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五十九 再会

 

「くそっ!」


 パルとニールは背中合わせで、向かってくる兵士を相手にしていた。

 彼女は牢獄を脱出後、静子とニールで救出順位を天秤にかけた。迷った挙句、ニールを先に救出することを優先した。それは雇用主の彼の父クリスナへの忠誠から来るものではなく、地上から聞こえてくる喧騒から、一人よりも二人のほうが静子を助けやすいと判断したからだった。

 予想通り、地上に上がるとすぐに戦闘に巻き込まれ、誰が敵かわからぬまま、防戦する。

 

「パル!」


 必死になって戦っていると、聞き覚えのある声で呼ばれ、顔を上げると黒装束の男を視界に捕らえる。


「ラフラ!」


 年齢は若いが、パルは「カラス」在籍年数で言えば中堅に差し掛かっていた。しかもラフラは副頭領。その声が聞き分けられないほどパルは「カラス」から遠のいていなかった。


「知り合いか?「カラス」か……」


 背中ごしにニールがラフラの姿を捕らえながら、問いとも呟きとも判断できない言葉を漏らす。


「ニール・マティス様ですね。早く、この場を立ち去り、あの方に合流します」


 ラフラは襲い掛かってくる敵を撒き散らし恐るべき速さで二人に近づいた。


「あの方?」

「誰のことだ?」


 「あの方」という言い方が気になり、二人は同時に聞き返す。

 ラフラは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、近くでやっと聞こえるほどの小さい声で答えた。


「ライベル様です」

「なんだって?!」


 ニールは場に合わない素っ頓狂な声があげる。


「なんて、馬鹿な奴なんだ!」


 その場で頭を抱えそうになりながらも、敵地なので、剣を振り回しながら叫ぶ。


「状況はわかりましたか?我々は早急に城を出る必要があります。無用な戦闘に巻き込まれる必要はありません。あの方の元へ向かいシズコ様を救い、城を出ます」

「ああ!」

 

 後でライベルに説教しなければならないと、ニールは心に誓いながらも、ラフラに答える。

 「カラス」の戦闘能力はニールの想像を超えており、先ほどまで防戦一方で動けなかったのが嘘のように、ニール達はするりと戦いの場から離れることができた。

 しかしながら、追ってくる相手はまだ多く、駆け足でライベルがいるはずの場所――王妃の間に急いだ。



 ライベルが部屋に辿り着くと、静子の姿はすでになく、血痕と気を失った一人の女性が取り残されていた。


「おい!お前!」


 緊急事態とはいえ、女性にかける言葉ではない。

 しかし構っている余裕がライベルにはなかった。


「……誰、ですか?」


 女性――メリッサはうっすらと目を開け、ライベルを見つめる。


「お前はシズコがどこにいるか知ってるか?」

「シズコ、様!」


 その名を聞くと彼女の意識は急に目覚め、体を起こした。

 

「あなたは誰?」

「俺は、俺は静子の未来の夫だ!」


 名乗ることはできない。

 しかし、その答えもどうなのかと、彼についてきたカラスたちは思った。

 メリッサはそう思わなかったらしい。


「あなたは、……ライベル様なのですか?」

「……聞いたのか?」

「ええ。シズコ様はあなた様を裏切るような行為をとても嘆いてました」

「そうか……」


 うな垂れるライベル――黒装束で顔すら判別できないが、メリッサは隠密とはいえ隣国の王が自ら赴いたことに、彼の静子への愛を感じた。

 同時に静子の行方をすぐに伝えたほうがいいと判断する。喧騒はさらに大きくなっており、戦闘は激しさを増しているようだった。


「ライベル様。シズコ様はエセル様に連れて行かれました」

「エセルに?!」

「はい。どちらに連れて行かれたかはわかりません。私は気を失ってしまいましたから」


 エセルのことは、忘れていた。

 いや、忘れてなどいなかったが、考えていなかった。

 ここにきて、彼の名が出てきて、ライベルの胸が痛み始める。


「お嬢さん」


 黙ってしまったライベルに代わり、アマンがメリッサに声をかける。ライベルのことは正体がわかったがいいが、やはり黒装束の男に対しては恐怖心が先にくる。そのうちの一人に話しかけられ、敵ではないとわかっているが彼女は怯えた様子で顔を上げた。


「あの血痕はシズコ様のか?」

「いえ、あの、私が、私がエセル様を刺して!」


 メリッサはその時のことを思い出し、きゅっと唇を噛む。


「あんた見かけにやらずやるなあ。命がけでシズコ様を守ろうとしたんだ」


 そんな彼女に対して、慰めるわけではないがアマンは明るく答えた。

 彼の言葉にメリッサは少し救われ、表情を和らげる。


「ライベル様。血の跡を辿っていけば、シズコ様の元へ辿り着くはずです」


 アマンは座り込んだままのライベルの肩に手を置く。


「今はシズコ様の救出が最優先です。その時どきで考えればいいんですよ」

「……ああ、そうだな」


 彼はエセルが裏切った事実を知っている。なので、ライベルが動揺している理由もわかっていた。けれども、今は悩んでいる場合はではなく、動いてもらう必要があった。


「血の跡を追う。俺について来い!」


 立ち上がったライベルは伝令をかけると、すぐに走り出す。


「お嬢さん。あんたはどうする?ここにいるか?俺たちと行くなら連れ出してやるぞ」


 突然アマンに誘われ、メリッサは目を丸くする。

 走り出そうとしていた仲間も驚くが、アマンを置いてすぐにライベルを追った。


「時間がない。どうする?」

「ついて行きます!」


 メリッサは差し出されたアマンの手を掴む。


「そうこなくっちゃ!」


 嬉しそうにそう言い、アマンはメリッサをつれて走り出した。

 メリッサは天涯孤独で、侍女にさせられたのも養子先からの厄介払いのようなものだった。短い間であったが静子から話を聞き、アヤーテに興味を持った。この国では居場所がない。それならほかの国に行こうと決めた。



