7.「英国貴族」を呼ぶ時は?:面倒な「きまり」(長いオマケ)
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大変「長い分量」(1万3千字超)です。ご留意下さい。
長い理由は『それぞれの事例を、省略せずに全部記した為』ですので、必要な部分だけ読んでいただく形で十分だと思います。
【3.高貴なご身分:貴族称号その2(イギリス系・ロシア・北欧系)】後半部分において、「英国の貴族階級」の表現がどうなっているかを紹介いたしました。
しかしながら、元々が大変ややこしいルールであること、および、一部の例だけを取り上げて省略した部分も多かったこともあって、分かりにくい部分があったかと思われます。
読者の方からのリクエストや、不明瞭で分かりにくい表記に対するご指摘もあり、今回もう少し詳しく『貴族階級を始めとする、英国の上流階級の方々』を、どう表現するかをご紹介したいと思います。
英国における「上流階級」については、長い歴史もありその都度表現は異なります。今回は、史料や資料も多く、また現代の制度においても共通する部分が多い、19世紀頃から20世紀初頭(ヴィクトリア朝~リージェンシー時代~エドワーディアン時代)を例にとります。
* * *
まず、この時代における「英国の上流階級」には、二種類の階級(クラス)がありました。
一つが【貴族】、もう一つが【ジェントリ】です。
【ジェントリ】とは、元は不労所得による生活基盤を持つ、支配階級の末端に属する層です。具体的には、地域の大地主であり、地方議会や法務などの行政・司法に関わる官僚的な立場、もしくは医師や英国国教会の聖職者の人々を指します。
英国における「土地神話」とも言うべき考えは強く、「上流階級」として認められるには「大地主」となる必要がありました。時代によって異なりますが、18世紀頃では貴族とジェントリが所有する土地の面積は、英国本土の半分以上を占めています。
19世紀に入りますと、商業や工業によって成功し莫大な富を築く庶民(中流階級)が登場しましたが、彼らはいくら大金持ちであったとしても「英国内に広大な所領(土地)」を得ない限り「上流階級」の一員としては認められませんでした。そのため、19世紀には没落した元貴族やジェントリの土地を買い取ってジェントリとなるケースが増加しました。
しかし、彼らは「成り上がり」と呼ばれて卑下され、ジェントリ入りしてからの初代~三代くらいまでは、社交界などでも辛い立場にあったそうです……かなり陰湿に。
【ジェントリ】と【貴族】を区別するものは「貴族称号」の有無です。これは原則として「王家より授与されるもの、および、それを相続継承するもの」です。
いわゆる「貴族称号」には以下のものがあり、順位があります。
1位【公爵】(Duke:デューク)
2位【侯爵】(Marquess:マーキス)
3位【伯爵】(Earl:アール)
※女性伯爵(女伯)の場合は「Countess:コンテス」
4位【子爵】(Viscount:ヴァイカウント)
5位【男爵】(Baron:バロン)
※ただし氏名などの表記は「Lord:ロード」
通常「公・侯・伯」を「上位貴族」、「子・男」を「下位貴族」とカテゴライズします。
この区分は意外と厳しく、色々なシーンで「違い」は明確に出ます。
例えば上流階級の娘が社交界デビューする【デビュタント】
王宮(バッキンガム宮殿や聖ジェームズ宮殿)で行われる【謁見式】(王族への拝謁)で「デビュタント」となれるのは「上流階級の令嬢」、爵位貴族の令嬢とジェントリ(聖職者や法廷弁護士、軍将校、医者などを含む)階級の令嬢のみです。
その中でも『王族に直接謁見し、祝福を賜る』(具体的には女王から祝福のキスを受ける)ことが出来るのは【伯爵家以上の令嬢】のみです。
子爵令嬢では王からの祝福のキスを受けられませんし、商業などで財をなした大金持ちであっても「ジェントリ」と認められる立場でなければ、王宮でのデビュタントは出来ません。
さらに後で詳述しますが、呼び方も変わります。
また、正確には貴族称号ではありませんが、それに準ずるものとして以下のものがあります。
6位【准男爵】(Baronet:バロネット)
7位【勲爵士】(Knight:ナイト)もしくは(Dame:デイム)
うち、「准男爵」は世襲称号のため、子に継承されます。一方「勲爵士」は本人のみの称号で一代限りです。
その他、【一代貴族】(Life Peerage)と呼ばれる、特別な個人に与えられる立場があり、通常の「貴族位」は「男爵位」です。この場合、本人が生きている間はその家族(妻や子)は「世襲貴族の男爵」と同じ待遇を受けますが、本人死亡後の妻子は「表記や呼びかけに用いる称号」だけは使い続けることが出来ますが、それ以外の権利を相続継承することはできません。
英国において【貴族階級】(ピアージュ:peerage)と呼ばれるのは、以下の立場の人々です。
1.有爵者
…本人が、公・侯・伯・子・男爵の爵位を持つ男性(一部においては女性)です。
2.有爵者の妻、および未亡人もしくは離婚した前妻
3.「儀礼上の称号(courtesy lord)」を持つ男子
…主として有爵者の息子ですが、原則として「公・侯・伯爵の息子」か「子・男爵の長男」です。
…「儀礼上の称号(儀礼称号)」は、本来の爵位とは異なる「仮の爵位号」や「礼儀としての爵位号」のようなものを指します。
