1.姓と名の区切りはどうなる?
★本作は【改稿・再投稿】作品です★
2016.10.31にN6704DP『【西洋風ネーミング雑話】その姓、なにモノ??』として投稿した作品を改稿しました。既読の方におかれましては、一部にあった誤情報を修正しておりますので、よろしければ再確認下さい。
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A.『我が名は、ショウ・セツカ・ニ・ナロウ!』
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B.『我が名は、ショウ=セツカ=ニ=ナロウ!』
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異世界物の登場人物に名乗らせる時、よくある書き方です。
皆様は、A・Bどちらの書き方がお好きですか?
複数ある姓や名を区切る場合、「・」(中点)で区切るか、「゠」(ダブルハイフン)もしくは「=」(イコール)で区切るのか。
実は日本語の規則としては、特に決まりはありません。
それぞれの分野の慣行や、記述の規則はさまざまで、それに合わせるのが基本です。自分が参考にした作品などの分野でよく使われる表記を用いるとよいでしょう。
たとえば、古い児童文学の翻訳などでは[姓と名の間は「=」で区切る]ケースが多く見られました。また、講談社の『日本人名大辞典』においては[カタカナ表記の外国人は「=」で区切る]の形式で統一されています。
また、並列的に関係の無い語を並べる場合に「・」(中点)を用いるケースもあり、それと区別するためにあえて「=」を用いることが推奨される場合もあります。たとえば「イギリス・アメリカ」という表記に並べる形で「トリニダード・トバゴ」という国を追加すると、[イギリス・アメリカ・トリニダード・トバゴ]となってしまい、まるで“四カ国”あるかのように見えてしまうからですね。この場合「トリニダード=トバゴ」と表記することが推奨されるケースもあります。
人名でも[ウィリアム・スミス]という書き方では、[名前がウィリアムで姓がスミスという、一人の人物]なのか、[ウィリアムとスミスという、二人の人物]なのかが分かりにくくなります。よって“ウィリアムが名でスミスが姓の場合”には[ウィリアム=スミス]、“ウィリアムとスミスを連名で書く場合”には[ウィリアム・スミス]と書くケースもあります。
とはいうものの。
これらの書き方は、現代においては一般的ではありません。
「複数の姓や名を、カタカナで表記して区切る」際には【「・」(中点)で区切る】方法が、現代においては一般的な形式と言えます。
「=」を使用するのが間違いという訳ではありません。
しかし、通常「゠」や「=」で区切る場合は、≪別の意味≫があるからです。
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「複合姓/二重姓」や「複合名/二重名」などという言葉を聞いたことはあるでしょうか。
簡単に言えば【複数の姓や名を《二つでワンセット》にしたもの】です。
例えばオーストリア皇帝系統の「ハプスブルク家」
ここの家名は「Haus Habsburg-Lothringen」と綴ります。カタカナ表記だと「ハプスブルク=ロートリンゲン家」です。
これはマリア・テレジア女帝から始まる家系名でして、マリア・テレジアの家名「ハプスブルク」と、夫フランツの家名「ロートリンゲン」(von Lothringen)を組み合わせたものです。意味としては“男系はロートリンゲン家系の、ハプスブルク家”という所でしょうか。
このように二つの姓がひっつくものが【複合姓】です。
故在って複数の家名を同時に名乗る場合、「複合姓」が形成されます。
伝統あるお互いの家名を捨てられない場合や、分家したり婚姻関係が複雑になったため系統を明らかにする目的などで用いられます。現代日本でも、国際結婚などで複合姓は時折みられます。(過去にはテニスの「クルム伊達」選手などがいました)
このパターンは名前にもあり、『ミドルネームとは別に複数の名前を同時に名乗りたい』、とか『複数の名前の重要さを同じにしたい』、とかの理由で、二つの名前を結んで「一つの名前」として用いることがあります。
これが【複合名】です。
たとえばファッションデザイナーの「ジャン=ポール・ゴルティエ」(Jean-Paul Gaultier)
この「ジャン=ポール」は《一つの名前》で、[複合名]です。
一方、先述の女帝「マリア・テレジア」(Maria Theresia)
この場合、「マリア」と「テレジア」は《別の》名前です。[名前が二つある]扱いです。“ファーストネーム”や“ミドルネーム”などとして知られていますね。