「あんた大丈夫なの?」


 彼の傷口から絶え間なく血が流れていた。それは廊下に点々と血の跡を作る。

 

「大丈夫、大丈夫じゃありませんね。これは」


 顔色はすでに青ざめていたが、静子の手を掴む力だけは弱まっていなかった。


「なんで、シェトラの言うことを聞くの?ライベルよりも大切なの?」

「大切。どういう意味でしょう?」

「シェトラのことを私から庇ったり、今も怪我をしているのに!」

「別に大してことではありません」

「ライベルは本当に傷ついている。あんたのことをあんなに信じていたのに」

「そう、ですか。でも今は、あなたも、クリスナ様も、いるでしょう。幸福な方だ」

「どういう意味?」

「彼は光の中にいる。真っ直ぐでとても」


 彼は足を止め、傷口を押さえ壁に寄りかかる。

 静子は解放され、逃げ出すのは今だった。けれども、彼女は着ているドレスの端を破り、彼の傷口に当てた。


「本当。馬鹿な人だ。あなたも。彼も」

「わかってる。あんたのことは嫌いだけど、見殺しにできない」

「甘いな。逃げればいいのに。知ってますか?アヤーテから誰かがあなたを助けるために動いています。誰かは知りませんが、おそらく……」

「シズコ!」


 聞きたかった声がして、静子は振り向く。

 黒装束の男がそこにいたが、彼女にはそれが誰だかわかっていた。


「会いたかった!」


 男――ライベルは駆け寄ると静子を抱きしめ、すぐ傍のエセルに視線を向ける。


「エセル……。怪我をしているのか?」

「ああ。陛、いえ、アヤーテ王。こんなところに来て何をされているのですか?」


 声とそのいでたち、静子の反応から、エセルはその黒装束の正体がわかった。彼は脂汗をびっしりかきながらも、何事もなかったように壁から離れ立つ。


「お前をアヤーテに連行する。そして処分を与える」


 ライベルはエセルを真正面に見据え、それだけを言葉にする。言いたいこと、聞きたいことがたくさんあった。けれども彼は王としてその言葉だけを口にする。 


「ははは。ご冗談を。私は決してアヤーテには戻りません。戻るくらいであれば、こちらで死んだほうがましです」

「エセル!」

「ハイバン!この場をお前に任せた」


 エセルがそう言うと、どこからともなくハイバンが姿を見せる。そうしてエセルは踵を返して走り出した。


「エセル!」


 後を追おうとしたが、それはハイバンによって止められる。


「くそっ!」


 エセルを追うにはハイバンを倒すしかない。しかし、それは困難としか思えぬことだった。

 それは静子もわかっており、ライベルの邪魔にならないように、彼の背後に回る。

 武器があれば自分も戦うつもりであったが、丸腰の今、彼の負担にならないようにするのが一番だと考えたからだ。


 ハイバンの刃がライベルに振り下ろされそうになり、静子は無我夢中で飛び込もうとした。

 が、静子を止めた手がある。


「メリッサ?!」


 メリッサが彼女を抱きしめ、ハイバンの刃はアマンによって防がれていた。


「ライベル様。ここは俺にお任せください!あなたはすぐに脱出してください」

「何?」


 ライベルは不服だと問いかけるが、アマンはそれに答える暇はなかった。ハイバンの力量はすでにアマンと同格、いやそれ以上だった。


「ライベル様。我らの目的は人質の奪還だけです。目的を達した今、速やかに城を出ましょう。すぐにシェトラの兵、デビンや連合軍の兵がやってきます。我等とて無敵ではありません」


 彼の側に近づいた別の男がそう囁く。

 静子はメリッサが生きていたことを喜びながらも、ライベルを見上げる。エセルがすぐ近くにいる。あの血量……今度機会を逃がせば二度と会う可能性はないかもしれない。


「……わかった」


 ライベルは少しの沈黙の後、頷く。

 静子は彼が聞き分けがよいことに驚きながら、それが王としての決断だろうと納得した。

 エセルのことは理解できない。彼の話した謎に満ち溢れた言葉。でも落ち着いたら先ほど彼が口にしたことをライベルに伝えようと思った。


「静子……。行こうか」


 ライベルは顔に布を巻きつけており、その瞳の色でしか彼の表情は読み取れなかった。緑色の瞳は沈んでおり、彼女は彼の腕を掴む。


「来てくれてありがとう。そしてごめんなさい」

「話は後だ。早く脱出するぞ。あと、ニールとパルも助けねば」

「うん!」


 背後ではアマンとハイバンが息を飲む戦いを繰り広げていた。

 それに後ろ髪を引かれながらも、一同は脱出に向けて駆け出した。


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