竜平 9
「高橋君。それに北野。話があるんだけど」
翌日、学校に行くとすぐに武井がつかつかと近寄ってきて腕組みをして二人の前に立ちはだかった。目の前に仁王立ちする武井の迫力に、覚悟はしていたものの、竜平は和真と顔を見合わせてちょっと顔をしかめる。見るからに、武井は機嫌が良いとは程遠い状況だ。
ついて来いと命令をした武井のあとにのこのこと付いていくと、武井は人通りの少ない校舎裏で足を止めて、くるりと二人を振り返った。目が既に、怒っている。
「果穂子ちゃんに何吹き込んだのよ」
二人が悪いことをしているのだと信じて疑わない口調で、武井は最初から責めるように言った。
「吹き込んだってなんだよ?」
和真がさっそくかちんと来た声で応戦する。
「なんだよじゃないわよ。果穂子ちゃんから昨日電話きて、募金のお金をあんたたちにあげて欲しいって言われたのよ」
「うん」
「うん、じゃない! 大体北野、果穂子ちゃんのことよく知らないんじゃない? この前どんな子? 可愛い? とか騒いでたの知ってるんだから」
「そうだけど……」
「それが何急に募金のお金貰うことになってんの?」
「金はちゃんと返すつもりだよ」
竜平が横から言うと、武井は険のある目つきで竜平の方へと顔を向けてきた。
「いつよ」
「え。お正月、お年玉が入ってか……」
最後まで言い切らせないで、武井は強い口調で「はああ?」と言った。
「そんな先じゃ意味ないじゃない。花火大会は今月なの。大体何に使うのよ。あんな大金」
「崎村さんか聞いてないの?」
「あんたたちに聞けばわかるって言われたわ」
その言葉に、和真が指示を仰ぐように竜平を見上げたから、竜平は自分が請け負うという意味を込めて頷いて口を開いた。
「うち、兄が亡くなっただろ?」
竜平が言うと武井は分かりやすく怯んだし、和真も思わぬ竜平の発言に驚いたように竜平を見た。
竜平は内心で舌を出す。兄の死を方便に使うのに良心が痛まないのは、竜平の耳にいやな言葉を囁き続けるあいつの存在のせいかもしれない。あいつがいるせいで自分は兄の死をまったくもって身に迫って感じられていないし、悲しめない。あいつを兄だと思っているわけではないけれど、それでも兄と同じ顔と声をしたあいつの存在があるから……。
「兄さん、友達に借金あったみたいなんだ。兄さんの友達に返せって言われて、でも傷ついている両親にそういうこと言えないし、俺が返そうと思って。でも、小遣いかき集めても和真に金借りても足りなくて。兄さんの友達って人、なんかガラが悪そうだったからそんなに待ってくれなさそうだったし。……だから、崎村さんに頼みに行ったんだ」
精一杯悲しそうな顔をして、殊勝なオーラを絞り出す。
「そんなの、高橋君だけでどうしようとか考えないで、親とか先生とかに相談しなきゃ……」
武井は困惑したような、でもどこか同情が混じったような声で言った。信じている。
竜平は少し顔を伏せ気味に、ことさら暗い声を作ってみせる。
「無理だよ。うちの親、今落ち込んでてそんな話したら可哀想だ。先生だって、そんな相談されたって困ると思うし。……それに俺、兄の事は好きだったから、兄のそういう話が他の人にばれるの嫌なんだ。できれば、武井さんにも黙ってて欲しいんだけど」
自分がここまで饒舌に嘘を喋れるとは思っていなかった。たとえ昨日の夜ベッドの中で頭を捻り、何度も反芻して練習した言い訳であっても。
「でも……」
「兄さんがエロビデオ買う為にそんな借金してた、なんてあんまばらされたくない」
重ねて言ったら隣で和真が吹き出しかけた。あ、こら、と内心で焦ったら和真は慌てて咳のふりをして誤魔化そうとした。やっぱり和真には事前に説明した方が良かった。だけど、朝一番の武井の呼び出しだったから、そんな暇なかったし……などと竜平は考えたけれど、どうやら無用な心配だったらしい。武井は竜平の言葉に明らかに動揺して、でも動揺を悟られて見くびられるのを恐れたのか、強い口調で反論してきた。
「で、でもそれと果穂子ちゃんは関係ないんじゃない?」
「俺たち、親に知られないようにお金借りられる方法それしか思い浮かばなくて」
武井はそれでも、何か反論をしたいようでしばらく迫力ある視線で二人を睨みつけていた。
「張本人の崎村さんがそれでいいって言ってんだから、いいじゃん」
和真が言うと、武井はうるさいわよ、と和真に向かって一喝して、それから忌々しげに言う。
「お金は先生が持ってるから。あたしじゃどうにもならないわよ」
「金たまったら、チケット買いに行くって事になってるんだろう? 今日の募金でたまったからって言って先生にお金渡してもらったら?」
「なんでアンタに指図されなきゃいけないのよ」
竜平の提案に、武井はムッとしてしまったようで、つっかかってくる。
「しかも、あたしにまであんたたちと共犯でみんなを騙すようなことさせる気?」
「武井さんの協力がないとできないんだ。本当に悪いと思ってるけど」
隣で明らかに面倒くさい顔をしている和真になんとか抑えてくれと心の中で念じるように思いながら、竜平は下手に出る。
「ほんとに、悪いと思ってる?」
「うん。武井さん、先生の信頼厚いし」
殊勝な顔で竜平が言うと、武井はようやく満足したようだった。しょうがないわねえ、と満更でもない声で、でも渋い顔を作って腕組みした。
「あたし、本当に嫌なんだからね」
「うん、ありがとう」
感謝を顔に浮かべて、去り行く武井を見送っていたら、和真の視線を感じた。
「俺、お前が恐い」
「どこら辺が?」
「演技力一択」
「本当に一択?」
「あと武井を操る力」
「やめてよ」
「いやだって、あの嘘どうよ。信じる武井もどうよ、だけど」
言って、和真はちょっと首をかしげた。
「何で花火代って言わなかったの?」
「武井さんって優等生だから、違法花火だなんて許してくれそうじゃん。先生にチクられたら元も子もないし」
「……なるほど」
和真は妙に納得した声で言って、それから「でもともかくこれで」と声を明るくした。
「お金はなんとかなったな」
「な。良かった」
竜平も笑顔になって言ったら、和真はちょっとまた半眼で見た。
「まあお前の嘘つき力と女たらし力の恐さは思い知ったけど」
「増えてる増えてる」




