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花火!  作者: 柚井 ユズル
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竜平 10

 花火玉は、大まかに言ってしまえば玉殻をベースにして、そこに割火薬と星を交互に詰める事でできる。星の並べ方や使う星の色や種類によって形や色が変わってくるし、並べ方が悪いと空中できちんとした円形にならない。ぐるりと玉殻に沿って断面が綺麗な円形に並んでいるのが良い並べ方だ。口で言うのは簡単だけど、やってみると案外難しい。

 竜平はまず、半球形の玉殻に敷き詰めるように青色から緑に変わる星を敷き詰めた。その上に、和紙を重ねて割火薬を入れる。均等に割火薬を敷き詰め、その上に小さめの赤い星を敷き詰める。また、和紙を敷いてその上に割火薬を敷き詰め、家から内緒で持ってきた鍋の落し蓋で軽く押さえて玉殻の高さに中身を合わせる。もう一つの玉殻には中心に親導を挿し、あとはやはり同じ動作を繰り返した。

 息を殺すようにして慎重にやっていた。隣で覗き込む和真の視線も全く気にならなかった。

 二つの半球形の玉殻の中に火薬の入ったものができたら、片手に一個ずつそれを持つ。流石に緊張して、一つ大きく息を吸うと、力を込めてその二つの断面をくっつけた。鈍い、空気の弾ける音がして手の中で一つの球体ができる。気を抜かず、用意してあった鋏ではみ出した和紙を切り取り、紙テープで外側を止めるとようやくそれを地面に置いた。

 おお、と竜平に釣り込まれて息を詰めて隣で見守っていた和真が声を上げた。

 「できあがり?」

 「まだまだ」

 竜平は少し気持ちに余裕ができて、苦笑して言う。

 「これから周りに紙貼って、空気抜いて天日干しして、乾いたらまた紙貼って……てのを7回くらい繰り返す」

 「ほんとにまだまだだな。めんどくせー」

 「長い時間かけて手を込めるからいいんだよ」

 「それが、一瞬で消えるんだから、花火って贅沢だよなあ」

 和真は呆れたように言って、それから立ち上がった。

 「でも、続きは明日だろ? 今日はとりあえず崎村さんのところに報告に行こうぜ」

 その様子が必要以上に意気込んでいるように見えて、竜平は苦笑した。昨日、武井にお金を渡してもらえた事を早速報告に行った時、崎村は大人しそうに微笑んでよかったね、と言っただけだった。和真は慣れてきたのか調子に乗って学校の話や、今まで竜平が作りかけた花火の材料の話などをまるで自分が作ったかのように崎村にしていた。三十分ほど病院で時間を使ったその帰り道、和真は妙に楽しそうだった。崎村さんは笑うと可愛いな、と竜平に同意を求めた。竜平は「そうかもね」と言っただけだったけれど。

 竜平には、崎村がよく分からなかった。ずっと言葉少なに和真の話に相槌を打っているだけだから、何を考えているのだかよくわからないなあ、と思う。常に受身で、自己の主張なんてまったくないように思える。

 もしかしたら、竜平たちに対して人見知りをしているだけかもしれないけれど。

 でも、それなら何故毎日報告に来い、と言ったのだろう? 報告というか、どう見ても見舞いだけど。報告するような事なんて、そうそうない。でも、よく知りもしない男子生徒二人が毎日見舞いに来たところで嬉しいのだろうか? 別にそう、嬉しそうにも見えないけれど……。

 そんなことを考えても仕方がない、と竜平はすぐに割り切って忘れた。女の子の考える事なんてよく分からないし、分かっても意味はない。

 和真が楽しそうなのでそれでいいや、と思った。


 「まだ、打上花火諦めてなかったんだ」

 久しぶりに、そいつが姿を現した。作りかけの星を駄目にされて、竜平が怒鳴って以来出てこなくなっていたのに。 

テープで仮止めしてある作りかけの花火玉の入った菓子箱を押入れの奥に隠そうとしていた竜平は、動きを止めて振り返る。そいつは竜平の怒っていた事なんて、気にしてもいないようなけろりとした顔で、竜平のベッドの上に胡坐をかいていた。背中越しに竜平が睨みつけてもどこ吹く風で、どこから引っ張り出してきたのか竜平の漫画雑誌を広げる。最近買ってないから、随分前の号だ。和真に花火作りを提案される前日に買ったのが、丁度最後だった気がする。

 「懲りないねえ。お前も」

 そいつは面白くもなさそうにページをぺらぺらとめくりながら言う。

 「今度前みたいな事したら許さないからな」

 慎重に押入れの奥に菓子箱を安置して押入れをぴったりと閉めてから、竜平は振り返ってできるだけ凄みを利かせるような低い声で言った。そいつは漫画雑誌からちらりと目を上げてちょっと面白そうに唇の端を上げた。目がからかう様に細められる。