しかし、同じ由来ですがフランス人名などに出てくる「Marie-Thérèse」となると「マリー=テレーズ」という《一つの》名前です。この場合、「マリー=テレーズ」は、複合名として一つの名前として扱います。
本来のラテン文字(アルファベット)表記の場合、複合姓は「-」(半角ハイフン)で結びます。それを日本語カタカナ表記にする場合は、通常「゠」(ダブルハイフン)もしくは、その代用記号として「=」(イコール)を用いて結びます。
「ハイフン記号」のままにしなかった根拠は明確ではありませんが、大きな理由として「日本語表記における他の記号と区別しづらいから」ということが考えられます。
例えば「Marie-Anne」を「マリ-アン」と記すと、発音として《まりぃあん》の一つの名前なのか、《まり》と《あん》の二つの名前が結ばれているのかが、一瞬分からないからです。
日本語では「横棒」に近い文字記号として、 「一」(漢数字の壱)や、「ー」(長音符・延ばす音)があります。また、「―」(ダッシュ記号)や「-」(全角マイナス記号)などもあります。
それぞれが異なる意味を持つ記号ですが、手書きで書く場合はもとより、コンピュータ筆記の場合でも表示フォントによっては見た目が同じとなるため、これらの記号を明確に区別させることは難しい場合があります。
よって、全く異なる記号を用いることで、混乱を避けたと考えられます。
なお、複合姓/複合名の区切りに用いる記号は、本来は「ダブルハイフン/二重ハイフン」と呼ぶ記号を用います。【゠】の記号で、国際的な文字コードunicode(ユニコード)では[0x30A0]が割り振られています。
しかし、この記号。日本語文字コードでは長く登録されておりませんでした。
つまり、コンピュータ上では表現できなかったのです。そのため、今でも「゠」(ダブルハイフン)の代わりに【=】(イコール記号)を代用することが一般的です。
印刷媒体などで写植が可能な場合は、ダブルハイフンにこだわってもいいかと思いますが、様々な閲覧環境が考えられるネット小説では、イコール記号を用いた方がよいかと思います。
複合姓や複合名ではなく、【複数ある姓や名】を区切る場合は、日本語の区切り記号使用例に倣うことになります。
『くぎり符号の使い方〔句読法〕(案)』(昭和二一年・文部省国語調査室作成)において、【・】(中点/なかてん)に関する以下のような規定があります。
“ナカテンは、単語の並列の間にうつ”
“外来語のくぎりに用いる”
“外国人名のくぎりに用いる”
これに従う形で、[カタカナ表記の外国人名の姓名は、複合姓/名以外は「・」で区切る]形式が広まったようです。
よって、同一人物が「ショウ」と「セツカ」の【二つの名】を持つ場合、表記は[ショウ・セツカ]とします。
なお、同案においては“外国人名の並列にはテンを用いる”ともされていますので、[ショウ・セツカ]という姓名の人物と[ニ・ナロウ]という姓名の人物を、二人並べて記す際には[ショウ・セツカ、ニ・ナロウ]と書きます。
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ということで、【複合姓/複合名】と【二つ以上の姓名】を区別するため、
・アルファベット表記では複合姓/名に用いられている「-」(ハイフン)を「゠」(ダブルハイフン)もしくは「=」(イコール)に変更
・アルファベット表記で複数ある姓や名の区切りとして用いられる「 」(空白スペース)を「・」(中点)に変更
このように書き記すのが、人名における日本語カタカナ表記の基本形だと思っていただければよいでしょう。
[ショウ・セツカ・ニ=ナロウ]と記されているならば、その人物の【名】は「ショウ」と「セツカ」の二つ。【姓】が「ニ=ナロウ」の複合姓で切り離し不可、です。
創作作品において『由緒正しい生まれ』の登場人物には、複数の名や姓を「複合姓/名」を示す「=」で結ぶ名称をつけると、“長い伝統がある家名”や“何か謂われのある名前”に感じられるかも知れません。
「ショウ・セツカ・ニ・ナロウ」より、「ショウ=セツカ・ニ=ナロウ」の方が、高貴なイメージということですね。あくまでイメージに過ぎませんが。上記の例では、かえって分かりにくいかと思います。
気をつけていただきたいのが、複合姓・複合名はあくまで[ワンセットである]ということです。
よって、登場人物の姓を「ニ=ナロウ」と表記したのなら、ずっと彼の姓は「ニ=ナロウ」と綴るべきで、略して「ナロウ」氏などと表記するのも、呼ぶのもよろしくありません。
たとえば、『白鳥』などで知られる作曲家「カミーユ・サン=サーンス」氏。彼の姓は「サン=サーンス」(Saint-Saëns)であって、略して「サーンス」とは呼びませんよね。
作家の「サン=テグジュペリ」(Saint-Exupéry)氏も、同じ。正確には、フランス語圏の「サン(Saint)」は聖人の名にちなむもので敬称です。
