そんな真っ黒になるまで何してるの? 別に咎めるわけではないけれど、そう聞かれた事が何度かあるらしい。学校では期末テストが返ってきた。試験期間が兄の葬式の前後だったから、勿論散々の出来だった。だけど両親に見せることも咎められる事もなかった。試験があったのは、花火作りを始める前かそれと同時くらいだったのに、和真も散々だった。こちらは母親に塾に通わせると脅されたと崎村の病室にて愚痴を言っていた。脅しじゃなく本気ではないのかと、竜平は口に出さなかったけれど密かに思った。崎村もそう思っているのではないかと思ったけれど、崎村はただ曖昧な微笑を口元に浮かべたまま、和真のぼやきに相槌を打っていた。理解不能。

テストが返ってきたら、もう終業式と夏休みが待っているだけだった。今年は祖父の家の手伝いがないから、長い夏休みを思うとちょっと気が遠くなる。七月の残りはきっと、三十日までは自作花火につきっきりになるだろうけれど、八月になったらぽっかりとやることがなくなりそうだ。お金がないから、学校以外のプールにも行けない。家の中はきっと静か過ぎていられない。結局和真と遊ぶ気がする。

「じゃあ、八月には退院できるかもしれないんだ」

弾んだ和真の声にハッと我に返った。竜平は病室の窓から、花火大会の会場の方をじっと見つめながら、頭の中で打ち上げ場所をぼんやり考えていた。それを現実に引き戻されてみると、和真は嬉しそうに竜平を振り返ったところだった。

「聞いてたか?」

竜平のぼんやりとした顔を見て、和真はちょっと責めてみせる。ポーズだけだけど。

「うん」

「本当に?」

「割と」

「じゃあ、何つってた? 崎村さん」

「え。昨日のドラマの話だっけ? あれ、ドロドロしててねちっこくない? クラスの女子が話してるの聞いてるだけで吐き気がするわ」

言ったら崎村は少し困った顔で、和真は呆れた顔で二人して竜平を見つめた。

「その話とっくに終わったよ」

和真の指摘に竜平が「そっか……」というあやふやな返事をすると、和真は軽く竜平を小突く素振りをしてから、もう一度言う。

「崎村さん、順調に行けば八月には退院できる予定なんだって」

「へえ」

「へえ、って。もっと喜べよ」

「やったー」

「うわあ。棒読み」

「嘘うそ。おめでとう。良かったな」

竜平が言うと、崎村はありがとう、と微笑んだ。

「退院って言っても、完全に良くなるってわけじゃないんだけど。でも、安静にしていれば九月からは学校にも行っていいって言うから嬉しい」

「学校行きたいの?」

和真の問いに崎村は頷きかけて、それからちょっと小首をかしげた。

「あんまり行ってないから。行くと新鮮で、楽しいかなって」

「へえ。俺なら休みだと嬉しいけどなあ。でも、そっか。じゃあ二学期からは学校で会えるんだ」

和真が嬉しそうにそう言うので、つられたように崎村もちょっとだけ嬉しそうに笑う。なんとなく、竜平は蚊帳の外だ。別に不満はないけれど……。

「あら、和真君たち、来てたの」

ドアが開いて、小奇麗な格好をした女の人が顔を出した。崎村の母親というその人は、ほっそりとした優しそうな女の人だった。何しろ毎日のように崎村の病室に顔を出していたら当然顔をあわせることも多くなり、最近はすっかりお馴染みになっている。

竜平と和真が挨拶すると、崎村の母親はちょっと嬉しそうに笑って、ゆっくりして行ってね、と言う。それから、崎村に向かって「果穂子ちゃん、お母さん今日はもう帰るけど、大丈夫?」と言った。崎村はいつものように頷いてちょっと笑ったような顔を作る。そう、じゃあね。先生によろしくね、と崎村の母親はいつものように言って、がらがらと戸が閉まった。

「そっか、もうそんな時間か」

竜平は呟く。病室の窓から、夕日が差し込んでいる。病室の壁は白いから、夕日が真っ直ぐ当たると真っ赤になる。ちょっと眩しすぎる位に。もう崎村の母親が帰る時間帯ということは、竜平や和真が帰る時間帯だ。

「ホントだ」

和真もそう言って、二人で目を見合わせる。帰る時間だ、とお互い確認して、それから和真が崎村の方を向く。

「じゃあ、崎村さん」

また明日、と和真が言うと、崎村はいつものとおり微笑んだようだった。ようだった、というのは竜平には微笑が微笑に見えなかったから。夕日の真っ赤な中で、崎村の顔は笑顔というよりは泣きそうな顔に見えたような気がしたから。