4.「3.儀礼上の称号を持つ男子」の妻、および未亡人もしくは離婚した前妻
5.有爵者ではない「儀礼敬称(courtesy style)」を持つ男子
…個人の名の前に、「Lord」という敬称を付けることが出来る男子です。具体的には「公・侯爵の“儀礼称号を持たない次男以下”の男子」です。
6.「1.」(有爵者)および「3.」(儀礼上の称号を持つ男子)の娘
7.「3.」に相当する男子の「息子、およびその妻」
…「3.」としての立場が“有爵者の息子”としてのものであるなら、有爵者の「男孫」です。
……はい、既に頭が混乱しますね。
とりあえず大ざっぱに要点をまとめますと、
・爵位を持つ本人とその妻
・上位貴族(公爵・侯爵・伯爵)の息子
・下位貴族(子爵・男爵)の長男
・それぞれの妻と娘
・上位貴族の孫息子
は、「貴族」です。
英国では「爵位は共有しない」という考え方のため、家族内であっても「爵位を持つ」のは一人だけです。そのため、妻や息子・娘は「爵位は持っていない」のです。
ただし、一つの家系に複数の爵位が与えられている、つまり一人の有爵者が複数の爵位を持つことも多く、ある意味「余った爵位号」を、息子や娘が「仮に所有」することがあります。これを[儀礼上の称号]と呼びます。
この爵位号は「あくまで仮のもの=身分がある相手に対する、礼儀を示すための便宜」のため、相続継承は出来ません。
例えば、【A侯爵】が同時に【B伯爵】と【C子爵】の3つの爵位を持っていた場合。
通常、A侯爵の『長男』は【B伯爵】を名乗り、『次男』が【C子爵】を名乗る場合があります。
ただし、共に「親から借りている」状態ですので、『長男』が【A侯爵】を継承した場合、『次男』は【C子爵】の爵位を長男に返す必要があります。
儀礼称号は、通常年長の序列順なので、爵位号の“余り”がなければ長男以外の他の息子は「称号無し」です。また“余り”があっても、通常は『長男』以外は「儀礼称号なし」です。
この区別は[相手をどう呼ぶか/表記するか]という部分に大きく影響するため、大変重要な区分です。ということは、貴族を相手にコミュニケーションをとる場合、必須の知識だったわけですね。
そのため「上流階級」の人間は元より、貴族を相手にする商業人などにとって『誰が、どんな貴族称号を持っているか』は常にアップデートでの更新が必要な重要知識、ある意味「貴族としての必須教養」でした。
あの時代を取り扱った文学作品などで頻出する『貴族年鑑』とは、これら「人名録」です。毎年、新しい情報に更新されて出版されていました。
有名なのは『ゴータ年鑑』(Almanach de Gotha)や『デブレット貴族年鑑』(Debrett's Peerage)、『バーク貴族年鑑』(Burke's Peerage)などです。
ゴータは『シャーロック・ホームズ』でも登場していますね。これは英国だけでなくヨーロッパの王族と上級貴族を網羅しています。デブレットとバークは英国のみですが下級貴族やジェントリも網羅しています。
* * *
さて本題。
では、彼ら「上流階級の人々」の氏名を呼んだり書いたりする際は、どうなるでしょうか。
……ややこしいんです、これが。
系統だって説明することもできますが、分かりにくいので、今回は【爵位や立場ごとのリスト】としてご紹介いたします。
以下、全ての例示において[○○]が個人名、[△△]が姓(家名)、[□□]が姓と異なる爵位号、とします。また複数爵位所有者の二番目以降の称号(いわゆる「儀礼称号」)は[■■]で記します。
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1-1.【公爵】の爵位を持つ人物の場合
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・本人を文字で記載する場合(非公式文書)
【デューク・オブ・□□】(Duke of □□)
・本人を文字で記載する場合(公式文書)
【ヒズ・グレイス・ザ・デューク・オブ・□□】
(His Grace the Duke of □□)
・本人を口頭で呼ぶ場合(非公式の場)
【デューク】(Duke)
※その場に二人以上の公爵がいる場合は、後ろに「of □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合(公式の場)
【ユア・グレイス】(Your Grace)
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1-2.【公爵】の爵位を持つ人物の「妻」(公爵夫人)の場合
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・本人を文字で記載する場合(非公式文書)
【ダッチェス・オブ・□□】(Duchess of □□)
・本人を文字で記載する場合(公式文書)
【ハー・グレイス・ザ・ダッチェス・オブ・□□】
(Her Grace the Duchess of □□)
・本人を口頭で呼ぶ場合(非公式の場)
【ダッチェス】(Duchess)
※その場に二人以上の公爵がいる場合は、後ろに「of □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合(公式の場)
【ユア・グレイス】(Your Grace)
