エリーゼの視点。「たとえ、あなたが別の人を想っていても」
あなた様が愛するのは、レジーナ。
私は身代わりにすぎない。
それを知るまで、私は本当に幸せだった。
☆
エリーゼはたった十六歳で、王妃になった。
両親と兄が過保護に育てすぎたため、彼女は十六歳だというのに、娘というよりも少女のようであった。
王妃となり、初夜を迎え、彼女は少女から大人の女性になった。愛される喜びを知り、王を愛した。
愛らしい王妃は使用人にも愛された。そのため、使用人達は彼女を守るために、ある事実を秘密にした。
レジーナ・マティスが王に招かれ、彼女の王妃教育に携わることになり、使用人達は彼女に同情をした。そして、彼女に真実を知らせないようにと心がけた。
しかし、ある時、それを王妃が知ることになった。
――王妃様もお可哀相に。身代わりなんてわかったら。
――でも、王妃様はご懐妊された。きっと王はレジーナ様を忘れることができたんだろう。
――お前は馬鹿か?愛がなくても、男ならできるだろ。
下男同士の下卑た会話。
偶然に王妃エリーゼは耳に入れてしまった。
男たちの言葉の意味がわからず、かといって、侍女にすら聞くことは戸惑われた。
「陛下。御機嫌よう」
「レジーナか」
懐妊の喜びでいっぱいだったエリーゼだったが、あの会話を聞いてから、その幸せに少しだけ影が入り始めた。
ある時、オレガとレジーナの二人が偶然廊下で出会う。図書館から出てきたエリーゼは二人に気づかれない様に反射的に柱の影に隠れてしまった。
そうして、二人の様子を覗う。
するとオレガの青い瞳が和らぐの見てしまった。
普段は決して見せない優しい表情。
エリーゼにも同じ表情を見せているに違いない。けれども、彼女にとって、それは自分だけのものだと思っていた。
二人は長く話すことはなく、すぐにお互いの道を再び歩き始めた。
(陛下……)
柱に触れた手が震えていた。
解れた髪が視界に飛び込んでくる。
真っ赤な林檎のような色。
――お前の髪はとても美しい。俺はお前の髪が好きだ。
とたんに蘇るオレガの言葉。
(レジーナも私と同じ髪色。その瞳も……)
「身代わり」という下男の言葉が脳裏で響く。
「王妃様?」
怪訝そうに呼びかけられ、エリーゼは振り返る。そこにいたのが侍女のサフィラで、彼女は胸を撫で下ろす。もしレジーナであれば、彼女は自分が冷静になれる自信がなかった。
「サフィラ。気分が悪いの。今日はレジーナに帰ってもらえるかしら」
「王妃様!それは、薬師を呼びましょう!」
この時からエリーゼの体調は悪くなり始めた。
食欲がなくなり、肉などを口に入れると吐くことがあった。妊娠の影響であろうと始めのころは薬師も判断していたが、それが安定期の五ヶ月を過ぎても変わらず、彼女の周りも騒がしくなった。
「……王妃様。どうか、お忘れください。すでに陛下の想いはあなた様にあります。ですから」
「サフィラ。嘘は言わないで。私の髪と目がレジーナに似ているからでしょ。ただそれだけ。後はこのお腹の子のためかしら」
エリーゼは懸命に諭すサフィラに冷たく返す。
「私は、この子を生むわ。そして楽になるの。陛下もレジーナも私によくしてくださる。でも私は、耐えられないの。身代わりであることが」
そのやせ細った体にどれだけの決意を秘めているのか、彼女はきっぱりとそう言い切る。
「王妃様。それであれば、お子様のためにしっかり食べてください。お願いします」
「……食べたいけど、食べれないの。口に入れると吐いてしまう。どうしてかしらね」
結局彼女は最期の最期まで、自身の想いを侍女以外に告げることはなかった。
「サフィラ。これは秘密。絶対に誰にも言ってはいけないわ。私が死ぬのは私がそうしたいから。誰のせいでもないの。だから、私が話すことを誰にも話してはいけないわ」
エリーゼは心配する兄や両親にも口を噤み続け、その日を迎えた。
夜空に浮かび、煌々と地上を照らす満月。
「王妃様!王子です。金色の髪の、とても美しいお子です」
「ああ……。本当ね。とても……美しいわ」
それがエリーゼの最期の言葉だった。
彼女は王子を産み落とし、安らかな眠りにつく。
とても幸せそうで、苦しむ様子もなく、本当にただ眠っているような表情だった。
「エリーゼ!」
薬師から知らせを受け、部屋に飛び込んだオレガは、ベッドに眠る彼女の躯を抱え込んだ。
「こんなに軽くなって。なぜだ?なぜ、何も言わなかった?最期まで、私に」
その夜、誕生したばかりの王子は火がついたように泣き叫び、乳母を困らせた。
オレガは、そんな王子を見ることもなく、ただ王妃の傍でその赤い髪を撫で続けた。