 「どう許さないのかなあ? お前、俺に危害加えられんの?」

 確かに。不覚にも言われて考えてみれば危害の加えようがないかもしれない。つかつかと近づいて行って、無言で拳を突き出してみたら案の定、竜平の体は何の障害にもぶち当たらずにそいつの体の中を突き抜けた。「おお、びっくりした」と眼前で声がする。現在進行形で腹の中に竜平の腕が貫通しているのにのんびりした声だ。それにしても不気味な光景。物理的に接触したのは初めてだったから、予想はしていても結構気味が悪い。光景の異様さに、少しだけ背筋が寒くなる。

 「触れると、思ってたのか?」

 呆れたように、そいつは言った。思っていなかった。触れるとは、全くもって。だって、扉を貫通していたし。突然消えるし。でも、触れないのは異様だった。着崩したスーツの白いシャツの腹の中に、竜平の肘から先はすっぽりと入り込んでいるのに、感触はなにもない。貫通するならもうちょっと、透けるなりなんなりして分かりやすくして欲しい。こんな実体感バリバリなのに貫通するのは常識を疑う。そもそも存在自体が常識外だけど。

 「燃やせば、燃えるのかなあ?」

 竜平が呟くと、「うわ」と言われた。

 「なんというバイオレンス発言」

 でも多分無理だわ、とのそいつの言葉に、そうなのだろうな、と思う。

 「気持悪い」

 竜平は手を引っこ抜いて言い捨てると、ベッドは占領されているので仕方無しに机の椅子に座って本を広げた。

 「ダメにされたくないんなら、徹底的に隠し通すことだな」

 追ってきた声の方に目を向けると、そいつはまっすぐに竜平を見据えていた。にやにや笑いを消して。

 「夢中になりすぎて周囲が見えなくなってたら、また同じ事になるぜ」

 「犯罪予告かよ」

 竜平が忌々しい思いで返すと、そいつはわざとらしくへっと鼻で笑う。

 「犯罪者はどっちだっつーの」

 そんなことは、重々承知だった。


 残る作業は、「玉貼り」と乾燥を重ねるだけだ。糊で湿らせたクラフト紙を「米」の字を書くように、花火玉の表面に均一に貼り、貼ったらわざわざ買ってきた木のまな板の上でごろごろと転がして空気を抜く。本当は、節約の為に家からまな板をくすねてこようかと思ったのだけれど、台所用品が頻繁になくなっていたら母が不審に思うかもしれないと、購入に踏み切った。意識しているようで悔しいけれど、徹底的に隠し通せ、という前日のヤツの言葉が竜平の意識の中にひっかかっていたのかもしれない。

 空気を抜いたら、あとは乾くまで天日干しだ。以前の失敗がトラウマになっていて、「作業場」に干しておく事はできない、というのが竜平と和真の一致した意見だった。かといって、竜平の家には置いて置けない。日の当たるベランダにはいつも母が洗濯物を干しに来るから見つかってしまう可能性が高かった。竜平の母は何しろ煙火店の娘だから、一目見るなりそれが何だか分かってしまうだろう。

 残るはもう、そこしかなかった。竜平は火気厳禁水気厳禁等の注意事項を並べ立てた上、和真の部屋の窓の桟において貰う事に決めた。日当たりもいいし、人に見つかり難い。朝和真がそこに固定しておいて夜回収して机の中に隠しておけば良いのだ。 

作業の工程としては同じ作業を繰り返しては干すだけで、それほど時間のかかるものではなかったから、作業後の空いた時間を二人は主に崎村のところへ足を運ぶ事に費やした。竜平がそれを諾々とこなした理由の一つには、やはりどこかに崎村の金を騙し取ったような居心地の悪さを感じていたこともあったし、もう一つには和真が明らかに崎村のところへ行くことを楽しみにしている様子があったからだ。

前者については、和真の「病室から見える場所に花火を上げる」発言についてぼやいたことがあったけれど、和真は気楽な様子で「見えなかったらしょうがないじゃん。とりあえずああいって説得しなきゃって思ったから」と全くもって無責任な発言をしてくれた。竜平は、何度か地図を取り出して病院の場所と打上場所の方角や距離を測ってみたけれど、果たしてそれができるのだろうか、といまいち不安だった。

後者についてはもう、竜平には言う事はない。思わぬ副産物について和真を祝福するしかなかった。竜平は正直、ほとんど口を開かない崎村は何を考えているのか良く分からなくて苦手だから、和真がのべつまくなしに話題を次から次へと変えて話し続けてくれるのは助かった。和真に言わせると崎村は「姉ちゃんのようにうるさくなくて」「大人しくてか弱くて守ってあげたいような女の子」らしい。

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