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1-3.【公爵】の爵位を持つ人物の「未亡人/離婚した妻」の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ダゥアジャー・ダッチェス・オブ・□□】
(The Dowage Duchess of □□)※未亡人
【○○ ダッチェス・オブ・□□】
(○○(名),Duchess of □□)※離婚した妻
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ダッチェス】(Duchess) ※未亡人・前妻とも
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1-4.【公爵】の爵位を持つ人物の「長男」および「次男以下」の場合で、儀礼称号[■■伯爵]を持つ場合
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・本人を文字で記載する場合
【アール・オブ・■■】(The Earl of ■■)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・■■】(Lord ■■)
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1-5.【公爵】の爵位を持つ人物の「次男以下」の場合で、儀礼称号を持たない場合
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・本人を文字で記載する場合
【ロード・○○(名)・△△(姓)】(Lord ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・○○(名)】(Lord ○○)
・彼らの妻を文字で記載する場合
【レディ・○○(夫の名)・△△(姓)】
(Lady ○○ △△)※本人の名でないことに注意
・彼らの妻を口頭で呼ぶ場合
【レディ・○○(夫の名)】
(Lady ○○)※本人の名でないことに注意
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1-6.【公爵】の爵位を持つ人物の「未婚の娘」(公爵令嬢)で、儀礼称号を持たない場合
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・本人を文字で記載する場合
【レディ・○○(自分の名)・○○(姓)】(Lady ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・○○(名)】(Lady ○○)
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2-1.【侯爵】の爵位を持つ人物の場合
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・本人を文字で記載する場合
【マーキス・オブ・□□】(Marquess of □□)
※公式文書の場合は「The Most Honourable the Marquess of □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・□□】(Lord □□)
※公式の場では「My Lord」(マイ・ロード)
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2-2.【侯爵】の爵位を持つ人物の「妻」(侯爵夫人)の場合
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・本人を文字で記載する場合
【マーシャニス・オブ・□□】(Marchioness of □□)
※公式文書の場合は「The Most Honourable the Marchioness of □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・□□】(Lady □□)
※公式の場では「Madam」(マダム)
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2-3.【侯爵】の爵位を持つ人物の「未亡人/離婚した妻」の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ダゥアジャー・マーシャニス・オブ・□□】
(The Dowage Marchioness of □□)※未亡人
【○○ マーシャニス・オブ・□□】
(○○(名),Marchioness of □□)※離婚した妻
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・□□】(Lady □□) ※未亡人・前妻とも
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2-4.【侯爵】の爵位を持つ人物の「長男」および「次男以下」の場合で、儀礼称号[■■子爵]を持つ場合
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・本人を文字で記載する場合