最後の天日干しが終わってみたら、どこからどう見ても、立派な花火玉ができていた。和真の家から花火玉を回収して家に帰って、自分の部屋で竜平は感慨深げにそれを持ち上げて前後左右、ついでに上下もきっちりと確認した。クラフト紙の薄茶色の紙で張り固められたそれは、野球ボールよりは大きいけれどメロンよりは小さい、両手で抱え込めるくらいの小さな玉で、中心に導火線のでっぱりと、その逆に紐をひっかけるための小さなわっかがついている。こんな小さなものが、火をつけて空に打ちあがると大きく花開くのだ。

「うん」

竜平は確認し終わって、側に和真がいないのに、自分ひとりなのに、声に出してそう頷いた。顔が自然と綻んでくる。ついに完成したという感慨と、早く打ち上げたいという気持ちと、打ち上げてしまったら勿体ないような気持ちが入り混じって、でもやはり嬉しかった。

今日はもう二十七日で、花火大会の日は残り三日に迫っていた。感慨に浸っている暇もない。打上の筒の代わりにするものは玉貼りの後、花火玉を乾かしている間に和真と二人でだったり、一人でだったりしながら色々なお店を探し回った。直径12cmちょっとの大きさで、高さが60cm程度の筒状のもの、というのは思ったより簡単に見つからなかった。ゴミ箱、と考えてはじめは探していたのだけれど、そんな細長い変わったゴミ箱を売っているところはなく、途中から傘立てに切り替えた。傘立てとしても、直径12cmはかなり細く、なかなかそれらしいものは見つからなかった。最終的に、直径は大きすぎる円柱状の傘立てを買ってきて、それとは別に工務店で太い針金を買ってきて、立て巻きにぐるぐる巻きにして、丁度良い広さの円柱状にして、それを接着剤で止めて傘立ての中に固定し、傘立てと針金の間には砂を詰める、という回りくどい方法をとった。針金を巻く作業は難しく、少しでも気を抜くと針金がずれてしまうので和真と二人がかりで丁寧に、慎重にやっていった。後でその作業を和真は面白おかしく脚色して、崎村に話していた。その筒は、和真の部屋のクローゼットの中に隠してあるはずだ。

そんな作業に思った以上にお金がかかったことでも、崎村募金を得られたことはありがたかった。崎村はもちろん、きっと武井にも感謝しなくちゃいけないと、竜平は思う。竜平にとっては武井の崎村に対する行為はお節介の押し売りに他ならない、自己満足以外の何物でもないような行為に見えていたけれど、少なくともそのお金で助かった。

武井は『良い子ぶりっこ』の筆頭だから、教師に嘘をついてお金を預かってきた時の動揺した様子はそれはもう、ひどいものだった。泣きそうな顔をして「果穂子ちゃんに頼まれなかったら、絶対こんな事しないんだから」と罵るように言われた。普通の武井ならば、崎村に頼まれようが教師を騙すなんて行為、絶対に了承しなさそうなものなのに崎村の意見を優先したのは、竜平にしてみれば実は結構意外なことだった。竜平が思っていたよりも友達思いなのかもしれない。崎村募金も、単なる偽善的行為じゃなくて、本当に崎村の事を思っての行為だったのかもしれない。そう考えると、詐欺のような口車に崎村をのせて、崎村が花火大会を見られる機会を奪ってしまった事に対する罪悪感は少し膨れるのだけれど……。

「へえ。できたんだ」

右の耳元でそんな声が聞こえて、視線だけ動かして右側を見たら案の定、ヤツが竜平の肩越しに、花火玉を覗き込んでいた。

「見たくれだけは立派じゃん。本当に打ち上がんのかは、別として」

「打ちあがるよ」

「お。随分な自信」

「お前さえ邪魔しなきゃ、ちゃんと打ちあがるんだから、邪魔すんなよ」

言うと、そいつはちょっと笑った。

「そうだな」

珍しい素直な反応に、竜平はそっと机の上に花火玉を下ろしてから背後を振り返る。

「素直だと気持ち悪い」

「お前、可愛くないな」

「可愛いとか思われたくないし」

「可愛い~」

竜平は一つため息をついて、花火玉を菓子箱に詰めて、それを押入れの奥にしまおうと立ち上がる。

「打ちあがるといいな」

背中から声が聞こえて、驚いて振り返ると、そいつは笑っていた。

「嫌味?」

「かもな」

「嫌なやつ」

はは、と笑ってそいつは言う。

「そうだよ。だから、言われたくない事ついでに言ってやんよ。お前、忘れんなよ。それが終わったら、もう花火屋ごっこはおしまいだ。お前は立派な魚屋になるんだ」

「わかってるよ」

竜平は静かに言う。分かっている。知っている。何度も何度も自分に言い聞かせた。

だから、三日後の花火大会では悔いが残らないように、ぜったい打上を成功させなければいけないのだ。それできっぱりと諦めを付ける。

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