2.高貴なご身分:貴族称号その1(ドイツ・フランス系)
★ 2016.10.31にN6704DP【西洋風ネーミング雑話】その姓、なにモノ?? として投稿した作品を改稿しました。既読の方におかれましては、一部にあった誤情報を修正しておりますので、よろしければ再確認下さい。
高貴な身分といえば「貴族階級」、いわゆる王侯貴族です。
彼らを分かりやすく区別するのが、姓名に組み入れられる【貴族称号】です。
近世以降の西洋圏では、貴族称号の表記・呼び方には厳格な規則が登場しました。これに足を突っ込むと、外国語文献に埋もれる泥沼にはまりますので、覚悟を持って望みましょう。
よって、ここで触れるのは、あくまで簡易な説明です。本当に基本的な話ですが、いろんなバリエーションがあるという一例をご紹介。
『○○・ド・△△』
『○○・フォン・△△』
西洋世界を舞台とした作品や、西洋風異世界ファンタジー作品でも、よく見る表記ですね。
現実世界において、これらの「ド」や「フォン」は、いわゆる【貴族称号の前置詞】、貴族階級出身者の証です。言語圏や国によって異なりますが、よく知られているものとしては以下のようなものがあります。(一部、貴族に限定しないモノを含みます)
※[△△]を姓とします。
【ド・△△】(de)
:フランス系貴族。カタカナ発音表記には、他に「ドゥ・△△」もあり。
※他に「ラ・△△」(la)も知られるが、これはフランス語の定冠詞。後述。
【フォン・△△】(von)
:ドイツ語圏系貴族。ゲルマン系の古い家系。
※他に「ツー・△△」(zu)もあり。こちらは、どちらかというと新興貴族。
【ディ・△△】(di)
:イタリア系貴族。ただし必ず貴族姓につくという訳では無い。
※他に「ダ・△△」(da)もあり。
また、「デッラ・△△」「デル・△△」などもあるが、これらは「di」+「la」や「di」+「il」の「前置詞+冠詞」形。
【デ・△△】(de)
:スペイン系貴族。ただし貴族に限定するものではない。
【ファン・△△】(van)
:オランダ系貴族。ただし貴族に限定するものではない。
※「ファン」の後に「デ」(de)や「デア」(der)を伴うことも多い。
derは「デル」と読む場合もあり。
※画家「フェルメール」(Vermeer)の本来の表記は「ファン・デア・メール」(van der Meer)。
これらの前置詞類は全て「敬称」として用いるものなので、呼びかけ時には省略しません。相手を呼ぶときには、姓とセットで『フォン・△△』や『ド・△△』と呼ぶのが基本です。
たとえば、第十八代フランス大統領の「ド・ゴール」(de Gaulle)氏は、常に「ド・ゴール」と称され、記されます。「ムッシュ・ド・ゴール」と呼ばれることはあっても、「ムッシュ・ゴール」と呼ばれることはありません。
なお、フランス語の「ムッシュ」(Monsieur)は、英語の「ミスター」(Mr.)などに相当する男性への敬称です。姓の前に付けるのが一般的ですが、名前(ファーストネーム)の前に冠することもできます。
一方、ドイツ語系の「フォン」(von)の場合、「ド」と同じく省略しないのが正式ですが、歴史上の有名人物などにおいては『前置詞なので省略可』の考え方から、「フォンを省いて姓だけで呼ぶ」ケースが多くなります。
たとえば、『若きウェルテルの悩み』や『ファウスト』などの作品で知られる「ゲーテ」(Goethe)の場合、三十三歳でワイマール公国の宰相に任命される際に神聖ローマ帝国の貴族に叙せられ、以降「フォン・ゲーテ」が正式な姓の呼び方になりました。しかし通常は「ゲーテ」とのみ称されます。
また、日本での活動で知られる医師「シーボルト」も、正式には「フォン・シーボルト」(von Siebold)ですが、通常は「シーボルト」だけですね。
他方、二十世紀最高の天才の一人とされるハンガリー系アメリカ人科学者「ジョン・フォン・ノイマン」(John von Neumann)氏の場合は、「フォン・ノイマン」で“一つの姓”と見なされて、省略されることはあまりありません。(彼の発明品であるコンピュータの形式は「ノイマン式」と呼ばれますが、彼自身を呼ぶ際は通常「フォン・ノイマン」と記します)
フランス人の姓で「○○・ド・ラ・△△」となるものがあります。詩人の「ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ」などが有名ですね。
この表記には歴史的経緯も関係します。
もともと上流階級の姓には定冠詞の「ラ」(la)や「ル」(le)を付けることが多かったので、「ラ・△△」や「ル・△△」といった姓がありました。ただし貴族とは限りません。
それが十三世紀頃に法律で『貴族には称号[ド](de)を付ける』と決まりましたので、多くの貴族階級がその姓を「ド・△△」に変えました。
しかし由緒正しい家系では、長く用いた「ラ・△△」や「ル・△△」の姓はそのまま使い続け、その前に貴族称号の前置詞である「ド」を冠する形にしたのです。
なお、フランス語の発音において「ド・ラ・△△」(de la △△)はともかく、「ド・ル・△△」(de lu △△)は発音しづらいため、短縮した「デュ」(du)の形式を用います。
一概には言えませんが、「ド・ラ・△△」や「デュ・△△」は長い歴史のある家名であることが多いということですね。もしくは、こだわり派。もっというと、その歴史にあやかった便乗派でしょうか。
《与太話》【ド・ラ・えもん】は、高貴な姓だったんだ!!(ちがいます)
なお、別話で補足しますが、これら「姓」の元となるものは「地名」が多くあります。つまり「△△出身の○○さん」という呼び方が、そのまま姓になったのです。よって「姓」に「前置詞」や「冠詞」を付ける、ということは、西洋言語の慣習でいえばおかしいことではありません。
著者は、この冠詞・前置詞あたりの文法が大変苦手なので、これ以上については各言語の文法書をご覧下さい……。
■前作では、英語以外の言語における冠詞や前置詞等の文法的誤りがありました。この場を借りまして、お詫び申し上げます。
修正に際しましては【真白みこと】様(ID: 711047)より、本当に貴重なご助言をいただきました。改めて感謝申し上げます。