【ヴァイカウント・■■】(Viscount ■■)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・■■】(Lord ■■)
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2-5.【侯爵】の爵位を持つ人物の「次男以下」の場合で、儀礼称号を持たない場合
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・本人を文字で記載する場合
【ロード・○○(名)・△△(姓)】(Lord ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・○○(名)】(Lord ○○)
・彼らの妻を文字で記載する場合
【レディ・○○(夫の名)・△△(姓)】
(Lady ○○ △△)※本人の名でないことに注意
・彼らの妻を口頭で呼ぶ場合
【レディ・○○(夫の名)】
(Lady ○○)※本人の名でないことに注意
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2-6.【侯爵】の爵位を持つ人物の「未婚の娘」(侯爵令嬢)で、儀礼称号を持たない場合
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・本人を文字で記載する場合
【レディ・○○(自分の名)・△△(姓)】(Lady ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・○○(名)】(Lady ○○)
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3-1.【伯爵】の爵位を持つ人物の場合
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・本人を文字で記載する場合
【アール・オブ・□□】(The Earl of □□)
※公式文書の場合は「The Right Honourable the Earl of □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・□□】(Lord □□)
※公式の場では「My Lord」(マイ・ロード)
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3-2.【伯爵】の爵位を持つ人物の「妻」(伯爵夫人)の場合
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・本人を文字で記載する場合
【コンテス・オブ・□□】(Countess of □□)
※公式文書の場合は「The Right Honourable the Contess of □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・□□】(Lady □□)
※公式の場では「Madam」(マダム)
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3-3.【伯爵】の爵位を持つ人物の「未亡人/離婚した妻」の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ダゥアジャー・コンテス・オブ・□□】
(The Dowage Countess of □□)※未亡人
【○○ コンテス・オブ・□□】
(○○(名),Countess of □□)※離婚した妻
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・□□】(Lady □□) ※未亡人・前妻とも
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3-4.【伯爵】の爵位を持つ人物の「長男」および「次男以下」の場合で、儀礼称号[■■男爵]を持つ場合
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・本人を文字で記載する場合
【ロード・■■】(Lord ■■) ※「Baron」は使いません
※公式文書の場合は「The Right Honourable the Lord □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・■■】(Lord ■■)
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3-5.【伯爵】の爵位を持つ人物の「次男以下」の場合で、儀礼称号を持たない場合
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・本人を文字で記載する場合
【ジ・オノラブル・○○(名)・△△(姓)】
(The Honourable ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ミスター・△△(姓)】(Mr. △△)
・彼らの妻を文字で記載する場合
【ジ・オノラブル・ミセス・○○(夫の名)・△△(姓)】