他には、イギリス人女優の「キャサリン・ゼタ=ジョーンズ」(Catherine Zeta-Jones)も複合姓のため、彼女を記す場合に「キャサリン・ジョーンズ」と記すことはありません。姓だけの場合も「ジョーンズ」ではなく「ゼタ=ジョーンズ」と呼ぶのが普通です。
『Cats』や『オペラ座の怪人』などのミュージカル音楽の作曲者として知られる「アンドリュー・ロイド・ウェバー」(Andrew Lloyd Webber)氏の場合、姓は「Lloyd Webber」で爵位号は「Lloyd-Webber」のハイフン付きで表記しています。よって常人としての姓表記は「ロイド・ウェバー」で、男爵としての表記だと「ロイド=ウェバー男爵」になったりします。面倒ですね。
これは名前も同じです。[ジャン=ポール・ゴルティエ]を[ジャン・ゴルティエ]や[ポール・ゴルティエ]とは呼びません。
ということで、「ショウ・セツカ」と名前を表記したなら、正式な場で彼を「ショウ」と呼んだり「セツカ」と呼んでも構いません。しかし「ショウ=セツカ」と表記したなら、彼の名は「ショウ=セツカ」で常に一つ。略して記したり呼んだりするのは、愛称呼びや私的な場でのみ許されることです。
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《余談その1:フランス人のなまえ》
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フランス人名の命名においては、古来「個人の名(固有名)+母方祖父母の名+父方祖父母の名+自らの姓」という四部構成が多くあり、祖父母それぞれの名前を「複合名」にするケースがありました。つまり「○○・△△=□□・××」という名前だと、自分固有の名前は○○、祖父母の名前が△△と□□、姓が××です。その結果、フランス人名は長ったらしいものが多くなります。
作家「サン=テグジュペリ」氏の場合。
彼の姓名は「アントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・コント・ド・サン=テグジュペリ」(Antoine Marie Jean-Baptiste Roger, comte de Saint-Exupéry)です。
「サン=テグジュペリ」が複合姓、「コント・ド」は貴族称号です。
「アントワーヌ」が固有のファーストネーム。以下、「マリー」は実母の名前、「ジャン=バティスト」が実父の名(ジャン)と聖者の号(バディスト)の複合名、「ロジェ」が叔父の名です。いい加減にしろっと言いたくなります。
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《余談その2:スペイン・ポルトガル語圏のなまえ》
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南米各国を含む、スペイン・ポルトガル語圏においては、「一人の個人が、二つの姓を持つ」パターンです。両親それぞれの姓を《同時に名乗り》ます。
通常、スペイン語圏では「個人の名(固有名)」+「父方の第一姓」+「母方の第一姓」という組み合わせ、ポルトガル語圏では「個人の名(固有名)」+「母方の第一姓」+「父方の第一姓」です。
「○○・△△・□□」さんを父に、「●●・▲▲・■■」さんを母に持つ、「☆☆」さんの場合。
スペイン語圏の人ならば、[☆☆・△△・y・▲▲]です。△と▲の間の「y」は接続詞です。
ポルトガル語圏の人ならば[☆☆・▲▲・△△]です。
父姓と母姓の間をハイフン(-)で結ぶケースもあります。
省略して片方の姓だけを名乗る場合は、通常「父姓」を名乗ります。しかし「母姓」の方が珍しい場合などでは母姓を名乗ることの方が多いです。
画家の「ピカソ」氏の本名が長ったらしいのも有名です。一般的に記される彼の姓名は「パブロ・ピカソ」(Pablo Picasso)ですが、そもそもこの名称は大幅に省略された結果です。
彼の姓名は諸説ありますが、ピカソのカタログ・レゾネによると、「Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno María de los Remedios Cipriano de la Santísima Trinidad Ruiz y Picasso」だそうです……。
スペイン語圏の場合、先述の通り父方の姓と母方の姓の両方を姓として名乗りますので、姓が「ルイス・イ・ピカソ」です。(Ruiz y Picasso:ルイスが父姓の第一姓、ピカソが母姓の第二姓です。母方のピカソ姓の方が珍しいので、ピカソ姓だけにしたのでしょうか)
「ルイス・イ・ピカソ」の前にあるモノは全て「名前」です。先祖由来の洗礼名が十二個ほどついています。長すぎて本人も言えなかったそうな。
《余談終わり》