(The Honourable Mrs. ○○ △△)※本人の名でないことに注意
・彼らの妻を口頭で呼ぶ場合
【ミセス・△△(姓)】
(Mrs. △△)※「レディ(Lady)」ではないことに注意
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3-6.【伯爵】の爵位を持つ人物の「未婚の娘」(伯爵令嬢)で、儀礼称号を持たない場合
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・本人を文字で記載する場合
【レディ・○○(自分の名)・○○(姓)】(Lady ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・○○(名)】(Lady ○○)
……そろそろ嫌になってきますね。ここまでが「上級貴族」です。
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4-1.【子爵】の爵位を持つ人物の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ヴァイカウント・□□】(The Viscount □□)
※公式文書の場合は「The Right Honourable the Viscount of □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・□□】(Lord □□)
※公式の場では「My Lord」(マイ・ロード)
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4-2.【子爵】の爵位を持つ人物の「妻」(子爵夫人)の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ヴァイカウントネス・□□】(Viscountness of □□)
※公式文書の場合は「The Right Honourable the Viscountness of □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・□□】(Lady □□)
※公式の場では「Madam」(マダム)
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4-3.【子爵】の爵位を持つ人物の「未亡人/離婚した妻」の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ダゥアジャー・ヴァイカウントネス・□□】
(The Dowage Viscountness of □□)※未亡人
【○○ ヴァイカウントネス・□□】
(○○(名),Viscountness of □□)※離婚した妻
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・□□】(Lady □□) ※未亡人・前妻とも
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4-4.【子爵】の爵位を持つ人物の「息子」の場合
(注)子爵・男爵の息子が「親から得た儀礼称号を名乗る」ことは原則ありません。
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・本人を文字で記載する場合
【ジ・オノラブル・○○(名)・△△(姓)】
(The Honourable ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ミスター・△△(姓)】(Mr. △△)
・彼らの妻を文字で記載する場合
【ジ・オノラブル・ミセス・○○(夫の名)・△△(姓)】
(The Honourable Mrs. ○○ △△)※本人の名でないことに注意
・彼らの妻を口頭で呼ぶ場合
【ミセス・△△(姓)】
(Mrs. △△)※「レディ(Lady)」ではないことに注意
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4-6.【子爵】の爵位を持つ人物の「未婚の娘」(子爵令嬢)の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ジ・オノラブル・○○(自分の名)・○○(姓)】
(The Honourable ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ミス・△△(姓)】(Miss △△)
※「ミス・○○(自分の名)」でないことに注意
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5-1.【男爵】の爵位(世襲爵位)を持つ人物の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ザ・ロード・□□】(The Load □□)
※「Baron □□」でないことに注意
※公式文書の場合は「The Right Honourable the Lord □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ロード・□□】(Lord □□)
※公式の場では「My Lord」(マイ・ロード)
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5-2.【男爵】の爵位を持つ人物の「妻」(男爵夫人)の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ザ・レディ・□□】(The Lady □□)
※「The」が付くことに注意
※公式文書の場合は「The Right Honourable the Lady □□」
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・□□】(Lady □□)
※公式の場では「Madam」(マダム)
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5-3.【男爵】の爵位を持つ人物の「未亡人/離婚した妻」の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ダゥアジャー・レディ・□□】
(The Dowage Lady □□)※未亡人
【○○ レディ・□□】
(○○(名),Lady □□)※離婚した妻
※「The」は付かない
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・□□】(Lady □□) ※未亡人・前妻とも
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5-4.【男爵】の爵位を持つ人物の「息子」の場合
(注)子爵・男爵の息子が「親から得た儀礼称号を名乗る」ことは原則ありません。
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・本人を文字で記載する場合
【ジ・オノラブル・○○(名)・△△(姓)】
(The Honourable ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ミスター・△△(姓)】(Mr. △△)
・彼らの妻を文字で記載する場合
【ジ・オノラブル・ミセス・○○(夫の名)・△△(姓)】
(The Honourable Mrs. ○○ △△)※本人の名でないことに注意
・彼らの妻を口頭で呼ぶ場合
【ミセス・△△(姓)】
(Mrs. △△)※「レディ(Lady)」ではないことに注意
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5-6.【男爵】の爵位を持つ人物の「未婚の娘」(男爵令嬢)の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ジ・オノラブル・○○(自分の名)・○○(姓)】
(The Honourable ○○ △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【ミス・△△(姓)】
(Miss △△) ※「ミス・○○(自分の名)」でないことに注意
……ふう、疲れましたね。ここまでが「貴族」(Peer)です。
でもまだまだ終わりません。
続いて「一代貴族」および「ジェントリ」達です。
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6-1.【一代貴族としての男爵】の爵位を持つ人物の場合
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●原則として「世襲貴族の男爵」と同じです。
ただし、多くの場合において「姓」がそのまま「爵位号」となります。
●「一代貴族の男爵」本人が亡くなった場合、妻子の扱いは以下の通りです。
・未亡人(妻)…未亡人本人が再婚しない限り、亡くなるまで同じ称号(The Lady □□)を使い続けることができます。
・子女(息子と娘)…「the Honourable」を儀礼称号として使い続けることができます。
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7-1.【准男爵】の爵位(世襲爵位)を持つ人物の場合
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・本人を文字で記載する場合
【サー・○○(名)・△△(姓), バロネット】
(Sir ○○ △△, Baronet) ※男性の場合
【デイム・○○(名)・△△(姓), バロネテス】
(Dame ○○ △△, Baronetess) ※女性の場合
・本人を口頭で呼ぶ場合
【サー・○○(名)】(Sir ○○) ※男性
【デイム・○○(名)】(Dame ○○) ※女性
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7-2.【准男爵】の爵位を持つ人物の「妻」(准男爵夫人)の場合
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・本人を文字で記載する場合
【レディ・△△(姓)】(Lady △△)
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・△△(姓)】(Lady △△)
※【女准男爵】の爵位を持つ人物の「夫」(准男爵の夫)の場合は「無冠の紳士」の扱いです。つまり、ジェントリ階級の一般人扱いとして【ミスター・○○・△△】か【ミスター・△△】です。
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7-3.【准男爵】の爵位を持つ人物の「未亡人/離婚した妻」の場合
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・本人を文字で記載する場合
【ダゥアジャー・レディ・△△(姓)】
(The Dowage Lady △△)※未亡人
【○○ レディ・△△】
(○○(名),Lady △△)※離婚した妻
・本人を口頭で呼ぶ場合
【レディ・△△】(Lady △△) ※未亡人・前妻とも
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7-4.【准男爵】の爵位を持つ人物の「息子・娘」の場合
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※准男爵の息子や娘は、全て「ジェントリ階級の一般人」扱いです。よって「ミスター」もしくは「ミス」を用います。
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8-1.【勲爵士】(Knight/Dame)を持つ人物の場合
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・本人を文字で記載する場合
【サー・○○(名)・△△(姓)】
(Sir ○○ △△) ※男性の場合
【デイム・○○(名)・△△(姓)】
(Dame ○○ △△) ※女性の場合
・本人を口頭で呼ぶ場合
【サー・○○(名)】(Sir ○○) ※男性
【デイム・○○(名)】(Dame ○○) ※女性
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8-2.【ナイト(Knight)】を持つ人物の「妻」(勲爵士夫人)の場合
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・本人を文字で記載もしくは口頭で呼ぶ場合
【レディ・△△(姓)】(Lady △△)
※妻本人が「公・侯・伯爵の令嬢」で儀礼称号を有している場合
【レディ・○○(名)・△△(姓)】(Lady ○○ △△)
※妻本人が「子・男爵の令嬢」で儀礼称号を有している場合
【ジ・オノラブル・レディ・△△(姓)】(The Honourable Lady △△)
※夫が国教会の聖職者の場合
【ミセス・○○(夫の名)・△△(姓)】(Mrs. ○○ △△)
※【デイム(Dame)】の「夫」および「子女」は「無冠の」の扱いです。【准男爵】の例と同じになります。
……ふう。お疲れ様でした。
* * *
ということで、とんでもなく複雑怪奇な「英国の上流階級」の呼び方ルールでした。
とりあえず注意すべき事としては、次のような点でしょうか。
○「本人が爵位を有しているかどうか」で変わる
○「息子」の場合は、親の爵位(上級か下級か)で変わる
○「上級貴族の息子」の場合は、「長男か次男以下か」で変わる
○「娘」の場合は、親の爵位(上級か下級か)で変わる
○「女性」の場合は、一度結婚した後は「夫の社会的身分に応じた呼称」に変わる
一番面倒なのは、「貴族の息子、娘、息子の妻」でしょう。
具体的に例を挙げてみます。
【侯爵の長男】は「ロード・■■」で、■■の部分は姓ではなく、父親や弟とも異なります。
【侯爵の次男】は「ロード・○○」で、「個人の名」の前に「ロード」が付きます。
【侯爵長男の妻】は夫の儀礼称号に応じ、伯爵位なら「レディ・■■」です。
【侯爵次男の妻】は「レディ・○○(夫の名)」で、自分の名前を用いることができません。
【未婚の侯爵令嬢】は「レディ・○○(自分の名)」で、結婚後は夫の身分に応じた呼称に変わります。
【子爵の息子】は「ミスター・△△」で、「ロード」は使えません。
【未婚の子爵令嬢】は「ミス・△△」で、「レディ」は使えません。
【上級貴族と結婚した女性】は「レディ・□□(夫の号)」です。
【貴族と結婚後に離婚した女性】は、離婚前と同じ称号を使い続けられます。
【貴族と離婚後に再婚した女性】は、新しい夫の社会的身分に変わります。
【侯爵の長男と結婚した女性】は「レディ・■■(夫の儀礼称号)」です。
【侯爵の次男と結婚した女性】は「レディ・○○(夫の名)」です。
【伯爵の長男と結婚した女性】は「レディ・■■(夫の儀礼称号)」です。
【伯爵の次男と結婚した女性】は「ミセス・△△(夫の姓)」です。
文学作品などで『貴族と結婚した後、離婚した庶民階級の女性』が、社交界でブイブイ言わせている描写(……古い言い方ですね。要は貴族社交界に参加できる社会的身分を有している、という意味です)がありますが、これは『一度結婚して得た社会的身分は、再婚するまで継続』というルールがあるからです。
よって、どんな形であれ「上流階級の夫人」となることが出来れば、離婚しようが死別しようが、ずっと「上流階級の仲間入り」なのです。
……そりゃ皆さん、『玉の輿』を夢見ますよね。
だからこそ、「貴族階級に属する男性の結婚」には、家族や周囲の目が厳しくなるのです。
だって、息子が血迷って庶民と正式に結婚したら、その「妻」は後から離婚させたとしてもずっと「レディ・△△」のように『自分の家名を名乗り続けて、社交界に出没する』のですから……それは困ります。
……ま、万一このような自体が生じたら『正式に廃嫡(=廃嫡されるとジェントリ以下の庶民扱い)して息子と縁を切る』か、『社交界に出たくなくなるような仕打ち』を周囲から受けるわけですけれどね。
それに負けない根性があれば「娼婦からの成り上がり」なんて立場はアリです。
* * *
なお、これらの社会的立場は「一代貴族」を除き、世襲です。
ただし、相続継承できる人物の決定には、厳しい決まりがあります。
英国の「爵位」には「イングランド貴族」「スコットランド貴族」「アイルランド貴族」の3種類、および連合王国となってからの「グレートブリテン貴族」があり、スコットランド貴族は、継承権の考え方に違いがあります。
一番の違いは【女性が爵位を持てるかどうか】です。
イングランド貴族位は、基本的に「男性のみ」が継承可能です。
最初に爵位を得た際(叙爵時)に特別な許可(「特許状」(Letters Patent))を得ている爵位の場合、および古い男爵位で継承規定が定められていない爵位の場合は、女性が継承することが出来ます。それ以外は、有爵者の唯一の子女であっても、爵位を継承することは出来ません。彼女の息子にも継承権はありません。
よって、有爵者に娘しかいない場合、兄弟の息子(甥)が継承します。甥もいなければ、父方の従兄弟の息子(父親の兄弟の、その息子の息子)で最も年長の男子が継承します。これは男系でどこまでもさかのぼるため、場合によっては四代~五代くらい前のご先祖様に由来する「爵位継承」が生じます。
これは貴族に限らず、ジェントリ階級でも適応されます。
ジェーン・オースティンの小説『高慢と偏見』では、ジェントリであるベネット家は五人姉妹であったため、父親が亡くなればベネット家の全財産は従兄のウィリアム・コリンズのものになってしまう、という描写がありました。
一方、スコットランド貴族の場合、直系男子がいない場合は娘に継承させることができます。よって「女性伯爵(女伯)」や「女性男爵(女男爵)」が存在します。この場合、彼女たち自身が「有爵者」であり、彼女らの息子や娘が爵位を継承してゆきます。
基本的には「男系継承」であるため、「一人娘を結婚させて、その孫息子に継承させる」というパターンには制限がかかります。
通常「有爵者の長男」は【法定相続人】(heir apparent)、息子がいない場合の「次の継承順位者(有爵者の弟や甥)」は【推定相続人】(heir presumptive)と称します。これらの「法定/推定相続人」には、上記の例外を除き「男性」しかなることができません。
もし有爵者が「自分の娘の息子」に爵位を継がせたいと思うならば、王家や議会の許可を得て「孫息子を養子(養継嗣)」にする必要があります。
当時の規定では、貴族の養子には継承権がありませんので「勅免」や「議会の許可」が必要です。普通は無理です。無理のないパターンとしては、『推定相続人である甥と娘を結婚させる』くらいです。
見事に政略結婚ですね。
「領地や財産を守るために、とりあえず従兄弟と結婚し、息子が生まれたら離婚」という事例は多々あります。
また有爵者が相続順位を変更することも出来ません。いくら次男が優秀であったとしても長男が生きている限り、その爵位の【法定相続人】は長男です。
……そう、生きている限り。
……ほら、親子や兄弟間、従兄弟間で起きる血みどろの惨劇や謀略の遠因がここに。
バーネット女史の『小公子』は、貴賤結婚(身分違いの結婚)でアメリカに駆け落ちしていた、ドリンコート伯爵の三男の息子セドリック・エロルが主人公です。
ドリンコート伯爵の長男・次男を含む全息子とその子息が死亡したため、伯爵位の継承順位は「直系三男の嫡子長男」であったセドリックに回ってきたわけです。
さらに、ドリンコート伯爵は他に「フォントルロイ」の爵位号(多分、子爵号)を有していたため、【ドリンコート伯爵の、推定相続人であるセドリック・エロル】は【ロード・フォントルロイ】となる訳です。
(なお、本来【儀礼称号】である他の爵位号を名乗れるのは、直近男子(長男)だけなので、孫であるセドリックが名乗るのはちょっと変。多分、全ての息子がいないため、長男に準ずる扱いなのでしょう。未成年なので、公式な社会的身分はありません)
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ということで【おまけ】としての「英国貴族の世界」をご紹介しました。
時代や法令によっても異なりますし、また「特許状による特例」もある世界ですので、全てが紹介した事例になるという訳ではありませんが、英国ヒストリカル作品を書かれる方などの一助になれば幸いです。
……それにしても、声を大にして言いたい。
『そんなん、知らんがな!』
■後書き■
これにて本作は一旦【完結】とさせていただきます。
ありがとうございました。
また何か投稿するネタを思いついたり、リクエストなどがありましたら、更新するかも知れません。その際は、活動報告などでお知らせしたいと思います。
……とりあえず。
英国貴族のばかやろーーーっ(苦笑)